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爛々と





北の国トルダタは、三つの国に面している。

接する領土は、南の国・アシュリカが一番少なく、オーシャルン国が最も多いとされていた。リファルス国もトルダタと国境により領土を采配しているが、オーシャルンを通った方が北の王都に近い。

元々アリアとウィーリアンの属する陣は、ひとまずオーシャルン国の城へ向かい、残りは自国の国境に向かう予定だった。その後、オーシャルン兵を率いて進むことになっている。

一部隊とはいえ百人での移動をしているアリアたちは、基本野営だ。

現在、作戦本部のテントの中で話し合いが進められていた。

リファルス国の兵団長・ソディスをはじめ、その部下たちがその場にいる。そしてウィーリアンとその傍仕え二人にアリア。エルフの代表として会議に参加するのは、ハティルとイシュルダだ。


「二人も来るとは思ってなかった」

「我が長が人の王と組むのです。その陣営に加わるのは当然でしょう」

「エルナーデさんは?」


イシュルダに問いかけると、彼はくすりと笑った。


「彼女と離れるのは辛いですが、共に生きる世界を救うためです。納得して頂きましたよ」

「この戦いが終わったのち、弟は婚礼の許可を得るのです」


姉のハティルも嬉しそうだ。

若干死亡フラグのような展開だが、彼がそれに屈することはまずないだろう。なにせ、幼いエルナーデ相手に恋心を持ち続けたような男だ。そういう者は、害虫並みに生命力が強いとアリアは思っている。

北の国の暴挙は予想以上に周囲の者をざわつかせていた。先に送っていた密偵の情報によると、一部では魔獣を従えての侵略ではないかと、国境付近では噂になっているという。すでに二つの町が支配下に下ったという事もこちらに伝わっていた。


「相手の手の内が見えん」

「ですがこれ以上の密偵の潜入は危ういかと」


ソディスも頭を痛めている現状だ。

過去もトルダタの戦争は歿発していた。だが、それを全てと見てこちらの体制を整えることは、油断を招くことにもなるだろう。むこうには闇の魔術師が属しているという話も上がっている。城での襲撃の際も、北へ来いと宣言したこと自体がそう思えて仕方がないのだ。加えて、国境の閉鎖のタイミングがよすぎる。


「――アリア殿は、どう考えている?」

「そうですね……」


ソディスに問われ、アリアは地図から視線を上げた。

テント内の空気が妙に張りつめているのは、アリアという存在がいるからだろう。彼女の師の件について、兵たちの間でも様々な憶測が飛び交っているのはもちろん知っている。中には、ただ単に裏切ったのではないか、と考えている者もいるのだ。

そんな視線を受け流しつつ、アリアは口を開いた。


「考えられることは、この出陣自体が陽動ではないかということです」

「……陽動。ならば、我らが北に向かっている間に、別部隊が攻めてくる可能性があるという事か?」

「ええ。そもそも、バーティノンとトルダタが組んでいればの話ですが。十中八九、それは確実だと思いますよ。洗脳というよりは、むしろ進んでそうしている場合もあげられるでしょう。裏をかいての奇襲くらいなら、リファルス兵でも対応できるかと思いますが……」


正直、彼がバックにいるのなら嫌な予感はしている。

通常考えられる戦闘態勢をとってくるかどうか不明なのだ。


「危惧すべきは、洗脳魔法ですね。上位クラスの魔獣さえ操っていたんですから、国境付近の魔獣たちを戦力とみている可能性もあります」

「人だけでも厄介なのに、魔獣もとなると……」

「まあ、むこうがそのつもりならば、私も考えはありますけどね」


集まる視線に対し、アリアはにこりとする。

するとテントの外が騒がしくなり、入り口が開いた。現れたのは黒いフードをかぶった巨体の人物だ。一瞬で警戒体制に入った兵たちだったが、その人物を知る者たちは落ち着いていた。


「状況は?」

「面倒なことをやらせるな」


巨体の人物、ダリは不機嫌そうに答える。アリアは肩をすくめ「そうでもないでしょ?」ととぼけて見せた。だがローブがボロボロなことから、面倒であったには違いない。「……彼は?」というソディスに「私の友人です」と答える。

ダリはずんっと進み、ローブの下からギルドカードを出して身分を証明した。そのおかげで幾分か空気が緩んだ。テントの外から追いかけてきたであろう兵たちは「最初に出せ!」と顔に書いてある。


「アリア、ダリに何かやらせていたのか?」

「ええ、戦力の確保に向かわせていました」

「戦力?」

「……アリア殿、彼は」


ハティルとイシュルダがダリをじっと見ている。

ダリは「エルフか」と少々面食らったような声を出した。フードは相変わらずかぶっているので顔は見えないが、エルフの彼らにはすぐに正体がわかったのだろう。


「思っているままですよ。その話は後にしましょう。ダリ、報告を」

「言われた通り行ってきたぞ。確保できたのは西のみだったがな。一万くらいにはなるだろう」

「まあまあいいところだね。すぐ動けるの?」

「ああ、可能だ」


アリアは目を細め、ソディスたちに顔を向ける。


「先手、という形をとりませんか?」

「戦力とはいったい、誰のことを言っているんだね」

(オーク)です」


ざわっ、と兵たちがざわめく。

フィネガンが「なるほどな」と納得する。


「そりゃダリにしかできないな」

(かしら)さえ屈服させれば、その下についていたやつらを従うことができる」

「お 、鬼とやりあったというのか!?」


ソディスの隣にいた兵から驚きの声が上がる。ダリはいささか面倒くさそうに、自身のかぶっていたフードをはぎ取った。情けない悲鳴がところどころから上がる。


「鬼を味方につけていたとは……あなたは変わり者ですね」

「失礼ですね、ハティル。私じゃなくて、ダリが変わり者なんです」

「ギルドカードを持っていたな。ということは、冒険者登録しているということなのか?」


唯一冷静なソディスにアリアは頷いた。王の許可も得ていることも。

それから今にも斬りかかりそうな兵たちに鋭い視線を向けた。


「鬼だという理由で彼に危害を与えるのならば、黙ってみていませんよ? まあ、私が手を下すまでもなく、彼がそれなりの対応をとることでしょうが」

「い、いったい何を考えているんだね!? 鬼などと手を組んでいるとは…!」

「あら、意志の疎通が出来る相手とそうして何がいけないのでしょうか? 元々、偏見を持って接しているのは人間だけですよ。混血にはそこまでではないのに、なぜ純血の人外の者に対してはそこまで異常な反応をするんでしょうかねぇ」


呆れたように頬杖をつくアリアに、なおも動揺した口調で続ける。


「立場を考えて頂きたい、魔術師殿。君は、セイディア・ルーフェンの弟子なのだぞ!?」

「それがなにか?」

「国を捨てたルーフェン殿の弟子という立場を、きちんと把握して頂きたいものだな」

「……その発言は不用意すぎないだろうか?」


珍しく厳しく出たウィーリアンに男は恭しく胸に手を当てながら、「恐れながらウィーリアン様」と頭を下げる。


「それが現在、リファルス国の中に広がっている疑惑にございます。ルーフェン殿は元より自由奔放すぎる方ゆえ、心変わりしたとしてもおかしくはありません」

「では君は、王が信頼した者が裏切り行為を働いたと、暗に言っているのかい」


セイディアが王の勧誘によって王宮魔術師になったことは有名だ。

ウィーリアンの言葉に、「そのようなつもりは……」と否定をする。


「しかしながら現時点において、ルーフェン殿が裏切っていないという確証たるものはなにひとつありません」

「その発言を裏付けするものもないはずだ」

「……世間の目をお考えください、殿下。一部では、見目麗しい魔術師に心を奪われているという話も上がっております」

「はっ」


思わず鼻で笑ったアリアを睨みつけるが、アリアの冷たい視線に口を閉じる。

アリアは口元を愉快に歪め、まっすぐと兵を見つめた。


「冷静になるべきは、あなたの方だと思うが?」

「な、なんだと」

「はからずしも、王子の御前で国民が口にする噂を持ち出す等、愚か者も同然。あなたはよほど、ウィーリアン王子の名に傷を付けたいらしい。それともその自覚がないということだろうか?」

「……っ」

「それと、勘違いしないで頂きたいね。私は別に、この国がどうなろうが正直どうでもいいんだ」


その言葉に他の兵たちも驚きの表情をする。

それでもアリアは決して笑みを崩そうとはしない。


「私がリファルス国に留まっているのは、この国の一部に対して捨てがたいものがあるからに過ぎない。そして今回の出陣に参加しているのも、王子への義理をたてているだけ。本来であれば、単独行動していた」

「君の方がよほど無礼であろう…!」

「友人に対する義理立てを、なぜ無礼と? ああ、私は王子を誑かす性悪な魔術師と思われているんだっけ?」


アリアは腰に刺していた短刀を手にした。

刺し殺されるとでも思ったのだろうか。兵は思わず自分の剣に手をかける。だがアリアが刃を向けたのは彼ではない。もう片手で、後ろで縛っていた自身の髪の毛をひっつかむと、そのまま躊躇なく切り落とした。肩ほどまであった彼女の黒い髪がばさりと地面に落ちる。その行動に、ぽかんと口を開けて固まった。

短刀を腰に戻しながら、アリアは無表情で見据える。


「我々は戦場にいる。そのような馬鹿げた思考は早々に捨てるべきだ」

「……っアリア!」


隣に座っていたミラーが周りより早く立ち直り咎めたが、彼女がぶち切れているのはわかっているので強めには言えない。

落ちかけた髪飾りは切る前に手にとっていたので、そのまま無言で床に散らばった髪の毛と共に魔法で消す。


「……とりあえず、内輪で揉めていても意味がないと思いますが? 兵団長殿」

「  そうだな。ダリとやら、鬼の陣営は任せていいのだな?」

「ああ」


ソディスの問いかけに、ダリは頷き再びフードをかぶった。


「兵団長……!」

「冷静になれ、イルマ。指揮官であるお前がそのような姿勢でどうする。相手が魔獣を引き連れてくる可能性があるのなら、こちらも同様に鬼をつけて何が悪いのだ? むしろ、ただの兵士より腕が立つだろう」


人間の倍以上の力と戦闘力を持った鬼だ。

それは確かなので、食って掛かっていたイルマはぐっと歯を食いしばる。


「人間は面倒なものだな」

「同感です。ダリとやら」イシュダルも肩を竦める。

「我々が協力したのは確かに王に対してだが、そもそもがアリアへの気持ちだという事を理解していないものが多いらしいですね」


アリアがいなければ、この戦争にエルフが参戦するはずもなかった。ダリとて同様だ。

ぎくり、と兵士たちが事実をつきつけられ青ざめている。イルマもそのことを改めて思いだしたのか硬直した。「いい、やめなさい」とアリアは面倒くさそうに片手を振る。


「何かに仕える人間がこういうものだということは、昔から知っている」

「ふふ、アリア殿。口調が戻っていますよ」

「…戦場に出ると、どうも昔の性格が勝ってね」


はあ、と溜息をつきダリに視線を向けた。


「すまないね、ダリ。少々やりにくいとは思うけど、気にしないでほしい」

「ふん。今更だろう。お前は一部に敵を作りやすいからな」


その言葉に、アリアは口元をにぃと笑みの形にする。

ふいに、ハティルに名を呼ばれた。その顔は警戒したものだった。


「わかっているよ、ハティル。囲まれている」

「なっ…!」

「敵兵か!?」

「すでにいくつか兵を先発として送り込んでいたようですね」


アリアは髪飾りをローブにしまうと、無造作に切ってしまった髪を鬱陶しそうにはらった。テントの柱にくくりつけられた飾り布のひとつを手にし、視界を遮らぬように頭にくくりつけた。かつて(・・・)と同じように。

リファルス国の兵たちが外に出ると、矢が降って来る。防御する間もなく貫かれると思っていた者たちは、空中で止まり地面に落ち始めた矢に呆然とする。それと同様に、それらを打った者たちもだ。


「鷹の紋章……トルダタ兵には間違いないか」


そう言いながらテントから出てくるアリアに自然と道を開ける。彼女が魔法で防御したのだとようやく気付いたようだ。はっとしたようにアリアに向け矢を放つが、いとも簡単に片手ではじかれる。

じり、と警戒して後退する者たちを見渡し「誰が隊長?」と聞くと、一人の長身の男が現れた。


「この隊を率いる、ガルゼン・ヒューゼムだ。颯々の魔術師と見受ける」

「その通りです。この無謀な作戦はあなたが?」

「魔術師に感知されることは想定済みだ」


へえ?と首を傾げるアリアに、ガルゼンという男はにやりと口元を歪めた。

マントの下から出したのは、黒い水晶玉のようなもの。それに何か唱えると、鈍い色で光り始めた。


「これがなにかわかるかね?」

「さあ」

「"魔力封じ"だよ、魔術師殿。精霊の干渉を遮るものだ」


魔術師は、精霊の力を借りて魔法を発動させる。

ならば、それを封じる手段をとるというのもまた策だ。トルダタの兵たちはそれで優位にたったと確信しているのか、余裕の表情すら見える。逆にリファルス国の一部の者たちは、ぐっと警戒を強めた。

アリアは魔法が発動しないことを確認し、ふっと笑った。


「それで?」

「…なんだと?」

「まさかその程度で、私が屈するとでも?」


ぞくり。

アリアから発せられるその空気に、周りの者たちは背筋を凍らせる。

背中からゆっくり抜かれる剣を、まるでスローモーションのように見つめるしかできない。



昔、英雄と呼ばれる者がいた。

真正面から向かう者は、恐怖で震えをも感じたという。

戦という名の殺し合いの場において、その者の両眼はあまりにも不釣り合いだったからだ。



「さて、はじめましょうか?」



感情を隠すかのように巻かれた布の下で、その眼は爛々と輝いていた。





















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