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閑話-それぞれ思う事





(ついてないねェ、俺も…)



一人の男が、牢の中で何度目になるかわからない溜息を洩らした。

昔から身が軽く、父の跡を継いで商人になったテッディだったが、一時の欲に駆られ結果的にはこうして捕まっている。父が昔、口を酸っぱく自分に言い聞かせていた言葉が思い浮かぶ。


『商人は誠実じゃなきゃならん。取引のための口のうまさとずる賢さは必要だが、それ以上にお客にとっちゃあ信用が一番だ』


それがどうだろうか。

歳を重ね、様々な国を渡り歩くごとに自分の中で父の言葉は薄れてしまった。それでも彼の根っこの部分では良心が残っていて、エルガーの店のでも武器を買うために金は用意していた。脅しても、きちんと払うものは払ったのだからと、言い訳にもなる。

まさか、あんな幼い見かけの子供が、相手を殺そうとするなんて思わなかったせいでもある。

足音が聞こえてきた。

そろそろ配膳の時間かと視線を向けると、現れたのは雇い主と戦っていたあの少女だった。後ろには兵が数人控えている。


「お久しぶり、テッディさん。お体はどうですか?」

「……すこぶる快調ではないけど、まあ、元気だぜ」

「そうですか」


アリアは牢の前に立つと、「貴方の処分ですが」とテッディを見る。


「当事者は私のため、王にはどのようにも致せと許可を得ています」

「…王に? 嬢ちゃん、何者なんだ?」

「ただの冒険者ですよ。保護者が、王の側近と国の魔術師というだけです」


テッディは目をむいてアリアを見る。

だがアリアは構わず続けた。


「あなたの雇い主ですが、国のブラックリストに載っています。あなたと一緒に店に来た他の二人は、完全に少年の意志を理解したうえでついていました」

「…そうか。確かに、あの子供が二人を連れていくように言ってたしな」

「二人は呪いがかけられていて、何か吐き出させる前に亡くなったそうです。あなたは深入りしていなかったから、無事だったようですね」


ぞっとした。

子供の遊び程度の考えだったので、特に何も考えず従ったのだ。

もし聞いていたのなら、自分も他の二人と同じ運命に会っただろう。

青ざめるテッディにアリアは息をつく。


「国としては、このまま牢につなげて罪を償わせるのが本来の流れですが、私はテッディさんに少しばかり苦労してもらおうと思います」

「苦労…?」

「あなたを釈放し、私の目と耳が届かぬ地より、少年に関する情報がないか探ってもらいます。もちろん、その間商売もしていいですよ」

「それは、ずいぶんと…」


甘い処罰だな、と続けようとしたが、アリアが笑っていない目を向けていることに気づき口を閉ざす。


「あなたをここで反省させている間、色々と起きましてね。考えたくはありませんが、少年がもうひとつの問題の人物と繋がっていた場合、この国だけではなく他国までが立ち上がらなければならないことになりうるのです」

「……」

「私はあなたの商人としての腕を、少なからず信用しているのですよ。調べたところあなたの父上も、名のある商人だったようですしね。そして危険なことも関係ないから、利益になりそうな話に飛び込んだのでしょう? どこにもぐりこんでも大丈夫そうな度胸もあるのですね」


声が冷ややかだ。

武器屋で、動けば首を刎ねる言ったあの時と同じ目をしている。


「私は役に立たない情報はいらないのですよ」

「  …猶予は、どれくらいもらえるんだ?」

「さあ? それはあなた次第でしょうね。任せます」


つまり早く自由になりたければ、早く情報をよこせ、と。

テッディはひきつった笑みでアリアを見る。


「飼い殺しだな…」

「失礼ですね。私なりの譲歩ですよ? やりたくなければならなくていいだけの話。  まあ、それが出来れば…の話ですけど」


そんなことができるはずもないことは、すでに悟っていた。

どこにいようとも、この魔術師の目からは離れられない。そんなことを考え、体の底から身震いが起きた。

牢から出され釈放される。城から出て、町に向かいながら、テッディは再び溜息をついた。


「ほんっと…ついてねぇな…」


さて、まずはオリヌスへ向かおう。

懐には渡された手紙がしっかり入っている。あの怖そうな店主に殴られそうな気配を感じながら、小さな脅威に潰されないよう、テッディはモールドを後にした。







***







「珍しいな、セイ。酒を誘って来るなんて」

「ヤケ酒だ」


カイルは不機嫌そうな顔のセイディアに苦笑しながら、向かいの席に腰を下ろした。セイディアの私室で飲むのは初めてではないが、彼がカイルを酒に付き合わせることはあまりない。カイル自身も酒は嗜む程度なので自然と機会は少なかったが、今日は少しくらい飲むのもいいだろう、と用意されていたグラスに酒を傾けた。


「  本当にあの子は、予想の斜め上を行くね」

「…斜めどころか通り越してるだろ」


不機嫌の正体はアリアなのだ。わかっている。

あの場でこそ、彼女が自分たちの態度を気にしていたので軽く流してはいたが、本来であればそうも平然といられるはずもない。セイディアであろうとも。

魔力が強く、敏い子だとは思っていた。

しかし、まさか「英雄」の生まれ変わりなどとは、思いもしなかった。


「でも、納得はいったのは本当だろう。アリアがただの子供ではないことは、屋敷から連れ出した時に分かっていたことだ」

「まあな。納得させられたことが少し腹立たしいんだよ、俺は」


記憶を思い出したのは、打ち明けられる前日であるのは間違いない。けれどその端々で、アリアはその思い出しかけている自身の力を表面に出していた。オリヌスでも、ノーリアーナの時もだ。


「… カイル、あいつが英雄だと知ってもなお、時が来たら養女として迎えようと思うか?」

「  ならば、セイ。君は、彼女が英雄だからといって、破門にでもするのかい?」

「そんな単純なこと、するはずないだろう。あいつが、俺を師だと思っているのならば…」

「それなら私も、彼女がその気になってくれるのならば、意見を変える必要はないよ。アリアが何者であっても、私の大事な幼なじみの子供だ」

「…そうだな」


くっ、とセイディアは笑いをもらす。


「悪い。馬鹿な事を聞いた」

「いや。君でも迷うことがあるのだね」

「弟子が自分より強いなど、格好悪くて仕方がないだろ」


そういいながらグラスを煽る。

アリアに戸惑いを感じている、というよりは、彼の自尊心が気になる、というところだろうか。カイルも苦笑し酒を一口含む。


「にしても、お前も幼なじみ離れが出来ていないな。普通、よその男に嫁いだ女のことなど、そこまで気にする必要もあるまい」

「 シェリーナの家は、破綻の危機にあってね。父親が事業に失敗して、借金を作ったんだ。私の親も仲が良かったから、助けようとはしていたんだが……ヴァーリアン家がどこからか嗅ぎ付けてきた」


そして気づけば、シェリーナは伯爵に嫁いでいった。

周りにほとんど知らせず、あっという間に。


「さらに弱みを握られたのか、彼女の両親は口を噤んでいたよ。亡くなってもなお、アリアを引き取ることさえしないのも、そのせいかもしれない」

「シェリーナの実家というと…」

「クローネス家だ」

「あの旧家が黙っているとなれば、よほどのことだろうな」


リファルス国でも有数の、古くから続く由緒ある家柄だ。

国外にも友人が多く、王家からの信用も高かった。それが今では、ほとんど名も聞かぬ家となっているのだが。


「アリアは知っているのか? 母親の実家のことは」

「話したことはない。けど、聞いてこないということは、何かしら知っているということだろう」


疑問はちゃんと聞いてくる。それがないのなら、自分で調べた可能性も高い。

まったく、怖いやつだ、とセイディアは溜息をついた。


「それくらいのことするだろう。彼女は家を潰すといったんだ」

「それが出来ないとは思えないのが、本当にうんざりする」


いやな顔をするが、それはどこか楽し気だ。

あの日、アリアを連れてきた時と同じ表情をしている友人に、カイルもまた笑みをこぼすのだった。







***







「あれは、アリアに惚れているのか?」


訓練所。

フィネガンを相手に剣の鍛錬をするウィーリアンを眺めながら、王は隣にいたシルヴィンに問いかける。シルヴィンはちらりと視線を向け、再び自分の主に視線を戻す。


「…さあ。私にはわかりかねます」

「武術のセンスのない息子が、アリアと会ってから一層鍛錬するようになったのは、私でもわかってるおる。そなたの率直な意見を聞きたいだけだ」

「……友ではあるでしょう。それ以上の気持ちを持っている可能性も、ないとは言い切れません」


シルヴィンの言葉に「そうか…」と溜息をつく。


「大人しい子だからな。妻は少々気の強い娘が良いとは思っていたが…」

「彼女は気が強いでは済まされないかと」


確かに王の言う通り、アリアと出会ってからウィーリアンは変わった。それが一番わかりやすく目についたのは、アリアがウィーリアンに言った「友として」の言葉だ。

王族ではなく、一人の友人としてあなたの味方に付く、と。

兄であるセガールは幼少より王の素質を受け継ぎ、数年通った学院でもその才能を発揮した。王、というよりはその先代、祖父の才能を受け継いだのかもしれない。一方のウィーリアンは母であるリリーが少し甘やかせたこともあり、セガールと比べるとどうしても目立たなくなってしまう。

だがアリアと出会い、その頼りなさが少し薄れた気がするのは、側近であるシルヴィンも感じていた。オーシャルン国のエリックに対しての、訓練所の態度も、堂々として王子として十分に洗練されたものだった。


「 私はアリアが王子の妻となっても、問題はないかと思います。まあでも、今のところ彼女が王子を異性として意識しているかは、何とも言えませんが」

「うむ…中身は「英雄」でもあるしなぁ」

「そもそも、出会ったときから王子に対しての態度はまるで変ってませんからね」


英雄の記憶があるから以前に、アリアは同年代の男に女子特有の空気を向けなかった。自分が周りの一般的な少女よりかわいらしい姿をしているのを理解したうえで、例えば何かを誤魔化したいときや半ば脅しに近いことを発言するとき、わざとらしくその「かわいらしさ」を利用している部分は見受けたが。本気で媚びようとはしてこなかった。それがたとえ、王子相手だとしてもだ。


「そういう性格なのでしょう」

「アリアのこと、よく見ているな…」

「いやでも見せられますからね。王子と一緒にいれば」


必然的に巻き込まれるのだ。

王の不憫そうな視線を受け、シルヴィンは内心溜息をつく。


「私に聞かず、王子に直接聞けばいいでしょう」

「思春期の男は色々と面倒だ。この間、さんざん怒られたしな」

「…私には主への報告の義務もあるでのすよ」

「…カイルみたいになってきたな、そなたも」


遠まわしにちくちくした発言をする自分の側近を思い出し、王は苦笑いする。


「過保護な親の、小さな詮索として聞き流してくれ。この場だけの話だ」

「そのように」


王は再度、フィネガンにいとも簡単にねじ伏せられた二番目の息子を見て、「惚れているのだろうか…」と呟いた。今度は隠しもせずに、シルヴィンの溜息がその場に響いていた。









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