風を味方につける者
やがてエディンが目を覚まし、自分の今までの記憶と現状を知り焦り始めた。
王はそれを宥め、「少し落ち着こう、エディン」と言う。
「私も今、何が起きたのか冷静に受け止められていない部分が多い」
「王…」
「弟子殿、何か知っているのだろう? 話してくれないだろうか」
「もちろんです。 …けれど、その前に私も確認したいのですが」
アリアの笑みに、なぜか王たちは背筋がぞっとするのを感じた。
「王はオーシャルン国とリファルス国の間に起きたことを、きちんと把握しておいでのはずです。それがなぜ、エリック様に正しく教えられていないのですか」
「そ、 それは…」
「知っているということは、表向きは話しているということです。本題は王族のみが知る事実。そして、王族が伝えていく義務のあるもの。…リファルス国は、裏切り者と周りにいわれても、その責任を果たしている。なのになぜ、汚名を被った彼らががそちら側に責められなけれはならないのです?」
答えはわかっているのだ。
表向きという大いなる武器と、過去に受けた負け戦の屈辱。
リファルス国は決して本来の歴史を明かそうとはしない。それを逆手に取り、裏切ったのはそちらだと責を負わせ優位に立つ。くだらない虚栄心と自尊心を持った結果だろう。
「娘よ、王に言葉が過ぎるのではないか?」
「――明るい茶色の髪に、深い緑の目。エディン殿の家名は、レクタスですか」
「…そうだが」
「どの代で踏み違えた。王が責務を投げ出さないよう見張るのが、レクタス家の義務であると伝えられなかったのか」
笑みも消し冷たく問うアリアに体をこわばらせる。
アリアは王とエディンを見たまま続ける。
「あまり甘く見ないでほしいものだね。先代たちの交わした誓いが軽いものだと思っているわけだ? もちろん時代は移り変わり、過去の約束など意味を成さない時も来るだろう。 けれど、あんたらの誤算は、いま私が目の前にいるということだ」
「ど 、どういう意味だ」
「自国を裏切った者に姫が殺されたなどという醜聞を民に聞かせたくない。そんな我儘を言ったのはあんたの先祖だよ」
自国の威厳を護るのは仕方のないことだ。
しかし、そこでソフィーを気弱で可哀想な姫だと作り上げたことが気に食わない。
「ソフィー姫は意志が強く、王族としての誇りを持った素晴らしい王女だったよ。それを大人たちの身勝手な理由でいいように曲げらされ、まるで悲劇的な人生だったと塗り替えられた。外の者にそう思われることは百歩譲ろう。だが、なぜ彼女の身内であるあんたたちがそれを良しとする? …気に食わないね」
睨みつけると、王が青ざめながら「なぜソフィー姫のことを…いや、それよりも…」と動揺しながらアリアを見ている。
「アルサーナ王に誓わせたのは、私という話だ」
「…っ!?」
「彼にも、当時のレクタス殿にも、ずいぶん優しく諭してあげたつもりだったんだけどねぇ…… どれを世界にバラしてほしい? "赤の門"? それとも、"黒薔薇の泉"? ああ、"二つの太陽"でもいいかもしれないね」
「も 、申し訳ない…! それだけは、それだけはやめてくれ…!」
王が地面に手をつき頭を下げる。
隠語で告げてはいるが、どれも国家機密で知られたくない王家の秘密である。
前世でアリアが当時の王に誓わせるため、調べ上げてちらつかせてものだ。現在もどうやら引き継がれているらしい。
ちなみに「緋色、夏の星、誓いの太陽」とは、英雄が頭にしているターバンの色、いつそれを誓わせたか、オーシャルン国につなぐ魔法陣 の意である。
「私は謝罪が欲しいのではない。 真実をちゃんと話すか、話さないかのどちらかだ」
「エリックには…いや、これからの子孫たちにも必ず伝えていくと誓う…!」
「 それならば結構です。お顔をお上げくださいませ、王? みなさん驚いてらっしゃいますよ」
アリアはそれは優しく笑顔を向ける。
王はだらだらと汗をかきながら、こくこく頷いている。
その様子をぽかんと見ているのは、エリック、ホラス、シャルウェナだ。王が、父が、誰かに頭を下げるなど―しかも涙目で―見たこともなかった。
「アリア殿…今のはいったい…? なぜ父上は」
「そのことに関しましては、後でじっくりと王にお聞きください。それより今は、なぜこのようなことになったのか話し合うのが先決かと」
そもそも、なぜオーシャルン国でこのようなことが起きたのか、である。
ふと、シルヴィンが城の中から出てきたことに気付く。彼は無言でアリアの元まで来ると、拳骨を一発食らわした。
「いっ…!?」
「殴ってでも止める暇がなかったので」
「師匠の言葉を真に受けないでください! 女の子に拳骨ってひどいですね!」
「王に報告する私の身になればわかります」
お、おぉう…割と本気で怒っているようだ。こめかみに青筋が見える。
アリアは頭をさすりながら「すみません…」と謝る。
先程までのシリアスな雰囲気が一気に吹き飛んでしまった。
「お騒がせしました。 城の中で操られていた者たちも、目を覚ましているはずです。姑息な真似を使いますね、あいつらは」
「彼らも何かしていたのか?」 エリックの問いに頷く。
「この城全体に、魔方陣が作られています。発動前の」
「なに…!?」
「そしてシャルウェナ様が最後の手札だったのでしょう。危なかったです。解除しておきますね」
アリアは軽く杖をつく。
そこから足元が奇妙に光りはじめ、わずかな振動が起こったかと思うと黒い霧がザァッと弾けて消えた。
「今のは…」
「禁魔術のひとつです。完成ではなかったので私でも解除できましたが…本当に、発動の一歩手前でしたよ? 城内での転移魔法を使ったことで、式が少しずれたのでしょう。あのままシャルウェナ様が陣の上で殺されていたら、その陣にいる者たちの命を吸い取りそれを媒介にした化け物の登場です」
なんのことなしに言っているが、笑いごとで済まされないことだ。
そして自分が関係していたことに震えだしたシャルウェナの肩をエリックが優しく抱き、「詳しいことを聞きたい」と、一行は城内に戻ることにした。
マルク外交大臣も正気に戻ったのか、血の気を失った顔色で王に詫びる。エディンに言ったことと同じ説明をして、腹を切ろうとする彼を何とか宥めた。
会合室に集められ、アリアは王から操られている間のことを聞いた。
頭の中では常に、
"王子のせいで妃は死んだ"
"シャルウェナの命だけが国を救う"
などと延々流れていたそうだ。
そしてリファルス国にエリックを外交させた理由は、やはり命を落とさせるため。しかもリファルス国で死んだともなれば、すぐに同盟は破棄され戦いが起こることになる。こちらには大きな力がある。恐れることはない、と洗脳されていたのだ。
ホラスが付き添いにされた理由も、彼までは洗脳するまでには至らず、逆にエリックに対する王たちの態度に憤りを感じていたので、共に消す手はずだったようだ。
「…ホラスも、私に対してはいい感情を持っていないと思っていたのだが」
「私はエリック王子が赤子の頃より城にいたのですよ? 城を抜け出ているのも国の情勢を知るためだと理解しております。それならばと何とか貴族の集まる夜会には出席させてあげられたのですが…極度の女性好きには確かに呆れました」
「異性と仲良くして何が悪い」
そこはどうやらエリックの性癖らしい。
情報を得るための偽装、ではないようだ。もともと女がすごく好き。
言い切ったエリックの顔は堂々としすぎていた。いっそすがすがしい。
アリアも呆れながら、王に視線を向ける。
「エリック様には、しばらくホラス殿がついていたほうがよろしいですね」
「…そのようだな」
五年という、家族の間で大きな隙間が出来てしまったのだ。真意がわかったところで、簡単に埋められるものではないだろう。自分を気遣っていたホラスが傍につくのならば、時間はかかっても少しずつ歩み寄れるはずだ。
「シャルウェナに関する話を聞いても?」
「はい、説明します」
不安そうなシャルウェナにアリアは笑みを向け、大丈夫、と目で伝える。
それを受けて、シャルウェナが胸の前で手を握りこくりと頷く。
「先ほども言いましたが、シャルウェナ様には光属性の魔力が強く流れているのです。光魔法は他の属性とは違い、物理的攻撃の威力は少ないですが、影属性の魔力に対し効力があるのです」
オーシャルン国は魔術師が少ないので、そういった知識はなそさうだ。
アリアは説明を続ける。
「あのガラス玉は禁魔法…いわば影属性の魔力を多く使っていたものです。シャルウェナ様は、その魔力に対し自身の魔力で浄化魔法を使い、洗脳を解いていたのです」
「シャルウェナにそのようなことができるのか?」
「独学では難しいですが、シャルウェナ様にはそれを教えてくれる女性がいました。けれどまだそのコントロールがうまくできていないようですね。体への負担が現れたのは、そのためです」
「私に…そのような力が…?」
「ええ。魔力を制御していく練習をすれば、今よりも強い浄化が出来るはずです」
ですが…、とアリアは息をつく。
「シャルウェナ様のような魔力は、一部の者が悪用する可能性があります。それこそ、聖女の再来だと騒ぐ者もいるでしょう。よほどのことがない限り、公にしないほうがいいかと思います。今回のことも、聖女の命を捧げる禁魔法に利用されようとしていたのですから」
「今後も警戒した方がよさそうだな」
「だからといって、部屋に閉じ込めてはいけませんからね。シャルウェナ様が納得する形で、自然と力をつけていく方法が一番良いのです」
「それはもちろんだ。 …リファルス国の魔術師で、そういうことを得意とする者はいるだろうか?」
王が伺うように聞いてくる。
アリアはよくわからないのでシルヴィンに視線を向けた。
「光属性は希少ですからね…その件は持ち帰り、我が国の王に相談します」
「都合の良い頼みで申し訳ない。しかし、今の時点で我々が頼れるのはリファルス国だけのようだ」
今回のことを含め、書簡を持たせる。
王の言葉にエディンが動き、その手配を行う。
「信じられないが… アリア殿、君はこの国の先祖と面識があるのかね?」
「信じられないのなら、そのままにしておくのが最善かと。藪をつつくと蛇が出て来ますよ、王」
「…そうだな。心の中で思うだけにしておくとする」
先程の脅…いや、説教が聞いたのか、王は視線を逸らして頷いた。
書簡の準備ができたので、アリアとシルヴィンは国に戻ると告げ席を立つ。寂しそうな顔をするシャルウェナの前に行き、アリアは手を取り微笑んだ。
「シャルウェナ様、もしもお体が良くなりましたら、我が国に遊びにいらしてください。その時は、私も歓迎いたします」
「ほんとうですか?」
「あら、私は嘘はつきませんよ」
アリアの言葉にシャルウェナも嬉しそうに笑みを浮かべる。
こうしてみると微笑ましいのだが、一方が只者ではないのでオーシャルン国側は内心複雑である。
エリックが「アリア殿」とシャルウェナの隣に立つ。
「まだ全てわかっていないが、私はリファルス国を誤解しているのだね?」
「何が正しいのかは、私にも答えられません。けれど、これから王の話を聞き、そのうえで浮かんだものがあなたの答えになりますよ、エリック様」
「…廊下での無礼は、本当に申し訳なかった」
「女好きの性癖と、五年間のストレスによるものです。仕方ないので許します」
肩をすくめるアリアに、エリックは「おかしいひとだね、君は」と笑う。
リファルス国での彼への印象は最悪だったが、恐らく王族とは本来こういうものなのだろう。我儘で、傲慢で、けれど、その強い「欲求」がなければ、国を治めることはできない。ウィーリアンのように優しく気の弱い王子しか知らないので、エリックの性格は新鮮だった。
「よく言われます。王子の性癖は正直苦手ですが、嫌いではないですよ。国に対して不快さを感じていても、ウィーリアンには割と好意的でしたし。たまに皮肉はありましたが」
「ウィーリアン王子がうらやましかったのだよ。同じ王子で、なぜこんなにも境遇が違うのかと……誠実な人物だ。我が国を裏切ったリファルス国が憎くとも…彼自身を嫌う理由にはならない。 それから君も、アリア殿」
「それは光栄です。性癖に巻き込まれるのは遠慮しますが、あなたがウィーリアンの友人であるのなら、私もそのように接します」
「…性癖と言いすぎだ」
「事実です」
エリックは楽しげに笑いながら、アリアの手の甲に唇を落とす。
シャルウェナが、まあ! と両頬に手を当て顔を赤らめた。
されたのは私なんですが…とアリアは困ったように笑う。
「では、友人のアリア殿。今度会う時はぜひドレス姿を見たいものだ」
「王子が襲撃される予定がなければ、そのように」
王には一度頷く。むこうもそれでアリアの言わんことが分かったらしく、また顔色を悪くして頷いた。「ちゃんと言えよ、王様」である。
アリアとシルヴィンが光に包まれた。
「少し遅くなってしまいましたね」
かれこれとっくに午後をまわっていた。
魔法陣は、以前トゥーラスから来た時に作ったものに繋がっている。オーシャルン国で軽食には預かっていたので腹具合に問題はないが。
廊下にいた兵に、戻ってきたことをウィーリアンに伝えるようにとシルヴィンが指示を出す。王は執務室に戻っているはずだ、というのでアリアも付いていく。
「まったく…君のおかげで王になんと説明していいものか頭が痛いです」
「そうですか? 問題ありませんでしたと一言で済むじゃないですか」
じろり、と少し目で見られた。アリアは誤魔化すように笑う。
執務室の扉を軽く叩き「シルヴィンです。戻りました」と告げると「入りなさい」と返ってきたので扉を開ける。
執務室には王とカイル、セイディアがいた。
「遅くなり申し訳ありません」
「いや、無事でなによりであった」
シルヴィンがアリアも中にいれて扉を閉める。
「オーシャルン国の王より、書簡を預かって参りました」
「そうか。 何か問題は起こったか?」
「………………いえ、特には」
「…シルヴィン、そなたは嘘が下手だな…」
しかも律儀に王から視線を逸らしている。
全員が呆れた顔をしていると、再び扉がノックされウィーリアンとフィネガンが現れる。
「シルヴィン、アリア、大丈夫……ではないな。シルヴィンを怒らせたのか?」
ちらりとシルヴィンの表情を見て、ウィーリアンが苦笑する。
いつもの仏頂面に間違いないのだが、長く一緒にいるため気づいたのだろう。
「王を蹴りあげたり窓から飛び出したり脅したり、肝が冷えました」
「お前はいったい何してきたんだ…!?」
「シルヴィン、色々と主語が抜けていますよ!?」
セイディアの顔が引きつったので、アリアは慌てて否定する。まあ否定したところで、全てが事実なので覆せはしないが。
王はオーシャルン国からの書簡に目を通し、それから息をついてアリアに苦笑する。
「互いの国の誤解が解けたのは良いことだったが、ずいぶんと怖がらせたようだな。恐怖が文章に現れているぞ」
「精神的に色々と大変だったようですからね。王も混乱していたのでしょう」
つらっとするアリアにシルヴィンが冷たい目を向ける。
ここまで彼を怒らせるのも珍しいので、何か大きい事態となったのだろう、とウィーリアンは予想し、自分の側近に同情した。フィネガンも半笑いしている。
オーシャルン国で起きたことを掻い摘んで報告し、「神なる者」についても説明する。
「師匠は知っていると思います。禁魔法ばかりを使う、頭のいかれた魔術師の結社です」
「ああ、会ったことはないが聞いたことはある。だが、ずいぶん前に消えたとも聞いているが」
「ロキディウスが当時の統率者でしたからね。私も壊滅させたと思っていたのですが、恐らく密かに活動していたのでしょう」
そして、新しい統率者が現れた。
そう考えるのが普通だろう。でなければ、あの紋章を使うはずもない。
「バーティノンという人物と"神なる者"の統率者が同一だとすると……かなり厄介です」
「ロキディウスよりもか?」
「あの男は自分の能力を認めないことに怒りを持った感情タイプです。けれどバーティノンは何を目的としているのか、まだ掴めていない。 何かに対して怒りや憎しみを持って行動する者より、意味もなく破壊を望む愉快犯の方が、なにをしでかすかわからなくて恐ろしいです」
今回の禁魔法の魔方陣だって、国ひとつを簡単に滅ぼせるものだった。
五年前から計画していたのだから、甚大な被害を伴う。それをわかっているうえで行動するというのは、普通の人間の精神ではない。
「目的はわかりませんが、リファルス国とオーシャルン国は敵対しているということは確かですね」
「ああ。特に我が国での事件が多発しすぎている。そう考えるのが妥当だろう。しばらく何事もないことを願いながら、情報収集していくしかあるまい」
それから、と王はアリアを見る。
「オーシャルンの王より、其方に感謝の証として、城への入場許可を授けたいとあるが、いかが致す?」
「感謝ですか?」
確かに少しは手助けしたが、半分以上は自分の私情による行動だ。誓いを再び約束させる手段に王族の弱点をついたので、それで帳消しだと思っていたのだが。
「其方は私の下について行動したわけではない。あくまで、其方個人への感謝のものになる。"我が息子、娘からの親愛の気持ちとして受け取って欲しい"とあるが」
「それでしたら…ありがたく頂戴いたします」
突っぱねるのも失礼な話だ。頷くと、「では、そのように返しておこう」と言う。
それからシャルウェナの話になり、城から一人派遣させることとなった。
女性なので、姫も緊張しないだろう、ということだ。
エリックの女好きが発動しないか心配だが。
話合いもひと段落し、ふう…と王が息をつく。
「疲れただろう。今日はもうこれで解散しよう」
「王、ひとつ許可を頂きたいのですが。師匠とカイルさんにも」
「 なんだ?」
「すぐにではないのですが、近い将来に北の国を訪問したいのです」
三人の警戒した顔色に苦笑しながらアリアは続ける。
「今回、西の国にて旧友の伝言を得ました」
「先ほどの、シャルウェナ姫といた女性のことか?」
「はい。恐らくその女性は、我が友リリアーナでしょう」
「…百年前の聖女なのだろう?」
亡くなった者が現れるということすら不思議なことだ。
まあ、亡くなったのに生まれ変わった人間が目の前にいるのでありえないことではないのだが。
「世界に時間を預けたと、彼女は言ったと聞きました」
「その意味とは?」
「私の名が世界が隠しているのと同様です。私の前世の名は【---】といいます」
アリアは確かに名前を口にしたのだが、誰の耳にもそれが音として届いていない。
「隠した名は、もうこの世界では存在しません。存在しないので、音にもならないのです」
「なぜ、隠した?」
「…それが禁魔法を使った、私の代償なのです。命を落とすだけでは、補えませんでした」
懐かしい名前。
自分であった、「自分」。
何度も呼ばれ、自分の一部だったその名はもう呼ばれない。
それがどれだけ寂しくて苦しいかは、きっと誰にもわからないだろう。
あの日の自分が、まるでいなかったように感じるのだ。
「ですから、どんな形であれ彼女が待っているような気がするのです」
「 私は止めぬが」 王がちらりと保護者二人を見る。
「…止めても行くだろう、お前は」
「むしろ家を出た時のように前日じゃなくてよかったよ。心構えができる」
諦めていたようだ。アリアは「ありがとうございます」と苦笑する。
アリアがようやく外出禁止令をきちんと解かれ、トゥーラスに戻る頃には、すでに彼女の名は各地に広がりつつあった。
「国境さえも超え、友人を救ったリファルス国の魔術師」としてオーシャルン国の王直々に言い渡されたそれは、国民を驚かせた。五年ぶりに開かれた王族の町への訪問では、放浪息子と言われた第一王子が堂々と誇らしい姿で、病弱な薄幸の姫君は、まるで別人のように元気で可愛らしい笑顔で、穏やかな笑みを浮かべる王の両隣に現れた。
魔術師は国だけではなく、王族をも救ったのだと、五年前の悲劇を知る者たちは手を合わせ感謝の涙を流す。
そしてリファルス国の王より、新たに"颯々の魔術師"の称号を与えられることになる。
その魔術師の進む道には、常に追い風が吹き続けていた、と後に出会う者たちは声をそろえて言ったという。




