血の繋がりというもの
「アリア、いったいそれをいつ知ったんだい?」
沈黙を破ったのはカイルだった。
祖父と孫宣言に、他の者は呆然としている。
「七歳くらいの時ですかね?」
「そんなに前に…!?」
「ローザも母の家名は出さなかったので、何か事情があるのだと思いました。カイルさんも知ってるじゃないですか、私は気になったら知らずにいられない性格ですよ」
「そういうところはおじいさまに似たのね」
ラシャナがくすくすと笑う。
「この人も、かつては色々と探りすぎて、先々代の王に怒られたことがあるのよ」
「知的好奇心は抑えられん」
「同感です」
確実に血筋だー!!!
その場の全員が思う。
そして、ある事実に気付く。
公…すなわち、かつて王の一族であったものだ。
その時点で血は濃いとはいえない遠縁程度だったが、王家の血筋は確かに通っている。そして、その娘の娘…アリアにもそれは流れているのだ。
「…アリアと僕は遠縁になるのか」
「そのようですね。でも面倒なので忘れてください」
呟いたウィーリアンにも、アリアは気にしていないようで、「続けますよ」と言う。
「契約とは、いつ頃交わされましたか?」
「もう十四年は前になるだろうな」
「ちょうど母がヴァーリアン家に嫁いだ頃と重なりますね」
「そうとも言える」
「いい加減にしろ、アリア! 意味の分からぬ因縁をつけるとは…」
「あとで質問してあげますから、大人しくして下さい」
怒りで真っ赤になっている伯爵に軽く言い放ち、「逃げたくても、逃げられないんですから」と冷たく告げた。
「私の推測にすぎませんが、恐らく契約内容はこうでしょう。ひとつ、ヴァーリアン伯爵に逆らえない。ふたつ、そしてそのことを誰にも言えない。みっつ、自分からヴァーリアン家への接触を不可とする」
ヒディルを見ると、その口元は面白げに弧を描いていた。
娘が亡くなった時も姿すら現さなかった、と聞いている。それは伯爵が、そうさせたためだろう。だが、ヴァーリアン家の娘であるアリアから接触したのだから、その関係性はすぐに脆くなり壊れる。単純な抜け道だ。
「そしてそれは、ただの契約ではなく… 契約魔法となっている」
アリアの左手に杖が収まる。伯爵が気づいて駆け寄る前に、とんっ と軽く床をついた。伯爵とクローネス夫妻の下に魔方陣が現れその場で動けなくなった。
「いけませんねぇ…人権を無視した契約魔法は禁魔法に分類されるんですよ」
「ぐっ…」
「しかも血の契約ですか。契約魔法を隠すための隠蔽もちゃんとされてる。かなり腕の立つ魔術師にお願いしたみたいですけど、 甘い」
アリアは右手で空中にもう一つ魔法陣を出現させる。素早い指の動きで、魔方陣の式を組み替えていく。まるでそろばんを弾いているようだ。
「式の構成がむちゃくちゃですね。下手したら、反動で死んじゃいますよ三人とも」
「大丈夫なのかい?」カイルが聞くと、アリアは頷いた。
「ええ、問題ありません」
すっ と最後に一度指を動かす。
「"契約は無効とする"」
その言葉で魔方陣が一度強く光り、そのまま消えた。
ヒディルは「うむ…」と自分の体を見たあと口を開いた。
「頭にあった鉛がとれたようだ」
「もう話せますよ」
「それはありがたい。しかしな、それでもしゃべれん理由があるのだよ」
「ではその枷も取り外しましょう」
そう言いながら、さらにメリッサから書類を受け取る。
「事の発端は、おじい様が事業に失敗してからですね」
「うむ。他国との貿易を広げようとした結果だ。頼んでいた商人と貿易先が一斉に夜逃げしてな。人件費や輸入時の搬送費なども前払いにしていたため、被害が大きくなった」
「これも私の知人の商人から送られてきたものですが、当時その者たちはそれぞれの領地でかなりの圧力をかけられていたようです」
書類には手紙が添付されていた。
内容は「公の依頼を受ければ一族を追放する」というものである。
そしてそれぞれの差出人を読み上げる。
「レッカー・サリウム。ミドルフ・ウォルダー。 ゼニム・ヴァーリアン」
「…!」
「お父さまの名前がありますが、どういうことでしょう?」
伯爵の顔色が悪くなっていく。
「偽造だ!」
「まさか。それぞれの家名の刻印が入った手紙を偽造なんかしたら、私の首が飛んじゃいますよ。そんな馬鹿なことするわけないじゃないですか」
「刻印は当主が常に持つ歩くものであるしな」
「その通りです」
「しかし、よく集めたなアリアよ。どこにいるかわからん相手だぞ」
「優秀な商人で顔も広い方ですからね。頑張ってくれました」
「ぜひ今度紹介してほしい。その者なら信用できそうだ」
「ではそう伝えておきますね」
朗らかに会話する祖父と孫に、じっと聞いている者たちは冷汗をかいている。
最恐すぎるコンビだ。
「結論から言いましょう。 名の上がった貴族たちが結託して、クローネス家の事業を失敗させた。そして、さもいい人ぶって借金の肩代わりを名乗り出たのでしょう。でもひとつだけわからないことがあるんです」
「なんだね」
「おふたりが、簡単に契約魔法を施されるとは思わないんですけど」
そこが疑問点だ。
すると、ラシャナが言いづらそうに口を開く。
「教会の遣いだと言われて、信じてしまったのよ。祝福を与えてくださると言うものだから」
「…なるほど」
その辺は割と抜けているらしい。
間抜けな理由にアリアは苦笑した。契約魔法を解除しても、言いにくいことだったのだろう。ヒディルも視線を逸らしている。
「このような暴挙に出た理由は、もう明確ですね。クローネス家の名を遣い、好き勝手するためです。自分の名は残らず、全てはクローネス家の指示だと言い逃れできるように」
「 それは、推測にすぎん」
「そうですか? ならば、なぜそこまで動揺しているのでしょうか」
伯爵だけではなく、義母と義姉も青ざめて固まっている。二人は伯爵のやっていることを知らなかったのだろうが、怪しいところはあったらしい。目を見開き、信じられないという顔で一家の主を見つめている。アルディオも、難しい話を全てわかっているとは言い難いが、父親がやってはいけないことをしていたのだと理解はできたのだろう。ぎゅっと唇を噛みしめ、微動だにせずにいる。
「 ヴァーリアン伯爵、あとの二人についても確認をとらせてもらう」
カイルがそう告げると、血走った目で睨みつけてきた。
「私が悪いと言うのか? 貴様が、全ての発端だろうが!」
「……」
「城に入りずいぶん高名に成り上がったようだが、所詮は平民上がりだ。名のある貴族に可愛がられ、さぞかし有頂天のようだなカイル殿」
伯爵の言葉にカイルは眉根を顰める。
続けようとした伯爵だったが、首元に杖を突き付けられぐっと押し黙った。
「彼に対しての侮辱は、私が許さない」
光も宿さずに、アリアが低い声で言う。
確かな殺気に、無意識ながら伯爵の身体が震えあがった。だがカイルが「アリア、やめなさい」と止める。
「私の家が、平民から貴族になったのは確かだ」
「…それはそうなれる力があったということです。名ばかりの伯爵が軽々しくも口にする言葉ではありません」
「 仮にも、君の父親だろう」
アリアは少しして杖を下ろす。
「…もともと私は、ヴァーリアン領にいたんだ。その時、父が公と出会って仕え始めたのがきっかけだった。クローネス領に越し、親しくさせてもらっていた」
「さよう。まこと見どころのある男だ。その息子も才能を受けついでおる」
「買いかぶりすぎです、公。 私は…――」
「知らんわけもあるまい!」
流れるほどの汗をかきながらも、呻くように伯爵が叫ぶ。
「シェリーナは、私が娶った時すでに身ごもっていたのだぞ!」
しん 、と周りが静かになる中、ぜえぜえという伯爵の息遣いだけが響いている。
アリアはまず伯爵を見て、それからこわばった顔のカイルを見てから、同じような顔をしているクローネス夫妻を見る。そしてローザを見ると口元を抑えて目を丸くしていた。
天井を見上げながらアリアは口を開く。
「……娶る前に手をつけたんですか?」
「馬鹿にするのも大概にしろ…!」
「いや、いちおう聞いただけです」
唾を飛ばしながら怒鳴る伯爵にいやな顔をして、アリアはこてんと首を傾げた。
「ではつまり、私はお父さまの子ではないと」
「っ…そうだ」
「あ、そんな勝ち誇った顔されても、別にショックではないんで」
片手でそう返せば、ぎょっとされる。
アリアが「カイルさん」と声をかけると固い声で「…何だい」と言う。
「心当たりは?」
「………」
「沈黙は肯定と取りますが」
「…アリアよ、 彼はかつて娘の婚約者だったのだよ」
ヒディルが思わず告げる。
二人は恋仲だった。
アリアは今までのカイルの言動や態度を思い出していた。
母に向けてのカイルの言葉は、はたして幼なじみに対するものだったろうか。
そして自分に対する態度は、幼なじみの娘に対するものだったろうか。
その答えが見つかり、アリアは笑みを浮かべる。
「言ってくれればよかったのに」
「…言えるはず、ないだろう?」
「まあそうか。結婚前に私が出来たわけですしね。わかります」
「いや、そういうことではなくてだね…」
女子あるまじき発言に周りの方がどよめていてしまう。
カイルは少し俯いたまま続ける。
「私は… シェリーナが嫁いでいくのを止められなかった」
「…それは、契約魔法もあったせいですよ?」
「だとしても、シェリーナは納得して嫁いだのだと思っていたんだ。いや、 思いたかったのかもしれない。家はその時爵位をもらってはいたが、所詮は伯爵の言う通り平民上がりだ。彼女が幸せになるには、ちゃんとした家柄に嫁ぐのが筋だと考えたんだよ」
懐妊していたことは知らなかった。けれど、そんなの言い訳でしかない。
自分は見放したのだ。
それで、どうして自分が…父親なんて言えようか。
カイルの言葉にクローネス夫妻が痛しまげな視線を向ける。その表情は怒りではなく、悲しみにも近かった。だがアリアはそのままカイルの前に歩み寄る。
「 私、家族ってどういうものだろうかって考える時期があって」
「…」
「私の知っている家族の姿は、ヴァーリアン家では叶わないものばかり。一緒に食事をしたり、他愛のないことで笑いあって、甘やかして、叱ってくれる。それが私にとっての、家族への憧れでした」
そっとカイルの手をとる。
カイルは泣きそうな顔でアリアを見ていた。そんな彼に、アリアは優しく笑いかける。
「この家では叶わなかったこと、あなたと師は全部くれた。私の異端ともいえるこの力も、記憶のことも、全部受け入れてくれたじゃないですか」
「 アリア…」
「私とカイルさん、とっくに家族なんですよ」
アリアはカイルの背中に腕を回して抱きしめた。
体の大きさ的にカイルが抱きしめていると取れるのだが、それでもその時ばかりはカイルの方が心もとなく見える。震える手で、アリアを包み込む。
「…私が父親で、いやじゃないかい?」
「それは私がすべき質問ですね。 私はただの子供じゃないですよ」
悪戯っ子のように笑うアリアに、カイルもようやく笑みを浮かべた。
「もちろん、大歓迎だ」
「おんなじ答えです」
その様子を見て、クローネス夫妻もローザも涙を流す。
ローザもシェリーナと一緒にいたのだから、何が起きていたのかはよくわかっていた。
伯爵がアリアにつらく当たるのは、そのせいだということも。
(シェリーナ様、あなたの願いが叶いました…っ)
娘を産み、天へと召されたかつての主が言っていた言葉だ。
"この子と、この子の父親が、笑いあえる日が来ますように"
その願いは、たった今叶えられている。
最後まで自分以外の者を想って死んでいった彼女に、ローザは言葉にならない気持ちでいっぱいになる。
「さて、と。脱線してしまいましたね、すみません」
アリアはカイルから離れ、領民たちに一言謝罪する。
中には親子の和解に目を潤ませているものもいた。
逆に、顔色の悪い伯爵にアリアは視線を戻す。
「感謝します。あなたが口を滑らせなければ、きっと知ることはなかったでしょう」
「…っ」
身ごもっていたシェリーナに気付いたが、クローネス家の名を使う計画を立てていた上に、相手は公爵家だ。格下のヴァーリアン家から破棄などできるはずもなかったし、命じたとしても「公爵家に拒否された」と噂にもなりかねない。なので屋敷内で飼い殺し、必要な場面で捨て駒とする予定だったのだろう。
幼いアリアを老貴族に嫁がせようとしたのも、それが見て取れる。
「全て明るみに出ました。あなたがクローネス公爵に禁魔法を使い、意のままにしていたこと。その結果、領民たちを苦しめていたこと。 そして、その本当の目的もたどり着きました」
ぴくり、と伯爵の肩が動く。
アリアは続けた。
「自身の利益を求めるあまり、手を付けてしまいましたね――魔法違法薬の販売に」
「…アリア、違法薬とはまさか」
「ええ、ウィーリアン。南の国より密輸され問題となっているものです」
いわゆるドラッグと同様の効果のあるものだが少し違う。
主に、魔法によって快楽をもたらすものだ。呪いに似ているのかもしれない。
それを飲み薬として摂取すると、例のごとく気分が高揚し、愉快になれる。その間だけは、辛いことも悲しいことも忘れ、楽しい気持ちになれるのだ。
だが続けると、それは心を病ませる。
一般的に売られている薬をベースにしているので身体的な負担は少ないが、精神に影響のするもので、そのせいで激しい幻覚を伴い暴れたり、この世に絶望し命を絶つものなど、各国で犠牲は広まりつつあった。
「表向きは、精神強化薬と銘打っているようですけどね。タドミールだけでも不審な死亡が多すぎるので、その原因を役所に問い合わせていたのです」
病、事故、だが一番多かったのは変死だ。
その者たちの死に際は、何かに怯えたように発狂したとも聞いている。
おそらくここに詰め寄ってきている領民の中にも、それを使っている者もいるだろう。顔色の悪い人たちが多く見られる。
「追い詰め、心を弱らせ、それに付けこんで薬を販売した」
「ただの言いがかりに過ぎん」
「そうでしょうか? 兵が目星をつけていた店に確認に行っています」
今頃、乗り込んでいる頃でしょうね。
カーネリウスをただギルドに報告するよう言ったのではない。元々、今日はそういう手はずとなっていたのだ。そしてそれは主である、ウィーリアンの指示ということにもなっていた。あくまで王子が怪しんだ店への抜き打ちだ。拒否できるものではない。
アリアは「どんな楽しい事実が出てきますかね」とにっこりした。
「貴様…っ!」
「私に怒るのは筋違いでしょう。恨むのなら、そういうことをしたご自分をお恨みくださいませ」
そこでアリアは、ハッと視線を窓に走らせる。シルヴィンとカイルがそれにすぐ気づき、ウィーリアンを庇うように身を挺した。
「きゃあっ」
「うわぁ!?」
窓ガラスどころの問題ではなかった。
壁ごと外から破壊され、衝撃と物の壊れる音が響く。アリアが素早く防衛魔法を発動させたため、全員に怪我はなかった。
「アリア!」
「大丈夫です。お怪我は?」
「無事だ」
ウィーリアンの安全を確認し、アリアは鋭く外に目を向ける。だがすぐに振り返ることとなった。伯爵が隠し持っていたナイフをアリアに突き刺そうとしたのだ。
もちろん避けることは出来たのだが、その前に「だめぇ!」とアルディオが、自分の父親の足にしがみついた。
「邪魔をするな!」
「うぁっ…」
「アルディオ!」
横っ面を殴られ、アルディオの小さな体が床に叩きつけられる。義母が悲鳴に近い声を上げながらアルディオに駆け寄った。脳震盪を起こしたのか、意識はあるようだが朦朧としている。なおも切りつけようとする伯爵に、シルヴィンの剣が突き付けられた。
「 義母さま、アルディオは大丈夫ですか?」
「え 、ええ…っ」
それだけ確認し、シルヴィンに拘束された伯爵には目もくれず、再び窓の外に目を見やった。
「勝手な真似をしてもらっては困るな、ヴァーリアン伯爵」
男が宙に浮いていた。
黒いローブをまとい、その下からは形のいい唇が笑みを浮かべている。
「君の無様な姿で、全てが台無しだ」
「だ 、誰だ、貴様…」
「おや。自分が雇った人間だろうに」
伯爵は、あの情報屋のことを思い出した。
そして男を睨みつける。
「お前があいつの言っていた…ならばこの状況をなんとかしろ!」
「ふむ…」
男はますます口元を吊り上げた。
「解決策はひとつしかないが、どうする?」
「あなた! もう、もうおやめください!」
アルディオを抱えながら、義母が涙ながらに叫ぶ。
目の前で考えもしなかったことが起こり、パニックになっているようだった。隣にいるエバンナも目を真っ赤にして泣いている。二人とも体を震わせ、伯爵のこれ以上の愚かな行動を止めようとした。
だが伯爵は「さっさとやれ!」と男を怒鳴りつけた。
「――方法はひとつのみ。 全て消せばいい」
男の声が無機質に響く。
す 、と動いた手にアリアが反応し、背中の剣を抜いて斬りつけた。
男の手が、その剣を受け止める。魔法で防衛しているようだ。
「颯々の魔術師… 君がそうか。会うのは初めてだが、私は君の事をよく知っている」
「あんた、いったい…」
そこで部屋の中に飛び戻る。
アリアの周りがぴりぴりした空気に覆われていくのを、その場にいた全員が感じていた。アリアは眉を顰め、男を睨みつける。
「……そうか。あんたが、バーティノン」
「名を知ってもらえていたのか。それは光栄だな」
バーティノンはフードをとり、灰色の瞳をアリアに向ける。
アリアは、彼の指にはめられている指輪を見た。かつて、ロキディウスが指にはめていたものとそっくりだ。
「ああ、これか。過去の遺物だよ」
「教会でのことも、オーシャルン国でのことも、あんたが影で糸を引いてたってわけ? "神なる者"の現統治者さん」
「気づいてくれていたのなら結構。一度権威を失くした我々は、その存在を広めようと必死なのだよ。 気が変わった。今回も、そのひとつの見世物にしよう」
バッ! とバーティノンが空に手を向ける。
固い物が割れるような音を立て、軽い衝撃が地面を走る。
「何をした」
「そんなに大したことではない。この町の一角のみ、結界を壊しただけだ」
招待客を受け入れなくてはならないだろう?
結界。それがなくなることはすなわち、魔獣が入ってくるということだ。
「っ 誰か町に報告を!」
「わ 、わかった!」
ラマを先頭に、領民たちが真っ青な顔で屋敷から飛び出していく。どれくらいの時間があるかわからないが、魔獣のことを町の者たちに知らせなくてはならない。
「それでは十分に楽しんでくれ。うまく生き残ってくれることを祈ろう」
「何が目的なの」
「さあ、いずれわかるだろう」
男が霧のようにサーッと消えていく。
気配は追えない。
ここは諦め、これからのことに思考を向ける。
すると突然の光と共に、セイディアが移転魔法で現れた。どうやら城で結界が敗れたのを感じ飛んできたようだ。
「何事だ! タドミールの結界が消えたぞ!?」
「師匠、いいところに。結界を張りなおすことは可能ですか?」
「時間が必要だ」
「稼ぎます」
「あとでちゃんと説明しろ!」
ちっ と舌打ちをして、セイディアは結界を張るために魔方陣の形成を行う。すでに、魔獣が侵入していたのはわかっていた。
「町に行きます。この場は任せました」
「僕も行く!」
「ウィーリアン、」
「王族だからとは言ってられないだろう。町の者たちが心配だ」
まっすぐ見てくるウィーリアンに、アリアは軽く息をつき頷いた。
兵が伯爵を後ろ手で縛り上げたので、シルヴィンとフィネガンも町に下りるという。カイルにはクローネス夫妻の護衛を頼んだ。
「 アルディオ」
「… っおねえさま…」
アリアはスッとアルディオの前に膝をつく。
アルディオはまだ目が虚ろだったが、母に抱きしめられながらアリアを見つめた。
「守ってくれたのですね。ありがとう」
「っ…」
「あなたは私の、自慢の"弟"です」
一瞬目を大きくして、アルディオは「はい!」と返事をする。
血の繋がりはなくとも、それは確かに言えることだった。
「ローザ、義母さまたちを頼みます」
「お嬢様…!」
「心配しないで。 なんていったって私は、王宮魔術師の弟子ですからね」
に 、と不敵な笑みを向け、階段を駆け下りていく。
伯爵はがっくりと肩を落とし、もう反抗する力もないようだった。
セイディアは結界の魔方陣を構成しながら、何が起きたのか何となく悟る。
ただ、クローネス夫妻に力いっぱい抱きしめられるカイルの姿だけが疑問でならなかった。




