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裏切りの血筋



ウィーリアンと伺う、とはいったが朝からメリッサに捕まってしまった。

夜会のドレス選びだそうだ。

今日は一緒に回れないということを伝えてもらい、アリアは目の前に広げられるきらびやかなドレスと装飾品に眩暈がしてきた。

前世でも貧乏性だったのだ。そして現世でもそこまで贅沢な暮らしは体に合わない。この宝石ひとつで土地くらいは買えてしまうのではないかと、いろいろ考えてしまうのだ。カイルからも高額なプレゼントは拒否していたくらいである。


「……メリッサ、男装の麗人という言葉を知っていますか?」

「麗人…ですか?」


ドレスを選んでいたメリッサがきょとんとする。


「女性がわざと男性の衣服…例えば、騎士の服などを身にまとい、そこいらの男性よりもずっと立派な姿と立ち振る舞いをする方のことです」

「はあ…」


延々とメリッサに、男装の利点と美しさを説明したアリアは、夜会の時間になると機嫌よく現れた。  男装して。

白いシャツに上品なスカーフを巻き、下はもちろん細身のパンツだ。腰に剣を刺し、深い濃紺のマントを羽織っている。少し伸びた髪の毛は後ろで軽く結わえ、ラセットブラウン色のリボンで縛ってある。

メイクももちろんしているのだが、メリッサの腕にかかれば女性らしくも凛々しい顔になる。堂々と歩くアリアに、令息はぽかんとし令嬢はぽーとしていた。

まず気づいたのはシルヴィンで、珍しく目を丸くしてアリアを見た。それから意図が分かったのか、いつものように溜息をつく。


「君は抜け道をうまく使いますね…」

「正装であれば問題ないでしょう」


一番興奮したのはリリーである。

アリアだとわかるやいなや、「なんて素敵なのかしら!」と顔の前で手を握った。

王や王子たちは呆然としたままだったが、セイディアが珍しく爆笑しそちらにも驚くことになった。


「私の今日の仕事は護衛ですから。ドレスのように動きにくい姿では、いざという時対応が遅れます」

「俺と戦ったときはドレスだったろう…」

「あれはああいう場で攻撃してきたあなたが悪いんですよ、フィネガン」


呆れた顔のフィネガンにアリアは肩を竦める。

エリック対策でもあるし、かわいい女の子と踊りたいというのもある。

夜会が開始し、ウィーリアンやエリックに令嬢が殺到する中、アリアも十分にダンスに誘われることとなった。


「どうやら君には、警戒されたようだな」

「なんのことでしょうか?」


フロアから戻り控えていると、戻ってきたエリックにそう言われる。

ウィーリアンはまだフロアで令嬢と踊っていた。

フィネガンとシルヴィンはアリアの横で沈黙を徹している。


「だが君の態度もあまりよろしくはないと思うけどね。あれでは脅しと取られても弁解できないだろう」

「私のが脅しならば、あれは拉致未遂ですかね?」

「…誤解だとはいったはずだ」

「ホルス殿には確かに」


にっこり悪げもなく笑いながら言えば、顔を引きつらせる。

フィネガンが固い表情で「アリア殿、こちらのご令嬢を誘ってはいかがかな」と流れる動作で近くにいた令嬢の手をとる。突然巻き込まれた令嬢はぎょっとしていたが、アリアが「お相手をお願いしても?」と紳士のごとく聞けば、楽しげに頷いた。

護衛ふたりが溜息をついていたのは、気のせいだ。


(それにしても、今日は本当に多いな…特にご令嬢)


名を馳せている他国の王子だ。

令嬢本人も家も取り入ろうと必死なのだろう。

会場全体を見ながら、今回もヴァーリアン家は来ていないな、と確認する。

こういう場には先陣切って参加しそうなのだが。

まだ父のぎっくり腰は治ってないのだろうか。

そんなことを考えている内も順調に夜会は進む。

そろそろ解散だ、という空気になり、最後にエリックから挨拶をもらう時だった。

王の隣に並ぶため、壇上へ続く階段を上がっていく。上から聞こえた、カチ という音をアリアは聞き逃さなかった。


「"防衛"!」


エリックに当たる直前で、打たれたボーガンの矢はアリアの魔法に弾き飛ばされる。

会場に悲鳴が響き渡ると同時に、バリーン! と高い位置にあった窓が割れ、黒いフードをかぶった者たちが飛び込んできた。


だからどうしてこの世界のやつらはこうやって人の多いところを狙うの!


全員目立ちやがり屋か! と思いながら腰の剣を抜き応戦する。

シルヴィンはウィーリアンに、フィネガンはエリックの前に立ち、敵と対峙している。人が多すぎて何とも戦いにくい。

それでも壁に引っ付くように貴族たちが避難したので、敵の方から迫ってきてくれる。王たちも護衛はちゃんとついている。敵の動きは、王子たちを中心に狙っていた。


(最初の攻撃からして…エリック王子が目的か?)


襲撃者たちはまるですばしっこく、兵たちの隙をついて王子たちに向かっていった。

こんな場所では攻撃魔法は使えない。アリアは剣を構え直す。


「"フィナンシュ"!」


アリアの身体が宙に舞い、五人がかりで王子たちに斬りかかろうとする敵の目の前に降り立った。そして、そのまま五人分の攻撃を一斉に剣で防ぐ。

重みに体が一瞬沈んだが、勢いよく剣を持ち上げはじく。体制を崩したところで回転しながらフードの者たちの急所をみねうちして気絶させた。

ふわり、とマントが元通りに下りる。アリアはすばやく手近にあったナイフを手にし、なおも飛びかかろうとする者に対して投げつけた。


「ぐっ…!」


ナイフは肩に突き刺さり動きが鈍ると、そこを兵たちが取り抑える。

敵は全員床に転がっていた。

剣を鞘に戻し、「お怪我はありませんね?」とウィーリアンたちに確認する。


「ああ、ありがとう。 すごいな、一瞬だったよ」

「しばらくしたら目を覚ますかとは思います」

「アリア、王子たちを避難させましょう」


シルヴィンの言葉で、ウィーリアンとエリックを誘導する。ホラスがこちらに気付き「エリック様!」と駆け寄ってきた。


「ご無事のようですな!」

「…ああ、問題ない」

「ホラス殿、エリック様の警備の者を部屋の前に。リファルス側からも付けてもよろしいですか」

「ええ、お願いします」

「ならん!」


ふいにエリックがすごい声で拒否する。

突然のことだったのでエリックの周りにいたアリアたちも、同じように避難しようとしていた王たちも、そして会場の者たちも、視線を向けた。

エリックは眉を潜め続ける。


「誰が……"裏切りの血筋"に頼るものか…!」

「エリック様!」


ホラスがエリックを怒鳴りつけた。

ざわざわし始めた会場内を、王が手を叩き落ち着かせる。


「みなのもの、怪我がなくて幸いであった。落ち着かぬとは思うが、後日追って報告をいたす。城門まで護衛を付けるので、安心して帰宅せよ」


その言葉で挨拶もほどほどに、貴族たちは会場から出ていく。

王は、「さて 」と息をついた。

相変わらず、その顔は苦笑に近い表情を浮かべている。


「ホラス殿、エリック王子もお疲れであろう。念のために近くの廊下には我が国の兵も配置させる。必要ならば、声をかけるがよい」

「…申し訳ない」


エリックはホラスに促され、そのまま出ていった。

王は溜息をついて再び椅子に座った。リリーがその隣から肩をさすっている。


「――やはり、王族の間では未だに言われているのだな」

「…王、オーシャルン国にはどのように」

「エリック王子の言葉以外はありのままを伝えよ」


カイルにそう告げ、意味の分かっていない者たちを見る。

王たち他、カイルやセイディアなど大人たちは何のことか知っているようだ。その顔は苦々しい。


「…父上、エリック王子の言っていた"裏切りの血筋"とは…?」

「  ああ、お前たちにもまだ話していなかったか」

「王…」

「よい、いずれかは話すつもりであった。王子である其方たちも、王家と共にいる者たちも、聞いてほしい」


セガールでさえ知らないことなのか、王の言葉を待っている。


「―リファルス国の王家には、家系図から外された王子が一人存在している。第一王子でありながら自由気ままな生活を望み、政にも興味を示さず、結果的に追放となった者だ。そしてこの国の王には、弟であるモリティスが付いた。私の曾祖父にあたる」

「それがなぜ、裏切りにつながるのですか?」

「当時その王子はオーシャルン国の姫と婚約状態にあったのだよ。だが追放となったため、それは破棄された。姫は王子に心酔していたらしく、心を病み他の者に嫁ぐ前に自害した。民にも愛されていた姫であったため余計に民衆の反感を買い、一度戦争にもなったのだ。その戦争は、我が国が勝利している。  今もオーシャルン国で古く生きている民は我が国を恨んでいる者もいるだろう。その話を知り王家の者が…エリック王子が何も思わないはずもない」


そしてその歴史は今も枷となりなりこの国に巻き付いている。

話を聞いていると、アリアの胸の奥がざわめき始めた。


「王子は当時の側近を引き連れていったとも伝わっている。城内でも優秀な騎士とだったらしい。恐らくは、王子が無理に連れていったのだろう。それも我が国にとっては大きな痛手となった。騎士はたった一人で百人以上の兵を切り倒したとも言われている人物だったからだ」

「自国にとっても、オーシャルン国にとっても、裏切った存在となるわけですね」



違う。



『国を捨てるということは、思いのほか心が痛いな』



頭がずきんとする。

声が、 エコーするかのように頭の中に響いてくる。

頭を押さえてよろめいたアリアに「大丈夫か?」と気づいたフィネガンが聞いてくる。

けれど、アリアには遠くで聞こえているように感じる。

それよりも頭に響く声の方が大きかった。



『私のしたことはいずれこの国の重石となるだろう』

『…けど、あんたは戻らないんだろ』

『ああ。責任感の強いモリティスの方が王に向いている。 生きて帰れた時は、思う存分殴られて文句を聞いてやろう』



「王子の名は、ヘイリス。"裏切り者"の烙印を押されている」



『戻れ、ジィレッド! お前は国にとって必要だ!』

『幼少より仕えていた主が行くのですから、付き添うのは当然かと、ヘイリス様』

『しかし…!』

『弟君に殴られるときは、私も頬を差し出しましょう』



違う。

違う違う違う違う。



「……っ、違う…!」


突然のアリアの言葉に王も顔を上げ目を丸くした。

アリアはまだ片手で頭を押さえたまま、今にも泣きそうな顔で王を睨んでいた。


「アリア…?」

「どうしたんだ、いったい」


セイディアが眉を潜め近づくが、アリアは一歩退く。


「違う…っ 、ヘイリスは 、ジィレッドは…っ、裏切ってなんかいない…!」

「アリア 、」

「ヘイリスは、王権争いでモリティスを傷つけたくなかっただけだ! 確かに血を分けた兄弟なのに、母親が違うだけでなぜ争うのかと、 ソフィー姫のことだって、彼女が本当に愛していたのはモリティスだった…っ 、自害なんてするはずがない! すべては陰謀で… 、ジィレッドだって、自らついて来て…っ 、」


ぼろぼろ、と普段泣かないアリアが涙を流したので全員がぎょっとする。


「どうして伝わっていない! 戻ると 、全てが終わったら、国に戻るとあいつらは言っていた!」

「アリア…! 落ち着きなさい!」セイディアが肩を抑えるがアリアは暴れて抵抗する。

「離して…っ! そんなねじ曲がった歴史許さない! 国を裏切ったなんて 、あいつらの誇りを傷つけることは、  私が許さない…!」


アリアの周りに強い風が巻き起こり、セイディアも思わず手を離して顔を手で庇う。

風がやみ、アリアが前のめりに倒れるところをセイディアが抱きかかえる。


「……いまのは…?」

「ルーフェン殿、アリアは…」

「気を失ったようです」


セイディアは王に視線を向けた。

王は眉間の間を親指で揉みほぐしながら、息をつく。


「…側近の名はジィレッド・フォルガスター。オーシャルン国の姫の名はソフィー。アリアが今述べた通りだ」

「なぜアリアがそのようなことを知って…」

「ヘイリス王子は、一度国に戻っていたのだよ。そして弟のモリティスに、自分の存在は国を出た時のままに、と指示をしたそうだ。  それからこうも告げた」


王は静かにアリアを見つめる。


「いつか魔術師が現れるだろう。その者は気性も激しく感情のままに動き、友のために命を投げ出す大馬鹿者だと。もしこの国に来たのなら、今の話を聞かせて、存分に怒らせてくれと。恐らく"彼女"は、それをきっかけに思い出すことになるから と」

「どういうことですか?」

「…モリティスは、いったい誰なのかと聞いた。ヘイリスは笑いながら、こう答えたそうだ。  "我が戦友、世界が名を隠せし者"と」


誰もが言葉を発せずに、アリアを見ていた。

この世界でたった一人しか思い浮かばない。

その人物は、誰もが知っている魔術師。



「…聖天の魔術師。  かつて魔王を倒したと言われる、英雄だ」











『上から落ちてくるとは、君は人間ですか?』

『…生物学上は人間だと思われます』

『なんだジィレッド、誰かいるのか?』

『空から子ザルが降ってきました、王子』

『誰が子ザル…!?』




『不思議な人ね、あなたって』

『はっきり言ってやれ、リリアーナ。変人だと』

『ローハルド、お前殴るぞ』




『これが、世界のあり方なんだよ、みんな』

『お前が…っ 、死ぬことはないだろう!』

『そうよ、やめて…!』

『本来なら、一度死んだ身だ。ここにいたことは、いわば神様のボーナスステージ。その終わりをどこにするかは、私にしか主導権はないんだよ?』


『でも、少しだけ寂しいよ』


『みんなのこと、だいすき』


『だからね、だから。もしもまた、私がこの世に生まれることがあったら』



『みんな、また、私と出会ってね』








目を開けた。

部屋は薄暗く、静かだ。

寝心地に覚えがあり、ここは自分に与えられた部屋なのだと気づく。

夜明けの少し前のようで、山の向こうが少し白けてきていた。


「……ヘイリス……リリアーナ……ローハルド……」


どうして。

どうして忘れてしまっていたのだろう。

パズルのピースは、その辺にたくさん転がっていたのに。


「……っ 、ジィレッド……」


わかっている。

名前を呼んでも、もうここにはいない。

二度と会えないのだと、そのことを理解するのが怖かった。


アリアはベッドの上で丸くなり、そのまま嗚咽を堪えるしかなかった。












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