特別編 猛者たちの長は現場が好きだ
佐山副隊長と大臣の視点です。
「雑賀大臣。いくらゾンビを排除したと言っても、まだどこかで潜んでるかもしれませんから現場は我々に任せてください」
「佐山君、無論君たちのことは信用しておるからここへ来た。
もしここでわしがゾンビに襲われたら、沖縄にいる連中がこっちに来たがる歯止めにもなろう。
それにわしは自分で現場を確認するのが好きだってことを今さら言わせるな」
「それは承知してますけど」
いち早く海上自衛隊の艦艇で徳島入りした雑賀防衛大臣は、苦笑する佐山副隊長をお供に奪還を果たしたポートターミナルの中へ入った。
「合同庁舎のほうで大臣の部屋は用意されてますけど、本当にここで事務室を構えるのですか?」
「この周りは駐車場じゃ、ゾンビが襲ってきたら即応できる。
それに合同庁舎にいたら、色んな部署から要望が出てのう、自分たちの勝手な都合ばかり押し付けてくるからうるさくてかなわん」
「思いのほか、徳島市は短期間で奪還できましたからね」
「それよそれ。ゾンビは大したことがないとかバカな輩どもが思い始めたのじゃ。
ふむ、椅子の座り心地は悪くないのう……
――これを見てみろ」
質素な椅子に座った雑賀大臣はやはり質素なデスクに一冊の書類を投げつけた。室内にほかの人はいなく、一緒に部屋へ入った佐山副隊長は書類を取りあげて、表紙に書かれてる文字に目を通す。
「首都奪還に関する作戦検討と実施計画草案……
なぜこんな無謀な作戦案があるのですか」
「ああ、中まで見んでいいぞ。
機密うんぬんではなくてのう、見る価値がないわい」
「これはだれが作成したのですか? 総理は無茶しない人だと思いましたが」
「色んなところからとだけ言っておこう。
連中は徳島を取ったことで気を大きくしたのじゃな。
お前さんとこが出した損害をみせつけてやったがのう、前進するためには尊い犠牲が生じるのはしかたないと言ってきてのう」
「――」
一瞬で険しい表情になった佐山副隊長に雑賀大臣は頭を振ってみせる。
「そう怒るな。お前さんも年だから、自分の体調に気を配れ。
こんな計画はわしが断ってやったわい。どうせ表には出ない書類じゃしな」
「……申し訳ありません。ただ、部下たちの尊い犠牲をそんな扱いにされたくなかったのです」
「もっともじゃ。わしも銃と弾をやるから、これを考えたやつらが行ってこいって怒鳴ってやったわ。
まあ、今回は総理が却下したからよかったものの、たぶん違う形でまた提案されると思うがのう」
「……どういうことですか?」
窓の外へ目をやり、雑賀大臣は先と違い、極めて穏やかな口調で語り出す。
「小僧じゃよ。
徳島市奪還作戦の根幹となったあの子らを野党に焚きつけた輩らが使いたがっておる。
首都奪還なんちゃらとやらも、ここと同じのように小僧を上陸させてから自衛隊を派遣させろってな」
「……現職の自衛官として政策に口を挟むつもりはありません。ですが一個人として、現場で戦った私は賛成できません」
「これまでの報告を見て、小僧と話したわしもお前さんと思いは同じよ」
敬礼する佐山副隊長の姿に頷いてから、雑賀大臣は口を開く。
「心配するな、総理はわしの考えに同意してくれておるのでな、小僧の身柄は防衛省が預からせてもらっておる。
政府内のいざこざも復興庁の白川がよく抑えてるのでのう、今のところは大ごとになっておらん」
「はい。白川君は芦田君の性分を掴んでますので、彼なら大きな問題は起こさせないと考えます」
「……物資の補給はおろか、人員の補充すらままならぬのじゃ。今にある戦力をすり潰させる気はわしにない。
わしの目が黒いうちに自衛隊のことは好き勝手にさせんよ」
「ありがとうございます」
自分の進退をかけて、災害時に現場の権限を拡大させ、ゾンビが猛威を振るってるときは主力部隊を政府と共に、沖縄へ転進させた元自衛官だった雑賀大臣は隊員から強い支持を受けてる。
その当時、増え続けるゾンビの前に守るべき国土の広さと国民の数に対し、戦力としての自衛隊は人員数が少なく、しかも各地に分散されてる。
もちろん、その命令に野党や取り残された国民からは猛反発を受けたが、そのままでは国民を守るどころか、自衛隊ですらゾンビに飲み込まれると睨んだ雑賀大臣の決意は揺るがなかった。
国を再建するには防衛力が欠かせない。
そう考えた雑賀大臣は総理に自衛隊の主力部隊と、自治体の首長を含む政府の沖縄移動を強く進言した。
その判断で沖縄を防衛する体制が構築され、ゾンビと海外難民の排除が執行できる環境が作りあげられた。
沖縄に住む数多の国民、それと野党の議員や各自治体の首長たちは、今もその体制の下で生き長らえた。自ら責任を取って退任しようとした雑賀大臣を、内閣総理大臣が強い意志をもって慰留した経緯がある。
「それはそうと、鳴門市はこっちでやるから作戦を練ってくれ」
「鳴門市ですか?」
佐山副隊長からの問いかけに雑賀大臣は頷いてみせる。
「小僧を使うのは簡単じゃろが、ここら辺でお前さんたちの力を見せつけてやりたいのでのう。
徳島での戦闘経験でお前さんの部隊も慣れてきたじゃろ?
それに小谷君から思ったよりもゾンビが少ないというではないか」
「はい。小谷隊が偵察した結果、徳島市に比べて、鳴門市のほうはゾンビの数が少ないとの報告が上がってます」
「そこでじゃ、今度は小僧を使わないように作戦を考えてくれ。
あれも本来なら民間人だから、仕事を依頼するからって、何でもかんでも小僧に投げるな。
わしらができることは自分たちでするのが責務を果たすというもんじゃな」
「わかりました」
雑賀大臣から下された指令に、佐山副隊長は自分たちの長官に感謝したい思いで胸がいっぱいだ。
ゾンビは確かに手強いが自分たちの務めは国民を守ること。たとえ芦田青年がどんなに強かろうと、それだけは譲るつもりがない。
「大毛島と島田島も取るように作戦に含んでくれ。
総理とも話したがのう、鳴門市は国民が生活できる場所にするから、わしらは大毛島を使わせてもらう」
「大毛島と島田島ですね」
「うむ。最悪の場合に備えて、そこを避難地として使用する警備計画を同時に考えてくれ」
「はい」
夕方の柔らかい光が窓からさしこみ、敬礼してから去ろうとする佐山副隊長に、雑賀大臣はなにか思い出したように話しかける。
「佐山君、ちょっといいかね」
「はい。なんでしょうか」
「もし小僧になにか困ることがあったら、いつでもわしのところへ来いと伝えてくれ」
「はい……」
いまいち防衛大臣の真意を掴めない佐山副隊長は、少しだけ困惑する表情をみせる。
「あれはのう、自分で主張できるやつと思っておるらしいがのう、まだまだ青いわい」
「おっしゃる通りです」
「まっ、こんなじじいでも伊達に歳は食っとらんから、助けてやらんでもないわい。
それに小僧たちとは縁があるからのう」
「わかりました。なにかあったときはそう伝えるように心掛けておきます」
背もたれに体を沈め、部下の退室を確認してから雑賀防衛大臣は両目を閉じた。
ゾンビの世界で過去の繁栄を取り戻すことはもう叶わないのだろう。この老体にかかってる重責を彼は厳粛に受け止めようと考えてる。
自分の人生そのものに悔いはないが、できればこれからの世代に生きる場所を残すことは雑賀大臣が人生で持つ最後の夢だ。
政府内部の動きは作中でほとんど描写されませんが、主人公は自衛隊と関わることが多いため、舞台の裏側を特別編で描いてみました。
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