34話 再訪した都市は今でも復興中だった
三大水城とうたわれた名城の二つが四国にある。
別名吹揚城である今治城は当時の規模は失われたものの、防衛拠点としてなら申し分がないくらい、魔改造したいと衝動を起こさせてくれる。
玉藻城と言われた高松城が往時の姿を保ってたのなら、徳島入りしないでそっちへ行ったのかもしれない。
水城ではないが、別の名を蓬莱城と呼ばれる丸亀城は石垣で固められた堅城だ。グレースとセラフィを伴っての個人用拠点にするなら、たぶんこの城を候補に選んだことだろう。
『無線連絡で松山市の足立市長から連絡がきてたよ。
芦田くんの協議してるから、ぜひセラフィ・カンパニーと契約したいって市長本人から話があったよ』
「協議というほどじゃないですけど、一応は社内で検討してみるって返事しました」
無理がない範囲なら断る理由がないだろう。
もっともそれは航さんたちが調整するので、直接関わる予定のない俺は口を出す気がない。
しかも小谷さんの話によると、海上自衛隊が貸与したゴーレム船で物資を輸送する計画が上がったらしい。今まで放っておいてきた分、政府も松山市に気を遣わざるを得ないだろう。
『有川市長から保護地域拡張工事の手伝いに来てほしいと連絡が何回も入ってたから、そっちへ出向いてと高橋部長が言ってたよ』
「わかりました」
航さんからは会社のほうは多忙極まりないと無線で話してくれた。
ただ、今のところはなるべく俺たちが業務にタッチしないような体制を作り上げたいので、徳島市に帰ってこなくてもいいとのこと。
会長と社長がいない会社がどんどん大きくなっていくのはどうかなと思いつつ、社員の皆様には給与をちゃんと弾んでくださいとしか言い残せなかった。
いっそうのこと会長と社長が定年退職してもいいじゃないだろうかと思ったくらい、会社の運営に俺とセラフィはなんらかの役にも立てていない気がする。
徳島市へ戻ることがなく、新しく指令を受けた小谷隊と共に鳴門の渦潮を通り過ぎた俺たちはそのまま和歌山へ向かった。
四国での救助活動は自衛隊が引き継ぐということで政府との契約は完了したとみなされた。報酬については本社のほうで手続きを進めるため、俺が戻らなくても大丈夫と航さんが言ってくれた。
「久しぶりというべきかな、芦田くん。四国での活躍は聞いているよ」
「どういうふうに伝わってるかは知りませんが、物資の泥棒じゃなくて依頼をこなしただけですからね」
「わかってる。
芦田くんは黙認があっての行動だ、コソ泥のようなマネはしないはずだ」
「そうそう。ちゃんと断ってから盗むんですよ俺。
――って、そうだけど違う! なにを言わせるんですか、前川さん」
築島で再会した前川隊長はとても元気そうだった。
元上司と会えたことで小谷さんもなんだか嬉しそう。
冒険者野郎チームのニックネームで前川さんにからかわれたときの慌てぶりは、横から見ていてもとても楽しそうにみえた。
「四国みたいに都市部からゾンビがいなくなることはないが、東側にある農地でゾンビの姿が見えない事件は起きてる。
増援がこっちへくるまで、一度芦田くんと一緒に見に行こうかと考えてる」
和歌山地域保護地域拡張工事の前段階として、自衛隊のほうから海上自衛隊が操船するゴーレム船の協力を得て、陸上自衛隊による上陸作戦が実施されることとなった。
その部隊に選ばれたのが佐山1等陸佐が率いる特科隊だ。
徳島市での功績によって、特科隊の隊長だった1等陸佐は陸上総隊での勤務となり、近いうちに陸将補になるそうだ。副隊長だった佐山さんが後を託された形で、隊長に昇進したと小谷さんから教えてもらえた。
小谷さんのほうも2等陸尉となり、今回の作戦が終了した後、直轄部隊小隊から正式に中隊へ再編成されることが決定された。
「小谷中隊長、その年齢と階級で中隊長なのは異例のことだ。
さすがは防衛大学校を首席で卒業されたことはあるんだな」
「隊長お、からかわないでくださいよ」
「ヴェ? 小谷さんって、将来有能な幹部候補だったんですか!」
元上司と肩を並べた照れくさそうにする小谷さん。やり手とは思ってたがまさかの首席だなんて、人は見かけによらずの例はここにいた。
「ひかるぅ。ムカつく言い方だけど……まあ、許してやろう」
「ぐぇっ! 首を絞めないでくださいよ」
小谷さんが笑ってる顔と全然笑ってない視線を向けてきて、ぶっとい腕で首を絞めつけてくる。
――ハルちゃん! ドえらいエリートさんがここにいたでえ。今のうちに捕まえておけよ。
「――であるため、和歌川及び真田堀川より西側を保護地域として拡張したいと思います」
和歌山にいた頃、よく会議をした大会議室で上村さんのプレゼンにより、関係各課を招いての保護地域拡張計画草案説明会が行われた。
「いきなりそれだけの保護地域が拡張されたら、土地の利用計画は立ててるのか」
「ガソリンが不足する今、交通対策はどう考えてるのか」
「今の警察と自警団だけで、安全維持のためにどう対策を講じるつもりか」
「自衛隊が計画区域内のゾンビを排除すると書いてあるけど、却ってゾンビの攻撃を誘発しないか」
「ゾンビが見られなくなった市の東側や岩出市、紀の川市の農地を先に確保すべきじゃないか」
政府の後押しを受けての和歌山市保護地域拡張計画。
列席した関係者たちから色んな意見が出され、隣にいる女性の職員が速記する中、上村さんが汗をかきながら丁寧に回答しているところだ。
「芦田くんはどう思うの?」
「市長はどうしたいのです?」
失礼にあたると考えつつ、有川さんからの質問を確認する意味で聞き返した。
「そうね。真田堀川のほうが大変だけど、和歌川なら小雑賀橋と和歌川大橋が増えるだけだから、和歌山港が確保できるのなら、やってみる価値はあるじゃなかしら」
「いい考えじゃないでしょうか。防衛線を東側に集中させることができますし、自衛隊が規模のある部隊を派遣させる計画があるみたいですし。
整地が大変とは思いますが、保護地域内に農地が確保できれば、有川さんにとっても食糧の確保に役立つじゃないですかね」
こういう会議は一種のガス抜きだと俺はそうとらえている。
小林知事を含めた幹部たちと政府の無線会議を経て、和歌山市保護地域拡張計画はすでに決定された事業だと雑賀のじいさんから聞いている。
事業を運営するのは市役所と県庁の担当者たちだ。
上層部がここで各課の担当者を招いたのは、みんなに本音を言わせたいこと、みんなの本音を会議の場で聞き出したいことが本来の目的だと俺は勝手に決めつけた。
「来週に掃討作戦を始めるらしいな」
「ええ、徳島港行きのゴーレム船は小谷隊の隊員がすでに出発しました。三日後には築島へ来られるかと思います」
担当者同士の間で活発する論議を眺めている小林さんから予定を聞かれたから、今の俺が掴んでいる情報で返事した。
現在の保護地域からは前川中隊が南へ向けて出撃し、雑賀崎の埋め立て地から上陸する予定の特科隊が北上する作戦だ。
俺たち異世界帰り組みは西浜地区にある埋め立て地より、市内にいるゾンビを押し出すように、和歌川の東側へ駆逐するという役割を与えられた。
市の南部側をゾンビから奪回した後に、市堀川と真田堀川の内側にある地区の駆逐作戦が発動する計画だ。
「橘湾発電所みたいな石炭を燃料とする発電所がないのが痛手だ。
水力発電所は山中にあるから奪還したとしても維持すること自体が難しい。発電量が限られてもここはソーラーパネルを増設していくしかない」
「わかりました。放置されてる発電所から取ってきます」
まずは前川さんの部隊と和歌山市東部の農地偵察へ出かける予定。
それとは別に電力を確保したい小林さんは有田太陽光発電所を含む各地の太陽光発電所から、ソーラーパネルなどの設備を回収してきてほしいとお願いされた。
水力発電所は今でも施設として存在するものの、山中にあるためにゾンビ犬やゾンビタヌキなどの動物型ゾンビを危険視した小林知事の判断でそのまま放棄された。
セラフィ・カンパニーの会長職は馬車馬のように働かされる。
だれか代わってくれるなら、喜んで会長職を譲ってあげたいと俺は嘆くほかなかった。
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