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39話 巻き込まれる前に距離を置くべきだ

「そういう声は確かにあるのう。

 お前さんをきっちりと抑えていれば、わしの娘たちにただ働きをさせると考えてる不届き者たちがそう企んでるらしいぞ。

 だからしっかりせいよ、小僧」


 雑賀防衛大臣の執務室で雑談しているときに、あっさりと政府内で()()()があることを暴露してくれた。


「そんなことを俺に明かしてもいいんですか」


「はんっ。わしを侮るなよ小僧」


 不審に思った俺が雑賀のじいさんに確認すると、じいさんから鼻で笑われてしまった。



「お前さんは若造だけどバカじゃない。

 異世界というところでどんな経歴があったは知らんが、妙に権力者を警戒する節があるようでのう」


 ——じいさんならやっぱりわかっちゃうってことか。


「お前さんは金や地位では惑わされんわい。気持ちで付き合うのが一番じゃな」


「……」


 亀の甲より年の功とはよく言ったものだ、じじいは俺の考え方をよく知ってる。



「まあいいわい。セラフィには申し訳ないがわしは悪い義父でのう、こっちの主導で採炭が軌道に乗るまでお前さんの代わりに、たまに石炭を採ってきてもらうつもりじゃ。

 それだけでこっちにはかなりの貸しを作れるから、口うるさいやつらを黙らせるじゃろて。

 だからお前さんはもうウロチョロするな」


「わかりましたよ」


 セラフィに頑張ってもらうことになるが、俺が前に出るよりはいいとじいさんの提案を受け入れた。



 セラフィもそうだけど、グレースにしても俺の言うこと()()聞かない。俺を抑えられない限り、彼女たちを自由に動かすことは絶対にできない。



「それはそうと、松山市の足立君から運送の契約を催促されとるらしいのう」


「よくご存じで」


「可愛い娘のグレースが時々お茶を飲みに来るからのう」


 情報を漏らしてる犯人は身内(グレース)だった。今度きつく言ってやらないといけない。



「今のところは会社のほうで検討中なんで、俺個人が動くことはありませんね」


「そうか。じゃったらお前さんは表に出ん方がええのう。

 ——足立君はな、中々大したもんじゃが()()が強すぎる」


「はあ、そうなんですか」


「松山市へこっちから増援部隊が出せないと知った時点で、足立君は松山市民()()を守ることに徹したのじゃよ」


「……」


 いつになく真剣な面持ちで語ってくる雑賀のじいさん。ここは黙って話を聞いたほうがよさそうな雰囲気だ。



「松山に駐屯する特科隊を掌握して、県警とともに市民以外のあらゆる勢力を排除したらしい。船で避難しようとする()()の難民を含めてな。

 その際、射殺された人がたくさんいたのじゃよ」


「なぜじいさんは知ってるんです?」


「最初のうちはな、特科隊の隊長から連絡が入ってきたがそのうちに途切れてしまったのじゃ。

 わしらは足立君が特科隊を支配したと思ったがのう、小谷君からの報告でどうやら松山にいた部隊が足立君に心酔してのう、自ら足立君の下についたらしい」


「なぜそのことを俺に教えてくれるんですか?」


 政府内部の情報を伝えてくる雑賀防衛大臣の真意が読めない。足立市長のことをなぜ一民間人の俺に教えたのかがわからない。



「なあに、お前さんを取られたくないからじゃよ」

「はい?」


 クソじじいがなにを言い出すだろうかと思った。



「いいか? アクの強い人間(あだちくん)にはカリスマ性がある。

 お前さんが足立君と関わって、中立を守ってくれるなら問題はないが、あいつと仲良くなりすぎて政府をないがしろにするのはお前さんのためにならんのじゃ」


 ——ないがしろだって、俺はお金が稼げて拠点が維持できれば、どっちとも仲良くするつもりはないなんだけど。



「それか、あいつと仲がこじれて、こっちまで影響を及ぼすのはかなわん」


「はあ……」


「いずれにしても松山市はお前さんの会社(セラフィ・カンパニー)の協力が必要じゃ。

 付き合うなとは言わんから、付き合い方を考えるために情報をくれてやろうと、お年寄りの善意と思ってくれればいいのじゃな」


「善意ですか……

 ありがとうというべきですかね」


「そうそう。人間、素直なのが一番」


 呵々大笑する雑賀のじいさん。


 悪いが与えられた情報を鵜呑みにするほど、俺もおバカさんじゃない。



 たとえ雑賀のじいさんが真実を語ってくれたとしても、なにを狙っての発言かまでは俺には読み取れない。


 それに足立市長とは雑談をした程度、市を守るために過激な手段を取らざるを得なかった事情は理解できなくもない。


 現実的に松山市はゾンビがいる世界で、独自のやり方で市民を守ってきた地方公共団体だ。口先だけではやり遂げられない、立派なことを足立市長は成した。



 いずれにしても、これ以上政府と関わることは俺たち元大阪城拠点の住民たちに良くないと思えるので、魑魅魍魎が跳梁跋扈する行政サイドとは依頼をうける関係に徹するべきだ。




「——ええ。だから支社は現地の人を採用して運営するのが基本方針よ。

 芦田くんが持つゴーレム車も必要最小限しか現地へ派遣しないつもりでいるのよ」


 なにを言ってんのというような表情する知恵さん。


「いざとなれば支社なんて自治体に引き渡すし、最悪の場合はセラフィ・カンパニーを政府に()()()()つもりでいるわ。

 芦田くんはそのつもりだったでしょう?」


「はっはー! すべては高橋部長様の仰られる通りでございまする」


 社内一の切れ者にして権力者たる高橋総務部長がちゃんと考えてくれてた。


 土下座どころか、土下寝していいくらい、彼女が持つ叡智と深慮遠謀には感服せずにはいられない。



「バカなことを言ってないで、とにかくしばらくの間は遊んできてちょうだい」


 ——やたー、遊んでもいい許可が出た。


「――そうだわ、茅野さんが徳島城防衛拠点化工事のことであんたを探してたわ。

 そっちのほうを手伝ってきてもいいのよ」


「はっはー! すべては高橋部長様の仰られる通りでございまする」


「もう……しっかりしなさい」


 なんだか知恵さんにはこの言い回しがくせになってしまいそう。



 そういえば徳島城の魔改造は茅野さんに任せっきりだった。


 今まで鋼板塀の設置は俺がやってきたけれど、ゴーレム重機があることだし、今後は沙希さんに任しても問題はよさそうだ。



 そうと決まれば部長室で退屈している沙希さんに会いに行こう。


 こんなクソったれな世界になったんだ。


 人が好きなった気持ちはタイミングを見計らって、悔いなくちゃんと伝えたい。





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