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騒動の終結




「魔獣だ! 魔獣が来るぞ!」

「みんな避難しろー!」


町は大騒ぎだ。

みんなに知らせるため戻ったラマたちだったが、遠くですでに建物が崩れているのが見える。火もたっており、黒い煙があがっていた。


「伯母さん! なにやってるんだよ!」

「ラマ…わたしはもうだめだよ…」


家に戻ると、伯母であるモリーが位牌を抱きかかえながら座り込んでいた。

一昨年亡くなった父のものである。

ラマは何とかモリーを家から引っ張り出すが、目の前の光景に絶望を覚えた。

逃げ惑う町の人々。

そして、魔獣はすぐそこまで迫っていた。


「お前だけでも逃げるんだよ」

「伯母さん…」


ぐっと拳を握りしめる。

父が亡くなったときも、こうして何もできずに立ち尽くしていただけだった。

自分には決して適わぬ相手に、泣き寝入りするしかなかった。

家の隣の店が音を立てて魔獣に崩される。激しい咆哮を上げる魔獣たちに、ラマも腰の力が抜け伯母を抱きしめたまま尻をつく。

ふと、魔獣たちが何かに怯えるような様子を見せる。ラマは振り返り、その視線の先に目を向けた。


「…お嬢さん…」

「ラマ、立てますか?」


ぽつりと呟いたラマに、アリアは背中の剣を抜きながら聞く。

ウィーリアンたちも、途中でカーネリウスと合流し、他の魔獣と対峙しながら町の者たちを逃がしていた。

「もうだめだ…もう、この町は…」と先ほどから繰り返すモリーの肩に、アリアはそっと触れて微笑む。


「それは違いますよ、ご婦人」

「もう、もう…」

「この町は、これから再生されるのです。領民たちの力によって」


モリーがアリアを見上げる。

だがすでにアリアは歩き出し、やがて駆けだした。

高く飛んだかと思えば、彼女の数十倍の大きさがあるであろう魔獣を、上から真っ二つに切り裂く。逃げていた人々も、思わず立ち止まる。

浴びてしまった血をうっとおしそうに払いながら、向かって来る魔獣を次々になぎ倒していく。


「姐さん!」


そういって走ってきたのは、以前アリアに負けたギルドの冒険者だ。

何故かアルドラも共にいる。


「アリア殿」

「アルドラさん。見ての通りです。お手伝いいただいても?」

「もちろんだ」


ついた途端、町の様子がおかしいことに気づいていた。

突如として魔獣が襲ってきたので、戦いながら町の中心になんとかたどり着いたのだが。

アリアは片手で杖による攻撃を行いながら、近づく魔獣は剣で応戦する。


「姐さん、俺たちゃなにをすりゃいい!?」

「魔獣から町の者たちを逃がしなさい。ヴァーリアン伯爵家の屋敷に向かわせて」

「ああ、わかった! お前ら、いくぞ!」


連れてきた仲間に声をかけ、それが他の冒険者たちにも伝わる。

守り戦う者も増え、領民たちは屋敷の庭に集められた。屋敷の玄関はがらりと開けられ、踊り場では自分たちの領主が縄で拘束されている。その姿に驚いていると、「町の様子は?」とカイルが声をかける。何度か城の視察で町に来ていたカイルを、ほとんどの者が知っている。魔獣によって家が壊されたこと、魔術師や他の冒険者たちが逃がしてくれたことを話す。


「セイ、後どのくらいかかる?」

「そろそろだ」


そう告げると、セイディアは杖に力を込める。すると、そこから一筋の光が空に向かい、弾けた瞬間うっすらと幕が張るように町を覆っていく。空から入り込もうとした魔獣たちが弾き飛ばされた。

軽く息をつき「もう増えることはない」と杖をしまう。


「すでに町にいるやつらはわからんがな」

「いや、十分だろう」

「…すっきりした顔をしているな。何があった」


カイルは苦笑し、「城に帰ったら詳しく話す」と返す。

しばらくして、アリアたちが戻ってきた。

周りは息を呑み、先頭を歩いてやってくる彼女を見つめる。

全身に魔獣の返り血を浴び、その眼は鋭くただ伯爵を見据えている。どこかに感情でも落としてきてしまったかのように、あまりにも表情がなかった。いや、「怒り」だけは見て取れる。

自然と道を開け、アリアを屋敷の玄関に通す領民たちの前に、ヴァーリアン家の者が奥から連れてこられる。ざわざわと、事情を知らない者たちはその光景に驚く。


「ずいぶん派手にやらかしてきたな」

「結界は」

「張りなおした」


ローザが真っ青な顔でタオルを持って駆け寄ってきた。アリアはそれを受け取り、顔の血をぬぐう。


「…… これが、あんたの領地の治め方か」

「…っ!?」

「かつても私は、腐った領主に潰された地を見てきた。人々は嘆き、苦しみ、生きたいのに死んでゆく。一人の、身勝手な権力者のせいでだ。今回だって、あんたがあの男に頼まなきゃ、町はこれ以上の被害を受けなかった」


静かに話しているはずなのに、アリアの声は恐怖を誘い出すのには十分な声色だった。

少し前までは、自分の娘であった少女にだ。


「ヴァーリアン伯爵、あんたは領主を何とする」

「…」

「領主は、領民を管理し生活を保護しなくてはならない。領民から徴収する税金は、決して自分の欲を満たすためのものではない。領主は領民を従わせる存在ではなく、領民を生かすための存在だからだ」


眉を顰め、アリアは伯爵を睨む。

そんな彼女に、ウィーリアンがそっと声をかけた。


「アリア、父からの手紙を」

「…ああ、そうですね」


ローブの下からそれを出し封を切る。

アリアはそれに目を通し、息を吐くとカイルに渡す。カイルも内容を読み、軽く頷いた。それから、その手紙を伯爵に向け掲げる。


「王命により、ゼニム・ヴァーリアンとその家族の処遇は、ヴァーリアン家次女、アリア・ヴァーリアンが定めることとする」

「っ 、聞いていただろう! そいつは私の娘では…」

「"現在"、戸籍上はヴァーリアン家に属している。これは、国の命令だ」


冷静に答えるカイルに、伯爵は歯噛みする。

その隣では、義母がアルディオを抱きしめながらエバンナに寄り添われている。

怯えたように、自分の目の前にいるアリアを見ていた。

アリアは一度目をつむり、それからまっすぐヴァーリアン家の者たちを見据える。


「ゼニム・ヴァーリアン伯爵家現当主。領地、領民を著しく過酷な環境に追いやったこと。禁止されている魔法薬を裏で取引し、私利私欲のため罪のない人々が命を落としていったこと。そして、クローネス公爵夫妻に禁魔法を用い、その人格、あるいは行動を制限した罪により、伯爵の地位を剥奪し、領地の資産を差し押さえるものとする」


いまだなお睨みつけてくる伯爵に、アリアは冷たい視線のまま続ける。


「まだわかりませんか? あなたに、伯爵の地位はふさわしくない。それは今の町の姿と、領民の声が全てを物語っている」

「…っ」

「   四年、いえ…私にとっては、九年です。全て受けてもらわなくては困る」


幼い子供では、情報を集めることは出来ても、それを突き出して問いただすことはできなかった。力のない、狭い空間に投げ込まれるただの子供だった。

義母が「アリア…どうか…」と震えた声で訴えた。


「お願い…っ今までのことは、謝りますから…」

「  伯爵夫人、これは私が個人の理由で告げていることではないのです。領主は、国より権限を得て地位を与えられている。その中でやっていいことと悪いことの区別もつかないのならば、その身分を国に戻すことが筋でしょう」


悪いことをしたなら反省する。

子供でもわかる理屈だ。

けれど大人になると、そういうことを見ないふりして、ずるくなっていく。

セイディアが呆れたようにヴァーリアン家の者たちを見ている。


「本来ならば処刑されてもおかしくない罪状だな。いいのか、アリア」

「…処刑など楽にさせる判断です。この者たちが死んでも、それで領地の者たちが納得するとも思えません。それならば、生きながらえ罪を償わせる方法を私はとらせます」


義母の実家へも通達をし、これは王より処罰を言い渡すこととした。

続けて、エバンナとアルディオの処遇だ。


「お前は、子供まで巻き込むというの…!?」

「ヴァーリアン家の者である以上、特別な措置はできません。しかし子供に罪がないのは確かです。よって、エバンナ・ヴァーリアンは西の国オーシャルンにある女学院の寄宿舎へ行かせます。王の許可はとってありますのでご安心を」

「寄宿舎…?」

「全寮制の、お堅い更生学院です。そこには貴族も平民も共に暮らしているそうですが、かなり窮屈な場所のようですよ」


もちろん爵位を剥奪されたエバンナはただの平民だ。顔色がさらに悪くなる。


「義姉さまは、そこで性根をまともにしてください。少なくとも、ようやく歩き回るようになった幼い義妹を階段から突き落とさない程度には」

「あ、 あれは…っ」

「弁明は結構。聞きたくありません。それから、アルディオ・ヴァーリアン」


名を呼ばれ、びくりと肩を震わせたアルディオだったが、口を一文字にさせアリアを見つめ「はい」と返事をする。一番幼いのに、この家族の中で一番まともに見えたのだろう。事の様子をじっと見ている領民たちの空気が少し柔らかくなったのを感じ、アリアは確信する。


「私の帰省は、あなたを見定めるためでもありました。あなたが、父のように捻くれて育っていたのならば、施設に入れる手続きを済ませていたところです」


それからアリアはクローネス夫妻を振り返る。


「あなた方は被害者ではありますが、公爵という身分にありながら、簡単に騙され利用されるという恥ずべき姿を見せました」

「ああ、そうであろう」

「そしてヴァーリアン元伯爵の行動を助長させる存在ともなってしまった。その責任をとって、アルディオ・ヴァーリアンを養子に迎え、貴族として恥じない者に育てる義務を課せます」


血のつながらない、しかも自分をいいものとして扱っていた男の息子だ。

普通ならば屈辱に感じることだろう。

しかし、ヒディルもラシャナもそれを了承し頷いた。


「とはいえ、私の発言はヴァーリアン家にのみ権限があるのです。二人は断ることだってできるのですよ?」

「何を言っている。これは理不尽な命令ではなく、ただの孫のおねだりだろう」

「あなたが認めた子ならば、私たちもきっと受け入れられるでしょう」


一家の処遇を、おねだりで済ませてしまうあたり、その感覚はさすがアリアの祖父母といったところだろう。アリアは苦笑しながら、アルディオに視線を戻す。


「アルディオ。あなたにこれ以外の道はありません」

「… はい」

「あなたがヴァーリアン家長男としての責任は、決して間違ったことに手を染めない貴族となることです。領民に誠実であり、いかなる場合も欲に溺れてはいけない。それがどれほど難しいことかは、父を見ればわかるでしょう」


まだ六歳の子供には、これから先のことなどわからないかもしれない。

彼の立場からしては、両親と姉から離され、見知らぬ者の家で暮らすことになる。

だがアルディオは一度深呼吸をすると、口を開いた。


「 ちかいます。ぼくは、おねえさまがくださった機会をむげにしないよう、ちゃんと生きていきます」

「…それならば結構。私もそう願います」


堂々とした言葉に、アリアは頷く。

それからウィーリアンに向き合い、「最後に、私への処罰を」と片膝をつく。


「アリア…?」

「今の私がヴァーリアン家の娘であることは、揺るがせぬ事実です。そして、領民が苦しんでいるのを知りながら、今日という日まで行動に移せずにいました」

「だが、君は今日のために今まで証拠をそろえてきたのだろう?」

「それでも、領民にとっては長年に渡り許しがたい"ヴァーリアン家の者"です」


たくさんの人が苦しみ、死んでいった。

それを止めるために情報を集め、証拠を見つけてきたが、それでも被害は被害だ。

ウィーリアンはしばらく黙っていたが、領民たちに目を向ける。


「領民に聞きたい。この者、アリア・ヴァーリアンに処罰を求める者がいるのならば、発言せよ」


しーん、とする中、一人が手を上げる。ラマだ。

ウィーリアンが「発言を許す」と頷いた。


「… 俺たちの町の領主は、いない状態です」

「ああ」

「お嬢さんが、自分にも処罰をというのならば、この町を立て直してほしい」


アリアは、自分に町の者たちが懇願するような視線を向けているのに気付く。

ラマの言葉に反対する声はあがらなかった。ウィーリアンは「アリア」と続ける。


「君への処罰は、もう決まったようだ」

「……処罰になりません」

「領主を命じるわけではない。"無償"で立て直すんだからね」


領主ではないのだから、この地で発生する利益を受け取ることは不可能。

実質、ただ働きである。

アリアは苦笑いをする。


「みなさんはそれでいいんですか?」

「文句ないに決まってるだろ。なにせ、"颯々の魔術師"が町を守ってくれるんだ」


ラマの言葉に、領民たちが頷いている。

先程まで小さくなっていた彼の伯母も、目に輝きを取り戻しアリアを見ていた。

その様子にアリアはやはり困ったように笑いながら、ウィーリアンに「謹んで、処罰をお受けいたします」と頭を下げる。

それから一度、ヴァーリアン家の者たちは城に召喚され、改めて王よりアリアが命じた処罰を正当化させる手はずとなった。そして、ヴァーリアン家他、名の上がったふたつの家にも今回のことで処罰が下される。もちろん、町で魔法違法薬を取り扱っていた店、不当な売買を行っていた店なども、責任者たちが捕まり連行された。

アリアは町に残り、破壊された領地をなんとかすることにする。

そこでアルドラが自身の領地の領主・ヴォルトに掛け合い、コルム町からも応援がくることとなった。もちろんその費用は、ヴァーリアン元伯爵が溜め込んだ資金から繰り出されている。


「ヴォルト様には、後日改めて感謝を伝えに参ります」

「あの方なら、自分から会いに来そうだがな」


あれから一週間、町は少しずつではあるが落ち着きを取り戻し始めた。

破壊された家の住人は、近隣住民で助け合い、アリアも屋敷を仮設住宅として開放し、全員が屋根の下で眠れる環境を作っている。

食事も今ある飲食店を含め、かつて潰された店の者たちが協力し、給仕を行っていた。


「屋敷はどうするつもりだ?」

「全員に住居が渡り次第、新しい領主を迎えるため改築する予定です」

「 町の者たちは、新しい領主を望まなさそうだがな」


長い年月の間、自分たちを守るはずの領主によっていいようにされていたのだ。新しい者が来たところで、不信感はすぐに消えないだろう。


「ですが、いずれは必要になるでしょう。領主不在の町は成り立ちません。私は新しい領主との橋渡し役としてタドミールに留まるつもりですが、時期を見て全て譲りますよ」


もちろん、新しい領主の見極めという責任もある。


「なので、しばらくはお付き合いくださいますよう、ヴォルト様にもお願いします。町を治める方法は、私も存じていないので」

「コラムの町は、君に協力することだろう。伝えておく」


アルドラは頷く。

一年前より落ち着いた雰囲気の少女に、感慨を覚える。あの頃は、王宮魔術師の弟子というフィルターを通してみていたが、彼女はすでに一人の魔術師であり、立派なひとりの人間になっていた。そしてそのあり方が、かつて自分の主を救った時とまるで変っていないことに、僅かながら喜びを感じる。

何の疑いもなしに信頼できる人間など、早々いないものだ。


「アリア」

「師匠、何かありましたか?」


城にいたはずのセイディアが現れ、カイルも共にいた。

アルドラは「では、アリア殿、また近いうちに」と声をかけ、二人に会釈をしその場を離れていく。


「コラムの従者か」

「ええ」

「それはいいとして。ヴァーリアン家の処罰が許可された」


本日、王より言い渡され、正式に各国にも公表されるらしい。

爵位の剥奪と資金の差し押さえに加え王が、禁固刑六年を課したようだ。

「そうですか」と答えるアリアに、セイディアは面白くなさそうな顔をする。


「俺としては、お前が怒りのまま殴り飛ばすとでも思っていたんだがな」

「弟子をなんだと思っているんですか…」

「私もそう思っていたよ」

「カイルさんまで!?」


なんていう認識だろうか。

アリアは少し脹れっ面になりながら口を開く。


「私だって、実際会うまではそうしようかと思っていましたよ。さんざん人を苦しませ、冷遇してきた相手です。原型も分からないほどまでに叩きのめし、簀巻きにして川に流そうかとさえ考えました。もしくは魔獣だらけの森に置き去りにしようかとも」

「…色々と考えていたんだね」

「けど、あの人たちが苦しんだどころで、気は晴れるけれど現実は何も変わりません。数十人、数百人もの犠牲者たちの前で、主犯の一人が命を絶たれたとしても、それで亡くなった方々が帰って来るわけでもないですしね」


なるほど、と頷くセイディアに、アリアは苦笑して見せる。


「…というのも、私の考えではないのですが。かつての友人に、同じような体験をしてきた者がいたのです」

「英雄の、仲間か?」

「はい、側近のジィレッドです。彼の場合は、お爺様がかなりの悪者でした。正直、ヴァーリアン元伯爵とは比べることが失礼に当たるほど、頭が良く、計算的で、しっぽをつかむのにかなり苦労しましたね」


けれど、その孫の方がさらに上手(うわて)だった。

彼も、幼少の頃より祖父の悪事を見抜き、証拠集めに勤しんでいた。そして、城に仕える歳になると、王子の公務に付き添いながら、そこでも巧みに関係のある者たちから言質をとりつつ、どんどん外堀を埋めていったのだ。その中には嘘の情報もあったのだが、彼は人を見抜く能力も長けていたので、真実を追求することができた。


「ジィレッドは、罪を明かし祖父に償いをさせました。その手で命を絶ってやりたいことだったとは思います。 彼の妹は祖父の勝手により、暴力魔と噂のある相手に嫁がされて嬲り殺されたのですから」

「だが、しなかった と」

「その通りです。私は腕と足を一本ずつ、耳を削ぐくらいはしたらと勧めたんですが」

「……そ、そうなんだね」

「彼は私は言いました。"法に背いた者に対し、法の枠を超えた制裁を与えることは、自分も同じような人間に堕ちることだ"と」


そして彼は、淡々と冷静に、しかも滅多に見せぬ笑顔で、説教をし始めたのだ。

そう説明すると、セイディアとカイルは何のことかわからずぽかんとする。


「師匠からも昔、笑顔で攻撃魔法を向けられたことはありますが、正直いってジィレッドの恐ろしさには敵いませんでした。あいつは的確に精神的苦痛を与えたうえで、しかも上げることすらせずひたすら落とし続けるのです…私もよくヘイリスと暴走し、彼の説教は喰らっていましたが、短くて一時間で終わります。けれど自分の祖父への説教は、城の独房で丸三日も続けられたのです……」


アリアは自分の体を抱きしめながら身震いした。

彼女もかなり相手を追い込める手法をとるが、その比ではないらしい。


「私とヘイリスは誓いました。決してジィレッドを本気で怒らせるなと」

「……それでお前は、彼を手本にしていたということか」

「ええ、彼のようには出来ませんけどね」


側近がそこまできつい性格だとは知らなかった。

真実とは、まさに言い伝えられているものより奇である。

アリアは咳払いをし「なので、私も自分の感情を優先せず、国の定める範囲での結論を出したわけです」と話を締めた。


「お前が前世も問題児だったということは伝わった」

「何言ってるんですか。私は平々凡々な人間でしたよ? 周りの個性が強すぎたせいで、それに乗じて比例していっただけです」

「素質はあったということだね…」


保護者二人から何とも言い難い視線を受け取り、居心地が悪くなる。

カイルは気を取り直し本題へ移った。


「アリア、王には全てを告げた。君が、私の娘であると言う事も」

「王と共に聞いていた俺の驚きも見せたかった」

「師匠も知らなかったんですか?」


長い付き合いだというので、てっきり知っているものだと。

だがセイディアは首を振る。


「こいつは昔から隠し事が得意だからな。あとで聞かされることになる」

「私も、ヴァーリアン元伯爵が言うまで確証はなかったんだよ。知っていたら、どんなことをしてでもシェリーナを止めていた」

「 …それもそうだな」

「君はまだ、ヴァーリアン家の娘ということになっている。だがその名が付いて回ると、今後の重荷になるだろう。  私の姓を名乗らないだろうか?」


カイルの申し出に、アリアはきょとんとした。


「それは…カイルさんの子供になるということですか?」

「…あるべき姿に戻るだけだ。けど、君がそうしたくないのならば、それでもいいよ」


少しだけ笑みを浮かべ、カイルは控えめに答える。

もし自分の姓を名乗らなくても、母親の実家であるクローネスを名乗ることも可能だ。彼らも、孫が戻ってくることを喜ぶだろう。アルディオも同様にだ。

アリアは少し考えたが、「ひとつ、条件が」と言う。


「なんだい?」

「私は、貴族として生きる予定はありません。なので、家名のために結婚をすることも望んでいません。それでもいいでしょうか?」

「…変な男に君を嫁がせる気はない」


カイルの目が少し恐ろしく光る。

なるほど、逆に嫁に出されないかもしれないな、とアリアは苦笑した。


「それでは、そのように。 お父さま?」

「……」

「…カイル、男が泣くのは少々みっともない」


セイディアが呆れたように、隣で目元を手で押さえたカイルに言う。

それからアリアに向かって、ニヤリと笑った。


「アリア・パードレ嬢か。ますます名が広まるな」

「それは大歓迎ですね」


ふう、と息をつき、屋敷から見える町並みを見下ろした。

全てが終わったわけではないが、幼い頃に抱いていた目的は達成させることとなった。

肩が軽くなったが、これからタドミールを復興させなければならない。他にも問題は山積みだ。


これから始まる新しい未来に、アリアはただ穏やかな笑みを浮かべていた。









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