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城での生活 2




「ちゃんと生きてたか」

「そっちこそ」


ダリが城に来たのはアリアが目を覚まして一週間経ってからだった。


「メイリズの奴が依頼を積んで来やがる」

「支部長、ダリのこと気に入ってるからね。オールガーさんの薬草の依頼も受けてくれてたんでしょう。ありがとう」

「ふん。じじいがうるさいからな。  今回は依頼込みで城に派遣させた」


依頼? と首を傾げると、「ラロッドの護衛だ」という。

月に一度、城で保管している魔法石の確認をしに来るという。

この場にはいないので、ダリと別れた足で魔法士たちがいる部屋に向かったのだろう。


「コーリンの攻撃で、ダリもひん死だったでしょ」

「お前にどやされるから、とセイディアが治癒魔法を使った」

「…理由に私を出さないでほしいね」


腹が減った、というので食堂に案内する。

すると、反対側からウィーリアンとシルヴィン、フィネガンが歩いてきて、ダリを見ると片手を上げた。


「ダリ、来ていたのか。怪我はどうだい?」

「問題ない」

「ならよかった」


ウィーリアンの言葉にダリは頷く。

敬語なんてもの使えないので、一応は無礼にならないよう端的に答えるようには気を遣っているようだ。するとフィネガンが深刻そうな顔をしながら「聞きたいことがあったんだ」と口を開く。


「ダリって…ただの図体のでかい人間じゃなかったのか?」

「……あなたの認識はそれだったんですね」

「ドタバタしていたから確認するのを忘れてたんだが、教会でそのローブの下を見てしまったから気になってたんだ」


そういえば戦う気満々でダリはローブを脱ぎ捨てていた。

ウィーリアンもシルヴィンも、ダリが鬼だということはすでに周知の事実だったので、「フィネガンは知らなかったか」と苦笑する。


「ダリは(オーク)です」

「……ジョーク、じゃないよな?」


微妙な顔でこちらを伺うフィネガンに、ダリは頭を覆っているローブを少し剥いで見せた。ぎくり 、とダリの凶暴な牙と角を見て固まったフィネガンだったが、少しの間の後に「まじだ!」となぜか笑い出した。


「いやぁ、良かった! お前が人間なら、恋人もできなさそうな面だったから心配してたんだよ!」

「…余計なお世話だ」

「そういうなって~」


全く怖がっていないらしく、フィネガンは軽快に笑いながらダリの腕を叩く。

アリアは、そういえば実力を知りたいからと夜会で斬りつけてくる変わった男だったな…と思い出した。まあ、彼の中で納得がいったのなら別に構わないのだが。


「混乱は招きたくないので、一応は内密に」

「ああ、わかっている」

「――アリア、少し話したいんだが、いいだろうか?」


ふいにウィーリアンがそう切り出した。

フィネガンが代わりに食堂にダリを連れていくというので、シルヴィンを伴って場所を変える。中庭の噴水の前に出た。


「先日は、父がすまなかった。僕も何も言えずに」

「気にしないでください。他の重臣の方もいましたし、仕方のないことです」

「…国に仕える気は、ないんだね?」

「ええ」


ウィーリアンは、そうか、と苦笑する。


「少しだけ期待していたんだ。もしかしたらアリアは、そうしてくれるんじゃないかと。でも忘れていたよ。君が、ルーフェン殿の弟子だということを」

「一緒にいる時間は割とあったので、わかっていると思いますが、私はどうも感情が先に出る人間なのです。学ぶために師匠の下に付くことは出来ても、戦うために誰かの下につくということは、性格上難しいのです」


どうやら説得しに来たわけではなさそうだ。

肩を竦めながら言うアリアに、ウィーリアンは困ったように笑った。


「でも、君の言葉は少し嬉しかった」

「…?」

「僕を友だと言ってくれただろう? 王子だから仕方なく付き合ってくれているのではないということが、僕にとっては大きなことなんだ。君やシルヴィンやフィネガンのような人は、なかなかいないから」


ちらりとシルヴィンを見ると溜息をついている。


「幼い頃から共にいるのです。ドジで優男なあなたを一人前に王子として扱うには、さすがに私にも無理ですよ」

「…シ、シルヴィン」

「私としてはアリアの判断は正解だと思います。忠誠を誓う意思がないのですから当然の結果かと。…私の胃の心配までして頂けたそうで?」


笑っているのだが少し恐ろしい笑みだ。アリアはじりじり視線を逸らす。なぜだろうか。師と同じ空気を感じる。目を逸らしたら負けだというが、目を逸らさなければ生命の危機ではないだろうか。

その反応にシルヴィンは満足げに息をつき、「それでもウィーリアンはあなたに会って少しは変わりましたがね」と続ける。


「セガール様という優秀な兄がいるのでどうも弱腰でしたが、此度の件では王に直々文句を言いに行っていたようですし」

「あまり余計なことを言わないでくれ…」


拗ねたように呟くウィーリアンに、アリアは笑みを向けた。

それに対して少し顔を赤くしながらも、ウィーリアンも同じように笑う。


「父も反省していた。これ以上は兄上も止めているし、なにより保護者の二人が黙っていないだろう。母上にもこってりとやられていたよ。そうなってはもう動けない」

「…仲いいですからね」


数日前に聞いたのろけ話を思い出す。

ウィーリアンはアリアの手をとる。


「アリア、君は僕を友として尊重してくれるんだね?」

「ええ」

「…では、それに恥じないよう自分の務めを果たしていくと誓うよ」


その顔はいつものように気弱で自信のない表情でしなかった。

ウィーリアンが、この国の第二王子として改めて踏み出した日となった。






「お、アリアくん。元気だった~? ダリくん、さっきぶり~」


ぞろぞろと魔法士を従え廊下を歩く。昔はやった某病院ドラマのようである。

ラロッドは相変わらずくたびれたシャツの上に、少し質の良いローブをはおっていた。管理職で有名人なのだから手取りもいいはずなのだが、あまり外見に頓着はないらしい。


「ラロッドさんもお元気そうで」

「まだトゥーラスには戻らないんだよね? 支部長が暴力的でさぁ」

「…その原因は多分ラロッドさんにあると思いますよ」


あはは、やっぱり? と悪びれもせずに笑う。

魔法士としての用事は終わったらしく、「ここで解散ね~」と言って廊下には三人だけになる。


「そういえば杖持ったんだって?」

「どこ情報ですか…」

「魔法士は魔術師の行動に敏感だからねぇ~。ちょっと見せてくれる?」


アリアは片手を上げ、杖を出現させてラロッドに渡した。「ありがと」と言いながら杖をそっと撫で、それから中心にはめられている魔法石を見て目を細めた。


「あの誘拐事件で関わってた子供だっけ? 英雄の遺品を探してたの」

「はい、そうみたいです」

「英雄の遺品のひとつ、その手にしていた杖には諸説が色々とあってねぇ」


じっと緑色の魔法石を見ながらラロッドは続ける。

今まで見たことがない真剣な顔をしていた。


「見るたびに持っている杖の長さや形が違うから、数えきれないほどの杖を持っていたとか。あ、これがどこの武器屋でもこぞって展示してる理由ね?」

「数が多いからどこにあってもおかしくない、ということですか」

「そうそう。 でも、もうひとつ説があるんだよ。英雄の魔力が強すぎて、杖本体が耐え切れず実は使い捨てだった、ってね」


ラロッドは笑みを浮かべる。


「その杖の魔法石は、どこにでもありそうに見える工作が施されてあって、実は純度の高い最高の石だったらしいよ。ちなみに使い捨て説の理由はこう記されている。"姿形違えども、それに輝く石は常に風を宿す石である"と」

「……」

「はい、返すね。少し持ち手にひびがあるから、武器屋に言えば作ってもらえるよ~」

「…はい」


アリアは思わずラロッドを見つめた。

ラロッドは相変わらずへらりと笑いながら「ん?」首を傾げる。


「…ラロッドさんは、どっちの説を推してますか?」

「使い捨て説、かな? ここの魔法士の責任者には、君の杖のことは確認済みと報告しておくよ。下手に魔法士の前で杖を出さないことだねぇ。すーぐ興味持つから」

「……」

「魔法石はいかなる時も持ち主を選んで導かれる。これ、俺の持論ね?」


ぽんぽん、とアリアの肩を軽く叩き「ダリ君、そろそろ帰る?」と何事もなかったかのように言う。


「あんまり長居すると支部長から拳骨が落ちるからさぁ」

「わかった。  アリア、戻ってくるときは連絡をよこせ」

「 うん。またね」

「なるべく早くねー。俺の頭がへこむ前にお願い」


軽く手を振り、二人を見送る。

それから一人きりの廊下で、自分の手にある杖を見つめた。

緑色の石が、きらりと光った気がした。











「ひどくやられたようだな」


どこかの山奥。

崖の近くに立つレンガ造りの塔の一室で、黒いローブを羽織った男が少年に声をかける。

少年は不機嫌そうな顔を隠しもせずに、ぷいっと顔をそむけた。

その胸元には深い傷跡がまだ生々しく残っている。


「過去の人間など追いかけているからだ」

「うるさいなぁ。油断しただけだよ」

「暇なのは仕方がないが、  遊びすぎるなよ?」


少年はびくりと肩を震わせた。

男の目はフードで見えないが、その下で鋭く自分を射抜いているのを感じたからだ。

男はそんな少年に、ふ と笑うと片手を差し出す。少年はおずおずと近づき、男の座っているソファに腰を下ろした。


「して、お前に傷を残した者は、まだ少女だったと?」

「…アリアって名前だよ。セイディア・ルーフェンの弟子だ」

「ほう…」


くっくっ、と男が喉を鳴らして笑った。


「新しい登場人物が加わったようだな」

「…ねえ、今度はヘマしないからぼくにやらせてよ」

「少し時間を置くんだ。やらねばならぬことがまだある。先延ばしにした方がより楽しむことができるだろう?」


男は少年のふてくされた顔を見て、宥めるかのように軽く頭を撫でる。

少年は不本意そうにしながらも頷いた。


「わかったよ、バーティノン。大人しくしてる」

「いい子だ」




闇は次第に広がり始める。

誰にも気づかれぬよう、ひっそりと。しかし確実に。








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