36話 気遣ってくれたのは仕事ができる社員だった
高橋総務部長がセラフィ・カンパニー和歌山支社を立ち上げたのは先日のこと。
支社の副社長に抜擢されたのが保谷さんで、会社の事務スペースとして、県が所有する県庁の南別館に一つのフロアーを格安で貸してもらってる。
社長のほうは和歌山市との提携を考えて、小林知事が推薦してくれた地元の有力企業だったおばさん経営者が就職してくれた。
土木工事のほかにセラフィ・カンパニーは和歌山市と徳島市から双方の人員及び物資の輸送業務が依頼され、市からの業務委託を請け負うことになった。
知恵さんと沙希さんが和歌山へ来たのは、依頼主である市側との調整と運営体制を作り上げるためだった。
海運を始めるに当たって、地元から運営する社員を雇い入れた和歌山支社のほうで、船舶乗務員を募集するこが急務と知恵さんが心配してた。
そこで俺が頼りにさせてもらったのが今や和歌山で漁業をまとめ役の若松さんだ。
「こいつらは漁師としての腕はないが、船を操る才能はわしでも及ばん」
若松さんは何人もの操船が上手な漁師さんを紹介してくれた。
研修でゴーレム船の扱い方を教えた後に就職してくれた彼らのおかげ、今は和歌山港と徳島港で人と物の運送が頻繁に行われている。
「じゃあ、小宮さん。海運のほうはお任せするよ」
「……頑張ってみます」
若手漁師だった小宮さんは各部門や市側との連絡で、交渉や事務に長けていることが発覚し、新入社員であるにもかかわらず、流通部の細川部長から丸投げに近い形で、海運に関わる業務を託された。
「輝! 今日も現場で頑張ろう」
「了解。それじゃ出発しますよ」
和歌山支社の初期運営を見届けた後に知恵さんは本社に戻り、業務遂行のために沙希さんはこっちに残ってくれた。
沙希さんにとって、土木工事は自分の本領だそうで、重機に乗るときが一番楽しいらしい。
和歌山県から依頼された、市の東側から紀の川市までの建物取り壊し並びに整地する工事は、流通部の細川部長が直々に担当すると彼女が意気込みをみせた。
依頼された業務の工事事前協議を進めているとき、会議で問題となったのが燃料となるガソリンだった。
市側としては工事一式の請け負いなので、こっちの負担で契約したと言い張って譲らない。
沙希さんからすれば契約書に記載されてないし、一般的に供給されていないガソリンは政府側が管轄する重要な資源なので、支給してもらわないと重機を動かすことができないと主張した。
「あのう……貸与はできないけど、当社が使うゴーレム重機は作れますよ」
市の担当者が早急の着工を望み、一方の沙希さんはガソリンがないと現場に入れないからはっきりと拒否した。会議が硬直状態となった状況で、俺が打開策を示した方案でガソリンの問題は解決された。
試作したゴーレム重機を見た沙希さんはたいそう喜んでた。市側からレンタルはできないかと申し出があったけど、数がないことを理由に断らせてもらった。
『――快調快調お。会長が作ったゴーレムは今日も快調』
パワーショベル型ゴーレムを運転しながら、無線の向こうで沙希さんはご機嫌になにか咆えてるような気がする。
『芦田あ、そこにいると邪魔だから退けえ』
十河さんが運転するブルドーザー型ゴーレムが轟音を立てながら解体された家の廃材を押してきた。
市側から依頼されてる生存者救助及び資源回収活動の契約で、グレースとセラフィは小谷隊に同行している。
しばらくの間は実務から離れたいと思案した俺は、こうして流通部の工事に作業員として現場で働くことにした。
「保谷さんって、料理がお上手だったですね」
「はい! 花嫁修業をさせられましたし、小さくてもいいから自分で料理屋を構えたかったんですっ」
野生化した野菜で昼食を作ってくれたのは保谷副社長。
滝本副社長は農家だったし、セラフィ社長はメイドだし、俺に至っては元山こもりだった。
高橋総務部長は別枠としても、セラフィ・カンパニーの役員たちは会社の経営とは別に、自分だけの特技を持った人がなるみたいだ。
「輝ぅ、ちょっと来てえ」
「はいはい。飯を食べたら行きますよ」
ゴーレムで乗り物を作れると知った沙希さんにバイクを作らされた。それ以来暇があればバイクを乗り回す彼女に、ゴーレムバイクの調整を頼まれている。
今日もがっつくようにご飯を食べた沙希さんは、お気に入りの特製ゴーレムバイクで俺を後ろに乗せて、付近の道路を疾走するつもりでいる。
「芦田あ」
「なんです?」
おにぎりを口に放り込んだ俺へ、沙希さんの幼馴染である十河さんが声をかけてきた。
「お嬢はガサツにみえるけど、本当は可愛い女だから頼むな」
「はあ……まあ、可愛い女性とは思いますよ」
意味ありげに笑う十河さんに俺はなんて返事すればいいかと困ってしまった。
確かにバイクを調整するときに、子供のようにねだってくる沙希さんはとても可愛い。
だが仕事をするときの沙希さんは妥協しない鬼だから、笑いかけてくる十河さんの言葉を理解できずに、俺は首を傾げるばかりだ。
「お嬢を頼んだからな」
「……頑張ります」
特殊ゴーレムの製作と調整は嫌いじゃないし、よく頑張ってくれてる沙希さんのご褒美として乗り物を作るくらいなら、俺もできることを惜しむつもりがない。
「――それでな、峠を越えた後に道端で休憩してたら、アタシに声をかけてきた男がいたわけよ。
ナンパかなって思ったら、弟子入りさせてくれっていうのよ。失礼しちゃうわね」
「ははは。そりゃそうだ」
臨時に作った休憩所で沙希さんとお茶を飲んでいる。
工事のほうは順調そのものだ。
社員の仕事を奪うなと保谷支社長からのお達しがあったため、午前中の解体工事を済ませた沙希さんは休憩を入れられた。
会長はウロウロするなとやはり保谷支社長からのお叱りで、休憩所でボーっとしていた俺のところへ沙希さんがやってきた。
することがない二人はあれやこれやで雑談を楽しんでいる。
「あのさあ、みんなが仕事で頑張ってるのに、上の人がそこでのんびりされたら困るんだよ」
「ご、ごめん。なんか手伝うことないか?」
若い従業員を連れて休憩にやってきた十河さんがニヤニヤして文句を言ってきた。
沙希さんは立ち上がってからあたふたする素振りをみせるけど、俺からすればみんなからここへ追いやられたのに、俺と沙希さんにどうしろと言いたくなる。
「午後の仕事はフェンスを立てていくだけだから、ウッドゴーレムを出してくれ」
「30体で足りるか?」
「それだけあれば十分だ。
――二人さ、することがないならどっかへツーリングへ行ってこいよ」
休憩所の前にウッドゴーレムを出そうとしたとき、沙希さんと俺へ十河さんからサボれと言われた。
「え? でも――」
「いいからいいから。お嬢は働き過ぎだからここは俺らに任せろよ」
ウッドゴーレムを出し終えた後、俺と沙希さんの背中を十河さんは止めてあるバイクのほうへ押していく。
「輝! 今日は川沿いへ走っていこうよ」
ゴーレムバイクを跨った沙希さんが風に髪をなびかせながら笑いかけてくる。その笑顔にちょっとドキッとしたのは内緒だ。
「芦田あ、お嬢を頼むぞ」
十河さんが意味深に太い腕で首を巻きついてきた。
――そうだな、十河さんに頼まれたらしっかりと沙希さんを守ってあげなくちゃね。
ツーリング途中でゾンビに遭遇するかもしれない。
ゾンビに襲われても困らないように沙希さんにバリアの魔道具を渡そうと、俺は十河さんの気遣いに心から感謝したい。
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