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オーシャルン国の王子





朝早くから、城の中は騒がしかった。

メイドたちは掃除や準備に追われていたし、兵たちもどこか緊張した面持ちである。

午後に入り、王都に数台の馬車が通過したと伝令があった。広間にて、アリアもセイディアの隣に配置されている。王たちは立派な椅子に腰を掛け、扉が開くのを待っていた。


「オーシャルン国の方々が到着致しました」

「通しなさい」


伝令の言葉に王が頷く。

ギイ、と大きな扉が開いた。

入ってきたのはウィーリアンより少し背の高い、すらりとした美男子だった。

(なるほど、これは女たちが騒ぐわ)

オーシャルン国の王子を見てそんな感想を抱く。

整った顔立ちはさることながら、その雰囲気だ。どこか色香を帯び、女性を誘惑する危険な赤い瞳をしている。同世代のウィーリアンと比べると、はるかに大人っぽさを感じた。

王子は王の前まで行き、礼をする。

同じく入ってきた中年の男性は彼のお目付け役なのだろう。

後ろで控えている。


「オーシャルン国第一王子、エリックにございます。此度は訪問の許可を承認していただき、感謝いたします」

「うむ。長旅であっただろう。よくぞ参った」


王は息子たちと、国の重臣たちを一通り紹介し、最後に「彼女は」と続ける。


「我が国の魔術師、セイディア・ルーフェンの弟子で、アリアと申す。ウィーリアンの良き友人でもある彼女は、其方とも歳が近いので今回指名したのだ」

「彼女が噂の弟子ですか。想像していたよりも遥かに可憐で麗しい方ですね。女神が私の訪問を祝福してくれたのかと思いました」

「…本日よりウィーリアン王子と共に歓迎させて頂きます。よろしくお願い致します」


控えめに笑みを作り、女神どうのこうのは聞かなかったことにして挨拶をする。

一度部屋に案内するため、エリックたちはメイドに連れられ広間を出ていった。


「……師匠、私に"王子を殴れない呪い"をかけてください」

「…自力で我慢しろ」


セイディアが呆れ顔で言う。

シルヴィンには心配ないとはいったが、これは苦行かもしれない。

あのような言葉を告げられれば、普通の女子はころりと堕ちるだろう。

そう、普通ならば。

アリアはひきつった笑みで腕をさする。鳥肌が立っていた。


「私はあのように気障な言葉を口にする男は苦手です」

「それはまともな感性で実に喜ばしいが、三日は滞在する。何とかしろ」

「ええ、きちんとおもてなしはします。ウィーリアンの友人として」


このあと城の中を案内するということなので、ウィーリアンとシルヴィンの元に行く。フィネガンは今回は夜会時の護衛に回されたらしく、通常はベテランの兵がつくことになった。確かに子供だらけでは不安だろう。

憂鬱そうなアリアに「大丈夫かい?」とウィーリアンが気づかわしげにする。

恐らく彼は、他国の王子を目の前にして緊張しているのだろうと誤解したのだろう。


「エリック王子は僕も会うのは初めてだけど、気さくな人だと聞くよ」

「…私は今回、ウィーリアンの友人としての参加です。他国の者に対して、私の発言はどのようにも響かないでしょう。  なので、サポートしてくださいね?」


国内では融通は利いても、外国の者にとってはそれほど対して地位ではないだろう。セイディアの弟子だとしても、それ以外に身分はない。

ウィーリアンはアリアの言葉の意味を理解したのか、「わかった。ちゃんと守ろう」と頷く。「では私はアリアが暴れないように見張っておきます」というシルヴィンの一言は余計だが、念のために否定はしなかった。





「リファルス国の城は広いな」

「兵たちの訓練所を確保するためですよ。中庭を通じてすぐの場所にあります」

「中と外にも両方設備されているのであったな。私の国は山に囲まれているので、ほとんどが山中での鍛錬となっている」


エリックの質問にウィーリアンが答える。

その後ろにアリアとシルヴィンは控え、先ほどの男性もいる。さらにその後ろにはリファルスとオーシャルンの護衛が一名ずつだ。

男性はホルス外交副大臣だ。最初の挨拶のみでそのあとはほぼ発言していない。

外交なのに無口でいいのだろうか。


「そういえばこの国の王族は妙齢になればギルドに出向くのだろう? ウィーリアン王子もそのように?」

「ええ。モールドの町で登録をし、シルヴィンを連れて依頼を受けていしました。アリアとは、その時に出会い友人となったのです」


ちらちらとアリアを見るエリックの視線には、ウィーリアンもさすがに気づいていたらしい。苦笑気味に説明すると、「彼女も冒険者だと?」とエリックは驚く。


「師はあのセイディア・ルーフェン殿なのだろう? なぜギルドに」

「わたくしが修行を望むのと、師匠が王宮魔術師であることは関係ございませんもの」

「しかし、その名だけで国では重要な身分ではないか」

「すごいのは師の名前ですので、わたくしは駆け出しの冒険者です。友人であるウィーリアン様のご厚意と、温情ある王の計らいにより、こうして城に出入りしているだけにすぎませんわ」


完全に余所行きの口調と笑顔を張り付けるアリアに、エリックは気づかず「そういうものなのか…」と不思議そうにしている。


「アリア殿も明日の夜会には?」

「兼護衛として参加致します」

「それは楽しみだ。そのままの君も美しいが、ドレスに身を包んだ姿は月の女神が嫉妬するほどになるだろう」


うん、だから、その比喩やめろ。

アリアは笑みを崩さず「まあ、お上手ですわね」と上品に笑う。

シルヴィンは目をつむり、何も考えないようにしていた。


「国の魔術師がアリア殿を弟子にしたのも頷ける――さぞや可愛がられているのだろうな」

「…アリアの後継人は、父上の側近でもあるカイル殿なのですよ。あの二人は過保護すぎて困ったものです」


ウィーリアンが珍しく、ぴりっとした口調で言う。

ホルスが「エリック様」と咎めるように呟く。

エリックの言外にある意味に気づいたのだろう。アリアは「あら、ウィーリアン様」と困ったような笑みを浮かべ恥じ入ったようにする。


「カイル様はその通りですが、わたくしの師がどのような方かはよく知っているではありませんか。虎が子を崖下に突き落とすがごとく鍛えてくださったのですよ。ただ可愛がるという表現は適切ではありませんわ」

「ははは、アリア殿。さすがにルーフェン殿とてそのように…」

「いえ、事実、モールドにある山の崖から落とされていますので。ゴブリンの群れの中に」


にこにこしながら話すと、エリックの笑みがこわばる。


「転移魔法で見知らぬ山中におきざりにされ、一週間サバイバル生活をしたこともありますわ」

「ルーフェン殿は極端な方ですからね」

「その通りです。強くなるには生きるか死ぬかの選択しかありませんでしたもの」


シルヴィンの言葉にうなずいておく。

さあ、可愛がるとはどういう意味で発言した? この脳内花畑王子。

あくまで笑顔で話し続けるアリアを、エリックは意外そうに、しかし少し楽しげに見つめる。


「…なるほど。それは信頼の厚い師弟関係というわけだ」

「一般的な師弟とは、そのようなものではないのでしょうか?」

「エリック王子、訓練所も見学されませんか?」


他国からのアドバイスも頂きたいものです。

ウィーリアンの言葉に、エリックは大人しく頷いた。

少し距離が出来たときに、ホルスが「すまない」と苦々しい顔で言う。


「王子の無礼な発言を許して頂きたい、アリア殿」

「…気にしてはおりません」

「ずいぶんと大胆な発言をするものですね」

「  あの方には何を言っても通じないのですよ。今回の訪問も、王は危惧しておりましたが、他国との距離をあけることは今できぬのです」


妹姫を、とも考えたが、姫は病弱な節があり、国を渡っての移動も負担になりかねないので断念したという。


「今後も不用意な発言があるかもしれません。王子の行動はすべて我が国の王へ報告することとなっております故、どうか」


彼もずいぶんと頭を痛めているらしい。

やがて訓練所に着いた。

今日は月に何度目かの一般兵と魔術兵の混合訓練だ。

魔法を使う者と戦う術、逆に魔法を使う隙を与えぬ相手からの攻撃を、どのように対処するかの訓練である。

フィネガンやカーネリウスもその場に混ざっている。


「なかなかずば抜けて強い者もいるな」

「いま戦っているのは、僕の直属の護衛です。今日は訓練に向かわせました」

「あのように強い者が護衛ならば、ウィーリアン王子も不安になることはないだろう」


魔術兵にも訓練生は配備されたらしい。

だが戦い慣れてはいないのでどこかぎこちないようだ。

まだ若く、先ほどから攻撃魔法もはずれてばかりで上司たちが苦笑いしている。

すると、そのひとつがはずれてこちらに飛んできた。


「"防衛"」


アリアがスッと手を出しそれを防ぐ。

こちらに人が――王子たちがいることに驚き、上の者たちが駆け寄ってくる。


「申し訳ありません…! お怪我は!?」

「いや、無事だよ」


ウィーリアンが宥めるように言うが、先ほどの訓練生が地面に手をつき「申し訳ありませんでした…!」とがたがた震えながら謝罪する。


「訓練中に顔を出したのだ、そういうこともあるだろう。あまり気を落とすことではないよ」

「…ウィーリアン王子は優しいのだな。これが我が国であったのなら、その者は即刻処刑されるぞ。アリア殿がいなかったらどうなっていたか」


眉を潜めながら言うエリックのに、訓練生はますます顔色を悪くする。

ウィーリアンはそれでも笑みを浮かべたまま、困ったように首を横に振る。


「本戦でこのようなことが起きないための訓練なのですよ。誰も失敗がないわけではありません。もちろん、笑って済ませられないこともあるでしょう。けれど、たった一度でその者の価値を失うのは、避けたいところなのです」

「価値…だと?」

「我が国に仕えるため城に出向いてくれた心です。強い者を集めても、意志がなければ足元から崩れます。力に偏りがあっても、それを補うのは彼自身。そして周りの者たちとの信頼関係なのです。  それにアリアがいなかったとしても、僕は彼らを信じていますので、なんとかなったでしょう」


キッパリと告げたウィーリアンに、リファルス国の護衛や、兵たちがハッとした顔をして、それから自信に満ちた目を持つ。第一王子のセガールに埋もれてしまう彼ではあったが、王子としての心構えは持っている。そのことに、改めて気づいたのか感動したような面持ちをしていた。

まだ納得のいっていないエリックに、「では、このように」と続ける。


「一人の乱れは全体の乱れとなる。連帯責任とし、この場の責任者に意向は任せよう」

「はっ! 今より打ち放しを行う! 全員整列!」


責任者の言葉に「はっ!」と全員が敬礼をし、それにならった。


「打ち放しとは…?」

「兵の室内訓練の中で最も過酷なものです。時間制限なく各々がふたつの陣に分かれ模擬戦闘を行います。そうですね。短くとも一時間。長くなれば三時間以上は休憩も入れずに戦い続けるというものです。一人でも脱落すれば、その分時間は長くなります」

「…わかった」


割と厳しい内容だったので、エリックはようやく頷いた。


「だが今回はエリック王子もいらっしゃった。僕の方から父上には報告し、オーシャルン国への詫び状を送らせていただきます」


アリアは内心ウィーリアンに拍手を送っていた。

どうもトゥーラスギルドでのイメージが強いので、王子としての姿はいまいちわかっていなかったのだが。やはりセガールの弟、いや、王の息子というところだ。絞めるところは絞めるし、必要のないことは咎めない。そして仕える者たちに信頼を与えているという確固たる姿勢を見せたことで、仕える者たちもまた、彼を信頼するのだ。

そしてそれが、リファルス国の姿なのだと。

ウィーリアンとふと目が合い、アリアは静かに笑みを向けた。





「夕食まで一緒じゃなくてよかったな」

「ええ、思わず病に伏せる予定でした」


仮病を使うな、とセイディアに返される。

アリアが任されたものは、城内の案内と夜会での護衛だ。王もそれ以外は特に必要ない、といったのでそれに甘んじる。

夕食後のティータイムをセイディアと交わしていた。


「師匠、私はそんなに可憐で麗しい少女に見えますかね?」

「…自分で言うのか」

「図に乗るつもりはありませんが、母の遺伝子をうまいこと頂いたとは自負しています」


母であるシェリーナも若いころから評判の美女だったと、屋敷にいたローザから教えてもらっていた。写真も見たことはないし、顔だって覚えていないが。


「そうだな。俺も一度カイルと共にあったことはあるが、母親似だろうな。母親も気は強かったが、お前の方がもっと強情だ」

「中身は外見に現れてくれないですからねぇ。私がセイディア・ルーフェンの弟子になったのは、どうやらこのかわいらしい外見のようなのですが、師匠はどう思います?」


セイディアは思い切り嫌そうな顔をして「あの色ボケ王子か?」と聞く。


「彼の脳内では、私は師匠にかなり可愛がられているようです」

「可愛がっているだろう、ちゃんと」

「師匠、理不尽な暴力は愛情表現とはいいがたいのですよ、一般的に」

「わからん弟子だな。俺がカイルのような性格だったなら、突っ伏して泣いているところだ」

「おもしろいから見せてください」

「馬鹿か」


真顔で願うアリアにセイディアも真顔で暴言を吐いた。

それから「しかし…」と溜息をついた。


「オーシャルン国の王も頭が痛いだろうな。それなりの常識は得ているとはいえ、不用意に発言をするとは。しかも外交副大臣がついているのだぞ? 問題に発展するとは考えないのか」

「だからこその外交副大臣なんですよね。ここでただの護衛なんてつけていても、よっぽと優秀じゃなければ役に立たないでしょうし」


だが諦めている部分はあるのかもしれない。

王族が訪問するということは、その国の顔としてやってくるのだ。

どう考えてもエリックの"そういう部分"を見せているとしか思えないのだ。


「とにかく、あの王子には気を付けろ。お前は中身がどぎついとはいえ、外面だけはいい。女といえば見境がないと聞くしな」

「ご心配なく。師匠のその顔にでさえ頬も染めない私ですよ。少しばかり顔がいいだけの子供に何か思うようなこともありません」

「…子供って、お前より年上だろうが…」

「…えーと、それにウィーリアンにもお願いしてますので」


その言葉にセイディアは意外そうな顔をする。


「お前がウィーリアン様を頼るとは思わなかったな」

「王族には王族で対応します」

「毒をもって毒を制す、的な発言はやめろ」

「頼りない部分もありますが、ウィーリアンもちゃんと王子です。ちゃんと小首傾げてかわいくお願いしましたよ?」

「思春期の男の心を惑わすな」


これであと数歳としをとった時、保護者である自分やカイルはさぞや苦労するのだろう と溜息をついた。

メリッサが迎えに来たので、セイディアの部屋を出て自室に向かう。

階段を下りていくところで、「アリア殿」と声をかけられる。

どうやらこの区域からオーシャルン国の兵たちが警備しているらしく、エリックが廊下を歩いているところだった。


「ちょうどよかった。いま、遣いを向かわせようとしていたのだ」

「…なにかご用でしょうか?」

「昼間はゆっくりと話せなかったからな。魔術師としての今までの経緯も聞きたいのだ。お茶を用意させる。部屋に来なさい」


メリッサが目を丸くしたのがわかった。

アリアは呆れ顔を出さないようにしながら、「部屋ですか?」ととぼけてみせる。


「わたくしの一存ではなんとも。明日、ウィーリアン様と共に参じますわ。もう夜も遅いことですし、エリック王子もおやすみくださいませ」

「――だからこそいっているのだが?」


エリックが目を細め、少し低い声で言う。

なるほど、これが世の令嬢を惑わす色気か。

自分としてはご遠慮したいが。

不思議そうに首を傾げ、「意味が分かりません。どういうことでしょうか?」と続けた。


「申し訳ありません。わたくし、あまりそういう言葉遊びがわからないもので。メリッサ、王子はどのような意味でおっしゃられているのかしら?」

「さあ、私にも…」


メリッサはぎこちない笑みで視線をそらした。

もちろん、アリアが理解しているというのをちゃんとわかっている。


「勉強不足で申し訳ありません、王子。どうかわたくしどもにわかるよう、かみ砕いて説明していただけますでしょう?」

「…もう良い。ついて来ればいいだけの話だ」


少し苛立ちを見せたエリックがアリアの腕をつかんだ。

メリッサが「エリック様、そのようなことは…」とアリアを庇おうとするが、廊下にいた兵がそれを阻む。

アリアは、  はぁ…と深い溜息をついた。


「王子、なにをしていられるのですか!」


ホルス外交副大臣が反対側の廊下から大股で近づいてきた。

そしてアリアとメリッサ、兵たちを見てエリックに眉を潜める。


「 なんでもない。話をしようとして、少々誤解が生じただけだ」

「それならばアリア殿の腕を離されたらいかがですかな?」


エリックは肩を竦めアリアから手を離す。

兵たちを一瞥するとメリッサも解放された。


「失礼した、アリア殿。王子は気の早いところがあるのです」

「そうなのですね。これから部屋に参れと言われて困っておりましたの。明日、ウィーリアン様と必ず伺いますね」


にこりと笑うと、エリックはホルスの厳しい視線に居心地悪そうにする。

それからぎくりとした。ホルスも同様に、目の前で無邪気に笑みを浮かべていたアリアから寒気を感じたからだ。


「ホルス殿がいらっしゃってよかったですわ、エリック王子」

「……」

「 あと少しでも来るのが遅かったら、その腕を折って、私のメイドを拘束した兵は城の窓から吊るすところでした。悪運が強くて、うらやましいことですね」


では、失礼いたします。

茫然とする者たちは放っておいて、アリアはメリッサを引き連れ部屋へと戻った。








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