28話 依頼された仕事は装備作りとお掃除だった
流通そのものが社会の運営を支えたことは、災害以前の日々では想像することもしなかった。お金さえあればものが買えるのが当たり前で、ほしいものなんて発注すればすぐに運送してきてくれた。
大きな地方都市と違って、小さな村や町では大きなスーパーやショッピングセンターが少ない。食糧の入手が極めて困難だったことが家々に残された遺体の数でわかった。
そのために沿岸部はほとんど駆け抜けるような形となった。途中でいくつもの港町はあったけれど、発見できた生存者はわずかな人数しかいなかった。
徳島港で小谷海運と呼ばれている小谷隊は、ほぼ毎日のように俺たちが発見する生存者を、たとえ一人だけでも早く回復してもらうために市が運営する病院へ後送した。
「なんかひかるたちに悪いな」
「なにがです?」
たまには美味しい夕食を食べたいという小谷隊の希望に応えるため、浜辺でセラフィが獲った魚を焼いてるところへ隣にきた小谷さんから謝られた。
「本当はひかるたちが頑張ってくれてるのに、それがな、俺ら自衛隊が各地で人々を助けてる噂になってるんだよ」
「実際に看病するのは医官さんたちですし、連れて帰ってるのは小谷さんたちなんで、それでいいじゃありませんか」
潮風が吹く中の海辺のバーベキューで焼き上がる魚介類はとても美味しく、特にあさりの浜焼きが絶品だ。
「そう言ってくれるのはありがたいだけどなあ、なんだか釈然としないというか」
「俺たちは依頼を受けての行動ですから報酬は弾んでもらってますので、小谷さんは気にし過ぎですよ」
「……ありがとうな、ひかる」
「仕事のことより、どうです? 鹿のステーキが食べたいならセラフィに焼かせますよ。
あの子が焼くステーキは良子さんの直伝でめっちゃうまいですよ」
「いいねえ、もらおうかな」
話を聞きつけた小谷隊の隊員が集まってくる。
俺たちがいる場所の外周でアイアンゴーレムが警備に当たっているので、ゾンビが襲撃してきても問題なく撃退できると思う。
ただゾンビのほうも知恵を持ったような行動をみせる。
小さな集団で襲ってはくるが、こちらが難なく排除したところを目撃された場合、残ったゾンビたちは一斉に後退していく。
「あいつら、なんか考えてるのかな」
「さあ、どうでしょうね」
浜辺の向こうでこっち行動を窺うように集まってきたゾンビへ、小谷さんは目を向ける。
ここにいるゾンビは知らないけど、人間に劣らない思考力を持ったドラウグルなら、俺は大阪の地下で見たことがある。
徳島へ来て以来、出会ったゾンビは道具を使ったり、俺たちの行動を観察したり、チームプレイを組んだりと見知った行動はとっているものの、魔法の使用といったゾンビ離れした技を使うことがない。
さしあたって、警戒を続ける限り、こっちに敵わないと認識したゾンビたちから襲われることはない。俺は夜の時間を利用して、雑賀のじいさんから依頼を受けた装備作りに勤しむ。
錬金術によって生み出されるスチール製のショートソードや鎧。異世界にいたときも討伐部隊の装備一式を俺が作製してたので、昔のことを思い出しながら懐かしさが込みあがってくる。
あの時と違うのは横で邪魔してばかりだったグレースがゲームに夢中になってること、俺と同じのように錬金術が使えるセラフィが手伝ってくれてること、それと横で酒をあおり、一々武器や装備の仕様について、うるさく注文してきた懐かしい面々がだれもいなくなったということだ。
ゾンビがうろつき、なにかと多忙な日々は望んでたスローライフとはいえない生活かもしれない。今はこうして彼女たちと穏やかな一時を過ごせることに、俺は心の安らぎを覚える。
木造建築が多い村や町と違って、ちょっとした地方都市へ行くと街並みの風景が変わってくる。
要塞化された多目的体育館で、警官と保護された市民や市職員を発見することができた。
警察署を放棄した署長の指示で街の中から非常食をかき集められ、スーパーや家々などから食糧が収集することができたために、この地方の街では267人が生き延びられた。
警官や街にいた男たちから多くの犠牲者を出しつつ、雨の日には漁に出たり、野菜や山菜を採取したり、街で出没する鹿などの動物を狩ったりと食べ物の確保に苦労を重ねてきたらしい。
「市民を救助してくれてありがとう」
「よく頑張りました。本当にお疲れさまです」
浜辺で署長からお礼を言われた。
若干の栄養不足はあるものの、多くの人は署長たち警官の努力で衰弱することもなく、アイアンゴーレム警備隊に守られる中、浜辺に並べられたゴーレム船に集合した。
「ひかるの船がなかったら、こんなに乗せられなかった」
「まだありますから大丈夫ですよ」
騎士団員50人がフル装備で乗船することを想定に製作したゴーレム船。ゆとりをもって乗ってもらうために5艘の船を出して、前方にある前倒しの渡し板から生存者たちが乗り込んでいく。
「署長の話によると生存者はほとんどいないらしいけど、ひかるたちはどうする?」
「……ああ? うん。球場があるので野球道具でも収納しましょうかね」
「野球道具ぅ?」
「ハハハハ――
まあ、こんな世の中ですから娯楽は忘れちゃダメと思いますね」
不審そうな表情をみせる小谷さんに、俺は笑って誤魔化した。
球場にいくのは本当のことだが、処刑待ちのヒャッハーさんがこの街にいたためにこれからお出かけしなくちゃいけない。
そういうのはいなかったことにするので、小谷さんに話すつもりがない。
「――な、なあ……俺らが悪かったんだ……許してくれよ」
「許してほしかったのはそこで眠ってる人たちも思ってたと思うんだ。
――お前たちは、許してあげたのか?」
天井から吊り下げられてる遺体が干乾びていた。
どの遺体も手足が欠損していて、くり貫かれた目から今も恐怖と憤怒が漏れ出してるとグレースが耳打ちしてくれた。
床にはむごたらしく殺された女性の死体が横たわっている。
ゾンビが現れて、クソッたれの世界になった。
だからと言って、クソッたれのことしてもいいとはならない。人の命を弄ぶ奴は同時に弄ばれる運命を背負う。白川さんと結んだ契約に明記されない仕事がこういう輩の排除と、可能な場合は被害者の救助だ。
「い、いてえ……う、うう……
裁判を受けるから……てええよ……警察へ連れて行ってくれよ……」
「……」
――お前らをわざわざ生かしたままで連れて行けだあ? なぜ俺がそんなことせにゃならんのだ。
「グレース。全部喰ってしまえ」
「美味しく頂いちゃうわあ」
すでに足がグレースに喰われたこいつらは逃げることもできない。グレースのお食事を邪魔したくない俺はここから立ち去ろうとした。
「ひかる様。この人たちはどうしますか?」
セラフィが指したのは人だったなきがらがいる場所。
「……俺に任せてくれ」
この人たちに罪などなかった。ただいた場所が悪かっただけ。
セラフィに収納させてもいいがここは自分がやるべきと考えた。後で徳島市行きの船に乗せて、ちゃんとした葬式ができるようにへ護送してあげたい。
「どうか安らかに……」
収納しては消える人たち、しばらくの間は生き物では入れない場所で眠ってほしい。
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