夜会と称号
日が昇る前にアリアは目を覚ました。
少し寝ぼけた顔で窓から顔を出すと、屋根にはダリがいて飛んでいた鳥を捕まえ一口で食べていた。
「おはよう、ダリ」
「起きるのか」
「剣の鍛錬、付き合ってくれる?」
そういうとニヤリと笑い「いいだろう」と立ち上がる。
朝からその凶暴な顔は刺激が強い。しかし慣れなくては…と思いながら、アリアは着替えて剣を掴んだ。
部屋を出たところで、勝手にうろつけない。
アリアは窓枠に足をかけ、ひょい とダリのいる屋根に飛び乗った。
ダリもさして気にせず返してあった剣を手にする。
どちらともなく、攻撃を始めた。
それはアリアの起床を確認するため部屋に入ったメイドが悲鳴を上げるまで続いた。
「ごめんなさい、驚かせてしまって」
「い、いえ、わたくしも大声をあげてしまい申し訳ありません…」
まだ青白い顔のメイドに謝罪をしながら、アリアは汗を流し用意された服に着替える。
昨日のような王のいるかしこまった朝食ではないようで、淡い水色のワンピースだった。
「本日、夜会までの間お世話をさせていただきます、メリッサと申します」
「そうでしたか。よろしくおねがいしますね」
そうだ、夜会があった…。
一気に気持ちが重くなったが、どうしようもないので諦める。朝食の後から準備を始めるらしい。
アリアはミラーの部屋に寄り、メリッサに案内されながら二人で食堂に向かった。
食堂には先にカーネリウスがいた。そしてなぜかその横にシルヴィンもいる。
「おはようございます」
「はよっす」
「おはよう…二人とも、いつの間に仲良くなったの?」
ミラーの言葉に「引きずりこまれただけです」とシルヴィンが答える。
ここは客専用の食堂で、隣が直属の臣下の食堂のようだ。
カーネリウスが「あ! 昨日の!」と通りかかったシルヴィンを無理やり隣に座らせたらしい。
「私はむこうに戻ります」
「いいじゃんか! さっきのおっさんだって、ここで食ってもいいって言ってただろ」
「…あの方は王の直属兵団のひとりですが」
じろり、と見るとカーネリウスは「え」と固まった。
「王子は?」
「ウィーリアン様は別室でご家族と食事をとってます」
シルヴィンは諦めたのかナイフとフォークを手にする。
王子が食事を終えるまでに戻っていなければならないのだろう。ここで時間をロスするわけにはいかないようだ。
アリアとミラーも向かいに腰を下ろす。
「シルヴィンさんは王子の側近なんですね」
「呼び捨てで結構。あなた方は今回、王の賓客ですから。――側近には違いませんが、役回り的にはあなたが言っていたお目付け役が一番近いでしょうね」
何人かいる側近の中でシルヴィンが一番歳が近く、ウィーリアンが気を許しているらしい。なのでギルドに行った時もシルヴィンがついていくことになった。ちなみにウィーリアンは十五、シルヴィンはその一つ下だという。
「すげぇなぁ…俺らより三つは下で城で働いてんのか…」
「年齢制限は特にありませんからね。仕える相手にもよりますが」
聞けば幼少の頃からの付き合いだという。
そんな話をしている内に、シルヴィンはさっさと朝食を済ませ「失礼」と席を立った。
のんきなカーネリウスとは違い、アリアとミラーは夜会の準備があるのでなるべく急いで食事を終える。男子は楽でいいな…とアリアは思いながら、廊下で待つメリッサの元へと向かうのだった。
まずは基本的な夜会でのマナーを確認される。アリアは経験がないので何とか覚えようと何度も確認をした。
それからダンスの講習を受け、あっという間に昼だ。
昼食で会ったセイディアに「顔が死んでいる」と言われたので「かわってください」と告げる。
「残念だが、俺も夜会には参加する」
「珍しいですね。いっつも嫌がるのに」
「王の命令だ。こういう時ばかり権力振りかざしやがって…」
「師匠、言葉遣い」
注意すると、「ああそうだ」と思い出したようにアリアを見る。
「今回、ヴァーリアン家からは誰も来ないようだ」
「…そうですか」
「伯爵がぎっくり腰になったと電報が入った」
鼻で笑うとセイディアは苦笑いする。
まあここで会っても面倒なことになるので、運は良かっただろう。…互いに。
午後からはドレスやアクセサリーを広げ、着せ替えが始まった。
こういうものに興味のないアリアはされるがままだ。メリッサだけではなく、なぜかメイドが増え三人できゃあきゃあ言いながらアリアにドレスを着せたり、宝石を宛がっている。
「アリア様は肌が白いからどんな色でも似合いますわ!」
「髪をアップにして、大人っぽくしません?」
「…は、はは…お任せします…」
こういう女性には逆らわないのが無難だ。
何時間もそれは続き、最終的に「王宮魔術師の弟子」を印象付けるため、黒のドレスになった。胸元にシルバーのコサージュをつけ、前髪の片側をアップにし、赤いリボンで編み込まれた。
メイクもされ全てが完成するとメイドたちが ほう と溜息をつく。
「素敵です!」
「なんてかわいらしい…」
「これなら王子もメロメ 、あ、いえ、お喜びになりますよ!」
ああ、リリー様の発言聞いてた人たちですか?
アリアは曖昧に笑みを浮かべ、鏡の中の自分を見た。なるほど、確かに黙っていれば立派な令嬢のできあがりだ。またセイディアにからかわれるかもしれない。
そろそろ広間に移動しましょう、と言われたのでメリッサの後に続く。
広間の前は、すでに招待客が来ているらしくざわついていた。
メリッサに連れられたアリアが通ると、じろじろと視線が集まる。あまり気持ちのいいものではないが、見慣れない顔だと注目を浴びているのだろう。
「御機嫌よう、レディ。お名前をうかがっても?」
ふいに前に立ちふさがれ声をかけられる。まだ夜会は始まっていないというのに、どんな肉食だ。
どこかの貴族の坊ちゃんらしい態度。メリッサが「申し訳ありませんがこちらの方は…」と口を開くが「メイドは黙っていろ」と怒鳴りつける。
アリアは、す と目を細め笑顔を向ける。
「わたくしのメイドに何か問題でも?」
「ん…い、いや」
「呼ばれておりますの。道を開けて頂けますか?」
さらにニコリと笑うと、男は赤くなり身を引いた。「行きますよ」とメリッサに声をかけると「はいっ」となぜかきらきらした目で見られる。その様子を見ていた男の招待客は声をかけることを断念した。アリアの毅然とした態度のせいでもあるが、王族の控室に続く階段からウィーリアンが現れ、「アリア」と話しかけたからだ。
「ウィーリアン王子」
「アリア…その、すごくきれいだ」
そういうウィーリアンに、アリアは「馬子にも衣装ですけどね」と苦笑いしてみせる。
ウィーリアンはまだ何か言いたげだったが、「ルーフェン殿が待っている」と手を差し出す。
アリアは慣れているようにウィーリアンの手に自分の手を重ね、王族の控室に続く階段を上がった。ひそひそと周りの声が聞こえてきたが、アリアは笑みを崩さず歩き続ける。だが少し距離ができたところで「…耳障りな」とぼそりと呟きウィーリアンを真っ青にさせた。
控室には王と妃、そして見たことのない長身の青年がいた。
「まあ、アリアさん! すごく愛らしいわ! どこのお姫様かと思ったわよ」
「お褒めに預かり光栄です、リリー様」
抱き付きんばかりのリリーに、アリアは動揺せずに礼を言う。
「アリアよ、これが第一王子のセガールだ」
「ルーフェン殿のお弟子ですね。よろしく」
「アリアと申します。お会いできて光栄です、セガール殿下」
ウィーリアンより少しきつい目つきだったが、優しそうな雰囲気似ていた。
長めの髪を、後ろでひとつにまとめているが、野暮ったさは感じられない。
セガールと握手をすると、彼は悪戯っ子のような笑顔で「弟に気に入られているようだね」と言い、「兄上…」と咎められている。なんだこの仲良し兄弟。次期王権の派閥とか、一切無縁そうだな。
「トゥーラスでは大変親切にして頂きました」
「君は冒険者もしているそうだね。剣もふるうとか。か弱そうにみえるのに」
「兄上、あまり見くびっては失礼ですよ。アリアはクォーを一人で倒してしまうほど、力のある者です」
「クォーを!? それはすごいな」
「それは聞いてないが?」
セイディアの声で振り返ると、ひきつった笑みを浮かべている。
「…言ってませんでした? うっかりです」
「都合の悪いことをうっかりで済ませるな」
「偶然森で出会って襲われたので、こう、ズバッ と …えへへ!」
かわいこぶると溜息をつかれた。
ちっ、通用しないか。カイルさんなら一発なのに。
と、アリアは心の中で舌打ちする。
「ミラーとカーネリウスはどちらに?」
「二人は反対側の控室だ。そなたはセイディアの弟子として紹介する」
「…弟子っぽい恰好のほうがよかったですかね?」
ちらりとセイディアを見上げると「似合っているならいいだろう」とさらりと返される。
そういうものか。と、褒められたことはスルーして頷くアリアに「セイディアに褒められても微動だにしないのね…」とリリーが呟いた。世の女性ならば照れて真っ赤になり失神するかもしれないが、自分はイケメンに対してそうも心熱くなれない。うれしいにはうれしいのだが。
「王、そろそろお時間にございます」
「うむ。では参るか」
王たちが先に行き、アリアは後で呼ばれるらしい。
「めんどくさいですね、こういうの」
「同感だ。 だがいい機会だろう」
今後、付き合っていく貴族たちを見定めることができる。
それはそれは悪役のような薄い笑みを浮かべるセイディアに「ぬかりなく」とアリアは返した。
モールドでも、トゥーラスの人さらい事件は噂になっていたらしい。
今回の勤労者として、ミラーとカーネリウスが紹介される。ミラーは濃いブルーのドレスをまとい、緊張しているのか笑顔はぎこちないが堂々としている。カーネリウスも正装を着て、王からの言葉に感激している様子だ。カーネリウスも割と凛々しい顔立ちをしているので、ミラーと並べば美男美女の恋人同士のようだ。ミラーがそれを受け入れるかは別として。
二人には後ほど報酬と称号が与えれるらしい。
「師匠、称号って?」
「いわゆる通り名だな。例えば俺が一番初めにもらった称号は『業火の魔術師』だった。敵のアジトを丸焼けにしてことでついていたな。功績を上げれば増えるもんだ」
「…なるほど」
ミラーとカーネリウスが一旦さがり、再び王が口を開く。
「さて、皆もここ数年噂は耳にしていることと思うが、我が国に仕えてくれている魔術師、セイディア・ルーフェンが喜ばしいことに弟子をとった」
ざわり、と会場内がざわつく。だが王の前なので、すぐに静かになる。
「今宵はその弟子を皆にお披露目しよう」
セイディアは「出番だ」と片眉を上げる。アリアはひとつ息を吐いて、背筋を伸ばした。それから師の手に重ね王のもとに向かう。アリアが出てきた瞬間に、先程止んだざわつきが再び起こる。
ふわりとドレスの裾をひるがえし、優雅に王の隣に並んだアリアは上品な笑みを畏怖や疑問の目で見る者たちに向けた。見かけは可愛らしいアリアなので、その姿に年頃の貴族たちは頬を赤らめたり見惚れたり各々だ。
王に促され、アリアは裾をつまみお辞儀をする。
「ご紹介に預かりました、セイディア・ルーフェン様の弟子・アリアにございます。皆様にお目にかかれる機会を頂き、大変光栄に思います。まだ未熟ではございますが、師の名に恥じぬよう今後も精進して参ります」
「アリアは先ほどのトゥーラスでの件で、先の二人同様に犯人を見つけるため活躍してくれた。その功績を讃え、報酬と称号を与える」
会場の拍手が止んでから、王は夜会の開催を宣言した。
音楽が流れ出し、王が退場すると各々動き出す。
アリアはセイディアに連れられ奥のテーブルに移動する。飲み物を渡されたので一口飲んだ。当たり前だがお酒ではない。カシスソーダだ。
一息ついたのも束の間、挨拶を求める者たちに囲まれる。セイディアは余所行きの無表情を徹底し、並ぶアリアは笑顔で対応するという態度の反する師弟に戸惑っていたが、次第にアリアに媚を売ることにしたのか自分の息子たちを紹介しようと群がり始めた。
「申し訳ないが、弟子はもう誘いを受けている」
ダンスの申し込みに対して、セイディアがやっと口を開いた。
メリッサにも聞かされていたが、ウィーリアンとのファーストダンスを踊るまでは誰とも踊ってはいけないと言われていたのだ。何やら画策を感じるが、欲望渦巻く貴族を相手にするよりは何倍もましだろう。
ダンスの始まりはまず王と妃が踊り、次に王子たちが踊る。そしてようやく貴族たちもフロアに立つという流れだ。セガールは金髪の清楚な女性をパートナーにするらしい。ウィーリアンが緊張した面持ちでこちらに来たので、くすりと笑う。
ウィーリアンが来ると、さすがに道を開けた。
「 ダンスに誘っても?」
「ええ、喜んで」
ウィーリアンの手を取りながら、セイディアに「行って参ります」と笑顔で言い放つ。
ぴくり、と彼の頬が引きつったので「みなさんいろいろと企んでいるようで」という副音声はちゃんと伝わったようだ。
ウィーリアンにエスコートされながらフロアに立つ。
「…ところで、踊れるのかい?」
「人並みには」
恐る恐る体を支えるウィーリアンの手をしっかり腰に回させ、アリアもウィーリアンの腕でバランスをとる。
「なので私が転ばないようにしっかりお願いしますね、王子」
「あ、ああ、わかった」
両手は塞がってしまったので赤い顔は隠せないと悟ったようだ。ウィーリアンは苦笑しつつ、音楽に合わせアリアをリードし始めた。アリアもそれにならいダンスを始める。ゆったりとした音楽だったので問題はない。
ダンスこそ、幼少期に習ったがその後は全くしていなかった。だがカイルに教師を付けられそれはもう厳しく血反吐を吐きそうなほど特訓していたので、ある程度は不恰好にならず踊れる。
やがてミラーとカーネリウスや他の貴族もフロアで踊り始めた。カーネリウスはぎこちないが、ミラーがちゃんと踊れるのでリードしてもらっていた。すれ違いざまにミラーを見ると、眉をしかめてアリアに笑いかけた。
やがて音楽が終わり、ウィーリアンはわざわざセイディアの元までアリアを連れていく。フロアで別れれば他の男たちが寄ってくるからだ。ウィーリアンは少し悩んだがアリアの手の甲に軽く唇を落とし、赤い顔のまま去っていく。
「…この国の王子はシャイなんですか?」
「お前は少し恥じらってやれ」
呆れたように言うセイディアにアリアは肩をすくめる。
すると一人の老婦人と若者が挨拶に来た。
「ルーフェン殿、ご無沙汰してますな」
「これはラッドル伯爵。夫人も、お元気そうで」
ラッドル伯爵は銀縁の眼鏡を押し上げ「まだまだ若いからな」と笑う。
セイディアが破顔しているということは、信用できる人物らしい。
「アリア、こちらは北の町ノーリアーナの領主、カルフィン・ラッドル伯爵とターニア夫人だ」
「初めまして、アリアと申します」
「会えて光栄じゃ。ルーフェン殿とは彼がまだ冒険者をしている時に知り合って以来の仲でなぁ。 ああ、これは息子のディノンだ。今年で十六になった」
ディノンは短めの黒髪に利発そうな顔をしていた。
この世界の若者はみんな美男美女しかいないのだろうか…とアリアは世界の偏りを感じながら頭を下げるディノンに同じように返す。
「養子か?」
「ああ、友人の孫じゃよ。跡取りに困っておったのでな、ディノンは妻にも懐いてくれていたし、頭の回転も速い。ラッドル領を任せるならこの子以外には認めんよ」
「買いかぶりすぎです、義父さん」
「厳しいあんたが言うのならそうなんだろう。なんせ、堕落しきった実の兄を蹴り落として領主になった人間だ」
「その手助けをしたのはお前だろう、ルーフェン殿。おかげでターニアとも別れずに済んだ」
「…師匠、人には口うるさいくせに自分だって色々やってるんじゃないですか」
思わず口を尖らせると「今のお前よりいくつ上だったと思っている」と返される。
「少なくとも俺は面倒事には近づかん。お前は立っているだけで寄せ付けているだろう。そして首をつっこむ」
「何言ってるんですか。寄ってきたら一門打尽にするしか選択肢ないでしょう」
「はっはっはっ! さすがはお前さんの弟子だなあ!」
ラッドル伯爵が愉快そうに笑う。
アリアは猫かぶりがはずれてしまっていたのに気付きみんなの視線を伺ったが、夫人もくすくすと笑っていたので悪印象は与えていないらしい。
「アリアさん、息子と踊ってやっていただけないかしら? この子ったらこういう場に出ないものだから、こんなにかわいい女の子がいるのに自分から誘えないでいるのよ」
「義母さん…」
母はどのご家庭でも強いらしい。
ディノンは困ったように笑い、アリアに視線を向けると「お相手願えますか?」と聞いた。アリアは頷きディノンの手を取る。それから歩き出す前に、伯爵に「後で兄を蹴落としたお話詳しくお聞きしてもいいですか」と呟く。
「ほう? 若い娘さんには楽しくない話だと思うが」
「私にも身内で蹴落としたい人間がいるので、参考までに」
その言葉で伯爵はさらに笑った。
「義父に気に入られたらしい」
「面白い方ですね」
「でしょう? それに領地もちゃんと治めて…彼の養子になれて誇らしく思っています」
そう話すディノンの顔は本当に嬉しそうだった。
だがハッとしたのか、誤魔化すように「蹴落としたい人とは?」と話題を変える。
「悪事を働いて私腹を肥している人がいるのです。領地が腐る前にどうにかしたいのですが」
「…ルーフェン殿が気に入るわけですね。度胸がある」
「それが原因でよく叱られますけどね」
肩をすくめて笑うとディノンも笑った。
大変微笑ましい光景だが、ディノンは周りから集まる視線に気づいていた。主に男の嫉妬だ。それに続いて、令嬢に囲まれているウィーリアンもこちらを気にしているので、内心汗をかいている。
アリアは気づいていないのか無視しているのか、まったく変化がない。
だがふいに、何かに気づいたのかダンスを中断して一点を見つめる。ディノンもそれにつられたが、彼の目には何も不思議なものは映っていない。
「アリア殿?」
「失礼、ディノン様。ご両親の元へ」
伯爵の方を見ると、セイディアと目が合った。
王がその様子に気付き、会話をしていた者たちを手で制する。
瞬間、アリアは自分に向かってくる見えない風圧を感じ左手をかざした。万が一のためにブレスレットをつけていて正解だったようだ。
「"防衛!"」
その見えない何かは、アリアの防衛魔法に当たりバチン!と消える。
周りにいた者たちが悲鳴を上げてアリアから距離をとる。
次々と攻撃が飛んでくるので、セイディアがアリアの後ろに防壁魔法をかけ被害が出ないようにした。一方で魔法を打ち消しながら、アリアは魔法以外の攻撃が来るのに気づく。「アリア!」とカーネリウスが腰に下げていた剣を投げてきた。剣士である彼は、魔法こそ見えなかったが、"実体"のある攻撃は感知したようだ。
「ナイス、カーネリウス」
右手で剣を手にすると、そのまま目前に迫った攻撃を受け止める。
ギィン! と剣同士が激しい音を立てる。攻撃してきた相手は ひゅう と口笛を吹いて再び打ち込んできた。
アリアは攻撃を受けながらも、自身の攻撃も混ぜていく。
「こんな場で戦いを始めるなんて、ただの目立ちたがり屋なの?」
「こんな場じゃないと、実力がわからないだろ」
灰色のローブのせいで顔は見えないが、楽しがっているのが伝わってくる。
ヒュ 、とアリアの髪をかすり、ぱらりと毛先が少し切られたが微々たるものだ。
アリアは回転しながら男に一撃を打ち込む。勢いに押されたのか、男が後ろによろめいたのをアリアは見逃さなかった。
「"一切の動きを封じる 拘束せよ!"」
男の足元の影が揺らめく。アリアはその影に剣を思い切り刺した。
「…さすがはセイディア・ルーフェンの弟子だな。魔法も剣もいけるか」
「そういう教育なもので」
影の形のまま動けずにいる男に、アリアは乱れた髪を片手で直しながら返事を返す。
兵が男を捕らえようとするが、「すまない、どいてくれ!」と人だかりから今にも泣きそうな中年男性が現れ、男の横でアリアに土下座をする。
「申し訳ない…! こやつは私の息子です…!!」
「…名は」
「っ…ハンス・ケイリズにございます…!息子はフィネガン…子爵家です…!」
兵がマントをとり、男の顔を見せた。
明るめの茶髪で、赤目をアリアに向けていた。
アリアは、はあ と溜息をつく。
「なぜ攻撃を?」
「あんたが本当に強いのか試したかった」
「へえ? それで。ご感想は」
「本物だな。納得いった」
「フィネガン…減らず口をたたき折って…!!」
ケイリズ子爵は息子の頭を思い切り叩く。
痛がってもまだ余裕でいる息子・フィネガンを、アリアは殺気を込めて見つめる。ひやり 、とその冷たさを感じたのか若干表情が硬くなった。
「…私に対する攻撃は許しましょう。しかし考えが足りない。剣の腕はいいだろうけれど、付け刃の魔法攻撃をして、私がもしひとつでも見逃していたら? あなたの知的好奇心の満足というただのわがままで周りや、王族の方々が怪我をしていたら?」
「…まあ、それは城だし、あんたの師匠もいるわけだし」
「なるほど。自分が正しい、自分が一番だと。なら私がここであなたの父上を斬りさばいても、文句はないということですね」
剣に手を伸ばすと「親父は関係ない」と低く唸る。
「それはおかしい。この夜会にはケイリズ家として招待を受けているはず。その息子が犯した罪を、父である当主が頭を地に付け許しを請いた。なのであなたは許しましょう。よかったですね? 助かって」
「……っそんな、卑怯な…」
「 甘えるな。理屈を説くのなら自分の立場をもっと考えて行動しろ」
ぞくりとするような冷たい声に、フィネガンは口をぎゅっと一文字にした。
剣を影から抜くと、フィネガンは父をちらりと見て、それから自分の頭を床につけて「申し訳なかった…!」と謝罪した。
「罪はちゃんと俺が償う! だから親父は見逃してくれ!」
「お前はもう黙っておれ! 私が罰を受けるのが正しい裁きだ…!」
「 まあ、こんな感じに感動的に終わったので不問にしたいんですけど、王様どうでしょう?」
くるり、と先ほどの殺気はどこにいったのか、アリアはごく普通に振り返り王に聞く。
フィネガンも子爵も、その周りの貴族たちもぽかんとアリアを見る。
王は「んー…まあいいだろう」と椅子に座った。
「ケイリズ子爵よ、今回のことはそのアリアに免じて不問と致す。息子にはちゃんと言い聞かせるように」
「は…っ 、はい…! 申し訳ありません…!!」
子爵は王に頭を下げ、アリアにもフィネガンの頭をひっつかみまた土下座しそうな勢いで下げた。
フィネガンは何か言おうとしたが、その前に子爵に首根っこを掴まれて広間を出ていく。
アリアは剣を鞘に納め、「カーネリウス!」と投げて返した。
「助かりました」
「おまえ…むちゃくちゃだな…」
「ああもう、乱れちゃってるじゃないの」
ミラーがアリアの髪型を整えた。「ありがとう」と礼を言いながら王に再度向き合い「無理言って申し訳ありません」と謝罪する。
「よい。そなたがセイディアの弟子というだけで覚悟はしている」
「ご理解感謝致します」
「待て、いま俺に対して失礼な意味合いを込めなかったか?」
セイディアが不機嫌そうに言う。
アリアと王はとぼけて見せた。
「――後に回そうと思っていたが… アリアよ」
王がカイルから金の縁取りの短剣を受け取ると、アリアに差し出した。
アリアは王の前で片膝をつき、両手でそれを手にする。
「"深淵の戦士" そなたの戦いは見る者を魅了する、見事な剣と魔法だった。この称号を与える」
アリアは不敵な笑みを浮かべ、「ありがたく頂戴します」と答えた。




