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前世の記憶




「――というのが、曾祖父より聞かされた真実だ」


王の間。

アリアは静かに膝をつき、王による昨日の話の裏を聞かされていた。

表向きには「裏切り者」となっているヘイリス王子だが、本来は王となる者のみが真実を教えられ、引き継いでいくのだと。

その場には昨日、話を聞かされていた者たちが集まっていた。

王族、カイル、セイディア、シルヴィン、フィネガン。そして、あの場にいた重臣に限定している。その中にはガリディオやソディスもいた。

エリックは部屋に引きこもっているというので、朝早くよりこの場を設けたのだ。

アリアは視線を俯かせたまま、口を開く。


「……その後、ヘイリス王子の足取りは?」

「残念ながら連絡も途絶えてしまい、どこでどう生涯を過ごしたのかは残されていないのだよ」

「そうですか…」

「アリアよ、私もそなたに聞きたいことがある。私は先代より伝えられただけで、それ以上の真実は知らぬ。 そなたは、何者なのだ?」


王の質問に、アリアは一度目を閉じ息を吐いた。


「――私には、五歳の頃よりもう一人の自分の記憶がありました。姉に階段から突き落とされ頭を打った際に、前世の記憶というものを思い出したのです」

「前世…とは」

「私がアリアとして生まれる前、こことは違う世界に暮らしている一人の女性としての記憶です。彼女は、事故で死んだ。そしてこの世界に生まれ変わった。私は、ずっとそう思っていました」


けれど、少し違った。

アリアは静かに語り始める。思い出した、過去の記憶を。


「死んでしまった。そう思ったのも束の間、彼女はこの世界に、この国に空から落っことされたのです。そしてその時、落下する彼女を見事に受け止めたのは…ジィレッド・フォルガスター。ヘイリス王子の側近でした」


「驚くことに、彼女の身体は十四歳に若返り、まだ子供だということでそのまま城に保護されました。世界を超えた副作用だと思います。そこで彼女は、自分に今までなかった力…強い魔力と身体能力があることを知りました。当時、王もご存知かとは思いますが、今よりも治安は悪く、各地での領土争いが起きていたはずです」

「…ああ、かつてないほどの争乱の世であったと聞いている」

「同時に、その時代は魔力が強い者はよほど国への忠誠がない限り、戦争に巻き込まれないよう隠れていました。リファルス国も、度重なる戦によって兵力が不足していました。  そこに、異世界の人間とはいえ、魔力を持った者が現れたのです。王も、縋るような想いだったのでしょう」


「彼女」は、元の世界に帰ることも出来ないし城から出ることも出来なかった。

生き残るためには、戦い、自分の立場を確保するしかなかったのだ。

死に物狂いで魔法と剣を習得し、リファルス国の魔術師として戦争に参加することとなる。だが、決して国に従っているという考えはなかった。

そこで友となったヘイリスたちのために、自分ができることをしていただけなのだ。

しかし戦争での功績は認められ、称号を与えられると共に、「魔王の討伐」という命を下された。


「子供にそのような任務を単独で与えるなど、本気だったとは思えません。恐らく王は、彼女に「そのまま逃げろ」と暗に伝えていたのでしょう。長旅とはいえ、平民が一生を暮らせるような旅費を持たされましたから」


けれど彼女は、魔王の元に行くことを決めていた。

決して使命感からではなく、とりあえず行ってみよう という何とも軽いノリで。

それを聞いて、ヘイリスとジィレッドが仲間に加わった。ヘイリスの母が亡き後、新しい妃が生んだ子がモリティスだ。モリティスの方が王にふさわしいと考え、自分が汚名をかぶろうともそれを実行するため国を出たのだ。

ソフィー姫の気持ちはすでに分かっていたので、いずれかはモリティスと婚礼が行われるだろうと信じながら。


「けれど、それは叶わなかった。ある男の陰謀によりソフィー姫は自害したかのように殺害されたのです。その男は、かつてオーシャルン国に仕える重臣でしたが、禁魔法の乱用を繰り返したことで追放された者です。名を、ロキディウス。彼は魔族の一部と通じ、人間を駆逐し支配しようと計画していたのです」


途中で仲間を加え、彼らは魔王の住処―北の国トルダタにある、死霊の森と呼ばれる地に向かった。

そこでロキディウスが魔王を操るほどの禁魔法を用いていたことが判明し、何とか倒すことに成功した。そして洗脳の解けた魔王と話し合い、魔王は自分が倒されたということにしたらいいと言ったのだ。彼の妻は人間だったので、もともと理由もなく人間を襲うことはしたくないと。

そこで秘密裏に平和契約を結び、落ち着いた頃に城に戻るというヘイリスとジィレッドに預け、王族のみ知る事実として扱うこととしたのだ。


「全ては片付いたと思いました。でも、ロキディウスの息が僅かながら残っており、そこで禁魔法を使ったのです。世界を覆い死に至らせる死の魔法です。その魔法に対抗できるのは、  彼女しかいなかった」


戦いですり減らした魔力はあと少しだった。

だからこそ、自身の魂を削いで魔力に変換する魔法…本来であれば、これも禁魔法のひとつだったが、彼女はそれを実行し、世界の破滅は免れた。


「私が持っている記憶はそこまでです。そして、様々な書物に残っているのが事実でしょう。魔王を打ち破ったとされる一人の魔術師は、自らの死を持って世界を救いました。後に、英雄という称号を手に入れて」

「…ならば、やはり」

「話が長くなりましたね。 ええ、彼女は私の前世の姿です」


その顔は苦笑に近かった。

朝方まで泣き続けたその眼はまだ赤かったが、それでも潤んではいなかった。


「思い出したのは、ヘイリスの思惑通り。オリヌスに行く辺りから、変な夢や白昼夢を見ることが多くなったので、おかしいとは思っていたんです」

「…英雄が、まだ幼い少女であったとは知らなかったが」

「魔王の元に向かったのは十六の時でした。おおよそ女性らしい外見ではなかったもので、動きやすい恰好をしているうちに、男だと思われていたのでしょう。移動中はターバンをして顔を隠していましたし」


そして旅を共にしていた仲間でさえ、旅を続けるまで気づかなかったのだ。

道すがら出会った者たちがわかるはずもない。それはそれで、女として悲しいものだが。


「昔話はこれで終わりですね。世界はかつての名を隠しました。今の私は、アリアという名のただの魔術師です」

「 話させてすまなかった」

「いえ。取り乱した私も悪いのです。どうも昔の性格が強いもので」


立ちなさい、と言われたのでアリアはその場で体を起こす。

ふと目が合ったセイディアは何とも言えない顔をしていたが、いつものように溜息をつく。


「納得はした。十歳の子供が取引など出してくる時点で、違和感はあったからな」

「背に腹は変えられませんから。少しの違和感ならばあとで誤魔化せます」

「…そのあとも違和感だらけなら意味はないと思うよ、アリア」


カイルまで苦笑いしている。

子供らしくない子供ではあったが、そこまでらしくなかっただろうか。


「精神年齢はこれでも年相応ですよ? もともと冷めた人間です」

「元からそれか。やはり恐ろしい子供だな」

「…気持ち悪いですか?」


一番の不安を口に出すと、呆れたような顔をした。


「何をいまさら。理由がわかってスッキリはしたがな」


カイルも、ウィーリアンや周りにいる者たちの顔は、畏怖や嫌悪を一切浮かべていなかった。面識の少ない重臣たちも、まだ戸惑ってはいるが畏れているような視線ではない。アリアはやはり少しだけ笑う。

前世のことを話せなかった理由は、きっとここにもあった。

普通ではない自分を否定されるのではないかと。

距離を置かれるのではないかと、恐れていた。

そんな心配はいらなかったようだ。


「  さて、アリアの事もみな納得したようだな。続いてオーシャルン国のことについて、助言を頂きたいところなのだが」

「エリック王子は?」

「まだ部屋にいる。だが、ホラス殿より昼までには国を出ると話があった」

「表面上はうまく取り繕っていたのでしょうな。だが奇襲は恐らくエリック王子に向けてのものだった。このまま帰していいのですか?」


後に分かったが、城の裏門より侵入したようだ。兵の一部がやられていた。

捕らえた者たちは牢に連れていったが、恐ろしいことに、苦しみ始めたかと思えば顔が溶け出し、そのまま死んだため顔の判別は出来なかったようだ。


「おかしいですね。城には師匠の防衛魔法もかけられているはずですよ」

「ああ。 全く反応がなかった」

「…教会の時と、同じですか?」


アリアの言葉に全員がハッとする。あの時も、少しの違和感は感じたが防衛魔法の中で起きている異常に気付けなかったのだ。


「特殊な魔法を使う者が、そう何人もいてもらっては困るんですけどね」

「今回も関係しているというのか…」

「とりあえず、面倒なのでオーシャルン国行っちゃいますか」


は? とアリアに集まる視線に、本人はにこりとした。





「エリック王子、アリア殿が面会を希望しておりますが…」

「アリア殿が?」


部屋にいたエリックは警戒したように眉を潜めたが、「通せ」と許可した。

扉が開き、アリアが部屋に入ってくる。後ろにはホルスもいた。


「おはようございます、エリック様。突然申し訳ありません」

「…何の用かな」

「本日発たれると聞きましたので、その前にお話したいことがありまして」


エリックの態度も気にせず、アリアは続けた。


「昨日の襲撃ですが、御心当たりはないのですね?」

「あるわけがないだろう。昨日捕らえた者たちは自害したのだったな」

「ええ、何も話すことなく死に絶えました」

「よほど誰が指示したか、知られたくなかったのだろうな。王宮魔術師の魔法さえもすり抜けてくるとは、さぞかし実力のある者なんだね」

「そのようですね。先日、王都より離れた町で同じようなことがありました。その時も、師の魔法では感知できず、元凶は潰しましたが、いまだに正体はつかめていません」


リファルス国に疑惑を持っているのは目と態度でわかる。

それを否定する様に言葉を続ければ、「そうなのか」と意外そうにする。


「確認したいことが二点あります。お許しいただいても?」

「  ああ」

「こういう物と、バーティノンのという名に聞き覚えは?」


片手に持っているのは、あの小さなガラス玉だ。

アリアはエリックの目が丸くなるのと、ホラスが息を呑んだのを聞き逃さなかった。


「このガラス玉は、その町で教会の神父が禁魔法を使う際、町の者たちを洗脳しようと利用したものです。そして、神父はバーティノンという人物にずいぶんと執着していたようなのです」

「……確かな情報か?」

「ええ。神父を倒したのは私です。数日前、ノーリアーナの地にて腐死魔獣が出没し、その体内からも同じものが出て来ました」

「エリック様…」


ホルスが顔色を悪くし、エリックに声をかける。


「…バーティノンという名は知らぬ。だが、それと同じものを、城で見た」

「どこにあったのです?」

「父が、首にかけているものとよく似ている――今回の訪問は、ホルスだけが来る予定だったんだ。父は、私が外交に出るのを良くは思っていなかったからね。噂の弟子殿が女性だとわかった時点で、話は打ち切られたはずだった」


最後の言葉には自分で苦笑しながら告げる。自分の周りからの評価は存じているようだ。

それがなぜか突然エリックに出向くようにと意向を変えたのだ。

自分がリファルス国に対し、あまりいい気持ちを持っていないのも知っていたはずなのに。それだけではなく、彼の中で王に対し何か心当たりがあるのだろう。苦しげな表情をしている。


「…他国で、しかもオーシャルン国にとって裏切りの意味がある国で、第一王子に何かあれば攻め入る理由になりますしね」

「  あれは頭に血が上っていたんだ。王やウィーリアン王子には、失礼なことを口にしたと反省している」

「その謝罪は、あなたの父上から頂きます」


行きますよ、というアリアの言葉に、二人はきょとんとする。


「オーシャルン国に出向く用が出来ました。護衛しながら、私も参ります」

「アリア殿…?」

「リファルス国とオーシャルン国は同盟国です。いらぬ確執を持っていては、戦う兵たちにもいずれは伝わりましょう」


それに、あいつの尻拭いだ。

アリアは心の中でイラついていた。

恐らく彼なりに色々と考えた結果の「表向き」なのだろう。しかしながら、それが子孫に限りなく迷惑を与えている上に、もしも自分に対しての嫌がらせなのだとしたら、死後の世界でぶん殴ってやろう。

エリックはアリアの言葉に、戻る と答えた。なので準備をさせ、王の間に戻る。


「王、これからオーシャルン国に行って参ります」

「…アリアよ、シルヴィンを連れていきなさい。さすがに重臣たちを付かせるのは大事になりかねん。元々ウィーリアンの賓客として呼んだのだ。その側近を付けるだけならば問題ないだろう。」

「シルヴィン、そいつが何かやらかしそうになったら頼む。全力で殴ってもいい」

「わかりました」

「ちょ、 一応性別に配慮していただきたいのですが!?」


師とシルヴィンの物騒なやりとりにアリアは思わず焦る。

セイディアは逆に同様に暴走する可能性がある。カイルを連れていかないのは、アリアに関して割と甘いところがあるので結局止められないだろうと踏んでのことだ。その点、シルヴィンは容赦がない上に剣の腕も立つ。

王族であるウィーリアンを行かせることも、危険すぎるのだ。

話を聞いて、この場にいる面子の中では適役であろう。

エリックは一歩前に出て、王に対し頭を下げる。


「昨日は失言を致しました。申し訳ありません」

「  良い。こちらこそ、ならず者を出入りさせた失態はある。道中、無事であることを祈っておるよ」

「あ、いえ、直接城に飛びますよ?」


ひらひら手を振りながらアリアは軽く告げた。


「直接…とは?」

「転移魔法です。エリック様、城の正面玄関の床に模様がありませんか?」

「あ、ああ…確かに。太陽をモチーフにしたものだ。古くから存在している」

「国境を超えることに対しての許可は後でいいですよね」


そう言いながらオーシャルン国の者たちの人数を数える。兵は全部で二十人ほどだ。まあ、多いが何とかいけるだろう。

アリアは杖を出し、左手に持った。


「オーシャルン国には緊急用として私の魔方陣を残してあるんです。悪用されないため、リファルス国からの転移は私の魔力でしか発動しないようにしていましたが、また使うとは思いませんでしたね」


そう言いながら、とんとん と床を杖で叩く。

すると、オーシャルン国の者たちと、アリア、シルヴィンの周りに魔方陣が展開される。アリアは片手を軽く上げ、敬礼の形をとる。


「では、行ってきます」


次には彼らの姿は消えている。

セイディアが頭を押さえて溜息をついた。


「…英雄ならば普通は安心するものだが…不安しか残らんのはなぜだ」

「……それは、その英雄がアリアだからじゃないかな、セイ…」


根本的に、そこが問題であった。




オーシャルン国、城の正面玄関が騒がしくなった。

激しい光と共に、自国の兵たちが現れたのだ。そしてその一番前にいるのは、リファルス国に外交にいっているはずの、エリックとホルスだったのだから驚愕せずにはいられない。


「王子…!?」

「これはいったい何事ですか!」

「…リファルス国の魔術師の好意により、今戻ったと父に報せよ」

「はっ」


一人の兵が慌てて王の元に向かう。

エリックは自分の国の城であることを確認し、自分のすぐ横にいた少女に苦笑した。


「さすがはルーフェン殿の弟子というところか。 しかし、なぜ城に魔方陣が?」

「企業秘密です」


兵たちには持ち場に戻るよう告げ、エリックが王の元に歩き出したのでそれに続く。

そして大きな扉の前で立ち止まり、中から出てきた兵が許可を得たのか開けて彼らを中に通した。


「――エリック、いったいどうしたというのだ?」


玉座に座るオーシャルン国の王は、厳しい顔つきでエリックを見る。

顔色が悪く土気色な上に、目の下にはうっすらと隈が出来ていた。


「先刻、リファルス国より昨夜の出来事の報告が到着したばかりだ」

「…そのこともあり、護衛を兼ねて送って頂いたのです」

「なるほど…」


王の目がアリアとシルヴィンに向けられる。「名乗れ」と言われ、下げていた頭を上げそれぞれが名乗った。


「して、リファルス国の者がなぜ我が国に? 護衛ならば、自国の兵で十分だ」

「それこそが危険と思いましたので、同行致しました」


アリアはにこりとしたまま、王から視線を離さない。


「なにが危険なのか、聞いてもよろしいかなお嬢さん。それではまるで兵たちが、息子を襲うかのように聞こえるのだが」

「あら、リファルス国で計画が失敗した場合、そのようにしたはずですよね? だって夜会での襲撃の際、王子の護衛に回った者は、いらっしゃらなかったのですよ」


フィネガンが護るのは当然だが、襲撃者を攻撃する兵ばかりで、エリックを護ろうと前に立つものはいなかった。さらに、襲撃と同時に扉の向こうから現れた彼らの数が多かったため、襲撃者を捕らえるのが逆に困難となったのだ。


「西の国・オーシャルンは軍事国家と聞いております。他国に名を広げる国の兵が、そのように非効率的な戦い方をするとは、どうも思えませんもの」

「実に豊かな想像力だな。なぜそのようなことをせねばならんのだ」

「エリック王子はずいぶんと自由な方ですね。わたくしも噂はかねがね聞き及んでおります。城を抜け出し下町で平民と仲良くなったり、夜会では幾多の女性を虜にしていらっしゃるとか」

「愚息を恥じての犯行だと? バカバカしい」


白けた目をする王に、アリアは相変わらず表情を変えずに「ええ、そんなことではありませんよね」と続けた。


「今回、オーシャルン国の王子を迎えるということで、わたくしも事前に王子の趣向などを知っておこうと、調べたことがありますの。ギルドはいろんな人がいるものですね。貴族の方もたくさんいらっしゃいました」

「……それはいつの話ですか」

「さあ? 外出禁止令が発動されていましたし、その前でしょうかね?」


抜け出したな? というシルヴィンの視線を受け流しながら、「そこでこんな話を聞きました」と目を細める。


「オーシャルン国に友のいるその方の話では、身分を隠したエリック王子が、下町で民の暮らしを目で確かめていた、と。そして何か不審な点がある時は、偶然仲良くなったその領地の娘を通じて、情報を得ていたらしいとも。 王はエリック様に外交どころか、国に関する政を一切仕切らせていなかったようですね。気になって当然でしょう」


仮にも第一王子だ。いくら愚息とはいえ、いずれかは王位を継ぐ者なのだ。エリックの年頃になれば、それなりの仕事は与えられる。ウィーリアンでさえ、アリアの知らないところで領地の訪問や町の視察に行っている。

エリックとホラスは、アリアがそんなことを調べていたことに驚いていた。


「ですが、以前はそのようなことなかったみたいですね。王はエリック様を連れて、よく公務に行かれていたようですし、エリック様も表に出る機会が多かったと。五年前――妃さまが亡くなられた頃からぴたりと止まったようですが」


王がぴくり、と椅子の手すりの上で指を動かした。


「ホラス殿、正直に話してもらいます。エリック様は、普段どのような暮らしをしていらっしゃったのですか」

「……それは、」

「いくら外交の者が付いていたとしても、通常であれば側近や直属の護衛が一人か二人は付くもの。けれど、エリック様は一人でいらっしゃいました。そして、その割には一般の護衛兵の数が多すぎる。部屋の前には自国の兵のみを置き、まるで軟禁して見張っていると誤解されても、仕方がありませんよ」


国の重臣をつけたとしても、そういう問題ではないのだから。

ホラスは、ぐっと唇を噛む。

ちらりとエリックを見てから、口を開いた。


「…エリック王子には、側近も護衛もいらっしゃらない。普段は自室でのみ行動されており、通常は外出の許可も……」

「ホラス、気でも狂ったか…!」

「しかし王! 我々も思ってはいました。これではあまりにもエリック王子が…!」

「愚かな息子をどう扱おうと、私の勝手だ! それを他国の者に言われる筋合いはなにもない! 下手な言いがかりをつけ、我が国を陥れるつもりだろう! さすがは裏切り者を生んだ血筋の国だな!」

「そうそう、そのことで個人的に王にお話がありましたの」


怒鳴りつける王をまるで気にせず、アリアは毒気のない笑みを向ける。


「貴国の姫君を亡くされ、心中お察しいたしますわ。ところで、そのお話はどなたから聞き及んだのですか?」

「我が父に決まっているだろう。オーシャルン国の誇りを傷つけたのだ、親が子に伝えるのは当然のこと!」

「  緋色、夏の星、誓いの指輪」


その言葉に王は目を丸くした。

サァッと顔色がますます悪くなる。

アリアにはその反応で十分だった。


「聞いてはいるようですね」

「な 、なぜ… 、それを、どこで」

「なぜ? それは王であるあなたが一番知っているはずだ」


ふ 、と冷たい笑みをこぼし、アリアは王に一歩ずつ近づく。


「リファルス国で裏の歴史が隠されたように、オーシャルン国でも当然隠したい歴史は存在する。自国の姫が、よもやかつての家臣の手によって貶められたなどと、民衆にも他国にも知られたいものではないですもの」

「っく、来るな…!」

「先代にはもう少し、きつく言い聞かせておくべきだったか。散々忠告させてもらったんだけどねぇ。どうやら、子孫にまでは伝えきれなかったか」

「…っ、反乱だ! 兵よ、出合え…!」


思わず叫ぶ王の言葉に、扉が開いて兵たちが現れる。


「エリックはリファルス国と手を組み、我が国を滅ぼす気だ! 構わん、斬り捨てろ!」

「……それが本音だったら、後で説教だね」


アリアは呆れたように呟き、一直線に王の前に向かうと、勢いよく左頬に拳をめりこませた。








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