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46話 国宝のお城は拠点の候補だった

 ドラウグルのマリアはうそをつかなかった。


 ゾンビからなんの妨害もないまま明石大橋を渡った俺と沙希は、バスがやってこない停留所で二人がゆったりと乗れるようにゴーレムバイクを魔改造した。


 運転する()()がいきなり攻撃されないために、薄く伸ばした鋼板でルーフ付きにした。


 俺が周囲を見張れるように高い後部座席を取りつけ、右には近接戦用のツーハンデッドソードを鞘ごとさし込み、ルーフの上に取りつけた魔弾ガンを取り付けた。


 タンデムにしては後ろから沙希を抱きつけなくなったのだけど、安全第一で密着体勢を諦めるしかない。



「ねえ、サイドカーのほうがよくない?」


「ああ、沙希。気持ちはわかる、わかるとも」


 血の涙が出んばかりの俺は沙希の手を握りしめる。


「そうなると反対側から現れるゾンビに対応できなくなっちゃうんだよお」

「そ、そうね」


 沙希の顔が若干引きつってるように見えた。


 サイドカーよりも高い後部座席でのタンデムにしたほうが前方の視野が広がるので、急にゾンビが出てきても、動体視力が良い俺なら瞬時に対応できるはずだ。



「うし、進路は西だ。

 沙希、運転よろしく」


「任せて、輝」


 この辺りは橋が渡れないと知ってか、放置されてる車の密度は橋の上に比べて少ない。沙希の技術なら問題なくすり抜けられるので、ゴーレムは使わないことにした。


 人工島にある一大製鉄所、そこならきっとたくさんの加工された鉄製品と製鉄用の材料が放置されてるのだろう。




 結果だけ言うと加工済みの鉄製品を収納したが、人工島にある施設や設備、積まれてる材料はそのままにしておいた。


「白川さん。ここの製鉄所、そのまま使えるんじゃないですかね」


『ほう。それはどういうことかな、芦田君。手短に説明を求む』


「鳥はいっぱいいるけど、島内のゾンビは排除しました。

 周りは海とちょっとした堀みたいになってますから、橋さえ封じてしまえば、ゾンビは中に入れませんよ」


『そうか、それなら君の言う通りに材料と設備はそのままにしてくれ。

 ちょっと上に相談してから、自衛隊と偵察隊の派遣の調整してみる』


「了解です」


 衛星電話を終わらせた俺は、製鉄所がある島を封鎖させるために動いた。


 材料となる鉄は余るほどあるので、橋には重厚な扉をつけた検問所を作り、海と接していない側は高さのある鋼板防壁を設置した。



「輝ってさ、なんでこういうことをするの?

 別に契約通りに材料だけを持って帰ればいいでしょう」


「うーん……うまく言えないけど、今後も依頼を引き受けるどうかは迷ってるし、いつまで徳島市にいられるかはわからない。

 それなら政府が生産できるようにしてくれたほうが後腐れがないというか、心配しなくてもいいというか」


「へえ、そんなことを考えてるんだ……ふーん」


 ニヤニヤして頭を撫でてくる沙希の真意は読めない。ただ悪意がないのは確かなので、好きなようにさせてる。



「そう考えてるってことは、いつかは徳島から出たいって思ってるの?」


「出たいというか……」


 今はそれ以上のことを沙希に言いたくはない。



 おれが出るというより、安定した社会の中で異能持ちは気持ち悪がられるのがオチだ。それなら関係がこじれないうちに出て行くのが自分のため、信じてた人たちから追い出されてしまうのは精神的にこたえる。


 彼らは悪くないし、もちろん俺も悪くない。


 非常時ならともかく、平穏な日常で不明な力を恐れるのは致しかたのないことだと理解を示そう。すくなくとも、異世界はそうだった。




 通貨集めが今回の依頼にあったので、適当に店を回りながら使えそうな衣類や日用品を収納して、レジから硬貨や紙幣を回収する。


 特に硬貨は金属だから数さえ揃えればゴーレム用にも使えそうなんだけど、白川さんからは貨幣として使用するために硬貨を集めろと頼まれてる。



「おりゃあああ!」

「ア゛ーヴア゛ー」


「ふふふ。なんだか輝のほうが悪役に見えるね」


 ゾンビから襲撃されたものの、圧倒的な力を駆使してみせるとやつらはすぐに逃亡した。そのことをからかってくる沙希へ俺は肩をすくめてみせる。



 ゾンビと戦って殲滅することが人類の生存領域を確保することに繋がるはずなのに、今さらという気がしてならない。


 ここはもう人間の国というより、ゾンビの国と表現したほうがいい。そんなことをどこかで考えている俺は、逃げていくゾンビに手掛けることを悪あがきととらえてる。


 構図的に言えば、あいつら(ゾンビ)からしたら、殺戮をくり返す俺は()()でしかないだろう。



「ゾンビも宝石が好きなのかな?」


「それはないと思うけど……」


 辺りにゾンビがいなくなったので、沙希と駅近くの店を回っているときに、ジュエリーショップから宝石や貴金属が無くなってることが発覚した。


 レジやバックヤードからお金を収納し、割れてるガラスを足で蹴る。



「なんかさ、ここから見ると輝って、強盗さんね!」


「否定できないのがつらいぜ、沙希」


 主がいなくなり、ほかの店でゾンビが興味を示さない数々の商品や貨幣が捨て置かれてる。


 政府からの依頼という大義名分を振りかざし、それらをさも当たり前のように収納していく俺は、傍から見れば盗賊にみえるだろうと自分を笑いたくなる。



「その先にあるのが姫路城だ。

 もしあのときに大阪城に人がいたら、俺たちはこっちへ来てたかもしれません」


「ふーん……」


 遠くに見える姫路城の天守閣。


 立地条件と敷地の広大さは大阪城に劣ることはなく、当時の進路上に姫路城があれば、ここを拠点として選んだかもしれない。



「でもね、輝たちがこっちに来てたら徳島へ来なかったかもしれないね」


「……そうかもな」


「じゃあ、やはり大阪城でよかった。

 そうじゃなきゃ輝と出逢えなかった」


 腕を抱きついてくる沙希が笑顔を見せてくる。


 人に与えられた選択肢というのはたくさんあるようにみえて、実は結構限られてると俺はそう考えたことがある。


 こうして沙希と巡り会えたのだから、たとえ大阪城がゾンビに落とされたとしても、そこで拠点を作った過去は今に繋げるために、通ってしかるべき道だったように思えた。



 離れた場所で佇んでいるゾンビの上にサルが乗っかり、その横でシカが道に生えてる草を食べている。人間が繁栄を極めた証拠は風雨に晒されて、劣化しつつある建物の外観を背景に、道路に捨て置かれた車両の上で猫が鳴き声を上げていた。


 ゾンビ災害が起きたのはそう遠い昔ではないのに、人工物が少しずつ自然の中に溶け込んでいく。



「そろそろ行こうか」


「んん? 見に行かないの?」


 聞いてきた質問は軽めのキスで返事した。


 今回は沙希とツーリングの旅。


 救助活動が目的でない以上、今さら姫路城を観光したいとも思わないし、市の中心部を通ろうとも考えない。突発的に()()()()人を助ける場合はともかくとして、自力でやっていけるのなら、いつかは政府のほうが救助に来る可能性があるはずだ。



 たとえば姫路市の自治体は多くの市民と北にある駐屯地へ避難したらしく、今まで強力な特科隊と警察に守られてきたという。


 隣接する小中学校と南にある競馬場を畑に利用しつつ、鹿などの野生動物を狩ったりして、食糧を確保してきたみたいだ。


 これらのことは旅に出る前に白川さんから聞かされた。


 現在も政府と連絡が途切れることはなく、近いうちに海上自衛隊と陸上自衛隊によるヘリ救助作戦が実施される予定があると、出発する直前に大鳴門橋の検問所で佐山隊長が教えてくれた。



「そろそろ我々も活躍しないとな」


 政府側から駐屯地へ物資の補給を依頼されていないこと。

 白川さんからわりと詳しい情報が与えられたこと。

 佐山隊長から自衛隊を主体とした救助活動が行われると伝えられたこと。


 要するに姫路については手を出すなと、与えられた情報を分析した俺はそう勝手に解釈してみた。



「各自治体からお前さんのところと提携したいと要請がいっぱい来てのう、官僚たちは仕事がなくなるとうるさい。

 松山市の件もあるし、こっちも配慮するのに困ったものよのう。

 早い話、これ以上お前さんを表に出すわけにはいかんのじゃよ」


 俺が知らない場所で起きてることを雑賀のじいさんから教わった。



 松山市みたいに半独立した地方政権を作りたくない政府は、物資の供給と輸送ができる俺に地方公共団体とこれ以上の結びつきを望まない。そういうことなら、信頼関係が築かれてない行政機関と関わるのはこれを機にやめる口実ができたというものだ。


 望まれてないことをやってしまったら、双方にとっては害にしかならない。



「――どうしたの? ボーっとしちゃって」


「……なんでもない」


 心配そうに見てくる沙希を安心させるためにその温かい手をそっと握る。


 行政との関係はセラフィ・カンパニーに丸投げにして、俺一個人は自分がやりたかった拠点作りに専念する。今後はそうしたほうがいいのだが、どうも心がざわめいて落ち着かない。


 ()()()()()()()――しかもそれはそう遠くない未来のことだ。


 なおも見つめてくる沙希に、今の俺は誤魔化すように笑うしかなかった。




「なにあれ……」

「うん……」


 押し黙る沙希と俺。バイクを止めた二人は視野に入った光景に目を奪われてる。


 目の前にある歩道で女性のゾンビたちがリュックサックを背負って、どこかへ行こうと行列を成していた。



「――なあに、なにかよう?」


 先頭を歩いているゾンビが俺たちの視線に気付いて、不意に声をかけてきた。


「あ、いや……どこにいくかなあって……」


「これをもってかえるの」


 背中のリュックサックを指したゾンビはちゃんと返事してくれた。



「そ、そう。気を付けてな」


「……」


 お別れのあいさつに興味がないゾンビたちはまたぞろぞろと歩き出した。


「変わったゾンビって、いるのね」


「本当だな……」


 リュックサックを背負った女性のゾンビたちは急ぐこともなく、ゆったりとした歩調でこの場から立ち去っていく。



 災害後の混乱期を経て、生き残った人も災害の原因であったゾンビも、みな新しい世界で慣れようとして変化をみせ始めたようだった。





ご感想、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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