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浄化魔法





中に入ってきた兵たちは、突然のことに動きを止めてしまう。

かよわそうな少女が、国の主を殴り飛ばしたのだ。驚かないはずがない。

同じくぽかんとしているエリックとホラスの横で、シルヴィンは頭が痛そうに溜息をつく。


「…君には首輪を付けとくべきでしたね」

「これくらいは甘んじて受けてもらわなくては、私の気が晴れません」


呻きながら起き上がる王にようやく我に返り、兵たちが「構わん! 反乱者だ!」とエリックたちに斬りかかった。反応に遅れたホラスを軽く突き飛ばし攻撃をかわさせると、エリックを護るようにシルヴィンが剣を抜く。王に認められ、アリアに付けただけのことはある。次々と自分の背丈より大きい兵たちを倒していく。

エリックも一瞬悩んだが、腰の剣を抜き自分を襲う兵たちとやりあった。

王を護ろうと向かって来る兵たちを、アリアは魔法で吹き飛ばしつつ、椅子から転げ落ちてしまった王に小首を傾げ視線を向ける。


「その首のガラス玉、誰からもらった?」

「… 、言うとでも 」

「言いたくなるさ。すぐにね」


アリアが剣を抜く。

すると、どこからか攻撃魔法が飛んできた。

二階の踊り場より、夜会で襲撃してきた者たちと同じ格好の奴らが現れ、アリアに向かって攻撃してくる。


「次から次へと、証拠がわんさかですねぇ~」


そんなことを言いながら、アリアは軽く剣で打ちあいながら、後ろから切りつけてくる兵たちに杖を向ける。床のタイルが形を変え、兵たちにまとわりつき拘束する。

しかし埒があかない。

アリアは、トン と杖をつく。

王の間を囲うように防壁魔法を発動させ、これ以上兵を中に入れないようにした。

襲撃者たちも兵と同じように拘束し、アリアはそのままの流れで王の首にあるガラス玉を杖先でつく。ぱり ん、とガラス玉が砕けた。

王は目を見開いたが、がくっと力が抜けたように倒れた。

防壁内で立っているのは、アリアとシルヴィン、エリック、ホラスのみだ。


「ああ、そうそう。また自害されたら困るんだよね」

「ぐっ 、…!」

「大人しくしてないとそのまま脳天突き刺すよ」


口の中に体を拘束させているのと同じ物を噛ませる。


「…アリア殿、父上は」

「気絶しただけです。起こしましょうか」


エリックの心配した声にアリアは頷いて、王を思い切り蹴った。

「うっ 」と呻いて王が意識を取り戻す。


「アリア殿…!?」

「なにしてるんだ、君は!?」

「起こしました」

「もう少し穏便な方法があるでしょう…」


だがちゃんと目を覚ましたのだ。咎められる謂れはない。

王はぼんやりした様子で、視線を周りに走らせる。


「…何事だ…? 腰が、激しく痛いのだが…」

「椅子から落ちたのでそのせいですね」


お前が蹴ったせいだよ!

周りの者は全員思ったが、口には出さなかった。


「……私は…?  エリック…私は…」

「父上…私を恨んでいらっしゃったのですね。母が亡くなったのは…私のせいです」

「っ 違う! 違うぞ!   …あれは、悲しい事故だったのだ、私は決して…!」


俯くエリックに、王が声を荒げ否定する。

五年前に妃が亡くなったのは、エリックを庇ってのことだったという。

一年に一度、城下町で行われる王族の訪問時、暴走した馬が荷台をつなげたままエリックに向かってきたという。それを妃が庇い、そのまま命を落とした。


「しかし、 私は心の整理がつかず、お前に辛く当たったのだ… その頃から、自分の記憶がおぼろげとしか残っていないのだが…」

「ガラス玉を手に入れたのは、妃様を亡くしてからでは?」

「…ああ、孤児院の子供たちから忌中の贈り物として貰ったものだ」

「王が極端な行動をとったのは、それのせいでしょう。強い暗示の魔法がかけられており、つけている者を操る力があるのです」


五年前から、すでに手が回ってきていたのか。

アリアは眉を潜める。もしかしたらその妃の死は、はかられたものだったのではないのか? 弱った王の心に付けこみ、操るため。


「…確かに、常に頭に指示が響いていた… 息子のせいだと…殺してしまえば、国は守られるのだと…  私はなぜ、それを信じていたんだ?」

「そういう魔法なのです。 それが王の本心ではなくとも」


王は俯いたままのエリックによろめきながら近寄る。


「…エリックよ、私はお前の信頼を裏切ってしまった。本来であれば、母を亡くしたお前も同じように辛かったはずなのに…私は…」

「 私を憎んでいるのではないのですか?」

「馬鹿なことをぬかすな! どのような愚息であろうとも、お前が私の子であることに変わりがあるものか…!」


エリックは静かに目を閉じ、「  それなら、良いのです」とわずかに微笑んだ。

目にはうっすらと涙がたまっている。彼も彼なりに、悩んで生きていたのだろう。

ホラスや周りの兵が感動しているところ悪いが、「さて」とアリアは襲撃者たちに顔を向ける。


「そろそろ拷問と行きましょうか。襲撃者さん方?」

「夜会の時の仲間ですね」

「お揃いのコスチュームなんか着て、仲良しにもほどがありますよ」


アリアは剣で一人のフードをまくる。

その異様さに全員が息を呑んだ。

恐らくは人間なのだろう。だが、目は赤く血走り、髪のない頭部には血管が浮き出ている。何かつぶやいているが、聞き取れない。全員がそのような姿であり、額には何か紋章が火傷痕のように浮き出ている。

それを見て、苛立たし気に「よりにもよって…」と吐き捨てるように言う。

すると突然襲撃者たちが苦しみはじめ、そのまま息絶える。額の紋章が、焼けたように真っ赤になっていた。


「…遠隔性の呪いか」

「どうしたのだ?」

「恐らく、戦えなくなった状態になると自動的に命を落とすように仕組まれていたのでしょう」

「 人間、か?」


エリックの問いかけに、深い溜息をつく。


「そう、人間です。いや、人間だったモノと表現した方がいいでしょう。禁魔法に見られる特性の一つです。痛みを感じにくく、そして戦うことに躊躇しない。 昔からの戦の中で、腐った魔術師たちが造った"人間兵器"ですよ」


アンデッドとはまた違う。感染はせず、普通の人間よりは強いが急所は人間そのもの。心臓を突き刺せば死ぬし、怪我を負えば動きは少し鈍くなる。だが、その数が多ければ状況は違って来る。

そして、この額の紋章は――


「"神なる者"――ロキディウスが掲げた、神の力を手に入れようとした魔術師たちの紋章…」


まだ残っていたか…。

眉を顰め、ぐっと拳を握る。

だがすぐに息を吐き、防壁魔法を解いた。兵たちが「王!」と入ってきたが、王は静かにそれをなだめ、アリアを見る。


「…ルーフェン殿の弟子であったな。  何者なのだ? なぜ、 あの言葉を」

「それはまた後ほど。 それより、王まで側近を付けていないのですか?」


先程から兵の姿はあるが、重臣の姿はない。この騒ぎだ、誰かしら集まってくるに違いないのに。王は、はっとしたように視線を走らせ、「シャルウェナ…」と呟く。


「シャルウェナの元に、誰か…!」

「エリック様の妹君ですか?」

「ああ、 弟子殿…ガラス玉は」


私の家臣もつけている。

青白い顔でそう告げるのを聞いて、エリックがまず走り出した。アリアとシルヴィンもそれに続く。


「エリック様、シャルウェナ様はどこに!?」

「この上の階だ! 体が弱くて、ベッドから自力では起き上がれない!」


そう返すエリックの顔も真っ青だった。

階段を駆け上がり、ひとつの部屋の扉を開けながら「シャルウェナ!」とエリックが叫ぶ。


「お兄様…っ」

「これはこれは、エリック王子。いかがなされましたかな?」


ベッドの上でガタガタ震える可愛らしい少女の傍らには、男が二人いた。

王の側近と外交大臣だ。遅れて王とホラス、数人の兵たちも部屋の入り口にたどり着く。


「何やら騒がしいようですが」

「…エディン、マルク。シャルウェナから離れろ」王が言うと、目を合わせて肩を竦める。

「王、我々は姫をお救いに参ったのですぞ?」

「リファルス国に騙されているのですよ。このままでは、国は滅びます」

「黙れ! 私が不甲斐なかったのは認めよう。だが私の子供たちに危害を加えることは許さんぞ」


じり、と近寄る王に、エディンと呼ばれる側近がシャルウェナの腕を掴んだ。

マルクが剣を抜き、エディンとシャルウェナをそのまま窓へと移動させる。

やはり操られているのか、目が虚ろだ。


「…邪魔はさせない」


その言葉と同時に、エディンがシャルウェナを拘束したまま窓から飛び降りた。

マルクにシルヴィンが斬りつけた隙に、アリアがその脇を通って同じく窓から飛び出す。


「アリア殿…!」


エリックの驚く声が響く。

シルヴィンは素早く首元から覗くガラス玉を砕き、エリックと共に窓に顔を出す。

エディンは落下しながらも口元に笑みを浮かべている。アリアは杖を向け、落下速度を遅くさせる。シャルウェナもいるので、衝撃は与えないように下ろす。自分も、すとん と地面に降り立ち、エディンが体制を整える前に首元に杖を突き付けた。


「シャルウェナ姫から手を離しなさい」

「…他国の魔術師が、よくも」

「離せといっている」


鋭く言えば、わずかにシャルウェナを掴む腕が緩んだ。シャルウェナはアリアの胸に飛び込むように逃げてくる。杖を突き付けたまま、「お怪我は?」と聞くと、ふるふる首を横に振った。シルヴィン同様、首元のガラス玉を砕くとエディンはがくりと気絶する。


「あなたは…?」

「リファルス国より参りました。エリック様の知人です」


まだ十にもなっていない歳だろう。アリアは目線を合わせるため、シャルウェナの前に片膝をつき、そっと手をとる。


「王も、この者たちも、悪い魔術師に操られていたのです。ですが、正気を取り戻しました。ご安心を」

「…感謝いたします、ずっと、怖かったのです…っ」


シャルウェナは涙を流しながら、アリアに笑顔を向けた。

やがて王とエリックも下に着き、シャルウェナを抱きしめる。


「アリア殿、妹を救っていただき感謝する」

「いえ。 城だけなら、いいのですが」

「五年も前から王が操られているとなると、ガラス玉を送った孤児院だけではないでしょうね」

「あの……」


王に抱き付き泣いていたシャルウェナが、おずおずと口を開いた。


「町にはもう、父上やエディンたちのような者は、いないと思います…」

「シャルウェナ? なぜそう思うのだ?」

「ずっと…長い間、気持ちの悪いものが町や城をおおっていたのには気づいていたのです。ですから、お祈りを捧げていました。そうすると、その気持ちの悪い気配はすくなくなったのです」


首を傾げる者たちをよそに、アリアは目を細めシャルウェナに聞く。


「シャルウェナ様が祈るたびに、それはなくなったのですね?」

「はい。 でも、とても疲れてしまって…お城の中では、自分の部屋しかそのような状態にできなかったのです」

「そうか……それが目的だったのか」

「アリア殿?」

「王、シャルウェナ様は恐らく、光属性の魔力が強いのでしょう。そのため、町で増え始めた禁魔法の魔力を祈ることによって浄化し、その反動で体調が優れなくなったのかと」


城は根源だったのだ。簡単に浄化できるものではない。


「シャルウェナ様、私も僭越ながらお手伝いします。いつものように、祈って頂けますか? 広範囲ですと体に障るので、町と城に限定して」

「…やってみます」


シャルウェナは胸の前で指を組み、そっと目を閉じた。

彼女の身体の周りから、白い光があふれ出る。

アリアはシャルウェナの頭の上から空に向かって杖を振り上げる。


「"聖なる光の元 悪しきものを浄化せん"」


呪文を唱えると、シャルウェナから発せられた光は空に昇り、ぱぁんっとはじけるように町や城の上に降り注いだ。アリアはそのまま杖をシャルウェナの額に向け、周りには聞こえない呪文をいくつか唱える。

シャルウェナは目を開け、きょとんとした。


「あまり体がつらくないです」

「私の魔力を少し流しました。体がつらくなるのは、魔力が少なくなるからですよ。シャルウェナ様は繊細でいらっしゃいます。少しの間だけですが、体の周りに強化魔法をかけました。少しずつ解けていきますが、今までのように体を崩されることは少なくなるかと」


でも、無理はしてはいけませんよ?

にこりと告げれば、シャルウェナはこくんと頷いてアリアを見つめる。


「魔術師の、お姉さま。 多分、お姉さまだと思うのです」

「…?」

「みんながおかしくなって、一人でベッドにいると、きれいなおんなのひとが光の中から現れて、私に気持ちの悪いものを消す方法をおしえてくれたのです。たくさんのことを教えてくれて…それで、いつか魔術師の女の子が現れると」

「女の人の名は聞きましたか?」

「いいえ…でも、その魔術師はきっとわかるって。伝えてほしいことがあるって、私に言われたのです」


シャルウェナは続ける。


「北へ、と。"北へ、参りなさい。最後の地で、また始まる"って。こうも言っていました。"世界が名を隠したとき、時間を世界に預けてある"って」


アリアは息を呑み、それから少しだけ笑う。

思い浮かぶのは、確かにひとりしかいなかった。


「…その女の人は、長いブロンドの髪でしたか?」

「ええ。やはり、お姉さまに向けてだったのですね」

「シャルウェナ様、もしもまた彼女が現れたら、伝えてください。"少し寄り道をしていく"と」



胸の奥が静かに、けれどとても強く、鼓動を打ち始めた。










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