クローネス公爵夫妻
52話目と同じ内容を投稿してしまっていたようです!
大変失礼いたしました(>_<)
教えて下さりありがとうございました~!
「アリア様、城より伝報が届いております」
まったく賑やかではない朝食を囲っていると、メリッサから手紙を渡された。宛名を確認し、アリアは封を切った。
「…お父さま、本日王子が来られるそうです」
「なっ…!?」
スープをひっくり返して驚いている。
アリアはメリッサにギルドへの連絡をお願いした。
「今日は休ませてもらいますが、屋敷にはいるので急ぎの件があったらよこすようにと」
「はい、そのように」
「屋敷の者にも準備をしておくように指示を」
げほげほ咽ている父親に呆れた顔をする。「大丈夫ですか?」と聞くと睨まれた。
それからは慌ただしく、出迎える準備が行われた。エバンナも王子が来ると知り、使用人をたきつけドレスに着替え始めた。
一行が屋敷に着いたのは、昼過ぎだった。
ウィーリアンの護衛にシルヴィン、そしてカイルもいた。
「ウ、ウィーリアン王子、これは急なお出ましで…」
「近くの町で視察があってね。アリアの顔も見に来たのだよ」
五日も経たないうちに再び王族が来たのだ。さすがに伯爵も脂汗をかいている。
ウィーリアンはアリアににこりと笑みを向けた。
「変わりはないかい?」
「はい。とても快適に過ごしていますわ」
「それならよかった。シルヴィン」
「はっ」
「突然の訪問の詫びだ。受け取ってくれ」
王室で御用達の菓子折りのようだった。
使用人が受け取り、伯爵も礼を告げる。
「父からこれを預かってきた」
「…これは?」
「あとで目を通しておくといいよ」
意味ありげな言葉に、アリアは「そうします」と笑みを向け、手紙をローブの下の腰ベルトに差し込んでおく。
屋敷の中に入り、紅茶を飲みながら近況を互いに話し始めた。
戦争を危惧していたオーシャルン国だったが、どうやら他国との関係も緩和され、和解することができたそうだ。町にもその話は届いていたので、うまくやったなと安心する。戦争の原因は、王の"ご乱心"でもあったのだから。
「シャルウェナ姫が、近いうちに君を城に招待したいそうだ」
「ぜひお受けしますとお伝えください」
「ところでウィーリアン王子、兄上殿下がご結婚間近だそうで…王子のご予定は?」
伯爵と、熱っぽい目で見てくるエバンナにウィーリアンは若干困ったように笑う。
助けを求めるかのように視線を向けられ、アリアは無言でにっこりとした。
ウィーリアンは顔を二人に戻し「まだ予定はしていない」と答える。傍から見れば、ウィーリアンがアリアに時期を伺っているかのようにも思える姿だった。エバンナの口元が引きつる。もちろんアリアは意図してやったことだが、ウィーリアンは「自分で何とかしろ」と受け取ったので気づいていない。
「兄の婚礼もまだだからね。僕も急いではいないよ」
「そ、そうですか…」
エバンナの様子に伯爵も汗を浮かべている。
するとメリッサが入ってくる。
「失礼いたします」
「なんだ」
「アリア様に、ギルドよりお客様がいらしていますが…」
「どなたですか?」
「ティオ・ラルゲルダ様です。申請書に署名が欲しいと」
その名に聞き覚えがあり、アリアは溜息をつく。
いま行きます、と腰を上げ長けたところに「失礼します!」と男性が入ってきた。ギルド拡張の申請書を持ってきた職員である。
トゥーラスだけかと思っていたが、この手の申請はどこも多いらしい。
「…何事ですか。ここは支部長室ではありませんよ」
「申し訳ありません! ですがやはり納得がいかないのです!」
「何の申請なんだい?」
カイルが聞いてきたので、タドミールギルドの施設拡大の件だと告げると、困ったように眉を下げる。
「それは難しいね。他の支部でも予算や人員不足で却下されている案件だ」
「何度も言ってるんですけどね」
「副長はギルドに来て日が浅く、普段どれほど困窮しているかわからないのです!」
「――ティオ・ラルゲルダ」
アリアの声に、びくっと肩を揺らす。
目を細めティオを見据える。
「まずは自身の身の振り方を反省しなさい。ここは伯爵家の屋敷です。私は仕事があれば回すようにと言伝を頼みましたが、押しかけて来いなどとは告げていませんが?」
「そ、それは私が口で説明しなくては、伝わらないと思いまして…!」
「そうだとしても、許可もなく部屋に立ち入るなどと、無礼だとは思いませんか。ご覧のとおり、来客中です。そしてその客は、我が国の王子ですよ」
「…っ!?」
必死だったのかウィーリアンにも気づいていなかったようだ。青ざめて慌ててその場に膝をつく。
「し 、失礼いたしました!」
「次に、私がギルド内の何もわかっていないと? 副長という役職を与えられた私が、それに見合わぬまま椅子に座っていると、そういうのですね」
「っ 、そういう意味ではありません!」
「知らないかもしれませんが、私はトゥーラスギルドの補佐官という役職も頂いているのですよ。場所は変われども、同じ目で見た時に違和感があればすぐにわかる。タドミールギルドは確かにトゥーラスに比べれば、なぜか窮屈勘を感じる。それはなぜか」
補佐官の役職は知らなかったようで、ティオはますます体をこわばらせた。
そして次に言われる言葉がわかってしまったのだ。
「至る所に観葉植物の鉢が多すぎる!」
「ひぃっ!」
「自分の趣味を職場に持ち込むなど馬鹿か! 狭いと文句を言う前に、さっさとあの鉢植えたちを処理しなさい!」
「それだけは…! 植物がないと酸素が薄くて…!」
「知るか! 勝手に酸欠でぶっ倒れてしまえ!」
「アリア…落ち着こうか…」
カイルが頭を押さえながら止める。
アリアの様子を見た伯爵たちはぽかんとしている。ウィーリアンやシルヴィンは慣れているので、苦笑や呆れた顔で流しているが。
最初は、トゥーラスで起きたように、利益の横領のための申請かと疑っていた。
だが、すぐに違うと気づく。
そう、施設内の至る所に大きな木を植えた鉢植えがあり、特に受付の近くでは邪魔でしょうがないのだ。そしてその持ち主を聞くと、ティオ・ラルゲルダと名前があがった。彼を知る者は言う。「植物愛好家」と。
そして初日に却下した「緑化運動」の書類の申請者も彼だったのだ。
アリアは深い溜息をついた。
「…職場に緑がないと、死ぬと?」
「は、はい あ、いえ、その…」
「シルワ・パトリダ」
その町の名に、ティオは目を輝かせる。
「森の中にあるギルドです。以前から異動願いを出していたそうですね」
「はい…!」
「カイルさん、タドミールギルドへの人員補充、一名増やして頂きたいのですが」
「……本部にはそう伝えておこう」
「異動まで気を抜かぬよう、通常の業務を全うしなさい」
「あ、ありがとうございます…!」
ティオは床に頭が付きそうなほど下げ、礼を言った。
それから嬉々として部屋を出ていく。「カーネリウス」とアリアが部屋の隅に視線を向ける。
「支部長に今の事を伝えてもらえますか」
「了解」
「さて…お騒がせしました」
「どこにいても、相変わらずだね君は」
ウィーリアンが苦笑で済ませている様子に、伯爵は目を剥く。
「娘は普段もこのように…?」
「彼女は怒ったら怖いのだよ」
「ウィーリアン、失礼ですね」
むぅ、と頬を膨らませるアリアに顔を赤くさせるウィーリアン。
その光景を憎々しげに見つめるエバンナ。
修羅場だなこれは…とカイルは内心溜息だ。しかもこれはアリアによって計画的に作られている。もしかしたらすでに、かなりのストレスがたまっているのかもしれない。
「アリア、少し風に当たりたい。案内してくれるかい?」
「ええ、もちろんですわ」
カイルの申し出に、アリアは立ち上がりウィーリアンたちに少ししたら戻ると告げた。階段を上り、廊下にある大きな窓を開ける。まだ冷たいが、心地よい風が入り込んでくる。カイルはアリアに笑いかける。
「君が補佐官をしているなんて知らなかったな」
「メイリズ支部長が勝手に与えた地位ですからね。正式なものではないです」
「ああ、確かあそこは副長がいないんだっけ」
「…まさかここもとは思いませんでしたけどね」
兄弟そろって自分を使いすぎである。
しばらく談話していると、ローザが階段の下にいるのに気付いた。
「ローザ、何かありました?」
「ご挨拶をと思いまして …お久しぶりです、パードレ様」
ローザはカイルに深々と頭を下げる。パードレはカイルの家名だ。
カイルは「ローザ殿」と同じように礼をする。
「パードレ様も、アリアお嬢様を守ってくださっていたのですね」
「顔を上げてください。彼女は私に守られなくとも、十分逞しく生きて来ましたよ」
「…お嬢様、私はシェリーナ様が幼少の頃より家に仕えており、パードレ様のこともよく知っているのです」
「母と幼なじみでしたもんね」
はい、とローザは頷く。
「パードレ様には、感謝してもしきれないのです…」
「いや…私は、 最後までやり遂げられなかった」
「カイルさん?」
「 アリア、そろそろ戻ろう。伯爵殿が怪しむかもしれないからね」
そっとアリアの背中を押しながら、カイルはローザに笑みを向ける。
ローザはそれを見て、再び深く頭を下げた。
質問出来ぬ空気だったので、アリアもそれ以上は問わずにカイルと共に部屋に戻る。
義母とエバンナがウィーリアンに質問攻めにしているところだった。
「あら? お父さまは?」
「お客様が来て、少し席をはずしました」
義母がそっけなく返す。
シルヴィンが「王子、そろそろ」と声をかけたので、ウィーリアンも頷いた。
「ああ。城に戻る時間だな」
「まあ…お父さまが戻るまでもう少しいらっしゃってくださいな」
「伯爵もお忙しいのだろう。突然の訪問、失礼した」
擦り寄るエバンナからするりと抜け出し、笑顔で誤魔化している。
フィネガンが吹きだしそうな顔をしている。
どうやらこういう肉食系は苦手なようだ。
ふいに、玄関先がざわついていることに気付く。不審に思い顔を出すと、大勢の町の者たちが伯爵に詰め寄っているところだった。その中にはラマもおり、アリアを見ると「お嬢さん!」と手に持っていた何かを掲げた。
「お父さま、これは何の騒ぎですか?」
「っ なんでもない!」
「何でもないようには見えないが、伯爵殿」
ウィーリアンもアリアの隣りに着くと、ラマが使用人たちの腕を潜り抜けて片膝をつき手に持っていたものを差し出した。
「ウィーリアン王子! これをお受け取り下さい!」
「これは?」
「王子! 町の者が失礼した。すぐに追い払います故…!」
「領民を無下にするものではないよ」
ウィーリアンはラマから受け取ったもの――領民の署名された分厚い紙を受け取り、目を通した。それから眉を顰め、「伯爵殿」と顔を向ける。
「これによれば、領民たちは伯爵殿の行う不条理な政治を改める申し出をしているようだが」
「まさか! なにかの間違いでしょう。私がいったい何をしたというのでしょうか」
伯爵は肩を竦めてとぼけた。
「何を白々しい!」
「あんたのせいで家内は死んだんだ!」
「うちの旦那もだよ!」
「働く場を失ったら、どう生きろっていうんだ!」
領民たちが次々に不満をぶつけていく。
どうやら、アリアの思っていた通り領民たちのクーデターが始まったようだ。
あの日、町でラマに匂わせたものは「一人の力なら及ばずとも、集団ならば話は違って来る」という事実だ。そして今日、町の中を通った王家の馬車が、彼らを動かした。
だが伯爵は相変わらず笑っている。
「私が領民たちに苦渋を強いていると?」
「町の店がいくつも潰れているという話は、僕の耳にも届いているが」
「それこそ誤解ですな、王子。店を潰したのは、その経営が思わしくなかったからですよ。それならば新規の店を取り入れた方が、経済の回復に繋がる。幸い、このタドミールにも職人が移住してきましてな。今はその新店舗や新事業の準備期間なのですよ」
「それならば、すぐに潰す必要はなかったのではないか? 町の者も、今までの暮らしがあるだろう」
「新しいものを作るには、古い制度を崩さねばなりません。いずれかは職を失った者たちにも、仕事を回すつもりでいましたよ」
町に引き入れた職人は、一度国に照会してから移住させたようだ。その書類も伯爵は手にしていた。「国が知る者」を、正規ではないとはじくこともできない。
そして伯爵が提示した書類には、確かに数年後の領地の予算や収入の予測がされていた。それに伴う働き手の保障も、何もかも、"見事なまでに"完璧に練りこまれている。ざわざわ、と領民たちがどよめき始めた。
確かに自分たちを苦しめているはずなのに、それは今だけでこれ先良くなると言っているのだ。
しかしラマが叫ぶ。
「嘘に決まっている! 俺の店だってそうだった。数年前までは安定した収入もあったんだ。けど、他の町から来たやつらが増えていって、商売を邪魔するようになったんじゃないか!」
「"旅人"が何をしでかすか、私にわかるはずもないだろう。それとも領地を封鎖しろとでも言っているのかね、君は」
町から町へと移り渡る旅の者の素性など、いついなくなるかわからないのに細かく知ることは普通しない。あくまで"領民"ではないのだから。そしていつそのようなことが起きていたのか、事実はあるにせよ"誰"が行っていたかも、逃走されては足が付かないだろう。
例えそれを伯爵が促していたとしても、頼まれた本人がいないのならば証拠もないと同然である。
ぎりっ と悔しげに歯を食いしばるラマに、「やれやれ」と溜息をついた。
「君のような愚か者が一人いると、他の者もつられて馬鹿な行動をするというものだ」
「…っ」
「これ以上ふざけた真似を続けるのならば、それなりの処罰を下すが?」
伯爵の言葉に全員が青ざめる。
そして、数年前もそうだった と思い出した。
訴えかけたとしても、伯爵が故意にやっていることだという、証拠がないのだ。
「――税率が、他の領地に比べ12%上がったのは、確か八年前でしたね」
ふいに口を開いたアリアに、伯爵が眉を顰め振り返る。
「農作物の収入が七割まで落ち、領地全体の収入が減ってから急に上がり始めました。それと同時に、いくつか店が出来ました」
「 ああ、その頃からこの計画は立てていた」
「成人男性の平均的収入は10オリス。家族がいれば、その負担は明らか。税金は高くとも、他の領地と同じほどですから、変には思わないでしょうね。例え、その平均収入の何倍もの金額だとしても」
「…何が言いたい」
「お父さまが呼び出した職人や商人は、確かに身分のはっきりした者たちでしょう。そして、その店に並ぶ商品の価格もとりわけ高い設定ではない。けれど、収入がなければ、買えないも同然なのですよ」
アリアは「メリッサ」と呼びつけ、彼女が持ってきた書類を手にする。
「ここ数年、タドミールで潰された店の収支伝票です。どの店も素材を仕入れた時の価格が王都に比べても異常ですね。彼らは言っていましたよ。"何年もかけて、少しずつ値上がり始めていた"と。そして一方。お父さまが手を出している店の仕入れ価格は、潰れた店に売り渡しているときよりもずっと安い金額です」
つまり、伯爵が雇った商人が主に素材を外から買い付け、他の店に落とし込む流れだ。それは特に不思議ではない。どの町でも、大きな卸売の事業者がいて、そこから食品や鉱物などの素材を仕入れるものだ。
それを利用して、安く買い付けたものを高く売り落とす。
それだけのコストがかかっていればその店の商品価格も上がってくる。逆に、安く仕入れた店は正規の価格で売るため、そちらに客足が偏り、経営が続かず潰れる店が増えたということになる。
王都からさほど離れていないとはいえ、タドミールはそこまで栄えた町ではない。他の町に直接仕入れに行くとしても、もろもろの手数利用もかかるし、毎回そんなことをしている時間もお金もないのだ。
「…その伝票をどこで手に入れた」
「私にも商人のつてはありますからね」
アリアはにこりと返す。
彼女に頼まれた例の商人・テッディは、見えぬ圧力に抗うことは出来なかった。そもそも、なぜ自分の居場所がわかったのだろうか と、隠れられないことを知ったのだ。"改めて"。
「その者によれば、簡単に差し出したようですよ? 大人ってお金に汚いですね」
「っ 、それが本物だという証拠はない! 私が指示したという証拠もだ!」
「そのようですね。伝票と一緒に送られてきた商売証明書には、お父さまの名前は見当たりませんでした」
「当然だ。私はこの町に受け入れただけ。商売を許したのは私ではない」
「ええ、商売を許したのはクローネス公爵です」
クローネスという家名に、その場にいた者が固まる。
先代の王族が貴族として身分を落とした家柄だ。
伯爵だけがアリアを睨みつけていた。
「住んでいる町も近かったので、手紙を送ってみるとすぐに返事が来ました。ただ、会いに行く時間が取れなかったので…来てもらうことにしたんです」
「 なんだと?」
領民たちが、ざわっと入り口から遠ざかる。
現れたのは、白いひげを生やした老紳士と、それに寄り添うひょろりとした老婦人だった。二人は中に入り、まずはウィーリアンの前に頭を垂れる。
「ウィーリアン王子、お会いできて光栄。ヒディル・クローネスと申す」
「妻のラシャナ・クローネスです」
「 こちらこそ、お目にかかれてうれしく思います、公」
クローネス夫妻は、ウィーリアンの遠縁ではあるが血縁者である。
会ったことはないが、祖父から偉大な夫妻だと話に聞いていたウィーリアンも、畏まって挨拶をする。
ヒディルは伯爵に視線を向け、それからアリアを見て目を細めた。
「君がアリアかね?」
「はい。お初目にかかります、クローネス公爵」
「ああ、パードレ家の跡取りもおったか。久しいな」
「…ええ、お久しぶりです、公爵殿」
カイルも胸の前に手を置き挨拶をする。
ラシャナがアリアを見て、少しだけ笑みを浮かべる。
「とても驚きました。あなたから、手紙がくるとは夢にも思っていなかったのですよ」
「私もこのような事態で、お二人のことを知るとは思いませんでした」
「…さて、伯爵よ」
ヒディルが伯爵に顔を戻す
伯爵はぎくりとしたが、すぐに立て直し「お久しぶりでございます」とカイル同様に礼を取る。
「わしから何かを言う事は出来ん。しかし、アリアが姿を現すだけで良いと申すのでな。重い腰を上げ、参上した次第だ」
「それは…娘が申し訳ない。どうやら勘違いしているようでして…」
「勘違いかどうかは、あとで判断してくださいませ」
アリアはぴしゃりと言い、クローネス夫妻に視線を向ける。
「質問をさせて頂きます。答えて頂いてよろしいですか?」
「構わんよ」
「この商売証明書のサインは、公で間違いありませんか?」
「うむ。確かにわしのサインで間違いないだろう」
「では商売内容を承諾し、サインをしたものでしょうか」
「内容は知らんな。わしはそこにサインをしろと、伯爵殿に担がれただけだ」
睨んできた伯爵に、ヒディルは「ん? 脅されたと言った方がよかったか?」ととぼけて見せる。その小首を傾げる仕草が誰かに似ているのに数名が気づいた。
「では、領民に苦労を課す商売内容は知らずにサインしたと」
「そうなるな」
「なぜサインをすることにしたのですか?」
「それは言えないこととなっている」
なるほど。
アリアは目を細め伯爵を見た。
余裕がある表情をしていたのは、"そのため"か。
調べれば表にでてくる事実はいくつもあった。しかし、それも伯爵の計算のうちだったのだろう。
「言えないことに"なっている" ですか。言いえて妙ですね」
「仕方ない、そういう契約だ」
「公…!」
「おお、すまん。うっかり口が滑った」
思わず怒鳴った伯爵にも涼しい顔で肩を竦める。
これは……似ている。
その場にいた全員が思っただろう。
いや、ラシャナを見た時に気付くべきであった。面影が、ありすぎる。
「では、本題に入りますよ? おじい様」
「孫の頼みだ。断れるはずもないだろう」
アリアとヒディルは、そっくりの悪い笑みを浮かべ合ったのである。




