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エルガーの武器屋




「ここが…」

「おい! はやく魔法を解け!」

「はいはい」


約束なので解いてやる。ユッカはこちらを睨みながら距離をとった。

だがアリアは気にせず扉を開け中に入る。

店内は様々な武器があったが、そこまで溢れるほどにはなく、だからといって品揃えが少ないわけでもない。奥のカウンターからこちらを振り返ったのは、不機嫌そうに眉を潜めているいかつい老人だった。


「ここは紹介制だ。帰んな」

「なるほど」


アリアはそういいながらローブの内ポケットを探ると、一枚の紙切れを老人に差し出す。セイディアから渡されていた紙だ。老人は文章を目で追い、それからアリアを見てまた紙を見ると、くっ と面白そうに笑った。


「あのクソガキの弟子か。噂は流れてきていた」

「師匠がお世話になりました。アリアと言います」

「じいちゃん!」


ユッカが呼ぶが「うるせぇ」と一言。

かなり迫力があり、ユッカがびくりと肩を竦める。


「孫がすまんな。すっかりあのガキに懐いちまってる」

「ああ…だから師匠の剣を見て怒ってたんですか」

「剣は弟子にしかやらん、と言われたのに、弟子入りすら断られているからな」


私はただの師匠の取りこぼしの被害者ではないか。

弟子になったのは仕方のないことなので、怒りを向けられる理由はない。

セイディアが彼女を弟子にしないと決めただけの話だ。


「今日は何の用だ」

「杖を買いたいと思いまして」

「そうか。俺が店主のエルガーだ」


エルガーはカウンターから出て「剣も点検してやる」と言う。

私は頷いて剣を渡した。


「こいつはガキの師に渡したもんでな。 刃こぼれもなし、ちゃんと手入れは行き届いている」

「師匠のお師匠さま、ですか」

「なんだあいつは、話してないのか。まあ、いずれかは口にするだろうが、あいつの師は俺の幼なじみだ。冒険者になるっていうんで、餞別代わりにくれてやったのよ」


いつだったか彼の口から聞いた、祖父替わりの人物が師であったようだ。

剣を返してもらい、杖のコーナーまで連れていかれる。ユッカは相変わらず不機嫌そうに、それでもあとをついてきた。ダリは出入り口で待ちながら売り物の武器を眺めている。


「この辺がおすすめだが…お嬢さん、魔力多いだろう」

「はい。よくわかりますね」

「長年こういう仕事をしているとな、相手の持つものが何となくわかってくるんだよ。魔法石は強度のあるもんじゃないとダメだな。その剣も使ってるんだろ」

「そうですね、媒介にはしてます」

「それもなかなかの魔法石を使ってる。その辺のガラクタとは格が違うんだ」


エルガーがそう言いながら選んでいるその横で、アリアはふとガラスケースに入っている杖に気づいた。アリアの身長よりもずっと長く、白い柄がスラリと伸びており、赤い魔法石がはめられていた。値段は付いていない。


「ん? ああ、それか。それは売りもんじゃないんだ」

「ずいぶん厳重ですね」

「かつて英雄が手にしていたと言われる伝説の杖よ」


ユッカが低い声で話に入ってきた。「あんたなんかが持てるもんじゃない」とも続ける。祖父の視線を感じ慌てて顔をそむけたが。

アリアはガラスケースからそれを覗く。

見かけはきれいだが、よく見ると古びた感じもする。

アリアは苦笑しながらエルガーを見る。


「ずいぶんとすごいものを置いてますね。 確かに、私では無理そうです」

「ああ、そういうことだ」


アリアはそこから離れ、エルガーの選ぶ杖に視線を落とす。

その中でひとつをアリアは手にした。

柔らかい色合いのウッドで出来ている。深い緑色の魔法石はピンポン玉くらいで、他の杖に比べると少し頼りなさげな印象を与える。長さはアリアの胸元くらいまでだ。


「使いやすそうですね」

「それか。この店を開いたときに仕入れた売れ残りのひとつだ。嬢ちゃんの魔力じゃ、壊れちまうんじゃないか?」


柄を握るとしっくりきた。

試しにトントン、と床を叩くと、そこから静かな風が舞い上がった。

魔力の伝達性がいい。アリアは口元に笑みを浮かべる。


「これにします」

「…選び方は師弟そろって同じだな。あいつもほとんど悩まず選んでたぞ」

「直感で生きてますので、私たち」


呆れたような視線を向けられたので肩を竦める。

それから軽く息を吐いてユッカを振り向く。


「恨むのなら、私を弟子にした師匠を恨んでください。私は、あなたに憎まれる筋合いもありませんよ、ユッカさん」

「…っ、なんであんたなんかを弟子にしたのよ、セイディア様は!」

「ユッカ、よさんか」

「だっておかしい! 私だってこの店にずっといて、戦い方だって学んできた!」


それなのにどうして突然出て来たあんたが…!

顔を真っ赤にして怒り狂うユッカに、アリアは再度溜息をつく。


「自分を弟子にしなかったことが間違いだと? セイディア様の判断が間違っていると、あなたは言ってるんですよね?」

「そ っ、それは…」

「ユッカさん、武器を持って戦えることと、弟子として戦うことは、意味がまるで違う。師匠は王宮に仕える魔術師です。自分の意志とは関係なく、主である陛下の命令には従う義務がある」


アリアはまっすぐユッカの目を見る。


「今のあなたは、弟子として何ができますか? 自分の感情すら抑えられない娘が、冷静に物事を運べるとは私は思わない。師匠があなたを選ばなかったのは、自分に憧れる子供だったからです」

「…っ」

「その憧れが意欲に繋がればよかった。けれどあなたがしたのは自分が立てなかった場所にいる私に怒りを向けることだけ。あなたが問うべきは、なぜ私を弟子にしたかではない。なぜ自分を弟子にしなかったかです」


ぐっ、と言葉を飲みこんでユッカは俯いた。

戦う術を身に付けてきた。

次に会うときには、絶対に弟子にしてもらおうと。

けれど、その前にセイディアは弟子をとったと噂になった。

彼の弟子がもしかしたら武器屋に来るかもしれない、と祖父が言っていたから、剣を持っているよそ者に奇襲をかけたりもした。


だって、悔しかった。


ただの八つ当たりだって、わかっていたとしても。


「すみません、お孫さんに口が過ぎました」

「いや、いい薬だ」


ずっと口をつぐんでいたエルガーに一言謝っておく。

と、ダリが「おい」とこちらに声をかけてきた。


「客だぞ」

「お、なんだ兄ちゃんここに用事があったのか」


入ってきたのは、つい先ほど別れた商人のテッディと、見知らぬ顔が数名だ。

ダリに声をかけ、それからアリアにも気が付くと「お嬢ちゃんも」と片手を上げる。

それからガラスケースの中にある杖に目を向け苦笑する。


「おー、どこの店でも置いてるもんだな。『勇者の遺品』」

「…何の用だ。ここは紹介者がいなければ売らんぞ」

「まあまあ旦那。ちょっと落ち着きましょーや」


エルガーの言葉にテッディはへらりと笑いながら中に入ってきた。

ダリは腕を組んだまま、アリアにちらりと視線を向ける。アリアもまた、目で確認しつつテッディたちの様子を見る。彼はドン、とカウンターに金の入った袋を置いた。


「店主自慢の武器を売って欲しくてね。悪い話じゃないだろ?」

「 くどい! わしは店のポリシーを曲げん!」


鼓膜がびりびりとするほどの怒声だ。テッディの顔色が少し悪いが、はあ と溜息をついて頭をかいた。


「困ったな。俺は穏便に行きたいんだが…」


そういうが遅いか速いか、テッディの仲間がユッカを羽交い絞めにし、首元にナイフを突きつけた。突然のことにユッカも反応できず捕まっている。


「こういうことなんだ。どうする、旦那」

「……何が目的だ」

「言っただろう? この店で一番強い武器が欲しいんだよ」


エルガーは眉間に濃い皺を寄せ、ガラスケースのふたを開けた。


「本物かい? どの店でも、見栄のためにそういうのを展示してる」

「わしは偽造はせん。孫を離せ」

「おーけー、交渉設立だ」


残る1人が杖を受け取り、ユッカは突き飛ばされるように解放された。だがエルガーに抱き留められるや否や、壁に立てかけてあった剣を手に斬りかかった。しかし当たる前にはじき返される。仲間の一人は魔術師か。


「ダリ!」


アリアが発する前に、ダリの強靭な腕が一番近かった一人を殴り飛ばす。

魔術師が杖をダリに向けた。その一瞬前にアリアの手にしていた杖先が向き、魔術師を拘束する。そのまま背中の剣でテッディの喉元につきつけた。


「…お嬢さんも魔術師か…」

「鍛冶屋の用事は?」

「この通り。武器を買うための資金だ」


お金は置いていくつもりらしい。

眉を顰めたアリアにテッディは変わらず笑う。


「これでも説得したんだぜ? 皆殺しってのは好かなくてな」

「武器を集めてどうするんですか?」

「さあ。俺らは雇われただけだ。持ってきた武器の二割増しで買い取ってくれるっていう約束でな」


誰に、と聞く前にアリアは外に目を向ける。

ざわざわ、と肌を知っている空気が撫でた。ダリも警戒している。

テッディから剣を退けるとじりっと動こうとするので「動くな」と低い殺気のこもった声で指摘する。テッディの身体が硬直した。


「動けば、首をはねる」

「…了解」


少し前まで笑顔で話していた少女とはかけ離れていて、テッディは素直に従う。

アリアはダリの横をすり抜け外に出た。

歩いている人たちはまだ何も気づいていない。

屋根の上には一人の少年がいた。

少年はフードの下から灰色の髪の毛をなびかせ、口元を楽しげに歪めている。


「  コーリン」

「また会ったね、魔術師のおねーさん」



無邪気な笑顔に、アリアは背筋が寒くなるのを感じた。











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