13話 食べたチョコはほろ苦かった
とてもありがたいことにネットが切れる前、グレースはスマホに列島の地図をダウンロードし、オフラインマップのアプリまで入れてくれた。これで道に迷うことなく、次の村へ行けるはずだ。
「出発進行!」
「……」
助手席に座るグレースはゲームに集中し過ぎて、俺の元気がいい掛け声は不発に終わってしまった。
滑り出すように車を発進させた俺はスピードよりも周囲の安全に注意を払いつつ、後ろの座席に2体のアイアンゴーレムを乗せて、万が一の状況に備える。
車を走らせてから、すぐに山奥の村がなぜゾンビにやられたかが理解できた。
ゾンビ犬やゾンビタヌキが、どこからともなく山林から現れて、車を追いかけてくる。
とくにゾンビ犬は時折り体当たりをかけてくるから、車体が汚されてしまうし、思った以上の衝撃が伝わってくる。
バリアの魔道具がなければ、車のボディが多少は凹んでたかもしれない。これでは追いかけられてた車もかなりの恐怖を感じたことでしょう。
山籠もりしていたときはイノシシ避けに、ウッドゴーレムを山中に配備させた。
今から考えれば、動物を潰せの命令にウッドゴーレムが忠実に実行して、犬やタヌキのゾンビを排除したと思う。反面にゾンビ氾濫の発覚が遅れたのはそのためだといえる。
「――ゾンビっ子、ちっこいくせに生意気ね!」
あまりの体当たりに耐えきれなかったグレースがキレてしまい、進行中にもかかわらず車を飛び降りて、ゾンビ犬の退治という暴行に打って出た。
接近戦を嫌ったグレースは、火炎放射器のような火炎魔法がゾンビ犬を焼き払っていく。それでも突っ込んでくる勇敢なゾンビ犬は、近距離で食らったカマイタチの魔法でみじん切り肉にされた。
念のためにとアイアンゴーレムを下車させて、グレースの支援を命じたが、役に立つ前にグレースが追いかけてきたゾンビ犬を全滅させてしまった。戦術兵器と言える上位魔法を使わなくて一安心だ。
「あとでお風呂を沸かして」
「そ、そだね。今は汚れてないみたいだし、それじゃ出発しようか」
機嫌が悪いグレースはゾンビの体液を浴びていないので、すぐに乗車を勧めた。
アイアンゴーレムはインゴットに戻してから魔力を帯びる砲台型ミスリルゴーレムを作り、遠距離攻撃させるために魔弾ガンを装備させて車のルーフに装着した。
これなら一々降りなくても、自動射撃でゾンビに対応できそうだ。
山中の国道に放置されてる車は少なく、追いかけてくるゾンビ犬をルーフにある砲台型ミスリルゴーレムが掃射した。キマイラから剥ぎ取った拳ほどある魔石を使っているので、そうそう弾切れを起こすことはない。
狙撃ができない砲台で運悪く頭が潰されたゾンビ犬は動かなくなった。射撃で体の一部が欠損したゾンビ犬は、内臓や体液を引きずって追いかけてくるので、見た目がとても気持ち悪い。
人気のない町の中に入ると、あっという間にゾンビとゾンビ犬に囲まれた。
アイアンゴーレムを作ろうかなと迷っているうちに、砲台型ミスリルゴーレムが重機関銃がごとく魔弾を連射し続ける。路上に止まってる車が巻き込まれて爆発してしまったので、慌ててルーフの砲台へ停止命令を指示した。
「グレース。アイアンゴーレムを作るから護衛してくれ」
「いいよ」
今からプレートアーマーを着るのは大変だし、ここはグレースとゴーレムに任せたほうがよさそうだ。
町の人口はそれほど多くなく、思ったよりもゾンビ犬の数が少なかったので、殲滅するまでそう時間はかからなかった。
地図を見ると町の中に小中学校があったためか、ゾンビの中に子供が混じってた。ここにいたゾンビのほとんどが足に噛まれ傷が見られた。町が滅んだ原因はゾンビ犬にあったかもしれない。
辺りを見回しても生きている人が見当たらないし、これは資源の回収を兼ねて町の中を探索したほうがよさそうだ。
思ったよりゾンビの数が少なかったから、アイアンゴーレムは収納して魔弾ガンで武装する。
「ガソリンを収納したら適当に回るので、家での回収はグレースに任せる。生存者を見かけたら声をかけてくれ」
「わかったぁ」
ガソリンスタンドを見つけた。
地下タンクに貯蔵されてるありったけのガソリンを空間魔法で収納した。家の見回りはグレースに任せて、ガソリンを回収した俺は中学校へ足を伸ばした。
警官ゾンビは見かけるが自衛隊ゾンビはいない。その理由をグレースは車の中で教えてくれた。
——地方都市にゾンビの襲撃が少なかった第1次ゾンビ災害の経験に基づき、第2次ゾンビ災害が発生したとき、政府のほうは主に人口が多い都市部へ自衛隊を派遣させたという——
たぶん、自衛隊さんのゾンビが見当たらないのはそういうわけがあったと憶測する。
中学校の四周はフェンスやべニヤ板などで補強されていて、見た感じでは町の人々がここに避難していたのでしょう。
携帯型バリアの魔法具を起動させて、学校の向かいにあるビルへ入った。襲いかかってきた数体のゾンビをメイスで倒してから、屋上に来た俺は学校の様子を観察する。
グラウンドには十数体のゾンビとゾンビ犬がうろついている。
身体能力が強化されてる俺には、ガラスが割られてしまい、所々に黒い血の跡が付けられてる校舎がくっきりと見えている。
教室や廊下になにかがうごめいてるように映った。ゾンビたちの多くは建物の中に集まってるのでしょう。
特になんの感傷も湧かないが、この町はゾンビによって滅ぼされた。
これから先、俺はいくつものこういう光景を目の当たりにする。
ようやく地獄から帰還を果たしたのに、異世界で見慣れたはずの情景がまた目の当たりにするとは思いもしなかった。
非常食などの食糧が中学校の中にあるかもしれない。それでもグランドへゾンビを殲滅しに行くつもりはない。
ここはこの町に住んでいた人々の墓場、滅びた町を再興しようとする人がいない限り、だれもここを訪れようとしないと思う。
しょせん俺はただの通行者に過ぎない。それならばここをこのままにしたほうがいい。
下の事務所から取ってきたチョコレートを口に放り込んで、ほろ苦さを噛みしめつつ静かにこの場から去った。
グレースが家々を漁っている間に、町のスーパーで食糧と嗜好品を収納した俺はルーフにある砲台型ミスリルゴーレムを起動させて、事務所で見つかった日記に目を通した。
町が滅んだ原因はやはりゾンビ犬の集団だった。
やつらは群れで町になだれ込み、それまで持ちこたえていた中学校へ殺到した。
事務所から見ていた日記の持ち主はゾンビ犬が木に登って、避難所となっている中学校に飛び込んだことを書き記してる。
最後のほうはゾンビとゾンビ犬が事務所の一階にある掃き出し窓に体当たりをかけて、内側に打ちつけたべニヤ板にできた隙間からゾンビタヌキが侵入したと、最終ページに殴り書きが残されていた。
『もう終わり。ずっと怖かったけどこれで解放かな。でもやっぱり死にたくない。こわいこわいこわ』
血痕が付いてる日記の綴りはそこで筆が止まり、それ以降は白紙のままだ。
「——たっだいまあ。ゲームも小説も食べ物もいっぱいあったよ」
「それはおめでとう……だれか生き残りはいたか?」
「ううん。だれもいなかったよ」
お宝を手にしたので嬉しそうに笑うグレース、彼女に聞いたのは確認するためだけ。たとえだれかが生き残ってても、きっとグレースは助けようとしないのでしょう。
「このマンガはずっと本で見たかったんだぁ、しかも最新巻まであったの。異世界に転移した冴えないおじさんがサキュバス族と一緒に無双して国を作っちゃうのね」
「……そうか。マンガを見つけてよかったね」
「うん! ネットで最新話まで見たけどね、続きが待ち遠しいわ」
「……続き、ねえ」
でもそれでいいし、それがいい。
悪魔族で異世界からの渡り人に、この世界の人を救助する義務もなければ義理もない。
彼女はサキュバスらしく、クソッたれになったこの世界で好きに生きればいい。
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