27話 相手を納得させるには実績が必要だ
小型ゴーレム車の後部座席にセラフィを乗せて、初めての三人旅が始まる。
小松島市まで自衛隊が進出しているので、この界隈で物資の回収をするつもりがない。ただでさえ武器泥棒と思われてるのだから、いらない容疑が降りかからないためにも自粛するのは大事なことだ。
『あー、こちら小谷。聞こえたらどうぞ』
「芦田です。聞こえましたのでどうぞ」
『連絡は俺とお前だけだから、普通にいく?』
「そうですね。そうしましょうか」
今回の依頼は生存者の捜索を兼ねての旅だから、貸与した魔道具で動くゴーレム船を小谷さんが乗っている。
――出発する前に道中の警備体制について、陸上総隊の担当者や佐山さんを交えての作戦会議が行われた。問題となったのがやはりゾンビの襲撃について、どう対応すべきということだった。
いくら小谷さんがゾンビとの戦闘に慣れてるとは言え、不慮な事故で人員が消耗することは止むえないと小谷さんからの意見に、佐山さんたちが納得しかけたとき、すかさず俺から反論を申し立てた。
小谷隊の人員を守りながらの探索は俺たちの負担になる。
そこで俺たちのチームは陸上ルートを進み、グレースが持つ察知能力で生存者の救助に当たる。
小谷隊は海上を前進ルートとして、救助された生存者の治療と徳島市へ後送する役割を担ってもらう。
俺からの提案を担当者は渋い顔をした。
理由は船を動かす場合、海上自衛隊ともすり合わせしなければならないし、なにより救助作戦に対する燃料の供給が困難であるだろうと問題を提示された。
もちろん、それらのことは俺にとって想定済みなので、ゴーレム船の利用を申し出た。それからはとんとん拍子で話が進んだ。同行するメンバーに教えるために、近海でゴーレム船の操船に対する研修会を企画した
予想した通り、ゴーレム船の情報はすぐに漏れた。海上自衛隊のほうから石油燃料を必要としないゴーレム船を貸してほしいと、会社のほうへ問合せがあった。
これまでの交流は陸上自衛隊がほとんどだったため、バランスを考えろと雑賀のじいさんに諭された。そこで俺が戻るまでの期間限定なら、貸与するのはかまわないと滝本さんに伝えた。
貸し出したゴーレム船は10隻、さすがは現役の海上自衛官、操船は難なく覚えてくれた。
どういうふうに運用するのかは関与しないとして、くれくれ視線はことごとく無視してやった。異世界から持って帰ったものを国に渡す気はない。
準備を整えた俺たちの四国沿岸部探索作戦がスタートした――
そんなわけで小谷隊は海から進み、俺たちが陸の道路を行く。
救助した生存者の体調に応じて、先に後送することになってるため、小谷隊は一部の隊員を交代要員として徳島市で待機させて、そのほかの隊員はすべて乗船した。
『今日はどこまで行くつもりだ?』
「小松島市は自衛隊に任せたいので、下にある阿南市で探索しようかと思ってます」
『自衛隊ってね……
――俺らもその自衛隊だけどな』
「じゃあ、小谷さんはそちらを担当しますか?」
『いやいい。冒険者野郎チームというネームのおかげで他の隊からのやっかみがすごいんだよ。
奇抜な服装で抜け駆けしやがてってな』
「あはははは」
『笑えない話だけどな、まあいいや。
――それじゃ、沖合で待ってるから、なにか動向あれば連絡してくれ。
ちゃんと浜辺に乗り上げて対応するからオーバー』
「わかりましたオーバー」
異世界で作ったゴーレム船は、船首に渡し板がある戦車揚陸艦を参考にしてる。
そのために砂浜で擱座させての上陸ができるので、港よりも浜辺のほうがゾンビが少ないことを考慮した俺は、小谷さんに砂浜での運用を提案した。
田園地帯であるここ一帯、農業倉庫に貯蔵されてる米など農産品の有無を確認し、野生化した野菜や果物を収穫していきたい。
倉庫にある精米前の米は食べられるかどうかはわからないが、保存状況によっては長持ちするものだから、お味は気にしないで食べれたらラッキーという感覚で回収する。
木造建築が多いここ付近は、道具が使えるようになったゾンビによって、窓や扉から侵入されたのではないかと推測してる。実際、以前に徳島市界隈でゾンビが侵入した家を見かけたことがあった。
生存者については運次第で、グレースが察知した人は救助できる限り助けたい。それが今回依頼された長期探索の契約事項の一つだ。
「いるわよ。絶望しか感じてないけれど」
「ありがとう。
――セラフィ、助けに行ってくれ」
「はい、ひかる様」
グレースが指した窓や扉にベニヤ板などで固く閉められた家へ、セラフィを派遣するように伝えた。
ここまで数十人と救助した経験上、男の俺が行くと怯えられるような状況が多発したので、セラフィに任せたほうが衰弱した生存者たちは安心して助けに応じた。
田舎町であるためか、ヒャッハーさんはいたものの数は多くなかった。グレースが喜ぶほどの悪人はいなかったため、契約の記載事項に応じて、暴れるやつは縄で拘束した上で小谷隊に預けた。
白川さんがいうには、犯罪者であっても国民であることに変わりはない。
そのために裁判したのち、犯した罪に相応する刑を与える政府からの方針が提示された。
復興事業は人手が必要なので、受刑者はおもに新設される刑事施設での刑務作業が科される罰則が定まったようだ。
ただ犯罪状況や証拠が掴みにくい上、被害者の多くは亡くなったために裁判が長引くか、犯罪者有利の判決になりそうだと白川さんが嘆いてた。
「一人でも多く善良な国民に復興事業に参加してもらいたいから、今の食糧は貴重品だ」
白川さんからの暗黙に小谷さんとのすり合わせで、グレースが喜ぶような極悪ヒャッハーさんは運悪く現場からいなくなったということにする。
グレースがしばらくの間は契約の履行を求めなくなるので、俺としてもすごく助かる。
ヒャッハーさんが消えてみんな幸せ。
これを善行と称えずして、なんと表現すればいいかが俺にはわからない。
「あっ! ゾンビっ子だ」
俺たちの暴力を恐れてか、辺りから姿を現さなくなったゾンビたち。グレースは道の向こうで走り去ろうとするゾンビタヌキを追いかけた。
「ひかる様。屋内にいる生存者の承諾は得られましたので、ウッドゴーレムでゴーレム車へ運ばせます」
「お疲れさん。持っていきたいものがあれば手伝ってあげて」
「はい」
ここに住んでた生存者が帰って来れるかどうかがわからないため、彼らには移動する際に身の回りの物や貴重品を携帯するように伝えてある。
写真の一枚だけでも、時には人に生きる意欲を持たせることができる。
これから生存者たちは住み慣れた場所から離れ、近くても帰れない場所へいく。心の支えになるものを持ったほうがいいと俺は心からそう思ってる。
学校や公民館などの避難所はほとんど墓場と化した。
契約の中にできるだけゾンビを排除してほしいと記されてるけど、襲ってくるやつならともかく、たむろするだけのゾンビを手にかける気になれないのが俺の本音だ。
生存競争に敗北した人類。
俺が人類の先兵になって、失われた領土を取り戻すために敵性勢力を大量虐殺する。まるで勇者そのものではないかとたまに錯覚を起こす。
だれにどう思われようと、俺がしたいのはあくまで自分たちが生き長らえるための拠点作り。徳島市の復興に手を貸しているのは、現時点でそうしたほうがいいと選択したからだ。
中央であれ、地方であれ、政府そのものが無くなったというのなら、俺も社会性を無視して自分たちのルールに従って生きていく。
だが政府が未だに機能を持つ以上は、自治団体ならともかく、国作りする気はまったく持ち合わせていない。自分たちの利益を確保するために、こっちの言い分が政府側に通せるだけの実績を積んでおきたい。
主張と権利は口だけで叫ぶものではなく、相手にこっちが有益であることを示してこそ成り立つものだと俺はそう考えてる。それがこのような煩わしい依頼を受け続ける理由。
川瀬さんたちのことなら、俺が動いている間は政府側も国民である彼と彼女らを守らなくちゃいけないと決めつけてる。もし徳島で何か起きたときに国が国民を守る義務を放棄したのなら、川瀬さんたちだけを助け出して、俺たちだけで拠点作りのためにどこかへ旅立つ。
「小谷さん。聞こえましたらどうぞ」
『小谷だ。聞こえたからどうぞ』
「そちらの様子はどうですか?」
『数は多くないがゾンビはいた。発電所の設備を壊したくないので近距離戦を検討してるところだ』
小谷隊は政府がどうしても制圧しておきたい重要施設、橘湾火力発電所の近くの海上にいる。
阿南発電所のほうは石油を使用するので、原油が輸入できない現段階での運用が困難と結論された。
だが橘湾発電所のほうは石炭火力発電所なので、現在は閉山中ではあるものの、池島鉱炭や軍艦島と呼ばれた端島炭鉱、海岸に近い三池炭鉱など、国内で採炭しての稼働が期待されてる。
「今からそちらへ向かいますので、少しだけ待ってもらえますか?」
『わかった。こっちは偵察を続ける』
「それじゃ、また後でオーバー」
『了解したオーバー』
小谷さんとの連絡を終えた俺はセラフィに連れられて、家の中から出てきた生存者たちへ目を向ける。
電力の確保は復興事業の最重要事項として取り扱われているため、なにがなんでも橘湾発電所を抑えたいのが政府から要望であると、雑賀のじいさんから聞いたことがある。
例え採炭ができても、運搬するのは大変じゃないかなと考えつつ、依頼されてないことについては口出しはしない。
もちろん、俺自身も意見するつもりがないので、計画がうまく行くように信心のないお祈りを捧げてやろう。
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