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森にて




陽はすでに傾きかけていた。

ギルド内はまだ人は多い。

アリアはロゼッタのところへ向かい、「聞きたいんですけど」と声をかけた。


「どうしました?」

「数日前に、ヴィロッドのことで依頼が出てましたよね」

「ええ…えーと、はい、農作物の被害が多くなったので追加された依頼ですね」


ロゼッタはファイルを開きながら確認する。


「でも完了しているものですよ」

「今日、森でヴィロッドの群れに遭ったんです。その中に剣の傷を受けている子たちがいて」


アリアの言葉に「おかしいですね…」とロゼッタも首をかしげる。依頼を完了した者からは「無事に森に逃がした」という報告を受けていたという。


「まあ、森に入った他の人に攻撃されたってことも考えられますけど、なんだか引っかかってしまって」

「保護対象の魔獣ですし、ヴィロッドは普通人間を襲わない大人しい魔獣ですからね…少々お待ちください」


そういってロゼッタが奥の部屋に行き、しばらくすると「そっちの扉から中にどうぞ」とアリアを呼んだ。

受付の真後ろの部屋だ。棚にはファイルがきれいに収納されている。

ロゼッタはファイルの一つを開き、テーブルの上に広げた。


「これがヴィロッドの依頼を受けたパーティメンバーの詳細書類です」

「…いいんですか、私に見せて」

「支部長に相談しましたら、アリアさんに見せるようにと」


支部長…。

アリアは乾いた笑いを浮かべながら、ファイルをのぞき込む。

メンバーは三人。男性二人に女性が一人で、リーダーはディエゴという男。マルクとミーシェが残りの二人だ。まだ若く、二十代前半の集まりのようだった。

依頼の完了歴をたどっていくと、魔獣の討伐クエストをメインに活動していた。


「…パーティ名『銀狼(ぎんろう)の集い』…?」

「全員が銀色の長髪なんです」

「な、なるほど…」


写真を見ると、確かに全員長髪。

感想を述べずらい情報だ。

ぱらぱら捲り、アリアは顎に手を当てる。


「…三人は白銀ランクなんですよね」

「そうです」

「その割には、銀の依頼が多いな…魔獣とはいっても三人で受けるようなものでもないだろうし」


まさか名前にかこつけて「俺たちは銀の依頼しか受けない!」とかいう変なポリシーを持っているわけでもあるまいし。


「頻繁に依頼を受けに来るんですか?」

「ええ、割と。そういえば、ついさっきも来てました」

「内容は」

「たまに魔獣が町に降りようとするので、その見回りです」

「おい、なんか空赤くないか?」


ふいに冒険者の声が聞こえてきた。数人が窓から外の様子を見ている。

アリアも近寄ってみんなが見ている方向を確認した。


「ロゼッタさん、支部長呼んできてください!」

「アリアさん!?」

「みなさん、あそこって森ですよね! 火事じゃないですか!?」


アリアが大声で言うと、「それはやばいな!」「行くぞ!」と冒険者たちが走って森へと走っていく。町の人たちもそれに気づいたのか、ざわざわと森の方向を見たり火消しを手伝うため向かう者たちもいた。アリアもギルドを飛び出し、森へと急ぐ。

森の前は消火活動を行う者や、やじ馬で人だかりができていた。アリアは人の間を縫って一番前に出る。

空に向かって黒煙が立ち上っていた。かなりの広範囲だろう。


「"フィナンシュ"」


風の精霊を呼び、アリアは高く飛んだ。二キロほどはすでに焼けてしまっているようだ。

消火活動している者には魔術師もいて水魔法を使っているが、範囲が広すぎて効果があまり見られない。


「"エリスティ! 大地に恵む者 荒ぶる炎を沈めよ!"」


響く声に下にいた者たちが見上げる。

しかし次に、地面が揺れるほどの振動が森の奥から伝わってきたので悲鳴を上げる。

ザバッ !と森の木々よりも高い水が柱のように立ち上り、そのまま一気に燃えている部分に降り注いだ。

もちろん、人には当たらないように防衛魔法もかけてある。


「嬢ちゃん、魔術師か! やるな!」

「おいおい、今の魔法何だよ…!」


わっ! と歓声が上がる。

アリアは「どうも」と言いながら地面に降りる。すると森の奥から悲鳴が聞こえてきた。銀髪の三人組が、ぼろぼろな姿で走ってくる。どうやらあれが「銀狼の集い」らしい。写真で見たとおりだ。

その後ろからは何種かの魔獣が三人を追いかけてきた。


「ダリ!」


そう呼べば、黒いフードをまとったダリが、魔獣たちの前に飛び出し剣で威圧する。

三人はぜえぜえ言いながら膝をついた。


「…森でなにしてたんですか。あなた方が受けた依頼は、森の見回りでは?」

「あ、 あいつらが、突然襲ってきたんだよ!」

「火元は?」

「火を吐くやつがいて…」


と、視線をふわふわさせながらディエゴが答える。だが、はっとしたように「俺たちのことはどうでもいい!」と逆切れするのでアリアは片眉を上げる。


「どうでもいいかどうかは、あなたが判断することではないでしょうね」

「なによ、あんた…」

「あなた方と同じ冒険者ですよ」

「アリア、こいつらはどうする。斬っていいのか」

「いや、とりあえず落ち着かせるしかないだろうね」


魔獣たちは目を血走らせ、興奮している状態だ。ダリの巨体で押しとどめているが、油断すれば襲い掛かってくるだろう。

一撃で気絶させるか、と思っていると、足元にぴょん とヴィロッドが一匹現れる。すると次々森から現れ、攻撃態勢になっていた魔獣たちの周りに集まり「みゅっ みゅっ」と鳴きはじめた。親に連れられていた子供が「かわいい~」と思わず口に出す。

次第に魔獣たちは大人しくなり始めたので、ダリも剣を下ろす。

ヴィロッドたちはアリアの周りを跳ね回っている。


「…傷薬のお礼ってとこ?」


なんにせよ助かった。

和ましい光景に全員が息を吐いたが、今度はヴィロッドたちが例の三人の周りで威嚇し始めたので何事か、とざわつく。

ディエゴが「くっそ…!」と剣を向けたので、寸でのところでアリアはそれを受け止める。


「ヴィロッドは保護対象です」

「こいつらが騒いでから魔獣が出てきたんだぞ!」

「おかしいですね、普通人間に敵意なんて向けないはずなのに。 ねえ、メイリズ支部長?」


アリアの言葉に、三人はぎょっとしたように自分たちの後ろを振り返った。

ロゼッタを連れた支部長が眉間にしわをよせ「ああ」と返事をする。


「ロゼッタ。あの魔獣たちはどうだ」

「クローロにキッツィ…どれも大人しい種類の魔獣ですね」

「そして、どの魔獣もあなた方が依頼で追い払うようにした魔獣です」


アリアはファイルに載っていた依頼完了リストの内容を覚えていた。

襲ってきた魔獣たちは、どの子も体に古傷から新しい傷まで負っている。


「どういうことか説明してもらおうか」

「そ、 それは…っ 何かの間違いですよ支部長! そんな子供の言い分を信じるんですか!」

「 ということらしいが、どうする?」

「火を吐く魔獣がトゥーラスにいるなんて知りませんでした。早々に対応をとらなければなりませんね。記録は残ってますか?」


ロゼッタは今までトゥーラスでは報告されていない、と答える。


「じゃあ姿を知っているのは、そこの三人だけですね。もう一度森に入って見つけ出す手伝いをしてください」

「なんで俺たちが…」

「だって、目撃者はあなた方なんですよ。まだ遠くに行っていないはずですから、急がないと。どんな姿をしてました? 大きさは? 形は…角はありましたか?」


三人の目が泳ぐ。

アリアはその様子を見て「…ずいぶん、お遊びをしたらしいですね」と続ける。


「討伐ではなく、追い払う依頼の魔獣まで斬りつけるのは、正規の依頼完了とはいえませんよ」

「どうしてそう思う、アリア」

「さあ、馬鹿の考えることはわかりませんが、恐らくは狩りとか言ってストレスでも発散してるんじゃありませんか? どきゅんのような」

「どきゅ…?」

「あ、いえ、こっちの話です」


おっと。前世での知識が飛び出してしまった。

図星だったろうが、「言いがかりだ!」とまだ喚いている。するとダリが「おい」と口を開いた。


「よくわからんが、森に火を放ったのはそいつらだぞ」

「ああ、そういえばダリは森にいたんだっけ」

「無差別に魔獣をぶった切ってたな。奥で数匹死んでいる。松明の火はそこの女が落としていた」

「…っ」


全員の目が集まり、顔色が悪くなっていく。

それでも悪あがきをしたいのか、男は「罠だ!」と続けた。


「その二人はグルなんだろ!」

「まあ、仲間には違いありませんが」

「支部長、騙されないでください! こいつらが犯人ですよ!」


話を投げかけられた支部長は、呆れたように「銀狼の集い」の集団を見て、それからアリアに視線を向けた。

いつの間にかアリアの周りには先ほど威嚇していた魔獣たちが集まり、手を伸ばすと甘えたようにすり寄っていた。どうも、凶暴さのかけらも見当たらない。


「手なずけたか。末恐ろしいな」

「どっちに付けばいいか、この子たちはちゃんとわかっていますからね」

「さすがは"深淵の戦士"殿。王直々に称号を頂いただけのことはある」


支部長の言葉で周りがざわざわし始めた。

アリアは眉をしかめて苦笑を漏らした。


「いちいち爆弾落っことしますね」

「うるさい。おまえさんの立ち位置をはっきりさせとかんと、周りが混乱するんだ」


そりゃそうか、とアリアは溜息をつきながら、自分に斬りかかったマルクの剣を弾き飛ばし喉元に自分の剣先を向けた。動けずに固まったマルクの後ろから後の二人が剣を振り上げたが「"拘束"」という一言でぴたりと動きを封じられた。


「ひどいもんですねぇ。子どもだっているのに、殺人現場を見せる気ですか?」

「そういうお前も剣をどけろ。見ているこっちがひやひやする」


支部長に言われ剣をはずすとマルクは足の力が抜けたのか、そのまま尻餅をつく。


「さっきの、その子供を信じるのかという質問だが。答えはイエスだな」

「な…っ」

「王宮魔術師の弟子を疑うなんぞ、恥知らずもいいところだ」


一瞬の間の後に、騒音に近い驚きの声に包まれる。アリアはめんどくさそうに「TPOを考えてくださいよ、支部長…」と剣をしまう。

三人組はぽかんとしたままだったが、先ほどの魔法を見ていた者たちは納得いったのか有名人に会ったようにわいわいしている。


「とりあえず消火は完了してますし、魔獣も落ち着いたみたいですね。ダリ、この子たちを森に連れて行ってくれる?」

「俺がか?」

「ヴィロッドが懐いているみたいだし」


その証拠にぴょんぴょんとダリの周りをはねている。ダリはいやそうな顔をしながら、一番でかい魔獣に目を向けた。それに従うかのように、魔獣たちは次々と森の中に戻っていく。


「とりあえず…ああ、忘れてた。"魔法解除"」


ディエゴとミーシェの拘束魔法をとき、アリアはまだ信じられていない顔をしている三人に一変して冷たい視線を向けた。


「…調べればあなた方のやったことはすぐにわかる。認めた方が、楽だとは思うけど」

「……っ」

「私にはまだ権限はない。だが、師匠の名の前では不正は認めない。セイディア・ルーフェンの名に誓って自分たちに非がないというのならば、声高らかに主張すればいいだけのこと。――もしそれが偽りだったと分かった場合は……わかっているな」


一気に顔色を悪くした三人は、「申し訳ありませんでした…っ」と手をついて頭を下げた。アリアの読んだ通り、剣をふるい魔獣を痛めつけることを一種のゲームとして楽しんでいた、と白状する。支部長が他の冒険者たちに「ギルドに連れて行け」と命じた。


「帰って来て早々、騒がしいやつだな」

「半分は支部長のせいですけどね」

「何の事だか。 しかし…これをどうするかだな」


支部長は森を見て唸り声を上げる。

火は完全に消えていたが、かなりの範囲が焼けてしまった。


「元に戻す魔法はないのか?」

「そんな都合のいいものがあったら、今頃どこもかしこも森だらけです」


そういいながも、アリアは うーん、と腕を組み支部長同様に森を眺める。あの魔獣たちは大人しく帰ってくれたが、他の魔獣が騒ぎ出しているかもしれない。下手をすれば、食糧を求めて町に下りてくる魔獣も増えるだろう。


(…今すぐ木や植物を生やすことはできないけど)


アリアは入り口の木に近づき、両手で触れると額を押し当てた。

どくん、どくん、と木の鼓動が聞こえてくる。

ひときわ大きく風が吹いたかと思えば、次はしんと静まり返る。周りの者たちは、じっとアリアの行動を見守っていた。


「"森を守護する精霊よ 我が声に応え今一度 その力を示したまえ"」


その言葉に反応するかのように、アリアの周りを多数の光が飛び回る。

アリアはそっと目を開け、その光たちに微笑みかける。


「私の魔力も使っていい」


そういって手を伸ばすと、光は軽く触れるかのように集まり、やがて一斉に森の中に散っていった。

アリアは息をはいて、「元通りには戻せませんけど」と口を開く。


「植物の再生が早くなるよう、この森の精霊にお願いしました」

「おまえさんの魔力を与えたのか?」

「半分くらいは持ってかれたかなぁ…少し疲労感があるけど、まあ大丈夫です」


一晩ゆっくり眠れば、明日には回復しているだろう。

幻想的な光景にほうと見惚れていた者たちの1人が「あ、あれ!」と森を指さした。なんだ? とアリアも振り返る。

焼きただれた地面から、ひとつ、またひとつと芽が出て、それはそれは素晴らしいほどの速度で成長し始めたのだ。その周りには先ほどアリアのそばにいた精霊たちがふわふわと飛んでいる。ほんの数十秒で、木や草がなくなっていた森は以前よりも鬱蒼とした姿でそびえたっていた。


「……元通りにはならんと言わなかったか」

「………精霊、頑張りすぎ」


確かに魔力は分けたけれども…!

愕然としているアリアと支部長をよそに、わあああ! と奇跡のような瞬間を見ていた者たちは賞賛や驚きの混ざった声をあげた。


「すごいな嬢ちゃん! ほんとにあの魔術師様の弟子なのか!」

「こんなすごい魔法、初めて見たぜ!」

「おねえちゃん、すごーぉい!」


背中をばしばし叩かれたり握手を求められたりと、その場はパニック状態だ。

支部長に「どうにかしろ」という視線を向けられたアリアは、あらん限り可憐に淑やかに余すところなく完璧な笑みを周りに向ける。それを見た者たちは、自然と口を閉ざしアリアから少し距離を開けた。


「――皆さん、森の精霊に感謝を。これは私の魔力だけの力だけではないのです。この森を守り、維持してくれる精霊がいたからこそ成り立ったものなのですよ。そうでなければ、町に魔獣が降りてくることもあり得ました」


アリアがそう言いながら森に向かい祈りを捧げると、他の者もそれに続く。

しばらくしてアリアは自分を見つめる者たちに上品に頭を下げ、「みなさんお疲れ様でした。ギルドで報告をしなくてはなりませんので、これで失礼いたします」と支部長を促し歩き出す。道を開けてくれた者たちは、興奮さめきれないのか「今日は宴だ、酒だ!」「いい一杯が飲めそうだな!」と騒いでいる。手を振ってくる幼い子供たちに、アリアは笑みを崩さず応えながらそのまま町へと早足で向かう。


「…聖女にでもなるつもりか、お前さんは」

「まさか。師匠の名は予想以上に厄介ですね。ここまでとは思いませんでした」


そんなアリアは支部長は溜息をつく。

セイディアのせいだけではない。アリアの立ち振る舞いや見た目がもっとも厄介だ。王宮魔術師の弟子と名乗る可愛らしい少女が、冷徹に裁きを下したのも驚いたのに、今度は令嬢のような丁寧な態度をとればその違和感は「真実」として映る。そうさせてしまう何かが、彼女にはあるのだ。


「『銀狼の集い』の処置は?」

「とりあえずトゥーラスのギルドからは除名だな。周辺のギルドにも注意文を送っておく」

「魔獣だけではなく人にまで危害を与えることがないように、十分な警告をお願いしますね」

「それは是非とも名前を拝借しなくてはな」


よろしいか? "深淵の戦士"殿。

からかう口調のメイリズ支部長に、アリアは笑みを崩してふくれっ面になるのだった。




アリアがシャワーに入りふかふかのベッドで眠りにつく頃。

トゥーラスの町では静かに、しかしものすごい速さで、1人の少女の名が広まっていた。


「セイディア・ルーフェンの弟子、奇跡の少女アリア。王より授かった称号は『深淵の戦士』」と。


精霊だけではなく魔獣さえも従え、曇りなき眼で悪を裁く。

そんな誇張された話がモールドの城にいる保護者達に届くのは、ほんの近い将来だった。








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