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アリア、という娘




部屋の扉を開けると、すでに王が上座に座っていた。

慌てて「遅くなりまして」とスカートのすそをつまんで謝罪すると「良い、私は一番のりで座っていた」と片手を上げる。

マジか、と座っているセイディアを見ると、その通りだというように頷く。

どうやらそういうのは日常茶飯事らしい。本来なら最後に登場するものを…。

席には他に王の隣に座っている女性―恐らくは妃だろう―とウィーリアン、カーネリウスにミラーも来ていた。ミラーも今しがた来たらしく、椅子に座らせてもらっているところだった。カイルは仕事の続きをしているらしく、食事には参加しないらしい。

アリアは妃にも頭を下げ、席へと案内される。セイディアの横が必然的に空いているので、そこなのだろう。

座るときにセイディアが手を差し出したので、アリアは笑みを向けそれに重ね席についた。

ウィーリアンとカーネリウスの視線がなぜか突き刺さるが、アリアは無視して背筋を伸ばし座っている。


「では、揃ったな。ああ、この女性は我が妻・リリーだ」

「みなさん、ごゆっくりしていってくださいませ」


リリーはにこりと微笑みかける。

それから王が食前の祈りを捧げ、各々がそれを口ずさみ食事が開始された。

セイディアがアリアを見て一言つぶやく。


「意外に似合うな」

「意外にとは失礼です、師匠」

「そういえばお前には剣や本しか買ってやらなかったな。今年の誕生日はドレスにするか」

「クローゼットの中で虫に食われちゃいますよ」

「なんだセイディア、お前は女の子にドレスのひとつも買い与えてなかったのか?」


王が呆れた顔をする。


「修行にドレスは必要ないでしょう」

「私もドレスより本のほうがいいです」


師弟そろって答えると、ますます頭を抱える。

何かおかしかっただろうか?

自分の「女の子らしさ」に対する意識は少ない。体型は気にするが、おしゃれのためにお金を使うのであれば、書店に行って本を大量購入した方が満足する。

セイディアもそれを理解していたのでそうしていただけの話だ。実際に服やアクセサリーを買ってくれたのはカイルである。しかしあまり高級なものを買うとアリアに怒られるので、一般市民でも手に入るものになっていたが。


「かわいいのにもったいないわ。ウィーリアンなんて、あなたが入った瞬間に顔を赤くして…」

「母上!」


ウィーリアンが真っ赤な顔で言葉を遮る。

きょとんとするとウィーリアンは赤い顔のまま俯いてしまった。

褒められて悪い気はしないが、両親の前で辱められる男の子の気持ちを考えると、なんと反応したらいいか困る。曖昧に笑い「光栄です」と無難に答えておく。

スープに口をつけたが「ウィーリアンのお嫁さんになってくれたらうれしいわ~」と続けられたので、思わずむせてしまう。

セイディアに軽く背中を叩かれながら「失礼」とナプキンで口元を抑える。


「え、えーと…」

「おいおい、いきなり失礼であろう」

「だって息子しかいないんですもの。アリアさんみたいにかわいらしい娘がほしいのよ。ねえ、ウィーリアン。あなたもアリアさんが奥さんだったらいいでしょう?」

「え、あ、あの、母上…」


湯気が出そうなほどに赤くなるウィーリアンに心の中で「さっさと否定しろ!」と毒気ついたのは秘密だ。

アリアは何とか平常心を取り戻し、「わたくしには勿体ないお言葉です」と恥じらったような笑顔で答える。


「あら…ウィーリアンでは心元ないかしら? 確かに今は王子としてまだ未熟ではあるけれど、将来はきっといい旦那になるはずよ?」

「王子に不満などございません。今後の国を担っていく御一人ですから、立派な方だと思いますわ」

「だったら~…」

「ですが、わたくしは魔術師として歩き出したばかりです。師匠のおかげで人並みには生活していますが、まだまだ学ばなければならないことがたくさんあります。それに、国に仕えることはあっても、わたくしのように身分のない娘が王族に嫁ぐなど、世の姫君やご令嬢が発狂してしまいますよ」


にっこりと。

それ以上の進言を許さないかのように、無邪気な笑みで返した。

その威圧感に気づきはしなかったのだろう、「早とちりしてしまったわ。まだお互いを知ってないものね」とリリーは天然ぶりを発揮している。

王を含め、他の者たちはアリアの意図をつかんで若干顔色が悪いが。


「…脅すな、王族を」

「師匠の影響です」


ぼそぼそと小声で会話する。そういいながらもセイディアは笑い出しそうだったが。

それから王がむりやり話題を変え、夕食は和やかに終えた。

後にセイディアは王に「やはりお前の弟子だな」と言われたそうだ。






城の地下。

薄暗い階段をセイディアの持つ灯りで降りていく。

最後の段を踏み終え、そのまま奥に進むと無機質な鉄格子の奥にアリアの魔法がかけられたままのダリがいた。

ダリはこちらに気づくと、じろりと睨んだがまた視線を落とす。


「態度は変わらないか」

「……」

「アリア、魔法を解け」

「はい」


セイディアに命じられ、アリアは拘束魔法を解除する。

ダリの体に巻き付いていた水が消えた。

だがダリはそのまま暴れずに、セイディアを見る。


「…馬鹿め。俺を自由にしてどうする」

「フェアではないからな。身動きできない相手を一方的にやりこむのも」

「師匠にそんな温情があったんですね。初めて知りました」


素直に口に出すと頭を小突かれる。

後ろにいたカイルが「こら」と一応咎めておく。

セイディアは腕を組んだまま、ダリに「まあ、弟子の魔法に拘束される程度なら問題ない」と続けた。


「お前が一緒にいた子供…コーリンとやらは、元々仲間だったのか?」

「ふん、誰があんなガキと」

「そうだろうな。仲間ならば、お前を易々と捕まらせはしないだろう」

「……あのガキ…」


ダリは唸るように話す。


「あいつが俺の前に現れたのは先月のことだ。ぽつんと一人、人間のガキが森に迷いこんできただけだと思っていた」


鬼は森の中でも岩場を住処にする。

ダリの仲間たちはさっそくコーリンを喰らおうと襲い掛かった。


「一瞬だ。一瞬でガキは、他の奴らをただの肉片に変えやがったんだ」


何をしたのかも、何かしたのかすらもわからない。今まで衣食住を共にしていた者たちは、放り出された人形のように動かなくなっていた。

コーリンは笑みを浮かべたまま、唯一生き残ったダリに声をかけたのだ。「僕に従え」と。


「あいつの目的なんぞ知らん。人間に混ざって何をしたいのかもな。俺は強い奴と戦えればそれで良かったから従っただけだ。もっとも、あいつにだけは挑もうと思わんかったが」

「…下手に動けば、こちらが危ないということか」

「だがそれももう手遅れかもしれんな。 お前の弟子とやらに興味を示した」


ダリの目がアリアに向けられる。

確かに言われた。「またね」と。

アリアは、ふ と笑う。


「上等。躾のなっていない子供には教育的指導が必要だからね」


ダリがわずかに目を見開く。だがおかしそうに笑い声を漏らした。


「威勢のいい小娘だ」

「とりえですから」

「威勢が良すぎて余計なものまで引っさげかねんがな」


セイディアは溜息をつく。

それからカイルに目配せをすると、カイルはダリの入った牢の錠を開けた。


「…何の真似だ」

「釈放だ。王の承諾は得ている。今回の件で死者は出ていないし、君は主犯ではなかった」

「…出すつもりだったと言ったら?」

「人間だって同じようなものだ」


ダリは牢の出口をくぐりながら、三人の真意をはかろうとじっと見ていた。

だが本気だとわかり、呆れた視線を向ける。


「王を筆頭に、ここには変わった人間どもが集まっているのか」

「さっさと行け」

「……アリア、と言ったな」


アリアは自分の何倍も背の高いダリを見上げる。


「二度もガキに負けるなど、俺のプライドが許さん」

「はあ…」

「それにあいつは、お前の近くにいればいずれか会うことになるだろう」


ダリは大きな体を折り、どしん とアリアの前に片膝をついた。


「ガキを倒すまで、お前に付かせてもらう」

「…倒したら?」

「次はお前だ」


ニヤリ、と凶悪な笑みを向けるダリに、アリアは苦笑する。だが膝の上にあるダリの手に自分の手を重ねた。


「ならば時が来るまで」

「ああ、忠誠を誓おう」


セイディアとカイルが溜息をついている。


「…王子といい、怪しいガキといい、次は鬼か」

「ほんと…困った子だね、彼女は」


保護者の悩みは尽きないのである。



ダリのことはカイルが王に報告し、アリアと行動を共にすることとなった。

まずは風呂場を借りて、身ぎれいになってもらうところから始める。野性的なにおいがきつい。


「私と一緒に行くのなら、ある程度清潔にしてもらうよ」

「む…人間はめんどくさい生き物だな」

「そういえばダリ……主食ってなに」

「……」


人間しか食べない、とか言われたらそれは困るのだが。

ダリは「人も確かに喰らうが」と答える。


「魔獣や動物の肉が多い。人間の肉は食べごたえがないから俺はあまり好まん」

「それは安心した」


まずは第一段階をクリアした。

それならば、ある程度自分と同じ食事でも問題はないだろう。

(オーク)のイメージは、とりあえず小汚い、食い散らかす、というようなマイナスなものしかなかったが、ダリは予想していたよりもマシなようだ。聞けば、一度だけ隣国の兵に捕まり、奴隷のように戦争に投げ込まれたことがあるらしい。そこで人間の生活を見ていたので、倣おうとすればできるそうだ。


「ただ、お前のように風呂に入れなどとは言われんかったがな」

「人間と一緒に生活しようとしているんだから、人間と同じ扱いをするのは当然」


アリアは風呂場の壁によりかかりながら、ダリが泡立っているスポンジでゴシゴシ体を洗っているのを珍しそうに見ていた。鬼が風呂に入っているとか、他の者が見たら腰を抜かすだろう。話し方や見かけでは男だと思っていたが鬼に性別はないらしく、こちらも特に気にせず「ちゃんと浴槽につかるように」と指導する。

ちゃんと洗い終わったの確認して、アリアはタオルケットで体を拭かせると、即席で用意してもらった服に着替えるよう告げた。

さっきまで着ていた服は汚れていたり破けたりで、洗った所で服として機能しそうもない。

黒地の服に着替え、ダリは「面倒だな…」と再度呟いた。

ダリは城の屋根で寝ると出ていったので、アリアも風呂を済ませ自分の部屋に戻る。

眠るところくらいは自由にしてやったが、いちおうは感知魔法を発動させておく。

先ほどまで敵だった相手なので、油断してしまうのはよくない。

寝巻に着替え、ベッドに横になり天井を見つめる。


「…もっと強くならないとなぁ」


自分では、かなりいいところまで来ていたと思っていたが、それでもコーリンに出会い、まだまだだと感じる。

いつかきっと、再会するだろう。

その時までにどれだけ強くなれるか。

戻ったら金ランクの依頼もばんばん受けるか…。

そう考えながら、目を閉じて眠りについた。







「お前の弟子は、色々なものに好かれるようだな」

「否定はできませんな」


王の言葉に、セイディアは肩をすくめる。

追加の報告を終わらせたところだ。広間ではなく、王個人の部屋に来ていた。カイルも傍らにいる。


「仕事をしろと家から追い出された、と不機嫌そうに城に来た日のことは今も覚えている。私は、なにほど凶暴な弟子かと思っていたが…まあ、内に秘めるものは差し置いて常識的な娘だな」

「彼女のおかげでセイディアはちゃんと城に来るようになりましたからね」

「…俺はもともと真面目だ」


ぶすっと不満そうに呟く。

その様子を笑いながら、王は続けた。


「それに立ち振る舞いも、言葉遣いも心得ている。訓練すれば、将来はさぞかし素晴らしいレディになるだろう」

「……アリアは魔術師です」

「例えの話だ。リリーのことを真に受けているわけではない」


思わず低い声になったセイディアを宥める。


「しかしセイディアよ、魔術師とて女。お前のように独り身でふらふらしていられるわけではない」

「私はアリアが誰かと一緒になりたいと思う時が来るのなら、止めはしません。だが王からの言葉を与えるのならそれはただの重荷にしかならないでしょう。貴族のような生き方を、あの子は望んでいない」

「そう怒るな。分かった。もう言わん。 カイル、お前もその怖い笑顔を引っ込めなさい」


過保護な保護者だな…と溜息を付きながら、「しかし牽制は必要だろう」と続けた。


「王宮魔術師の弟子というだけですでに縁談の話は降りてきている。私が止めているだけのことだ。これからもっと名が広がれば、国だけに留まらず、他国からも名乗る者は出てくる」

「…つまり、すでに相手は決まっており、それはこの国の王族である という認識を与えるわけか?」


素で聞いたセイディアに王は「ああ」と答える。


「私とて二児の父だ。お前が唯一育てた弟子を愚か者に嫁がせる気はないぞ」

「…王よ、アリアは賢い子だ」


椅子から立ち、セイディアは半分だけ振り返り話す。


「我々が示唆しなくとも、あいつはその意図に気が付くだろう。だが、それで自分の考えを変える子ではない。私に似て頑固でしてね、自分の中で一番正しい道を選んでから行動する。――もしもアリアの選んだ道が、国の望んでいないものだったとしても、私は弟子を見捨てない」


そのまま部屋を出ていく。

王は「ふむ…」と頬杖をついた。


「私は怒らせたかね?」

「…機嫌は悪くなったかと」

「そうか。しかしセイディアにあそこまで言わせるとは、アリアもなかなかな娘だ」


言外に、弟子を傷つけるのなら国にさえも手加減はしない、と言っているのだから。


「王、過保護な者の言葉と甘んじてお聞きください」

「ん」

「セイディアがあそこまでむきになるのは、アリアの性格を知っているからです」


カイルは真剣な目で王を見る。


「正しい道、というのは図らずも彼女自身にとっていいものではない可能性もあるからです」

「…」

「周りを見て判断するでしょう、あの子は。どの選択をすれば、多くの人が幸せになるか。 自分のことは差し置いてでも」

「……それは…」

「そういう子です、アリアという娘は」


す、と頭を下げ、カイルも部屋を出ていく。

王は一人、息を吐いた。


(これは下手なことをすれば、信用している配下を二人失うことになるかもしれんな…)


大人しくしとくか、と人知れず思う一国の王であった。







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