補佐官の選抜
ギルド内の応接室を借り、そこで三組ほどにわけて面接を行う。
志願した来た者たちはほぼ全員がカイルの予想していた通り、長男以外の男の貴族だった。名前と志願理由を聞き、ラマがメモをとっていく。
二組目が退室し、「どう?」という視線を二人に向けると肩を竦められた。
確かに優秀な者たちだが、貴族特有の威圧感というのか、それが強すぎるようだ。
領民たちとの交流が多くなるので、その差が大きすぎると確執が生まれるだろう。
最後の組を招き入れ、アリアはその内三人が今までの者と違うことに気付く。
全員退室させ、改めてその三人を再び入室させた。
ティトル・ザーク。
子爵家次男、年齢は二十歳。黒髪できつい目元をしている。
つい最近まで実家の経理を担当していたらしいが、兄が結婚しその妻が優秀だったことから任せることになったらしい。
エムリス・グランヌ。
伯爵家五男、年齢は十五。背も小柄で、茶色のくせ毛だ。
他貴族に仕えていたが、大きな内部異動があり結果的にリストラにあったという。
ユージーン・エルシナ。
男爵家長男、年齢は十七。中性的な顔立ちで細身である。
長男なので本来ならば実家を継ぐはずだったが、弟の方が優秀だったため後継者騒動が起こり、自ら辞退してきた。
「さて、と。再び入室してもらったわけですが、逆にこちらに質問はありますか?」
アリアは三人に視線を向けながら問いかけると、ティトルの手が上がる。
「よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「私がタドミールに来たのは昨日のことですが、その間町の様子を拝見させて頂きました。想像していたよりも、他領に比べ安定しているように感じましたが、なぜ今回補佐官の募集をかけたのでしょう」
「ご存知かと思いますが、数か月前にこの地を治めていた領主が追放となりました。そのため、今は私が管理し決定を行っている現状です。ですが、私は領主ではありません。そして今回のように、不在することも多くあります。平民である町の者たちが裁けないことが発生した場合、領地が危険にさらされるのは想像できるでしょう?」
「なるほど…そのための補佐官、ですか」
「ええ、いずれか領主が任命された際に、私以外の者がこの町の内部を把握し、領主に落とし込みをするため今から勉強していただくのが、今回の募集の決定に繋がりました」
「アリア嬢が領主になるということは?」
その問いにアリアは苦笑する。
「私はもともと、この地を危機に陥る原因を作った家の者です。その可能性はないと考えて頂きます。私がすべきことは、正しい領主を受け入れ、その領主同様にタドミールの町を統治してくれる者たちを育てることです」
ティトルは納得したように頷いた。
なかなか鋭いことを遠慮なく聞いてくる人物だ。
続いてユージーンが手を上げた。
「性別を問わないとした理由をお聞きしても?」
「? 不思議ですか?」
「こういう職種は、ほとんどが男性を取るでしょう。その証拠に、ここに集まった者たちの中に女性はいません」
確かに。
全員が全員男であった。
それは違う目的でアリアに近づこうとした者も多かったせいだが。
「そうですねぇ。確かに女性が重役についているというのは少ない事例かもしれませんね。けれど、実際私もこうして管理者としていますし、やろうと思えば女性だって問題はないんですよ」
「…実力があれば、関係ない と?」
「ええ。私は実力主義者なんです。いくら身分が高かろうと、ふんぞり返って椅子に座り、高級品に囲まれ笑っている人間が最も嫌いですので。 トゥーラスギルドには鬼を、冒険者として登録させているのですよ」
「お 、鬼をですか…!?」
ぎょっとしたように全員がアリアを見る。
「彼は人間の暮らしによく馴染んでいますし、あそこの支部長も気に入ってますからね。あ、秘密ですよ。一応国の許可をもらっていますが、口を滑らせた場合後悔することになりますから」
「は、はあ…」
「つまり、私は人間だろうが、人外の者だろうが、うまくやれるんならいいんです」
「タドミールにもいるのでしょうか…?」
エムリスが不安そうに聞く。
「ここにはいませんよ」と告げると少しほっとした顔をした。
「すみません、以前勤めていた屋敷の主に魔獣退治を言い渡されて…森でゴブリンに襲われてから魔獣があまり得意ではないのです…」
「戦闘経験が?」
「いえ、屋敷の者全員が駆り出されたので。僕は強くありませんし」
しょんぼり、という表現が正しい。
情けないことを暴露してしまった、と顔に出ている。
「冒険者でなければ、討伐に出すこと自体危険なことです。あなたが恥じるべきことではありませんよ」
「ありがとうございます…」
ちなみにティトルとユージーンは冒険者だった経験もあり、少しくらいの戦闘ならば問題ないらしい。
ふむ。
アリアはラマとフィラカスを見る。
「二人とも、あと聞いておきたいことは?」
「俺はねーよ?」
「私も、問題ないかと」
「 では、試用運転としましょう」
アリアの言葉に、三人がきょとんとする。
「タドミールは、狭いようで思いのほかやることが多いのです。王都が近いこともあり、外部からの人間も多くきますしね。一人で全てをこなすこと自体、初めから無理というわけです。なので効率的な事を考えた場合、三人でそれぞれの役職を補ってもらおうかと思います」
「 それは、三人とも採用ということですか?」
「ええ、不満ですか?」
一人に絞ると思っていたらしい。
アリアに聞かれ、「いいえ」と三人とも首を横に振る。
経理にはティトル、商業にはユージーン、民事・ギルドにはエムリスを任命することとした。
「屋敷の部屋を個人に与えたいと思いますが、それでもよろしいですか?」
「…それは逆にいいのですか?」ユージーンが戸惑ったように聞く。
「今日が初対面ですよ」
「そうですね。お互いに知らなければならないこともたくさんあることでしょう。今からみなさんは、タドミールの一員です。それを自覚していただければ結構です」
準備もあるだろう。
一週間後に雇用を開始すると告げ、面接は終了した。
フィラカスより、補佐官が決定したと他の者にも通達され、無事に終了したのである。
「思ってたよりまともなやつらも混ざってたな」
「他の人達が不純すぎたんでしょう」
「まあ、ちゃんと仕事してくれんなら俺たちは問題ないさ。ですよね、フィラカス隊長」
「ああ、しばらくは様子見だけどな」
そこで解散し、アリアも屋敷に戻って補佐官が三人くることをローザたちに伝える。
部屋数は多いので、家具などをそろえれば問題ないだろう。
執務室にも三人分のディスクを増やし、受け入れる準備をしていく。
「アリア様」
「どうかした?」
「エルシナ様と言う方がいらしていますが…」
そう言われ玄関に下りると、先ほどまで一緒にいたユージーンが立っていた。
アリアに気付き「屋敷まで申し訳ありません」と頭を下げる。
「いいえ。何かありましたか?」
「……言えなかったことが、あるのです」
ユージーンはきつく拳を握っている。顔色も悪い。
とりあえず応接室に通し、ローザにお茶を淹れてもらう。
「それで、言えなかったこととは?」
「…はい、私は嘘をついてしまいました」
「嘘、ですか?」
「……私は……、長男ではないのです」
膝の上で握っていた右手で、ぐいっと首元のスカーフを取り、シャツをはだけさせた。
アリアはそれを見て軽く目を瞠ったが、苦笑いしながら「そういうことですか」と肩をすくめた。胸元はさらしできつく巻いており、さらに固い布板で補強してあった。だが、完全に潰せていない膨らみがある。
「女性だったのですね」
「はい、せっかく採用して頂いたのに、騙した形になり申し訳ありませんでした」
「理由を聞いても?」
前を閉じ、ユージーンは口を開く。
彼――いや、彼女の隠し名はユーリカ。エルシナ子爵家の長女だという。
元々エルシナ家は本家といくつかの分家があり、本家に男児がいなかったため分家より跡継ぎを出すこととなったらしい。どの分家よりもユーリカが早く生まれ、彼女の父はユーリカを男として育てる暴挙に出て、権利をもぎ取ったという。
だが六年前に弟が生まれ、つい最近になり父はユーリカに「跡継ぎは弟のネリスにする」と宣言し、女性として嫁がせると言ったのだ。
「私は、跡継ぎとして育てられました。男として生き、そのために勉学も鍛錬も怠ったことはありません。なのに、今更女として生きろと言われても、どうしたらいいのかわからないのです」
「それで今回、タドミールで募集をかけていたので志願したのですね?」
「はい。エルシナ家は貿易関係の事業を営んでいるので、物流の流れや経営に関しても勉強してきました。 嫁ぐことで、家のためになるのならばと考えもしましたが、今まで学んだことを生かせる環境が欲しかったのです」
なので男装姿で志願した。
だが、アリアとの会話で「性別も立場も関係ない」と言われ、自分の秘密を打ちあけることにしたという。
「家族の方は、今回のことを知っているのですか?」
「父には許可をもらっています。 私が女だとバラすよりは世間体もいいのでしょう」
「あなたは、男として生きますか? それとも、女として生きたいですか?」
ユーリカは顔を上げ、泣きそうな顔で「わかりません」と返す。
「どうしたいのか、わからないのです」
「そうですか」
アリアは少しだけ首を傾げ、ユーリカに微笑む。
「友人の話です。彼女は外見が勇ましいということで、ずっと男装して生活していました。その方が楽だし、女だって周りに馬鹿にされたくないという理由です」
「…はい」
「一緒に旅をしていた仲間にすら、面倒だからと打ち明けていませんでしたが、ある日ばれてしまいこってり怒られました」
「怒られた…?」とユーリカがきょとんとする。
「そんなに信用できなかったのか、と。秘密にすることで、心を許していた友人たちを傷つけてしまったのだと、その時初めて気づいたんです」
「……」
「ユーリカ、あなたが男性として生きるのも女性として生きるのも自由です。けれど、本来持って生まれた性別を隠し通すことは、時に大切な人たちを傷つける原因になります。補佐官として採用した他の二人には、あなたが自分から打ち明けるのですよ。もちろん、タイミングは任せます。けれど、秘密があるとそれはいつか大きな亀裂になりますからね」
「アリア様…」
「私は騙されたとは思ってませんよ。人には人の事情がありますから」
ちゃんと言いに来てくれて、ありがとうございます。
そう言うと、ユーリカは「礼を言うのは、私の方です」と胸の前で手を握り目をつむった。それからうっすらにじんだ涙をぬぐい、アリアに笑いかける。
「自分に責任を持って行動します」
「その言葉で十分です。一週間後、お待ちしていますね」
ユーリカは深く頭を下げ、屋敷を後にした。
男だ女だと、白黒つけなくてもいいと言われたのは初めてだった。
ひとつ胸のつっかえがなくなった気がする。
(私は…私でいいんだ)
女には違いない。
けれど、だからといってドレスを身にまとい女らしく立ち振る舞う必要はない。
それを許されただけで、気持ちはずいぶんと楽になっていた。
一週間後、指定した時刻に三人は集合していた。
これから広間で領民たちにもお披露目する事となっている。
まずはユーリンが一歩前に出た。
それからよく通る声で口を開く。
「"ユーリカ"・エルシナと申します。男装していますが、もともと男勝りなので違和感はないかと思います。熊を素手で倒したこともあります。これからよろしくお願い致します!」
はっきりと言いきったユーリカに、全員がぽかんとしたが、すぐにアリアが大爆笑した。彼女が爆笑するなんてことは珍しいので、そっちの方にぎょっとする。
「うは 、っ ははっ! ユ 、ユーリカ、豪快…! 男前…!」
「恐縮です」
腹を抱え、隣にいたラマに掴まりながらユーリカに向かって親指を上げる。
それが伝染したかのように、領民たちからも笑いが起こり、拍手や口笛が起こった。
ユーリカはくるりと振り向き、どこか緊張したようにティトルとエムリスに向き合う。
「こういうことなんだが、普通に接してもらえると助かる」
「…潔いな」
「女性だったんですか…」
「隠しても、後々が面倒だと教えてもらった」ちらりとアリアを見ながら言う。
「私たちは、タドミールの一員になるらしいからな」
ティトルは、くっ と笑いを漏らし、エムリスも破顔した。
「ティトル・ザークです。兄に婚約者を取られたので女性不審となり家を出ました。不正なく職務を全うします。よろしくお願いします」
「エムリス・グランヌです! 前の職場で八歳のご子息に負けるほど戦闘能力皆無ですが、逃げ足だけは速いです! よろしくお願い致します!」
突然の二人の暴露に、ユーリカは目を丸くしたが、それから嬉しそうに同じく笑った。
領民たちも大笑いしている。アリアは肩を震わせ、何とか笑いを収めようとしているがかなりツボに入ったらしく、しゃべれるほどには回復していない。
「よろしくなー!」
「いいぞいいぞー!」
「景気づけに、歓迎会だなこりゃ」
「食材、かき集めろー!」
わいわいと全員が動き出し、ようやく落ち着いたアリアが息を整えながら三人を見る。
「期待していますよ、御三方」
やがてタドミールの町に、「美食」以外の名が馳せることとなる。
常に算盤を片手に移動し無駄なものは容赦なく切り捨てる「鬼経理」と、料理人のレシピをまとめた本を売り出しヒットさせた「商業の神」、どんな荒くれ者も笑顔で諭し改心させる「民衆の道徳者」。
その噂は他領地や他国にまで広まり、多くの者たちに影響を与えるのであった。




