ぴったりの打開法
魔獣の身体特徴に、ぐちゃぐちゃ表現が出てきます。
いちおうご注意ください。
象ほどの大きさがあるだろうか。
だが見かけはどちらかというとライオンに近い。背中にある長い毛も、本来の色が分からないほどに汚れている。
…体が腐ってなければ窓を飛び降りて斬りかかるのだけれど。
「屋敷の周りには結界を張っておいた。さっきの衝撃は中に入ろうとして体当たりしたからだな」
「…城の応援はいつ来るんですっけ」
「早くて明け方だ。まだ夜中の二時。無理だな」
どうする、という視線を向けられる。
アリアは溜息をついてローブを羽織った。
「町にも被害がいくかもしれないでしょう」
「その通りだ」
セイディアが廊下に出るので、アリアもそれに続く。
「ルーフェン殿!」
「伯爵、とりあえず俺とアリアで時間稼ぎはする。じきに周辺の冒険者や兵たちも来るだろう」
伯爵が真っ青な顔をしているターニア夫人の肩を抱いている。
使用人たちに屋敷から出ないようにと言い渡し、魔獣の元へと向かう。
屋敷の門は崩れていたが、そこから中には入れないらしくうろうろしている。だが、「獲物」が現れると途端に咆哮を上げながら結界に体当たりしてきた。
「元気だな」
「空腹なんですかね」
「…お前は屋敷に結界の張りなおしと、援護を頼む」
余裕があれば参戦しろ、といつの間にか持っていた杖を振る。
アリアも杖を出し、セイディアの動きと同時に屋敷に結界魔法をかけた。
セイディアのかけていた魔法は、屋敷の敷地全てだ。しかし、今それを解いたので門から屋敷までの通路や庭は保護対象外。つまり、魔獣が入って来られる。
その途端に魔獣が飛びかかってきた。セイディアと共にそれを避け、内心泣きそうになりながら杖に光の魔力を溜めこんだ。
「"白き光よ 穢れ無きヴェールを纏わせ 防御せよ"」
「光属性の身体防御魔法か。いつの間に修得した?」
「つい最近。これの兆候でしたかね」
二人の体を覆うように白い光が包み込む。
影の魔力を受けにくくする魔法だ。目の前の魔獣にとっては気休めでしかないだろうが、ないよりはマシである。
「攻撃を受けたら最後だと思え」
「はい」
グギャアアアァァァ と魔獣が再び向かって来る。
セイディアが杖を振り、大きな体に炎の魔法を打ち込んだ。一瞬動きを止めたかのように見えたが、燃えたまま突進してくる。防御魔法でそれを抑えるが、セイディアは眉間にしわを寄せる。
「…再生スピードが異常だな。これが腐死魔獣の性質か?」
普通ならば炭になるほどの魔法を使ったはずなのだが、焼けてはいるが致命傷には至っていない。それどころか、いやな臭いを漂わせながら怪我を負った部分が再生し始めていた。
それから上空を見上げ、セイディアは舌打ちをする。
「ディルラーフだと?」
「今日は何なんですかね…世界びっくり魔獣特集かなにかでしょうか」
羽に炎を纏わせながら、町を襲い始めた。
何羽か攻撃によって地上に落ちていくところを見ると、むこうでも応戦している者たちがいるのだろう。
「さて。どっちがいい?」
「聞かないでください」
「仕方のない…」
アリアは杖先を空に向ける。
途端に空中でディルラーフが翼をばたつかせ、なんとか飛ぼうとするがなかなか思うようにいかずにもがいている。
軽い拘束魔法で動きは鈍らせた。あとは近い者たちに任せるべきだ。
「こっちも一度離れるぞ」
セイディアの言葉でアリアも距離をとる。
魔獣は相変わらず血肉の破片を落としながら襲い掛かってくる。
ヒイィィィ! と泣きそうになりながらも表面は冷静に保ち、セイディアの援護をする。だがいくら魔法で攻撃しても再生の速さに追いつけない。
町から数人応援に駆けつけてはくれたが、魔獣を見て目を見張り怖気づいた。
わかります。わたしもです。
「師匠、せーのでいきます?」
「やってみるか」
せーの!
二人の杖先から攻撃魔法が飛び出し、魔獣の体に傷をつける。しかし腐敗していても強度があるのか、どうにも塩梅が悪い。
「…ここまで倒れないものなのか?」
「討伐可能、とは言われてますよね。師匠の攻撃でもあそこまでタフってのは、信じられませんが」
違和感は他にもある。
近いとはいえ、なぜ「領主の屋敷」に現れたのか。
そして、同時にディルラーフまで現れたのか。
と、魔獣が唸り始める。
体を震わし、その度に肉片を下に落としている。落としすぎるようにも見えた。
「なんだ…?」
「……っ!」
アリアは反射的に背中の剣を抜いて、振り返りながら斬りつけた。
ザシュッ と音をたてて倒れたのは両手足のある、限りなく人型に近い生き物。
だが人ではないとわかったのは、全身をあの魔獣のように毛で覆われているからだ。
ぞわわわわっ と足先から悪寒が走るのがわかった。
斬られてもなお、不気味な唸り声をあげ立ち上がるとのろのろと向かって来る。
「他にも魔獣がいたのか!?」
よく見るとちらほら同じような魔獣が近寄ってきていた。
先程駆けつけた者たちも必死に剣で対抗しているが、斬っても起き上がってくる。
「…違う」
アリアはぼそりと呟いて、最初に現れた魔獣を見る。
人は無意識のうちに見たくないものを直視しない癖がある。見ているはずなのにそれを本能が拒絶するというところだ。そして今、それが発動したにも関わらず、目の前の光景は嫌でも入ってきた。
先程から魔獣が落とした肉片が動めき、そこからあの人型の魔獣が発生している。
気づけば、すでに三十体ほどになっていた。
町に下りていこうとする魔獣をセイディアが魔法で攻撃する。
「集合体だというのか!? まずいな」
ふいに、アリアの様子がおかしいことに気付く。
向かって来る魔獣はちゃんと斬り捨てているが、少し俯き加減だ。
思わず肩に手をやり「しっかりしろ」と声をかける。
だがそれが悪かった。
彼女の中で、何かが ぷつん と切れる音がした。
「ふ、 ふふふ…」
「… アリア…?」
聞いたことのない奇妙な笑い声に、セイディアは肩に置いた手を離す。
「――食欲しかない理性を失った、化けもん風情が…」
ゆら 、と杖と剣を持ち直し、据わった目で魔獣たちを見る。
笑っているのに、完全にぶち切れていた。
どうやら怒りが恐怖を超越したようである。
彼女から発せられる魔力で空気がピリピリし始めた。
『恐怖の打ち破り方を知ってるか?』
なるほど。
名も知らない夢の青年よ。
確かにそれは、「私」にぴったりの打開法だ。
『君の場合は――』
「目に映るから恐怖となる……それならば、跡形もなく消し去ればいい」
トン 、と杖が地面を叩くと、いくつもの魔方陣が現れる。
光の速さでそれは魔獣たちの下に発生し、次の瞬間には石のように固まり崩れた。
その間にもアリアは駆けだすと、発生源となっている半分ほどまで小さくなった魔獣の目の前に飛んだ。
「うっ るあぁ!」
ズバン! と魔獣が縦に真っ二つになる。
その動きを止めない。再生するのなら、再生する以上にその能力を奪えばいい。
魔獣が叫び攻撃をしてきたが、アリアは止まらなかった。
防衛魔法で身を守りつつ、確実に身を削いでいく。
セイディアが意図に気づき、火の魔法でそのひとつひとつを「燃やす」のではなく「消滅」させた。アリアが、剣で斬りつけながらその箇所に光魔法を押し込んでいることに驚く。そのおかげで影の魔力が弱まり、再生能力が鈍くなっているのだ。
そのため、巨体であった魔獣には効かなかった魔法でも、分裂させた大きさならば炭化させることができた。
「二度と私の前にその姿を… 見せるなあぁぁぁ!!!」
叫んでいる内容はほぼ私情である。
最後の一体は剣の攻撃だけでさらさらと灰になった消えた。
場に沈黙が走る。
アリアは、地面に剣を突き刺したまま、ぜえぜえ と息をしている。
それから周りに視線を走らせ、魔獣が完全に消されたことを確認し、「よしっ」と声を出す。
「トラウマ、克服!」
「お前の方がトラウマになるわ!」
片手をガッツポーズのごとく突き出したが、セイディアに拳骨を落とされた。
「なにするんですか!」
「どうもこうもない! また魔力切れで倒れる気か!?」
「目の前でぐちゃぐちゃの敵と対峙するか、ぶっ倒れてもいいから消すか、そのどちらかなら迷わず後者を選びます!」
正気を保ってることも大変でしたよ!
そんな文句をいう弟子に、セイディアは深い溜息をつく。
「さっきの魔法といい、動きといい、正気なんざすでになかっただろう…」
「冷静でしたよ。じゃなきゃ私以外も餌食になっています」
その言葉に周りで茫然としていた者たちも、ぎくりとして顔色を悪くしていた。
鬼神のごとく戦うアリアに、幼い少女だというのに恐怖したのは間違いない。あれが敵ではなくて本当によかった、と心から思う。
町の方も強者たちがいたらしく、ディルラーフも倒したようだった。
ふと、アリアは足元に転がっているものに気づく。
先程灰になった肉片から落ちたのを目の端で確認済だ。
「…師匠、ディルラーフやこれは」
「――ああ、関連性はあるだろうな」
教会で襲ってきたのもディルラーフ。
そして、 神父が神に実りと称していたガラス石と、魔獣の体内から出てきたものは酷似している。妙な魔力も感じるので、操作魔法の他に何かしら施されているのかもしれない。それならば、あの魔獣の驚異的な再生力も納得いく。その能力を高める魔法が施されていたとしたら…。
屋敷から伯爵たちが出てきて、二人の無事を喜ぶ。それから町に下り、被害を調べた。真夜中のことだったので、家屋が燃やされ死者も少なからずは出てしまったようだ。日が昇る頃にようやく城からの応援が付いた。急いでくれたところを悪いが、あとは片づけ作業のみ。一度休んでからとりかかることになった。
「ルーフェン殿! いや、さすがですな!」
城の訓練所で何度か見かけた男性が、セイディアを労う。
割と偉い立場の人間だったようだ。
「腐死魔獣をいとも簡単に倒してしまうとは」
「…いや、倒したのは私ではない。弟子だ」
「 は、」
ぽかん、とした様子でセイディアの隣にいたアリアを見る。
実際その場にいた者たちが「あれはすごかったな!」と口々に言い始めた。
「鬼気迫るものがあったよ。お疲れさん、魔術師のお嬢ちゃん」
「俺も斬られるかと思ってひやひやしたよ~」
「…どうもです」
ゾンビがいやすぎて本当に修羅場だったのだ。
そんなことは悟られないように、にこりと笑って対応しておく。
ちなみに屋敷の中にいた伯爵たちは存分に労ってくれたが、使用人たちが少し腰がひけていた。
「それは…うむ… まこと、ルーフェン殿の弟子だけありますな。城にはそのように報告してよろしいか?」
「…ああ」
別にセイディアの功績にしても構わなかったのだが、彼の表情を見るところ面倒だったようである。目撃者もいるので隠すことも難しいだろう。
「俺はもう少しここにいる。お前は屋敷で休ませてもらえ」
「アリアさん、行きましょう」
ターニア夫人がそういってくれたので甘えることにした。
徹夜はさすがに厳しい。この睡魔は、もうあの魔獣のことを考えなくて済むせいでもあるだろう。緊張がとけ、体がドッと重くなる。
ベッドにもぐりこみながら、失敗した と思っていた。
セイディアの前で、あれほどの魔法を見せたのは初めてだった。
そしてできれば、見せずに置きたかったとも。
彼も疑問を感じているだろう。
自分が、いつそれほどの魔法を使えるようになったのか、と。
けれどそれにはアリアも答えられない。
本で読んだのでやり方は分かっていた。ただの魔方陣での攻撃魔法ならば問題はない。しかし、その数と魔法の種類が問題だった。
複合魔法。
違う属性同士を組み合わせることにより、より強大な魔法と変化する。
火と風を混ぜ炎の竜巻を作ったり、影と風を混ぜて幻覚を発生させたりなど、方法と効果は様々だ。
アリアが今回使った魔法は、石化。
土と影の属性を混ぜ合わせたものである。
その組み合わせが最も難しく、成功率が少ないことを、魔術師は必ず学び理解している。自分では冷静だと言っていたが、完全にそうではなかったともわかっている。そうでなければ、あの魔法は使わない。使えるはずもないのだ。
(…初めて使った魔法だったのに)
自分の中に、よくわからない力がある。
感じてはいるが、まだ認める気にはならなかった。
(まったく……)
一通りのこれまでに至った経緯の報告を引き継ぎ、セイディアも伯爵と共に屋敷に戻った。数時間仮眠をとってから、町の補修作業に移るそうだ。ガラス玉も兵のリーダーに渡しているので、魔法士たちが調べるだろう。
(どこからあの力は沸いてくるのだ?)
アリアが動揺を隠していたのは気づいていた。
恐らく、自分でも自分のしたことに驚いていたのだろう。
嫌悪を抱くものに対しパニックになっていたのはわかるが、それでも普段知る弟子の姿とは遠からずも違い、師匠である自分ですら気持ちが落ち着いていなかった。
魔力が強いことはわかっている。
しかし、だからといってあれほど高度な魔法を、同時に大量に展開させることなど、同じ年齢だった頃の自分には出来ただろうか。そもそも、今の時代、彼女のようなことをしてのける魔術師がいるかどうかも不明だ。もちろん、自分も含めて。
枕元にあるウィスキーに手を伸ばし、数口飲んで溜息をつく。
引っかかる点はもうひとつある。
「…教会の時と同じ手口…か」
ディルラーフとガラス石。
これがどうも先日の事件を匂わせている。
ならば、主犯は誰か。
「バーティノン…」
それはセイディアの中でしまい込んでいた名前だった。
ローブの下に隠れている、青い石のネックレスを取り出し手で強く握る。
剣はアリアに託した。
これはもう一つの師の形見。彼が生前つけていたものだった。
「…もしそうであれば……俺は…」
セイディアのつぶやきは、静けさを取り戻した部屋の中で静かに消えた。
町も復旧作業がすぐに行われ、伯爵はこの度の礼にと再び食事に二人を招いた。
先に城へは兵が報告していたので、アリアたちが戻ったときにはセイディアのみが王に呼ばれる。報告に対しては教会の件と関連付け、秘密裏に調べることとする、と言い渡された。
アリアの元に訪れたセイディアは眉間の皺を寄せながら「王からの報酬だ」と二つのものを渡す。一つはそれなりの報奨金。
そしてもう一つは、「アリアに対しての王城入場許可証明」である。
胸元に着けるピンバッジのようになっている。
マリーゴールドの花をあしらったそれは金色に光り、この世界の文字でアリアの名が彫られている。
「…これは?」
「国に仕えんといったのだ。いつまでも俺の弟子だからと城を出入りできるはずもないだろう」
だからこその名指しである。
ちなみにこのバッジは無条件に城を出入りできるという者で、現在アリアを含め五名ほどにしか与えられていない。
そのどれもが特殊な人物で、王の気に入った者、実力者など様々だ。
ちなみにミラーの師であるローザ・ルルナは王妃の友人でもあるので、「顔を見せに来い」という意味で与えられたそうだ。ローザ・ルルナもこの国には仕えていない。
今の王になってからの、無茶ぶりの結果らしい。
「まったく…こうなることも予定していたのだろう、あの馬鹿王。ノーリアーナの一件は、お前が堂々と城を行き来する評価を与えてしまった」
「師匠。ですからここは城の敷地内ですので言葉遣いもほどほどに」
師の悪態に苦笑しながら、アリアは胸元につける。
アリアにはそれが、妻や子供から叱咤されへこまされた王の詫びにしか思えてならないのだった。




