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特別編 元ボスは変身することに躊躇しなかった

谷口の視点です。




「なあなあ、谷や――」

()()()ぃ、俺は()()なんだけど」


「あっ、ごめん。加藤」


 廃材を運んでる谷口は後ろから声をかけてくる菅原を鋭い目で睨みつけた。



 ――芦田という青年からの復讐を警戒して、和歌山へ来てから谷口たちは名前を変えた。


 ゾンビがいない虎島という小さな島に、武器弾薬などの所有物を隠しておいた彼らは和歌山へ避難した。


 身分を証明するものがないと主張した彼らは、市役所で戸籍を登録するときに谷口は加藤を名乗り、菅原は適当に佐々木で登録し、足立は青山という母方の姓を使用した。



 陥落した大阪市より唯一脱出を果たしたグループとして、和歌山県警と自衛隊から事情聴取された谷口は自分たちのことを隠ぺいした。


 知ってる情報をできるだけ詳しく伝えるとともに、和歌山市の現状を担当者たちから情報を収集した。


 行政機関はちゃんと機能し、警察と自衛隊によって治安が維持されてる和歌山市で、谷口は大阪にいた頃のやり方では()()()と判断した。


 しぶる菅原を説得して、当分の間は収入を得るために働きつつ、今後の様子を見ながら改めて身の振り方を考えると彼らは和歌山での生活を始めた。



 市が発注する復興事業で仕事がたくさんある中、ハローワークの窓口で谷口が選んだのは建設業だった。どう考えても菅原は肉体労働が一番としか思えなかったし、建設業ならある程度力押しが効くだろうと谷口は考えた。


 数社で面接した結果、中年の女性が社長を務める来栖組という建設会社に就職した。()()()()()()()()()に見えたことが谷口にとっての決め手だった――



「今日もゴミを運んで終わりとっ。

 さすがはたにや――加藤だな。お前について行けば楽ができる」


「それが言いたくて俺に話しかけたのか?」


「そうだけど? あかんのか?」


「……さっさと運転席へ行け。

 積んでるゴミを運んだら今日は上がりだ」


 解体した木造建築物から出た木材を運ぶのが今日の仕事、足立はコンクリート塊を再生骨材にするために提携する処理施設へ運送してる。


 木材のほうは原材料や燃料として再資源化できるので、資源が限られてる今の世界では無駄にすることができない。



「しかしよ、加藤って、ババ専とは思わなかったな」


「しばくぞ、てめえ」


 運転しながらからかってくる菅原に谷口はキレそうになった。


 ――入社したものの、会社に仕事がないことに谷口は愕然となった。


 ゾンビ災害で夫と多くの社員を亡くした来栖夫人が旦那の会社を再興させるために、もう一度事務所を構えたまではいい話だった。


 だが技術者がいない会社では請け負える仕事が少なく、夫の友人たちが市から受注した仕事の下請けさせようと話を持ってきても、今の来栖組ができる仕事はほとんどなかった――



「ケケケっ――だってよ、今の仕事って、ほとんど加藤が受けてきたっしょ?

 来栖のばばあが好きなら声をかけろよ、すぐに落ちると思うぜ」


「黙って運転しろ、ボケェ」

「いてっ」


 谷口は下品な笑いをみせる菅原の頭にゲンコツを降らせた。



 ――そのまま退社しようと菅原に足立は小声で提案してきたが谷口は現状を検討した。


 会社に入った谷口たちの住む場所と食事を用意したのは来栖夫人。そのことを口で感謝するとともに、やはり見込んだ通りのお人よしと谷口は笑ってしまった。


 違う会社へ就職するのも一つの手。だけどお人よし社長の下で働いたほうが自分の思いのままに動けると思った谷口は、来栖組に留まることを選んだ。


 頭は使うためについてるもので、居場所と仕事は自分で見つけるべきというのが谷口の個人主義だ。



 出社二日目の昼食後、谷口は歳をとった社員から会社の現状と環境についての聞き込みを行った。


 亡くなった来栖組の前社長には多くの友人がおり、その人たちは来栖夫人を応援しようとしてることも教えてもらった。


 そこで谷口はその人たちが請け負っている工事現場へ出向いて、下請けできそうな仕事を探そうと、菅原を運転手に和歌山市内を見回った。


 谷口が着目したのは産業廃棄物だった。



 解体工事が進むにつれ、ゴミの処理が問題になりつつある和歌山市で、車両などの設備だけは整えてる来栖組なら、運搬する仕事は下請けできそうだ。


 幸いなことにゾンビ災害の前から来栖組は産業廃棄物収集運搬業許可を取ってある。


 あとはそのゴミをどう処理するかということを、谷口は知識が豊富なお年寄り社員たちから教えてもらい、市役所の窓口で現状について聞き込みを行った。


 情報は自ら掴み、正確に分析してこそ活かされると谷口はそう考えてる――



「でもよ、ゴミがお金になるって、とんでもない世界になったもんだな。

 ゾンビ様々ってやつ?」


「バーカ。ゴミは昔からお金になるらしいぜ」


 来栖夫人の旧知は谷口からの頼みを聞き入れて、産業廃棄物の運搬業務を来栖組に委託した。会社に仕事ができたことで社員たちが大喜びし、だれもが谷口の行動を称賛した。


 残念ながら鉄筋と窓枠などのアルミは市役所が引き取っているため、金にすることはできなかった。



 それでも一時的でも資金を手にすることができた谷口は来栖夫人に提案して、現場で軽作業ができる社員を雇い、自分と足立は会社にある重機で練習してから資格を取得した。


 木造建築物ではあるが、来栖組は解体工事の下請けを引き受けるようになった。



 もちろん和歌山市にも産業廃棄物を運搬する業者はある。中には来栖組の参入を快く思っていない人たちがいて、何度か事務所まで脅しに来たおっさんがいた。


 ゾンビと相手に戦った谷口たちがゾンビから逃げ回ってたおっさんを怖がることなどあるはずもなかった。


 仕事の後におっさんの行動を探偵のように張り込みした谷口は、暴力で訴え出ようとするおっさんとその社員たちを力でねじ伏せた。


 半殺しにされたおっさんたちから、タコ殴りし続けた菅原を引き剥がすのが大変と足立は愚痴をこぼしたくらいだ。



「なあ、いつまで働いたらいいわけ?

 なんか毎日がつまんねえなあ」


「佐々木ぃ、せっかく働き口があるから我慢しろよ。

 会社が大きくなったら楽なポストにつくかもしれないし、それに……」


「それに?」


「なんでもねえよ……

 ——とにかく今は働け」


 一見災害前のような普通にみえる今の日常は脆くて不安定だ。



 ゾンビがいる世界と思えないくらい、高い壁に守られてる和歌山市内では平穏な日々が続いてるが、外へ行けばあいかわらずゾンビはたむろする。


 自分たちがいた大阪市がそうだったように、ちょっとしたきっかけでいつ崩れてしまってもおかしくないと谷口はそんな危機感を抱き続けている。


 大阪から乗ってきた船は整備してるし、隠しておいた武器弾薬は住んでる場所に運び込んだ。


 どんな事態が起きても対応できるように、今はここで働きながら物資の調達に勤しみ、すぐに逃亡できる用意を整えることが大事と谷口はそんな思いを胸に秘めている。




「――お帰りなさい。加藤くん、佐々木くん」


「ただいまっす、社長」

「ちーっす」


 事務所に入ると来栖夫人が声をかけてくれて、奥のほうから夕食のいい匂いが漂ってくる。



「ご飯できてるわよ、佐々木くん」


「やたー! お腹空いたんだよおれ」


「ちゃんと手を洗うのよ」

「あいよ」


 乱暴に安全靴を脱ぎ捨てて、スリッパ―に履き替えた偽名が佐々木の菅原はあっという間に食堂へ消えた。


「加藤くんは食べに行かないの?」


「あー、今日の業務報告を記録したら行きますよ」


 自分の席に座ると谷口はパソコンを立ち上げる。



「はい、お茶どうぞ。

 加藤くんたちが来てくれて本当に良かったわ」


「あ、いただきます。

 ――急になんです?」


 デスクに置かれたお茶を手に取り、谷口は横にある応接セットのソファに座った来栖夫人に質問した。



「ほらね、加藤くんが仕事を取ってきてくれたから会社に人と収入が増えたでしょう。

 それをみてね、神谷さんとこの会社がね、市が発注する保護地域拡張計画の工事を一緒にやらないかって」


「いいんじゃないですか。

 今の体制ならやっていけると思いますよ――あっち!」


 お茶の熱さに思わず叫んでしまった谷口を見て、来栖夫人はクスクスと楽しそうに笑う。



「あとね、高知のほうで連絡が取れなかった親戚がいるのだけど、朝に連絡がきたの。

 てっきりゾンビになったかと思ってたけど、ちゃんと生きててよかったわ」


「へええ……おめでとうございます」


 四国の各地でゾンビがいなくなった知らせは谷口も耳にしてる。でも大阪のほうでよく似た状況が起きてたので、個人的に谷口は楽観視していない。



「神谷さんがね、セラフィ・カンパニーという大きな会社が下請け業者を探してるから受けてみないかっていうし、高知の親戚もね、あっちのほうで仕事があるから手伝ってほしいっていうのよ。

 加藤くんが会社を盛り立ててくれなかったら、こんな話もきてなかったわ」


「いいえ、頑張ったのがみんなですよ。

 ——社長。セラフィ・カンパニーは新しい会社だから、様子見したほうがいいと思いますよ」


「あら、加藤くんもそう思う?」


「それよりも和歌山市は仕事の競争が激しくなってきたし、これからのことを考えたら、セラフィ・カンパニーよりも高知の話はちょっと面白そうですね」


「そうね。私もね、知らない会社はどうかなって迷ってたの。加藤くんがそういうなら今はやめようかしら」


 セラフィ・カンパニー和歌山支社という会社ができ、そこは建築工事を発注するということで、谷口は会社の近くまで見に行ったことがある。



 遠くから芦田という青年を目撃したため、谷口はすぐにその場から立ち去った。


 自分のためにその会社とは関わりたくないと決心して、菅原と足立にもセラフィ・カンパニーに近付くなと厳しく言いつけた。



 それよりも、和歌山市より西側に広がる農地はほとんどゾンビがいなく、その状況を知った多くの市民が安心しきってる。


 大阪で起きたゾンビの襲撃から逃亡してきた谷口は、避難場所になれる候補地を探したかったので、来栖夫人が話した高知市のことに強い興味を持った。



「社長。今は忙しいからすぐには業務を受けられないけど、情報収集してみたいんで、親戚から高知市の話を聞いてもらえませんか?」


「そうね……あっちのほうは自衛隊が提供する衛星電話しか使えないのよ。

 今度連絡ができたら話してみるね」


「お願いします」


 ゾンビがいる世界でいつ急変するかはだれも知ることができない。


 生き延びるためには変化する環境に合わせることが必要で、今のように生き方を変えるのも手段の一つだと、谷口はそう信じて疑わない。





 和歌山入りして、秩序のある社会環境でヒャッハーを控えた谷口が生きる話でした。


ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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