挿話6 若人は学生生活を楽しんでいた
「レイジ、あんたは進学するの?」
「うん。一応はそのつもりなんだけど」
「ふーん。レイジはお勉強ができるから問題ないか」
「そんなことを言っても今は受験がないから、美紅も進学したいなら大学へ行けるよ」
山岡玲人と四方田美紅は昼食後の休みに校内のベンチで雑談していた。
元徳島大学を利用した総合学校の校舎で高校生活で送る彼らにとって、親がいない今、進路は自分で決めなくてはいけない。
「あたしバカだから勉強は興味ないかな?
七手組の警備活動はほとんどなくなったし、将来はなにしようかなあ」
「まあ、警察と自衛隊がいるからね。彼らに任せるのが一番だよ。
――そうだ。体育の成績がいいからさ、警官か自衛官なんてどう?
無条件で即採用って言われてるでしょう?」
「それな。
誘われてるけど、どうしようかなって迷ってるのよ」
これまでのカリキュラムと違い、高校の授業に必修科目として、農林水産業・商業・工業のいずれかを選ばなくてはいけない。
それとゾンビの攻撃に対応するため、体育の授業では素手から銃器や弓、刀や槍などを用いた近接格闘術が教えられてる。
美紅の体育における評価は教官である警官と自衛官から即戦力級の人材と評価され、卒業後に県警か自衛隊に就職するように強く勧誘されてる。
「なんで迷うんだよ」
「ほら。師匠と一緒にいたら城攻めできるやん? 自衛隊に入ったらそんなことができなくなっちゃうよ。
小早川先生との念願である名古屋城はまだ落とせていないし」
「芦田さんは城攻めなんてしないし。
歴女の趣味は否定しないけど、小早川先生みたいに人生を棒に振っては駄目だよ」
「――誰が人生を棒に振ったですってええ!」
憐れむような目で美紅を見る玲人の後ろに、くだんの小早川先生が仁王立ちして腕を組んだまま山岡を見下ろす。
「げっ、小早川先生……」
「あれだけ教えたのに、山岡くんはまだ歴史の重要さを知らないみたいわね。
――いいこと? 今の人類ははゾンビに攻められてるのよ。天下はまさにトクガワ葵に侵略されたようなものなのっ。
ここはちゃんとサナダの赤備えから戦術と戦略を学んで、お城を拠点にトヨトミの天下を取り戻さなくちゃいけないの」
「そうですよね、小早川先生! 赤備えが不可欠なんですよね」
「……」
小早川の高説に威勢をあげる美紅を呆れたように眺める山岡、彼は間もなく降り注ぐ火の粉を知らずにただ頭を振るだけ。
「いいわ、先生が山岡くんの将来をちゃんと考えてあげましょう。
今から歴史を学んでも遅くないから、推薦状は歴史学部って書いてあげるわ」
「ちょ、ちょっとお、やめてくださいよ小早川先生。僕は工学部を希望してるって前から言ってるでしょう?
――どこに行くんですか? 歴史学部なんて絶対にやめてくださいよ!」
山岡はベンチから立ち上がると、ここから立ち去る小早川先生の後ろを追いかけた。
その様子を笑いながら見てた美紅が大きなあくびしつつ、お昼寝してから午後の授業に出ようとベンチの上で寝そべった。
「――今日のお昼はいつもより混んでるな」
「まあな。学校は幼稚園から大学まであるからな」
三好真彦と鈴谷武文は食堂の行列を見て、軽くため息をついた。
「それは違うぞ、まさぴこ。列に並んでる人の性別をよく見ろ」
「ん? なにが違う――って、野郎ばっかだな」
「あれを見ろ」
なぜかドヤ顔の武文が行列の先へ人差し指を向けた。その方向には胸に豊かなふくらみを持つ若い女性が厨房内で忙しく働いてる光景があった。
「あれってなんだよ。うちのお姉ちゃんなんだけど」
「そうだよ、まさぴこ。
今日はハルコ様がお食事を作っておられるんだよ。それを食わずして生きる意味などあるか!」
「一々唾を飛ばして興奮すんなよ、タケくん。
お姉ちゃんはご飯を作ることが特技みたいなものだから、授業がないときはここでバイトしているだけなの。
別に騒がなくても毎日食えて――ガッハ」
「愚か者めええっ! 天に代わって裁いてれるわ!」
武文は修羅のような表情で真彦の空いたお腹へ右フックをねじり込んだ。
「ハルコ様が作られるお食事を毎日ただで食いやがって……
貴様には幸せというものを知らないのか!」
「いてて……そりゃ幸せって思ってるよ。でも家族なんだから、姉の作る飯を食べるのが弟だろうが。
お前にも妹がいるでしょう? なんか作ってもらえよ」
「しくしくしく……」
いきなり泣き出した武文に驚いた真彦は思わず後ずさった。
「ど、どしたの?」
「う、うちの妹はなあ……
夜食を頼んだらな、カップ麺と水を持ってくるんだよ」
「カップ麺って……今時大事な非常食やん。いい妹じゃないか」
「前に俺が取られたやつなんだよそれ。
しかもただの水だぞ? せめてお湯をくれってんだ」
「お、おう。そうだな……」
「文句を言ったらさあ、お兄ちゃんに使う電気はもったいないってさ……」
真彦は泣きやまない武文の肩を優しく叩き、殴られたお腹の痛みを忘れて慰めるように声をかける。
「食材は持参してもらうけど、今度うちへご飯を食べにくるか?」
「うおおおっ! まさぴこおおっ、お前はなんていいやつなんだ。
親友と呼ばせてくれ」
「気にすんなって。食材はちゃんと持ってこいよ」
武文に抱きつかれた真彦はポンポンと彼の背中を叩いてる。
武文の表情が見えない真彦は、まさか親友と呼んできたやつが泣きながら、ニヤニヤと笑ってるなんて知る由もなかった。
「――タケか。あいつら、賑やかだな」
「本当だな。
まっ、子供はああして遊んでくれるのが一番だ」
職場体験の打合せで学校に来た川瀬と中谷が食事しているとき、食堂のテーブルから騒いでる武文と真彦を見ていた。
「芦田くんたちは依頼でお出かけしてるのでな、タケも遊び相手がいなくて暇してるのだろう」
「かもな。
まあ、いつまでも芦田に頼りっぱなしというわけにもいかんし、できることを一つずつやっていこう。
せめて今年は豊作になれるように田植えで頑張るか」
「そうだな。今年は間に合わないが、早いうちに肉が食べれるように肉牛を増やすつもりだ」
川瀬と中谷は頷き合った後に中断してた食事を食べ始める。
大阪城とは比べられないくらいの農地で、彼らは自分たちが食べて行けるように生産を努力しようと決心している。
それは元大阪城拠点に住んでいた人たちが共通する思い、今を生きるための希望でもあった。
主人公がいない市内で、学校を通う若人が青春を謳歌しています。
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