18話 ドラウグルは戦争が好きだ
今回はドラウグルの視点で、時間軸は主人公が徳島城攻めする前です。
同類はゾンビでウチがドラウグルという存在らしい。詳しいことはなにも知らない。
ウチの名はメリッサ。名前を付けてくれたのは主様のアジル様、ウチが知っているすべてのことはハーレムという集まりにいたときにアジル様が教えてくれた。
アジル様が表情を変える度、ハーレムにいるほかのドラウグルと同じのように、ウチは喜ぶという感情を覚えるみたい。
アジル様だけを見て、アジル様が語ってくれることを聞いて、戦うことを想像して、噛みつけば同種に変化できる人間という動物を襲うことがウチの日常だ。
ウチらと違って、アジル様は人に興味がない。本能に従わないアジル様に聞いてみたことがある。
『アジル様は人を同類にしないのですか?』
『そうだな……
メリッサはアリやクモ、猫や牛を襲わないのだろう?』
『え、ええ。だって、同類にならないじゃないですか』
『それだよ。おれはな、こっちを襲わない限り、大地に色んな生き物がいてもいいと思ってる。
それにやつらがいるおかげでおれたちは進化し続けるしな』
『……ごめんなさい、よくわからないわ』
『それでいい。それがおれの個性だから。
まあ、おれたちと同じように魔法が使えるあの人間だけは同類の脅威になりそうなんでな、そいつが持つ力を見極めたい』
アジル様の言ってることは今でも理解できない。
でもアジル様が人間を襲わないことはわかったし、アジル様が敵として認定したあの人間の動向は掴んでおくべきということを知った。
魔力という力はウチらのエネルギー源というものみたい、詳しいことは知らない。
アジル様がそういうなら、きっと間違いないに決まってる。アジル様がいうことは絶対に正しい。だからウチはアジル様の傍にいる。
「メリッサは美しい」
「ありがとうございます。アジル様」
ウチもゾンビになる前は人間だった。ただなにをやっていたかはまったく覚えていない。
今のウチにはどうでもいいこと。
「それじゃ、あの人間は徳島市にいるというわけだな、ヴィヴィアン」
「はい。船がその方面へ向かったから明石大橋と大鳴門橋を渡って、現地にいるゾンビの様子を確認しながら、あの人間を徳島市内にいることを見て来ました」
ヴィヴィアンはハーレムにいる一人。アジル様が言うには偵察の適性があるみたいだが、なんのことかはよくわからない。
「ご苦労。ところで四国にいる同類はどうだ」
「棒で殴ったり、石を投げたりする程度の知恵はありますが、その程度です」
「ふむ……俺たちのような同類はいたか?」
「いいえ、こちらが聞いたことは返事してくれますが簡単なことしか理解できてないようです」
アジル様がなにか考え込むようにして、ウチのことを見つめてくる。こういうときに覚える感情は確かに嬉しいというものだったと思う。
「メリッサ、頼みたいことがある」
「はい、アジル様の仰せのままに」
そう答えると、アジル様はいつも笑顔で頭を撫でてくれるからウチはとても嬉しい。
「ヴィヴィアンを付けるから徳島市という場所に行って、同類たちを指揮して来い」
「人間を同類に変えればいいですか?」
いつもやってることだから簡単。この前も大阪城という場所で人間を同類に変えてきた。
「いや。お前にはそこで同類に武器を作ってあげろ。
それとあの人間の動きに合わせて、嫌がらせをして来い。
メリッサが必要と思うなら、どんな手を打ってもいいから」
「武器は鉄筋を切断した槍でいいですか?」
「戦争に興味があるお前は好きに采配してくれていい。
大事なのは同類を嗾けて攻撃させることだ、お前は前線に出るな。
くれぐれもあの人間と戦わないようにしろ。つまらん戦いでお前を失いたくはない」
「……はい、アジル様の仰せのままに」
――なぜでしょうか、心臓という内臓が激しく動いてる。ウチはとても喜んでるのかな。
アジル様から額にキスという行為を受けて、うちはアジル様の命令を忠実に実行すると決心する。
ヴィヴィアンから地図をもらったうちは、鉄筋を集めながらそれを2メートルの長さに魔法で切断して、リヤカーという荷車に積載し、途中で出会った同類に引かせた。
現地でウチの代わりに同類を指揮してくれる者が必要だ。
アジル様のお好みはウチらのように胸に二つの大きな脂肪がついてる同類だから、ウチと同じくらい容姿のゾンビを集めて、同類を喰らわせつつ魔力を吸収させた。
「――なるほど。アジル様の言う通り、あの人間と直接戦うのは危険だ」
「そうね。あの人間はこちらの攻撃を跳ね返したし、隣にいる真っ赤な女は間違いなく強敵だわ」
「無理はしない。とにかく今は戦力を増強させる」
「そう。じゃあ、わたしはあの人間と強そうな女たちでも監視しようかしら」
徳島市に入ったヴィヴィアンはまずあの人間の行動を偵察した。その間にウチはここにいる同類を組織させて、鉄筋の槍を装備させた。
でもあの人間はウチが武装させた同類を倒していく。
——よくわからない気持ちが湧きたつ。アジル様の命令がなかったら、今すぐここにいる人間を全滅させたのに。
あの人間は市内で人間を探し回っているようで、大阪城で見かけた鋼鉄でできた防壁をこちらでも築かせて、その中に立てこもってる。
「ねえ、メリッサ。この後はどうするつもり?」
「あの人間の行動を制限させる」
地図を開いたウチは人間たちが多く集まる場所に印を入れておいた。
「自衛隊という人間の戦闘集団が居ついた場所へ集中的に戦闘を仕掛ける。
奪われた場所を奪い返す。その翌日にまた奪わせる。これをくり返すだけ。
たぶんそれで自衛隊の行動は拘束できる」
「よくわからないけどわかったわ。でもそのややこしいやり方はあなたに任すね」
「ヴィヴィアン、お願いがある」
「アジル様に役立つのなら、なんでも言ってちょうだい」
「あの人間の目的はここを制圧することだとウチは睨んでる」
地図を広げたまま、うちは徳島市という場所に指さす。
「市街地と港に空港、ほしいというのならすべてくれてやる。その間にここ一帯から大部分の同類を引き上げて」
ウチが地図にボールペンを使って、大きな丸を書き込んだのは徳島市を中心とする四国の西側だ。
「どこに連れて行くの?」
「付近の山でいい。今は洞窟を掘削して中に隠れるように指示して。
ウチが徳島市から撤退したらその後のことをやっておく」
「それはいいけど、全部を引き上げないのね」
「ええ、嫌がらせ程度に同類を残してきて。
人間たちの気を良くさせるためにはほどほどの抵抗が必要。同類を撃退した事実を与えることで人間たちは勝った気分になれる」
「メリッサがなにを言ってるかはわからないの。
でもあなたのいう通りにするわ」
「ヴィヴィアン、犬とタヌキの同類は徳島市の南にある眉山公園に警戒させるために残してきてほしい」
市内には川が流れてて、水を嫌うウチらは行動が制限されてしまう。稼働してるかどうかはわからないが、人間には衛星というものがある。
だから山ならウチらが有利となるはず。
人間にこっちの動きを掴ませないために、眉山に配備する犬とタヌキやキツネの同類で人間たちをかく乱させる。
「やっておくわ。それであなたは?」
「自衛隊との戦闘はあの人間を引っ張り出すための行動。あの人間が動いたら、この街に用はないの」
「そうなの?」
「ヴィヴィアンが付近一帯の同類を移動させやすいように、ウチは陽動作戦に打って出る。
自衛隊とあの人間が本格的に戦闘を仕掛けてきたら、ウチは市内の同類を引きあげるつもり。
もちろん、苦労はしてもらう。そのために徳島中央公園という場所は、増援の根拠地であるとともに囮でもあるの」
「メリッサ。そんな難しいことばかりして、あなたはいったいなにを考えてるの?」
ヴィヴィアンが質問するのは、なにもウチのことに興味を持ったわけじゃない。そもそもウチらはアジル様の言うことで動いてる。
彼女はウチの考えを知ることで、自分の動き方を知りたいのだろう。
「ウチらが強くなるまで時間がほしい。その間にこの地を人間にくれてやってもいい」
ここへ来る前に、本が好きで知識が豊富なノエリアに四国の人口を調べてもらった。
この島では380万以上の人間がいたらしい。
そのうち同類はどれだけいるかは知らないけど、アジル様は好きに采配していいと言ってくれた。
そのうちの一割でいい、この四国という地で軍事訓練を積んだ同類の軍勢を作りあげる。同類が持つ身体能力なら、鎧と刀剣を装備するだけでかなり強力な戦闘集団が組織できるとウチはそう思ってる。
「あの人間が使う魔法攻撃以外に、警戒すべきは人間たちの艦砲射撃と空爆。
眉山は地下要塞化する。その間にこの地域の北と南にある山間部に洞窟を掘らせるつもり。そこに武装化させた同類を配備させる」
「ふーん。やっぱりメリッサが考えることは理解できないわ。
本当にややこしいわね」
「それとヴィヴィアン。ここににある自衛隊の基地から武器弾薬を全て持ってきてほしい」
阿南市にある自衛隊の基地にウチは印を入れる。ここなら射撃できる銃や大砲があると思うので、人間に取られる前に確保しておきたい。
「わかったわ、任せてちょうだい。
それはそうと……
ねえ、そこまでしてなにを狙ってるの?」
ウチの感情というものが揺れ動くときはアジル様を想う以外に、もう一つ存在する。
「個々に動いてた同類をまとめてみせる。
あの人間と自衛隊がいくら強いとはいえ、ウチらの命令を忠実に従い、鍛え上げられて、武装化する同類の軍団なら、人間なんて敵じゃない事実を見せつけてやりたい」
「ふーん……やっぱりメリッサが考えてることって、よくわからないわ」
「今の世界は人間じゃなくて、アジル様が導く同類こそ地上で最強なの」
「いいわ、メリッサは好きに動いて。
あなたのお手伝いはアジル様から言われたことだから、してほしいことはなんでも言ってちょうだいね」
戦いこそがウチの本能だとアジル様が教えてくれた。
高揚する気持ちが止まらない。
徳島城で人間たちと一戦を交え、やつらに勝ちと思わせてから山へ後退する。その後にこの島にいる同類たちを集めて戦い方を仕込んでいく。できるだけ大阪城のときと同じように、武器と防具で武装させる。
アジル様の命令さえあれば、ここに集まってきた人間たちをウチらの同類か、それとも物言わぬしかばねに変えてやる。
ウチらを阻む最大の敵はあの人間と非常に強い眷属二人。
アジル様が警戒するあの人間に勝ちたい。個体の力で勝つ見込みがないなら、数で押し切ってしまえばいいだけのことだ。
生前の記憶はないですが、強い闘争本能を持つ強敵が現れました。主人公は徳島市で拠点作りを始めたばかりですが、強敵から狙われてます。
作中でメリッサとヴィヴィアンの会話が微妙にかみ合わないのは、現時点では自分のことしか思考しないためです。アジルの指令ならともかく、相手の思想にはあまり理解できないと設定してます。共同作業を行うことで変化を見せるようになると想定しています。
メリッサ(??):ゾンビ化する前は女性で重度のミリタリーオタク。住んでいた家でこもってたが、銃器が欲しくて警察署へ忍び込もうとしたところでガブリ。以後アーウーゾンビとなって、拳銃を手にしたまま徘徊しているところをアジルに拾われた。
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