モールドギルド本部
「…まったく、なんだこれは」
「タドミール領の就職募集の項目ですよ」
セイディアの問いかけに、アリアは答える。
年齢と性別を問わず、町の復興の手助けを募集する、というものだ。
領主の秘書や側近は、大抵の場合は男だ。王とカイルの会話の中でも、当たり前のように「長男以外」「次男や三男」という単語が出ていたが、アリアとしてはしっかり仕事をしてくれる人ならば女性でも構わない。
そして、若がろうが歳をとっていようが、優秀であればなおさらだ。
本当であれば身分も問いたくなかったのだが、厳格な立場でなくてはならないため、ある程度の身分を必要とした。
セイディアは眉を顰めながら、「そっちじゃない」と片手で否定する。
彼が目を落としていたのは、もう一枚の紙だった。
アリアの、結婚相手に対する条件の書類である。
縁談を持ってきた貴族に送るだけのつもりが、各町の掲示板に貼られることになったらしい。王曰く「国民は現状を知るべき」ということらしい。
ヴァーリアン家の騒動が起き、アリアの本当の父親も分かり、果ては公爵家までも巻き込んだものだったのだ。王宮魔術師の弟子という立場でもあるアリアは、民衆の強い好奇心を向けられている現状である。
今回、アリアが条件を出したことにより、彼女の身分を無下には出来ないということを明確にする魂胆のようだ。
公爵家の孫ということは、はからずも王族の血が流れている。
アリアの条件を受け入れたことは、現国王もそれを認めた、という事実になるらしい。
「お前は一生独身でいるつもりか」
「独り身が快適であれば、それも考えています」
本日配布されたということでセイディアにも一部渡したのだが、「なぜ配布する前に見せない」と溜息をつかれる。
「これでは馬鹿が、こぞって勝負を申し込んでくるだろう」
「あら。もちろんわかってますよ。強い者がいれば領地の兵にスカウトしますし、ただの馬鹿であれば起き上がる気力もわかないくらい、叩きのめせるじゃないですか」
「……アリア」
「少々、ストレスがたまっています。こっちは町のことでいっぱいなのに、私を妻に迎えたい? 能天気花畑脳内もいい加減にしろという話ですよ」
それに国の不穏分子も排除できるかもしれませんしね。
黒く笑うアリアに、セイディアは引き気味の視線を向けた。
冒険者として活動していたアリアにとって、机の前に数か月縛られる生活はそうとう苦であったようだ。もちろん、町のためならば何でもする気であるが、城を抜け出す師匠の気持ちが少しだけわかってしまった。
「それにしても、お前より強い者か…いないだろう」
「王と同じこと言わないでください。私だって、勝てない相手くらいいました」
「…誰だ、その化けもんは」
いちいち失礼な発言である。
だがセイディアは、すでに師である自分よりアリアが強いことは気づいていた。
そしてその彼自身が、国内で最強の魔術師なのだ。
化け物扱いしてしまうのは仕方のないことである。
アリアは口を尖らせる。
「魔法も使えばそりゃ勝てますよ。でも、剣のみだと怪しいです」
「ということは、城の兵より強いものということになるな」
「…そうですね」
ふと、少し寂しそうな表情する。
こういう顔をするとき、彼女は「前世」を思い出しているのだろう。
セイディアは「とにかく、あまりやりすぎるな」と軽く叱り、見なかったふりをした。
「王子たちと城下町に行くのだろう」
「ええ。モールドのギルド長に挨拶を」
何度か訪問してほしい、という話はトゥーラスにも来ていた。
しかし面倒だったのでいずれ機会があればと流していたのだ。
だが、オーシャルン国のエリック王子の情報を集める際、本部長のレグラに見つかってしまい、抜け出してきた手前秘密にしてもらったのだ。そしてそれを逆手にとられ、今回正式に訪問することとなった。
「モールドの本部長はウィーリアン様の信者だからな。一緒に行けば狂ったように喜ぶんじゃないか?」
「狂ったようにって怖いですね」
だが、いつかはちゃんと話をしてみたいと思っていた。
トゥーラスギルドにカーネリウスとミラーが派遣されてきた時、王族に対し異常なまでの忠誠心を見せようとしていたのを思い出す。
セイディアの言う通り狂った信者なだけならばいいのだが、あまりに過度なそれも何か裏を疑わずにはいられない。
少し会話しただけでは掴めなかった。
アリアはセイディアに別れを告げ、待ち合わせ場所の馬車乗り場に向かった。
「すみません、おそくなりました」
「僕たちも今きたところだ」
ウィーリアンとフィネガン。そして今回はカーネリウスも来ると言う。
シルヴィンは別の要件があるということで今回は護衛を二人に任せたらしい。
町に向かうための馬車に乗り込むと、「見たぞ、アリア殿」とフィネガンが苦笑する。
「領地の求人はわかるが、あれはなんというか…」
「やれるもんならやってみろ、という喧嘩腰がかなり伝わったな」
カーネリウスも呆れたように言う。
アリアは首を傾げ「その通りですもん」と肯定する。
「父には政略結婚はしない許可を得てますし。そもそも、あの条件を見て戦いを挑んで来る相手に興味はありませんね。将来の妻を力でねじ伏せるとか、クズか」
「アリア、そういうのは笑顔でいうものではないと思うよ…」
最後は飛び切りの笑顔で告げれば、隣に座っているウィーリアンにつっこまれた。
彼女は初めから切る気満々なのだ。
町の中を通り、ギルド施設の裏口に馬車が止まる。
降りるとすぐに、本部長のレグラが待ち構えていた。
「ウィーリアンさま! 魔術師殿も、お待ちしていました!」
「…元気そうだね、レグラ殿」
息を弾ませ現れたレグラにウィーリアンはこわばった笑みを向ける。
レグラは一向を施設内に案内しつつ、機嫌よく話し続けている。
「本部より出世したカーネリウスはどうですかな?」
「ああ、彼には色々と世話になっている。筋もいいし、他の訓練生より早く兵に参加できるほどだよ」
「それはそれは! 当ギルドの誇りですなぁ!」
「大げさっすよ、ギルド長…」
がっはっはっ、と笑うレグラにカーネリウスも失笑している。
どうやら、なかなかにして扱いにくい人物らしい。
くるりと顔が自分に向けられ、アリアも身構える。
「魔術師殿も、しばらく会わぬ間にずいぶんと有名になりましたなぁ! 特に、今朝張り出されたあれは、若い者がこぞって覗きこんでいましたぞ!」
「…そうですか」
わかった。この男は、KY。くうきよめない、だ。
恐らくトゥーラスでの件も、彼の中で空気を読まない忠誠心が前面に出てしまったせいであろう。その証拠に、心から尊敬した視線をウィーリアンに向けている。
職員に呼ばれ場を離れた隙に、ウィーリアンに呟く。
「…本部長に気に入られた理由でもあるんですか」
「…彼には娘がいてね」
「ああ、なるほど…」
気まずそうに視線を逸らす姿に納得する。
以前視察に来た際、レグラに娘をゴリ押しされたらしい。ちなみに彼の娘はウィーリアンよりひとつ上で、現在は副長としてこのギルドにいるらしい。
噂をしていたせいか、レグラがその娘を連れてきた。
「お久しぶりです、ウィーリアン王子」
「ああ、元気そうだね、セレスティ」
セレスティと呼ばれた女性は、かなりの美人だった。どうやら母親似のようである。
職員らしくスーツに似た形式の服装をしているが、その上からでもわかるほど女性らしい体つきをしていた。彼女が現れた途端に、受付を待っていた冒険者たちがだらしない顔をしている。
「魔術師殿、娘のセレスティです」
「初めまして、アリアと申します」
「あなたの噂はかねがね。お会いできて光栄です」
含みのある笑みを頂いたが、アリアは目の前の美人ににっこり笑みを返した。
「美人さんですね!」
「…ありがとうございます」
「アリア殿…」
「はっはっはっ、でしょう! 私に似なくてよかったところです!」
さすがKY。
だが、アリアとしては社交辞令ではなく本気の感想だ。
福眼だ。拝みたい。などと思いながら、にこにこしているアリアにセレスティの方が若干口元がひきつっている。
「セレスティは昔からウィーリアン様にご執心でしてなぁ。魔術師殿のようにかわいらしい方が傍にいるので、気が気ではないんですよ」
「父さま、余計なこと言わないでください!」
「なにを言ってる! ついさっきまでそわそわしてただろうに」
顔を赤くするセレスティはかわいらしい。
ほう、なるほど…とカーネリウスと揃ってウィーリアンを見ると、彼にしては珍しく笑ってない笑みを返してきた。
「…逆らわない方がいいらしいぞ」
「ええ、そのようです」
ひそひそ頷き合う。
セレスティが「嘘ではありませんが…」と恥じ入ったようにウィーリアンを見るので、それに気づいてウィーリアンも少し顔を赤くする。あれほどの迫力美人な女性に熱い視線をむけられているのだ。当然のことだろう。
「春ですなぁ…」
「…アリア殿、年寄り臭いぞ」
「ひどいですね。私はただ、若者たちの青春をのぞき見しているだけですよ」
心外だ!
そう言うと、フィネガンは溜息をつく。
「 アリアさまは、王子の事をどう思っているんですの?」
「はい?」
突然の方向転換に、生暖かい視線を送っていたアリアは間抜けな声を出す。
「私もあの張り紙を拝見しましたわ。もしかして、他の男性を断るための条件で、王子とはお約束でもしているのではないかと」
「…あの条件は、私の保護者に魅入られたかわいそうな方々への牽制ですよ。私の性格を知れば、妻になどとは思いませんしね」
「では、どうも思っていらっしゃらないのですか?」
美人さん、やるじゃないか。
この公共の場で、言質を取ろうとしているのだ。
正直なところ、ウィーリアンをそういう対象として見ていないのだが、少々面白くないと感じるのは、自分の中で少しでも「女のプライド」が残っているからだろうか。
アリアはセレスティににこりとした。
「さあ。ご想像にお任せしますが」
「それは…肯定かしら?」
「どちらともとって下さって結構ですよ。ただ、私と王子が結婚の約束をしていたら、それこそ国内情勢が大きく変わりますし、ここで私が何とも思っていないと答えれば、王族に対しての侮辱ですね。ですから私は、王子のお相手に関しては、沈黙させて頂きます」
正にその通りだ。
アリアの身分は、公爵家の孫である。
王族の血は入っているが、遠縁であるので今の王族との婚姻は認められる立場にあるのだ。だがそうなると、それまで王族に嫁ぎ親族関係となっていた貴族たちの上下関係が変動する恐れがある。
加えて、カイルの娘ということも、今後の貴族界に少なからず影響を与えることとなるだろう。
集まっていた視線に言い聞かせるように、アリアは始終笑顔で告げた。
「あまり不用意な発言はせぬよう、助言致します」
「それは…脅しでしょうか?」
「美人さんを脅す趣味はありませんよ。むしろ私が嫁に欲しいくらいです」
堂々と告げれば、全員ぽかんとする。
だが本部長だけが「いやはや、魔術師が女性なのがもったいないくらいだ!」と豪快に笑っている。空気が張りつめていたものから、一気に脱力したものに変わった。ありがとう、空気が読めない人。
「ところで魔術師殿、まだ先のことではあるのですが、年に一度のギルド大会があるのはご存じですかな?」
「ええ、話には聞いたことが。強者を競う大会ですよね」
「その通り! 今年は剣術に絞ることにしましてな」
いつもは剣士、魔術師も一緒くたに行われていたらしいが、魔術で遠距離攻撃されては剣士の力が正確に測れないということで、分割することにしたらしい。
来年は魔術のみの大会を開催する予定だという。
ちなみに、この国だけではなく他国からも強者が参加する国際大会らしい。
「魔術師殿も、剣の腕がたつと聞いていますぞ。どうですかな? エントリーされては」
「楽しそうですね」
「…本部長、こいつをエントリーさせたら競技場壊滅してなくなりますよ」
カーネリウスが言うと、「その時は新しく建ててもらおう!」と愉快に笑う。
常に失礼なカーネリウスを一瞥し、「考えおきます」と返事をしておく。
それから食事にも招待され、この本部長のおしゃべりはいつになったら止まるのだろうか、と全員が思い始めた頃、アリアは自分の頭上で魔力を感じた。
ひら 、と白い紙が落ちてくる。
「アリア?」
「タドミールから急ぎの伝書です」
手にして中を見て、アリアは溜息をついた。
かたんと席を立つ。
「申し訳ありません。領地より急いで戻るようにと言われましたので、私はここで失礼いたします」
「なにか問題が?」
「補佐官の募集で、気の早い方々がすでに来てしまっているらしく大変みたいです」
数人ならば連絡してこないので、かなりの人数と言えるのだろう。
伝書にも「もうさばけません」と来ている。
「城にも一度タドミールへ戻るとお伝えください」
「わかった。気を付けて」
「本部長、セレスティさん、またいずれかお会いしましょう」
ギルド本部から出てアリアは移転魔法を展開すると、そのままタドミールギルドへと飛んだ。
「アリア殿!」
「すみません、遅くなって」
ギルドでアリアの到着を待っていたらしく、フィラカスが若干涙目で立っていた。
「早く行ってやれ」とウェルミス支部長が呆れたようにいう。
「ひどいことになっているぞ」
「そんなにですか?」
「募集と一緒に出した紙のせいだろ、たぶん」
とりあえずギルド内の訓練所に待機させているというので言ってみると、五十人は超える者たちがいた。
アリアが入っていくと、目を爛々とさせ始める。
「……全員ですか? これ」
「全員です…」
「お嬢さん、おっせーよ!」
名簿を作っていたラマが、怒ったように言うのでとりあえず謝っておく。
今にも自身に突進してきそうな者たちの勢いを感じながら、とりあえず「現在タドミールを管理しているアリア・パードレです」と口を開く。
「みなさん、先日出した補佐官募集の希望者で間違いありませんか」
「はい!」
「そうですか。それならばまず――」
ラマに視線を向けると、こくりと頷き手にしていた名簿を差し出した。
名簿にある名の二割程度を読み上げる。
「名を呼ばれなかった方々はお帰り下さい」
「なっ…!?」
「どうしてですか!?」
呼ばれなかった者たちが一斉に騒ぎ始める。
アリアは目を細め、笑ってない目を向けた。
「私はこの町の補佐官となるものを募集したのです。これから管理するはずの町の中で、すでに喚きたてたり、店や領民に迷惑行為を働いたものたちがいるようですね」
渡されたのは、領民たちから寄せられた情報を元に作成した名簿だ。
領地内で外部からの訪問者による迷惑行為があった場合、すぐに対処できるよう定期的に情報をまとめるようにしている。それが今回も役に立った。彼らが来てすぐに、担当している者たちが動いてくれていたらしい。
「不純な動機で志願した者も必要ありません。あくまで補佐官の募集ですから」
「っ、我々は貴族ですよ!?」
「ある程度の身分は提示しましたが、ただの建前です。それに何か勘違いしていますね。募集しているのは私の補佐官ですが、誰を補佐官にするか決めるのは、最終的にタドミールの領民ですよ」
私はその前のふるい落とし役です。
にっこりとかわいらしく笑ってみると、怒りで顔を赤くしていた者たちはさらに赤くなった。だが次には青くなるのだ。
「……私がまだ笑っているうちに退散した方が、今後のみなさんのためになると思いますが?」
相手はただのご令嬢ではない。
「王宮魔術師の弟子」で、「颯々の魔術師」だ。
それを思い出したのか、すごすごと返り始める。
ようやく人が少なくなり、ふう と息を吐いた。
「では改めて、これから面接を行っていこうと思います。面接官は、ここにいる警備隊長フィラカス、ラマ、そして私です。別室にご案内しましょう」
そういってローブを翻し歩き出したアリアに、残った者たちはやや引け腰のままついていくのだった。




