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ヴァーリアン家の人々



懐かしい領地の街並みが見えてきた。

ヴァーリアン家が治める、タドミールの町だ。

王家の紋章が入った馬車はかなり目立ち、町の者たちがざわざわと遠巻きに眺めている。


「タドミールには来た事があるのですか?」

「ここはカイル殿がよく視察に来ているからね。数年はなかったかな」


それはアリアの事があってからのことだろう。

アリアと共に来たのはウィーリアンとセイディア、王子の護衛としてシルヴィンだ。

セイディアは目をつむり、若干眠りこけている。

後ろの馬車には数人の兵と、メリッサが乗っている。アリアの事情を聞かされ、屋敷に留まる間傍にいます! と訴えてきたのだ。

やがてレンガ造りの住宅街を抜け、屋敷が見えてきた。門の外から見える庭の木の大きさも、赤い屋敷の屋根も全く変わっていない。

セイディアが目を開け、「久々の実家はどうだ?」と聞いてきた。


「相変わらず…という感想ですかね」

「なんのことはない。お前は王宮魔術師の弟子となり、今では名のある一人の魔術師だ。王子と友人ということだけでも、だいぶ拍がついただろう」


その恰好もな、と意味ありげに笑う。

アリアは普段のローブではなく、令嬢たちが普段着るドレスを身にまとっていた。淡いピンク色でかわいらしいデザインだったが、女性に近づいてきたアリアが着ると少し大人っぽい印象も受ける。髪の毛はメリッサが編み込みをし、襟髪を少しだけ垂らしている。どこをどう見ても、ご立派なご令嬢のできあがりだ。

うっすら化粧を施されたアリアは、整った顔立ちなだけに迫力がある。


「そりゃあ私はもともと、伯爵令嬢ですもの」

「窓から出入りする令嬢が聞いて笑う」


昔のことを引き出され、アリアは「今はしません」と拗ねたように言った。

馬車が止まり、セイディアがシルヴィンと共に降りる。ウィーリアンが差し出してくれた手を取り、アリアも馬車から出た。玄関の前にはすでに、両親と義姉が立っている。

その顔はぎこちなく青ざめ、目を丸くしていた。

それもそうだ。

四年前に出ていった娘が、王子に手を引かれこちらに歩いてくるのだから。

少し前で立ち止まり、アリアは優雅にドレスをつまむ。


「お久しぶりでございます」

「…ああ」

「ぎっくり腰の御加減は、もうよろしいのですか? お父さま」


伯爵の顔が歪む。だが王子がいるので口は出せないのだろう。


「ウィーリアン王子、わざわざおいで頂きまして光栄にございます」

「友人を見送りに来ただけのことだ。あまり畏まらなくていい」

「…セイディア殿が、なぜ一緒にいるのかお聞きしても?」


じろりと剣呑な表情をセイディアに向ける。

セイディアは「簡単なことだ」と言う。


「四年前、アリアが行方知らずになってしばらくの事。似た少女と出会い、確認すると本人だという。"何か事情"があり、家には戻らないというので、保護したまでの話」

「それならば秘密裏にでもお知らせいただきたかった」

「王に相談したところ、しばらく様子を見た方がいいと命を受けましてね。報告が遅れて申し訳ない」


さらさらと考えていた話を言ってのけると、「それはそれは…」と伯爵は苦虫を潰したような顔をする。後ろにいる義母と義姉は何年たってもセイディアに美形さに顔を赤らめている。義姉に関しては、ウィーリアンに対してかもしれない。

アリアは首を傾げ、義姉の横にいる小さな男の子に気付いた。

栗毛色のくせ毛と、大きい目はじっとアリアを見ていたが、目が合うと慌てて逸らした。


「その子は、もしかしてアルディオですか?」

「…そうだが」

「なんだ、弟がいたのか? 四年前に見ていないが」

「幼かったので、あの場には出されなかったのかと。いまは六歳くらいでしょうか?」

「 …アルディオ、挨拶を」


伯爵が言うと、アルディオは前に出てきた。胸の前に片手を当て、「アルディオ・ヴァーリアンです、おねえさま」とぺこりとお辞儀をする。アリアが膝を折り「初めまして、アルディオ。アリアです」と微笑むと、顔を真っ赤にしてはにかみながら俯いた。なにこのかわいい子。本当に父の子供か? 攫ったんじゃないよな?

そういう視線を父に向けると、顔を紫色にして睨みつけてきた。


「初めましてとは、会ったことがなかったのか? 同じ屋敷で?」

「私は病弱でしたから。お部屋からはほとんど出たことがありませんもの」

「ああ、そうだったな」


にこりとセイディアに返せば、納得したように頷いた。

生まれたばかりの時に一度遠くから見ただけで、ほぼ初対面なのだ。

主に、義母に会わせてもらえなかった。

それから屋敷の入り口に控えていた使用人の中で、特に会いたかった人物がいてアリアはパッと顔を輝かせる。


「ローザ!」

「まあ、アリアお嬢様! 女らしくなられて…!」


駆け寄って抱き付くと、ローザはアリアの両頬を包んで涙目で笑った。

他にも当時良くして貰っていた使用人たちが「お嬢様」「お元気そうで」と涙ながら再会を喜んでいる。


「連絡もせずにごめんなさい、みんな。私はこの通り元気です」

「心配していたのですよ! お嬢様には、昔からひやひやさせられてばかりです」

「みんなも変わりなくて安心したわ」


懐かしくて、少しだけ目が潤む。

ひとしきり落ち着いて、アリアはウィーリアンを振り向く。


「ウィーリアン、私の世話をしてくれていたローザです」

「あなたがそうなのですね。アリアから話は聞いていました。お会いできて嬉しいです」

「そのような…  こちらこそ、お嬢様がお世話になっております」


ローザは恐縮し、深く頭を下げる。

それから遠くにいるセイディアにも同じく頭を下げた。どうやら、あの日屋敷を出た手助けをしたのはセイディアも関わっていると、すでにわかっているらしい。

アリアはそれからメリッサを呼ぶ。


「城で私の身の回りの世話をしてくれたメリッサです。滞在中、手伝いを買って出てくれました。メリッサ、ローザがメイド長です。わからないことは聞いてください」

「はい、アリア様。 みなさま、よろしくお願いいたします」


メリッサも城のメイドらしく上品に挨拶をした。

伯爵が「うちにはもう使用人を置く部屋に余裕はないぞ」と眉を顰めた。

アリアは頬に手を当て「それならば、増やしてもいいですか?」と聞く。


「増やす?」

「邪魔にはならないようにします」


うーん、と屋敷を見渡し、庭に続く小道を見てそこに決めた。

左手に杖を出し、小道の入り口でとんとん と地面を叩く。


「"無機物形成"」


地面がぐらりと揺れ、空に向かって地面が伸びた。アリアは杖を向けたまま呪文を唱え続ける。そして小道をくぐれるようにトンネルを作り、二階建ての小さな建物を作った。地面の土を利用しているので、レンガ造りである。なかなか可愛らしい出来栄えだ、とアリアは満足し頷く。


「屋敷の使用人と同じ部屋にしましたが、いいですか?」

「ありがとうございます、とっても素敵ですわ!」

「お嬢様…魔法が使えるのですか?」


ローザが驚いたように聞いてきた。ヴァーリアン家の者たちもぽかんと口を開け、間抜けな顔をしている。


「ええ。私の師匠は、そこにいらっしゃるセイディア様ですので」

「セイディア殿の…弟子、だと?」

「魔法に興味があるというので、教えることにしましてな」


肩を竦めるセイディアに伯爵歯はをぎりっとくいしばった。

兵とメリッサがアリアの荷物を運び始めたので、屋敷の使用人もそれを手伝う。


「ご存じありませんか? 颯々の魔術師という名を。彼女のことですよ、伯爵」

「もちろん、耳にはしていましたが…」


ウィーリアンが聞くと、ぎこちなく答える。義母も義姉も顔色が悪い。唯一、アルディオだけが目を輝かせアリアを見ているが。

すると屋敷の門をくぐって、男性が数人現れた。その中の一人に見覚えがあり、アリアは少し驚く。向こうもアリアを見ると、厳格そうな顔を少し緩めた。


「アリア殿、久しぶりだな」

「アルドラさん?」


トゥーラスへ向かう道中、コルムという町で会った役所長のアルドラだった。

少し前に一度、コルム町の近くまで依頼を受けに行っていた。城への転移魔法陣があるため、なかなか「故郷に帰るときに立ち寄る」という約束を果たせていなかったので、いい機会だったのだ。その時、ちょうど町の祭りだったので出店を出していたエニス村のルーナとも会ってきた。


「どうしてここに?」

「ヴォルト様の遣いだ。ギルドで伯爵殿の屋敷に"颯々の魔術師"殿が来ていると聞いて、ついてきたのだ。ここはもしや…」

「…実家です」


苦笑すると、少しだけ目を瞠り「失礼、ご令嬢だったか」と胸に手を当て一歩引いた。

コルムとタドミールを繋ぐ山道が最近でき、ギルドを作るため何度かこの町を見に来ていたらしい。割と近いということに驚きだったが。

伯爵に挨拶をした後、後ろにいるウィーリアンに気付き、すぐに王子だと分かったらしく慌てて頭を下げた。そしてセイディアにも気づき軽く会釈をする。


「知り合いなのか?」

「トゥーラスに向かう途中で、お世話になった方です」

「逆だろう。君がいなければ、コルムの町はすでに崩壊していた」

「…何をしてたんだ、お前は」

「怒られるようなことはしてませんよ。悪い人にちょっとだけお仕置きしただけですもん」


じりじり視線を逸らすとセイディアは溜息をつく。

するとアルドラと共にいた二人が「魔術師殿」と書簡を渡してきた。どうやらこの町のギルドの者らしい。


「これは?」

「トゥーラスのメイリズ支部長より、伝達です」


そういえば支部長にはしばらくトゥーラスに戻れない、と簡単だが実家のことも説明した手紙を送っていたのだ。アリアは中に目を通し、がっくり項垂れる。

タドミールギルドの支部長、ウェルミスはメイリズ支部長と兄弟らしい。現在、タドミールギルドは人員が不足しており、滞在中弟を手助けをしてやってくれとのものだった。


「…拒否権はないんですか」

「はっ! ウェルミス支部長より、正式な依頼でもあります!」

「そうですか…  ならば」


アリアは諦め、表情を引き締めるとギルド職員に視線を向ける。


「今より、滞在中タドミールギルドの臨時副長を拝命する。後ほど、ギルドに顔を出すとウェルミス支部長に伝えなさい」

「はっ」

「私が行くまでに現在のギルド内の職員構成、冒険者のランク別のリスト、難航している依頼をピックアップし、書類にまとめておくように」


ギルド職員はいやにかしこまった態度で、最後に敬礼をすると去っていった。いったいメイリズ支部長は弟に自分の事をどう説明していたのだ…。

「失礼しました」と振り返り、まずアルドラを見る。


「ということで、臨時ですがタドミールギルドの副長となりました。しばらくいるので、コルムのギルド作りにも協力できるかと」

「…それは、心強いな」

「メイリズ支部長は本当に君を気に入っているね…」


ウィーリアンも支部長には呆れ気味だ。

町を越えて協力要請とは、どれだけ労働させたいのか。

アルドラはギルドに戻ると言って屋敷を後にした。また会うことになるだろう。


「お父さま、私は屋敷には戻りましたが本籍はトゥーラスギルドに置いてあります。仕事もありますし、常に屋敷にいることは出来ませんのでそのつもりで」

「……ああ」

「アリア様、お荷物は全てお運びしました」

「ありがとう。そろそろみんな城に戻る時間かしら? シルヴィン」

「ええ、そのようです」


アリアはウィーリアンの前で軽く膝を折り、「見送りありがとうございました、ウィーリアン」と笑みを向ける。ウィーリアンはアリアの手を取ると甲に軽く唇を落とした。


「しばらく会えないのは寂しいが、また顔を見に来よう」

「お待ちしてますわ」

「伯爵殿、それではまた近いうちに」

「……はい」


ウィーリアンはあくまでにこりと笑みを向け、シルヴィンと共に馬車に乗った。

以前よりこういうことに照れなくなったのは、オーシャルン国の王子との交流があるからかもしれない。

あれから互いの誤解が解け、エリックも友としてウィーリアンに会いに来ることが多くなったと聞いている。

ここで真っ赤になっていたら牽制にはならなかっただろう。

変な性癖をうつされないかが心配だが。

それからセイディアにも顔を向ける。


「それでは師匠。私はしばらくタドミールの地におります。何かありましたら、すぐにご連絡くださいね」

「何かあったら、何かするだろうが」

「失礼ですね。そうなったのなら、私が動かざるをえなかった、ということですよ?」

「  お前も連絡をよこせ。心配性がひとりいる」


カイルのことだ。

アリアは吹き出し、「わかりました」と頷いた。

セイディアが乗り、数名の兵が残って馬車は走りだした。アリアは手を振り、馬車が見えなくなると兵を振り向く。


「さて…と、二人を置いていくとは意外でした」

「初めての遠征がまさかアリア殿の護衛とはな」

「まあ、無難っすよ」


フィネガンとカーネリウスだ。


「しっかし…お前に護衛いるかぁ?」

「あらカーネリウス、私は伯爵令嬢ですよ。そんな口、聞いていいのですか?」

「これは失敬、アリア嬢」


わざとらしく眉を吊り上げると、カーネリウスも真面目に頭を下げる。

フィネガンを残したのは、恐らくウィーリアンの采配だろう。自分の直属の兵ならば、すぐに連絡がついて情報交換しやすい。そんな彼と相性がいいのが、カーネリウスというところだ。

二人の部屋も…と増やそうとすると「これ以上はならん!」と伯爵が怒鳴ったので、アリアは首を傾げる。王子がいなくなり、急に強気に出始めたのがわかる。


「お父さま、二人は城の兵――ひとりは王子の直属の護衛です。王子がここに残した以上、ヴァーリアン家が責任をもって受け入れるのが礼儀ですわ」

「お前は誰に物をいって…」

「常識に親も子もありますか。私はヴァーリアン家の娘ですが、それ以上に王宮魔術師の弟子であり、王子の友人でもあるのです」


アリアは笑みを消し、まっすぐ伯爵を見据えた。


「城の者を無下に扱うことは、国を侮辱すること。それを理解したうえでの拒絶ですか。彼らには、報告義務もあるのですよ」

「…っ 、もういい! 勝手にしろ!」

「ありがとうございます。彼らが帰るときには元に戻しますよ」


一家が屋敷に入っていったので、アリアは庭の奥に建物を作った。足場が高いので、庭を潰すこともなく出来ている。


「…アリア殿も、なかなか苦労していたのだな」

「すげぇ親父さん…」

「四年で少しは賢くなったかと期待してたんですが」


部屋の中を確認しながら三人で雑談をする。

自分たちはあくまで護衛だから食事は使用人たちと一緒に食べる、と言ったため、アリアも屋敷に戻りローザにそのことを伝えた。

アリアの使っていた部屋は、ローザがきれいにしてくれていたらしく埃ひとつない。


「… 滞在ということは、また出ていかれるのですね」

「ローザ」


寂しげに笑むローザの腕にそっと触れる。


「ローザ、私はただ戻っただけではないのです。きっと、この領地を何とかします」

「お嬢様…。ですが、旦那様はお嬢様に怒っておいでです。あまり危険なことはしないと、約束していただけますか?」

「大丈夫。 私は、あの頃よりずっと強くなったのよ?」


目を細める笑うと、ローザはアリアを優しく抱きしめる。懐かしいあたたかさにアリアもぎゅっと抱き付いた。


「母上様に、似て来ましたね。シェリーナ様もそのように強くいらっしゃいました。私は何もできない自分が悔しくてたまらなかったのです」

「 それは違う。私は、あなたがいたからこの屋敷でも悲しいことばかりではなかった」


もしローザがいなかったら…と、あの頃の境遇を思い出しぞっとする。

それこそ、本当に病気になって死んでいたかもしれない。それほどここでの暮らしは苦痛でしかなかったのだ。


「もっと広い世界で、色々なことを学びたかった。学んで…身に着けて… ずっと、大切な人たちを、守りたかったの」


それができるのは、きっと今なんだ。

メリッサがもらい泣きしているのを見て、アリアはローザと二人で笑みをこぼした。






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