24話 お別れ会の宴会は楽しむべきだ
困った困ったとぼやきつつ、白川さんは俺がしばらく留守にすることを承諾してくれた。口に出して言わないが、俺に対する風当たりがあることを白川さんもご存知のようだ。
「ついでというわけではないが、中村君から保谷さんへ食糧を確保するための依頼を出しておいた。
どれだけ持って帰れるかは一任するから、とりあえず集められる限り集めておいてくれ」
「了解です」
臨時政府を徳島へ移すことが検討されている今、今年以降の食糧確保が政府内で議論されてる。
自衛隊の主力は今でも沖縄に駐在しているものの、食糧政策において防衛が大事であるため、いくつかの部隊をここへ派遣されることが内定したようだ。
「救助した生存者の中で農家を営んだ人がいるし、農林水産省からも専門家が派遣されるので、放置された農地で米作りが始められる」
「まあ、俺から言えることは偵察を怠らないことです」
「ああ、山のほうだろう?
自衛隊が監視部隊を出す予定だ。それに万全を期して、山側へ堅固なフェンスを築く計画がある。
しかしそうなると資材が不足するな……
――追加依頼で保谷さんへ契約書を送っておくから、建材も確保してきてくれ」
「わかりました」
和歌山地域一帯に比べて、こっちのほうはゾンビの数が比較的少ない。
そのために犠牲を覚悟の上で自衛隊の護衛付きにより、鳴門市、小松島市や徳島市の西側に広がる農地での農産物生産計画の草案があがってると白川さんから教えられた。
俺からすればゾンビが少ないこと自体に疑問を感じるのだが、政府が立てた計画に口を挟むつもりがまったくない。
「帰ってきたら淡路島の奪還について、相談に乗ってもらうことになると思う。
その前に和歌山での特別保護地域拡大計画を手伝ってやってほしい」
「……当社のほうで検討してみます」
本当ならここでゆっくりと住民のみんなでワイワイやりながら、借地した地区で拠点化していきたい。だけど政府と市のお手伝いし過ぎたために、しばらくの間は旅することを強いられてしまった。
後悔はないが反省すべき。
「芦田君が防衛省からの依頼を受けてくれてよかった。
政府内部で君が稼ぎ過ぎてどう扱えばいいか、有能な君をどう使うかの論議が今も続いている」
「ぞっとしない話ですね」
「一応、法で縛る意見も出てるだがな」
「顧問弁護士に相談します!」
大阪城拠点からついて来てくれた弁護士の先生は、国とケンカできると大興奮してた。いつも会社の中で契約書の内容に鋭い目を光らせてくれてるから、ありがたいことこの上無しだ。
「そんなわけでまだ保護されていない国民を助けてきてほしい」
「微力を尽くしましょう」
仕事という大義名分があるから、契約の履行ができなくてもグレースが皮肉をいうこともないだろう。
「芦田くんのことだから、いつかはしでかすと思ったけど、やっちゃったな」
「すいません。みんなが忙しいのに……」
俺たちが住んでいる公営住宅の隣にある商業高校は現在も休校が続いてる。土地の有効利用という観点で、セラフィ・カンパニーの名目で渡部さんにお借りするを申し入れて、学校ごと会社の名義で賃貸契約で借用してる。
俺の壮行会ということでみんなが体育館に集まり、桝原さんたちが捕ってきた旬の魚でどんちゃん騒ぎやってるところだ。
「輝ぅう、大丈夫だよ。
佐山さん所と同じ、こっちも田んぼの傍に放水装置を設置したからあ、ゾンビなんてちょちょちょいのちょちょいだよぉ」
「い、痛い沙希さん。首を絞めないで。ほんでちょが多いよ」
すでにできあがってる沙希さんがやたらと絡んでくる。
格闘技で鍛え上げた肉体は筋肉美女だとは俺も素直にそう思う。ただ色気はまったく感じられないから抱きつかれても嬉しくない。
川や水路があるここ一帯でポンプでくみ上げる放水装置は、ゾンビをかく乱させるのにとても有能な対策だ。
元々は放水車を使用していた佐山副隊長は沙希さんから籠城したときの話を聞いて、本格的に据え付け型の放水装置を導入すると決めたみたいだ。
「任せて、師匠! あたしが四六時中にゾンビを見張ってますから」
「お前は学校へ行け」
「そうだぞ、美紅。老師の一番弟子である僕がいるから心配はなーい!」
「タケ、お前も学校へ行け」
横でミクとタケがギャーギャーと騒いで、こいつらはジュースだけで場の雰囲気で酔っている。
できることならこのままここでいたい気持ちが強いだけど、白川さんから政府のお偉いさんたちより、日本各地で人員の救助に対する依頼が舞い込んでいると警告されたので、やはりしばらくはここを離れるしかないと諦めた。
「ここのことはみんなに任せて、ヒカルくんは自分がしたいことをすればいい」
「ありがとうございます、航さん」
「そうそう、ここに会長がいたら政府と市からの依頼が終わりそうにないわ」
「ええ? でもわたしの仕事がなくなりませんか?」
「大丈夫よ。会長がいない間に今までの未支払いの報酬を回収してきてちょうだい」
「わっかりました!」
カツオのたたきを美味しそうに食べる知恵さんが、自分の仕事を心配する保谷さんに指令を下す。
今まで果たしてどのくらいの報酬が支払ってもらえるのか、正直な話、自分でもよく掴んでない。そういう面倒な作業を人に丸投げできる分、思い付きで会社を作って本当によかった。
「あ、これ美味しい」
「そうだろそうだろ。うちで絞った牛乳で作ったカルーアミルクだ、たくさん飲んでくれ」
お酒が大好きなグレースは柚月さんが作ったカクテルで宴会を楽しんでる。お酒を褒めているはずなのに、なぜか川瀬さんがとても機嫌良さそうに自慢してた。
徳島城の防衛拠点化は鋼板塀の設置だけが俺の帰りを待ち、そのほかの工事は茅野さんたち建築部が進めていく。
さすがに天守閣は作るつもりはなく、監視塔になれる櫓を本丸で再現したいと彼らは気勢をあげてる。自然的な水堀であった寺島川が埋め立てられてるのは時代の流れだから仕方ないとして、そこは鋼板塀を設置することで強化を図る。
「君らはいつもこんな楽しいことをやってたのか」
「今後は招待状を送ってもらいたい」
「どうぞ。うちの会長が奈良で取ってきた地酒です」
佐山さんと白川さんが熊谷さんと中村さんを連れて、いつの間にか乱入している。しかも用意した料理を楽しく召し上がり、知恵さんが注ぐお酒を嗜んでる。
「あ、呼んだのはわたしですっ!」
敵が本陣に入った原因を作ったのはなんと会長秘書の保谷さんだった。
「食堂と居酒屋が休店してるから保谷君に連絡を入れてみたら、ここで壮行会をやってるので来ないかって誘われたよ。
私はね、悲しいんだよ。こういうのは芦田君から連絡があってしかるべきだと思うぞ」
「公務員に接待はご法度です……って、痛いから首を絞めないで」
もうおじさんなのに佐山さんはお歳に似合わず剛力の持ち主、なんでも今も体を鍛えることは欠かせられないらしい。
「佐山さんはサボるべきだと思います」
上に立つ人だから少しは横着してもいいと思うし、上が働き過ぎると下にいる人の仕事がなくなる。
「ヒカルくん。それ、ブーメランだよ」
「そうそう。ちっとも落ち着いてくれないから、頭を冷やしに旅へ行ってくるといいわ」
セラフィ・カンパニーの重鎮である副社長さんと総務部長さんからガツンと言われた。
しばらくの間は旅に出て、冬を越したこの地域を見てくるのもいいかもしれない。
ところでわが社の大黒柱がどこにいると言えば、良子さんたちと追加のぼたん鍋と鹿肉のローストを調理中。
どこにいても、いつでも大活躍できてしまうのがセラフィという万能型ホムンクルスメイドだ。
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