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王とご対面

光が消え、アリアたちは目を開けた。

大理石の床が広がり、先ほどミラーの展開した魔方陣が黒く残っている。


「…大人数だな」


たった一週間弱しか離れていなかったが、その気だるそうな声が懐かしく感じる。

顔を上げると、黒髪を一つに結わえ黒いローブを羽織った男がいた。


「師匠!」

「ずいぶん早い帰還だ」

「一時帰郷です。また戻りますもん」


ガリディオに抱き付いたよりももっと全力で飛びつくと、セイディアは抱きかかえながら「くっく」とおかしそうに笑う。


「ガリディオ、すまんな。こいつがお転婆をしなかったか?」

「いえ。(オーク)相手に剣で挑んだくらいですよ」

「ほう…」

「ガ、ガリディオさん…!」


怖い笑顔を浮かべるセイディアに青くなりながらガリディオを咎めると、彼は肩をすくめて笑うだけだ。


「心配するな。説教は俺の仕事じゃない。あとでカイルにしぼられろ」

「ちょっ…! それもっと苦痛なんですけど…!!」

「それにしても、なぜ王子と一緒なのかそちらを聞きたいな」


セイディアはアリアを下ろし、きょとんとしたままのウィーリアンに一礼をする。


「お元気そうで、ウィーリアン様」

「ルーフェン殿…彼女は本当にあなたの弟子なんですね」

「不肖ながら」

「黙ってたわけじゃありませんよ。師匠からの手紙をもらう前から知り合いだったんです」


言い訳のように口をとがらせるアリアに「警告しても先回りか…恐ろしい弟子だな」とつぶやいた。

ガリディオ以外、セイディアに対するアリアの態度が年相応に見えたので驚いている。それはアリアが彼らに一線を引いているせいでもあったのだが、ただ単に心を許している師匠が相手なので自然とそうなるのだ。

セイディアは鬼に視線を向け、説明を求めた。

ガリディオが人さらいの現場であったことを報告する。


「ダリ…と言ったな。何が目的で人間の仲間を作った?」

「…答える義理はない」

「まあそうだろう。簡単に吐くとは思ってない。お前のことは後回しだ」


兵に命じ、地下牢に連れていくよう言う。

それからすぐに周りが騒がしくなった。

どうやらセイディアは独断で動いていたらしく、城内で突然大きな魔法の気配がしたので、魔術師たちが集まってきたようだ。


「ルーフェン殿、これはいったい!?」

「ちょうどいい。トゥーラスからウィーリアン王子がご帰省だ。王にお伝えしろ」

「王子!? わ、わかりました!」


ぎよっとしたようにウィーリアンを見て、老人が慌ただしく廊下を走っていく。


「ウィーリアン様、一度部屋に戻りますよ」


シルヴィンが様づけでウィーリアンを呼ぶ。さすがに城の中では呼び捨てにしないようだ。ウィーリアンは頷き、アリアに「またあとで」と声をかけると他の使用人たちと共に奥の階段を上がっていく。

アリアはカーネリウスとミラーのことを紹介する。セイディアは一緒に来るように告げた。


「すっげぇ~…本物の国内一の魔術師様だ…」

「カーネリウス、失礼よ」


ミラーが目を吊り上げて注意する。


「ルーフェン様、お初目にかかります。ローザ・ルルナの弟子、ミラーと申します」

「ルルの。あいつは元気か?」

「はい。健康体です」

「だろうな。酒以外で体調を悪くしているところなど見たことがない」


おっと、どうやらミラーの師匠も曲者らしい。

セイディアの整った顔とハスキーボイスにミラーも顔を赤らめながら必死に会話している。中身を知れば引くだろうに…と思っていると「失礼なことを考えていないか」と睨まれたので笑顔で頭を横に振っておいた。

そうしていると、先ほどの老人が息を切らして戻ってきた。


「ルーフェン殿、王がお会いするそうです。広間に移動してください」

「では行くか」


セイディアが歩き出したので、アリアたちも続く。

城になんて来たことがなかったが、廊下もかなり広く歩き慣れない。

広間までもかなり距離があった。ようやく着いて、ガリディオが扉の前にいる兵たちに声をかけると扉を両脇で開けた。

王は、ずっと奥の椅子に座っていた。着替えてきたのであろう、ウィーリアンとシルヴィンもその近くにいる。

そして王の背後の斜め左には、カイルもいた。カイルはアリアを見ると控えめに笑みを向ける。

王がいなければ抱きしめるところだが、さすがにそれは今できない。


「セイディア、お前は少し私に相談するとかはないのか」

「聞くよりも見た方が早いでしょう」

「まったく…」


王はまだ若い印象だった。よく見れば、ウィーリアンにもその面影はある。

優しそうな印象を持っていた。

セイディアの言い分に、やれやれというように頭を振る。

セイディア以外、王に頭を下げる形をとっていたが「頭を上げなさい」と言われたのでそれに従う。


「さて、トゥーラスでの件は私の耳にも入っていた。詳しいことは後ほどガリディオに詳しく聞こう。後日改めて報酬も言い渡す。カイル」

「はっ」

「冒険者たちには数日城に滞在してもらう。部屋の手配をするように」

「承知しました」

「それで……誰がお前の弟子だ、セイディア」


セイディアがちらりとアリアを見た。

アリアは一歩前に出て、再び礼をする。


「かわいいじゃないか!」

「驚くのはそこですか。弟子のアリアです」

「驚くだろう! 偏屈なお前が弟子をとっただけでも驚愕したが、そのように愛らしい少女を弟子にとるとは…! いいかセイディア、年齢差は時と場合によっては犯罪に」

「ちっ…だから紹介したくなかったんだ」

「いま舌打ちしたか!?」

「父上…」


がたーん!と立ち上がった王に、ウィーリアンが呆れた声を出す。

描いていた王とは違い、アリアは表情をひきつらせたが気を取り直す。


「お会いできて光栄です。弟子のアリアにございます」

「うむ。そなたの師がなかなか連れてきてくれなかったのでな、私も会えて嬉しく思う」

「用は済みましたか。アリア、先に戻っていなさい」

「おい、まだ挨拶しただけだが」

「初対面の弟子に犯罪だの何だのと聞かせる奴の目にはこれ以上さらしたくありません」

「…セイディアよ、私は一応王なんだが…」


がっくし肩を落とす王にカイルは苦笑している。

アリアはセイディアを見上げる。

セイディアは眉はひそめていたが王に対する嫌悪は感じない。

ああ…つまりからかって楽しんでいるんですね…。


「それとはそうと、我が息子とは会っていたようだな」

「はい、偶然ですが」

「この国の王族は力試しということで一定の年齢になればギルドに登録させることにしているのだよ。それで町や国で何が起こっているのか、肌身で感じることが出来るからな」

「素晴らしい伝統だと思います」


ただもう少し色々と気をつかってほしかったが。

偽名とか、服装とか。

アリアの社交辞令に王は機嫌よさげに「だろう、だろう」と頷いている。


「皆、今日はゆっくりと休んでくれ。そうだ、明日開かれる夜会に招待しよう」


カーネリウスとミラーがぎよっとする。

そりゃあ、初めて城に来て突然夜会だ。突発的にもほどがある。カイルも「王…」と声をかけたが「若い者たちの勉強の場だ」と言われ黙るしかない。

それから退出するように言われ、広間から出る。

出た瞬間「あのくそ王が…」とセイディアの低い声が漏れる。


「師匠、まだ城内です。愚痴なら別の所でお願いします」

「王は何も馬鹿で思ったことを口にするわけではない…何か考えているから行動するんだ」


何か企んでるな、と苦々しい口調で言う。

すると扉が再び開き、カイルが出てきた。


「やあ、アリア」

「カイルさん!」


両手を広げたカイルにアリアは抱き付く。

どうやらもう待ちきれずに王に行って退場してきたらしい。


「元気だったかい? ちゃんと食べているのか?」

「ええ、問題ないです。カイルさん、私のお母さんですか」


くすくす笑いながら言うと、カイルも笑う。

セイディアの弟子だとは聞かされていたが、王の従者であるカイルとも親しげにしているので、さきほどから驚いているばかりのカーネリウスとミラーはさらに体をこわばらせた。


「そいつなら大丈夫だ。鬼と戦えるくらいにはな」

「し、師匠…」

「鬼だって!? さっき一緒に連れてきたとは聞いていたが…  アリア」

「……ごめんなさい」


カイルに言い訳は通用しない。

しょぼんと謝ると、溜息をついて「寿命を縮めないでくれ」と頭を撫でられる。


「セイ、君の無鉄砲さは確実にアリアにうつっているな」

「俺のせいか? アリアが怖いもんしらずなのは生まれつきだろう」


飛び火したのでセイディアが視線をそらしながら言う。

完全に否定できないのが怪しい。


「夜会のことですが…私も出なきゃだめですか?」

「王のお言葉だからね。断るのは難しい」

「月に一度の貴族たちの食事会だ。楽しくはないだろうな」

「あのっ…、俺 いえ、僕たち夜会に出る用意なんて…!」


カーネリウスが緊張しながら言うと、「それはこちらで準備するから心配ない」とカイルが安心させるような口調で言う。


「二人は本部から応援に行った冒険者だね。疲れているだろう、アリアも、みんな部屋に案内させよう」

「カイルさん、私は師匠と話があるので後にします」

「執務室にいる」


話、と言われセイディアが居場所を告げると、「じゃあ私も後で行こう」と頷き、カーネリウスたちを使用人に部屋まで案内させる。


「アリア…」

「ミラー、後で部屋に行きますね」

「わかったわ」


さすがに城の中で一人は心細いのだろう。アリアの返答にほっとした顔を見せ、カーネリウスと一緒に使用人についていった。

カイルももう一度王のところに戻り、ガリディオから話を聞くということだったので、セイディアとアリアは執務室に向かう。


「執務室って、師匠の仕事場ですか?」

「まあな。下手に周りを触れるなよ。色々と魔法がかけられている」

「…師匠の魔法は、なんでいちいち物騒なんですか」

「用心していると言え」


階段をふたつほど上がり右に曲がると、魔法陣が描かれた扉が見えてきた。隣が他の魔術師たちの実験室らしい。

セイディアが扉に手を触れると、魔法陣が光り扉が開いた。


「部屋を留守にしているときはこうしている。他の者に入られては厄介だからな」


中は確かに色々なところに魔法がかけられていた。一見きれいに整理されているが、うかつに触ってしまうと危険なほどの魔法がおびただしいほど張り巡らされている。王宮魔術師というものは神経を使うらしい。確かに情報がもれては一大事だ。

セイディアが椅子に座ったので、「これでお茶淹れても?」と傍らの小さなキッチンを指さす。頷いたのでセイディアと自分の分の紅茶を淹れる。向かいに座って一息をついた。


「師匠、さっきの話どう思いました?」

「コーリンとかいう子供のことか」

「私…彼は人間じゃないと思います」


抱いていた考えを告げると、セイディアは「難しいところだが」と口を開く。


「お前のように、幼いながらも強い力を持った者…もしくは、魔族」

「同じこと考えてました。むしろ、人間だった場合の方がとんでもないですよ」


魔族であれば、人が使う魔法とは違ってごく自然に目の前から消えたりできる。彼らの持っている魔力がそもそも、人間の持つ魔力とは種類が違うのだ。取り入れて発散させる人間の魔力とは違い、魔族の魔力は基本的に自身に纏うもの。息をするのと同じように常に魔法を使っている。残像が残らない、とでも表現すべきだろうか。

人間の使う魔法は痕跡が残るが、魔族の魔法はその魔力ひとつひとつが彼らの一部なので、その場にはとどまりにくい。


「厄介だな…魔族と戦争になるきっかけにならなければいいが。どういう意図で動いているのか、やはりダリに吐かせるしかないか」

「気まぐれで、って回答が一番楽なんですけどね」


これで種族単位の計画だったのなら…。

重い空気になったが、アリアは空気を変えようとエルナーデのことを話した。途端にセイディアの表情がさらに険しくなる。


「…師匠?」

「……フィニスに会うのか」

「フィニスっていうんですか、お兄さん」


こんこん、とノックの音がする。セイディアが片手をかざすと、扉があいてカイルが顔をのぞかせた。


「相変わらず強靭な扉だ」

「いまお茶を淹れますね」


アリアは立ち上がり、カイルの分の紅茶も用意する。カイルは腕を組んで黙っているセイディアに首を傾げた。


「セイ、どうしたんだ?」

「フィニスっていう、師匠の友人のお話をしてたんですが」

「フィニス? エルフのか?」

「さらわれた人の中に、その人の義妹さんがいたんです」


カイルはセイディアを見て苦笑しながらアリアに説明する。


「私も会ったことはあるんだが。二人は喧嘩中なんだ」

「カイル」

「アリアが困っているだろう。師匠殿」


禁句だったのだろうか、と固まっているアリアをちらりと見て、「座りなさい」と片手ひらつかせた。


「最後に会ったのはいつだった?」

「あー…五年前…いや、六年だったか? ハーリーンの戦いで…」

「あれか。君が不機嫌に帰ってきて城の城壁の一部を吹っ飛ばしたという」

「なにしてんすか、師匠」


八つ当たりにしては規模が大きい。「ちゃんと直した」とかいう問題ではない。


「あいつは…エルフの中では変わっているが、人間に比べるとまだまだ頑固なんだ。喧嘩のきっかけは、俺が城の任務で戦に出た時だったな。ちょうどその近くが、エルフたちの住んでいる森の一角だった」

「彼らにも被害は出たみたいだしね」

「けど向こうも悪いんだぞ。まさか、そんな戦いのすぐそばに住処があるとは思わんだろう。エルフがいると分かればこちらも敵も気づいて距離を置いた。秘密主義なのはいいが、ある程度の情報は提示しなくては一方的に責められても納得できん」


珍しくむきになっているセイディアを、アリアはきょとんと見る。

その当時、フィニスはそこに住んでいたエルフ達の統率者でもあったらしい。なのでよりいっそう、セイディアたち人間が起こした戦による被害を黙ってはいられなかったのだろう、とカイルは続けた。


「それで、もう会わん! となって、今に至るわけだよ」

「……子供みたいな喧嘩ですね。中身は置いておくとして」


大人の喧嘩なんて、子供と違ってずるずる引きずるものだ。

何年も放っておくと、それが致命傷になって本当に疎遠になってしまう。


「フィニスさんがこちらに会う気があるのなら私は構いませんけど」

「…お前の自由だ。勝手にしなさい」


今度こそそっぽを向いてしまったので、その話はそこで切り上げた。

それからアリアはギルドでのランクについて、受けた依頼の内容などを報告し、ミラーのところに行くからと執務室を出た。

執務室からは階段をひとつ下がり、左の奥の部屋だと説明を受けたので、それにならって向かう。ちょうど部屋からミラーが出てきたところだったので、迷わずにおけた。



「びっくりしたわ。あなた、城に知り合い多いのね」

「三人だけですよ。カイルさんは私の保護者のような人なんです」


部屋に入れてもらい、ミラーはベッド、アリアは椅子に座る。

詳しいことは省いたが、親とのそりが合わず家出同然でたまたま出会ったセイディアの弟子になったことを話すと「苦労してたのね」と同情された。


「でも私も似たようなもんよ。私の生まれた村は魔術師がいない辺境で、魔力を持って生まれた私は化け物なんですって」

「ひどいですね…」

「そんな時にローザ・ルルナ様が近くに仕事出来ていて、村の連中、お師匠様まで化け物扱いして! 私にすごく優しくしてくれたから、ひどく腹が立って思わず魔法を使っちゃったの。そうしたらお師匠様が一緒に来なさいって連れ出してくれたのよ」


思い出して、はにかんだような笑みを浮かべる。

アリアにとってセイディアが救世主だったように、ミラーのそれはローザ・ルルナだったのだろう。

それからギルドに登録するため王都に来て、カーネリウスと組むようになったらしい。


「ローザって名前、なんだか懐かしい。家で私に優しくしてくれたメイドの名もローザって名前だった」

「ほら、ローザって名のつく人に、悪い人なんていないのよ」


思わずメイド、とこぼしてしまったアリアの言葉を、ミラーは聞かなかったふりをした。

(そのへんの子じゃないとは思ってたけど、ね)

アリアは自分の失言に気づいていないので、そのまま話を続ける。

それから明日の夜会の話題に移った。

ミラーは何度か師匠についてパーティに出たらしいが、アリアは存在を隠していたのでそんなものに出たことはない。また、出たいとも思っていなかった。おいしい食事はいいが、知らない人と踊るというのが苦痛だ。


「一緒に来た彼、王子だったのね。親しいの?」

「依頼が終わった時、たまにごはんには行っていたけど」


ミラーの期待した目に、アリアは肩をすくめた。

女子は恋愛の話が好きだなぁ、と思いながら自分にはそんなもの微塵もないと改めて感じる。…前世と変わらず。

それから使用人がもうすぐ夕食ですと伝えに来たので、アリアは部屋に連れて行ってもらい用意してくれた服に着替えた。濃い紫のシンプルなドレスだ。このままでもいいんだけど、と思ったが王や王子もいらっしゃいます、と最後に付け加えられた言葉を思い出しため息交じりに着替えた。途中でメイドが来て、無造作だった髪の毛のサイドを編み込まれ、軽く化粧をされる。とはいってもまだ子供なので、チークと薄い紅をさしただけだが。

部屋を出ると先ほどの使用人が待っててくれて、アリアを見ると少しだけ目を見開いたが「こちらへ」と何もなかったかのように促した。

似合わない、とかそういうことでなければいいが。


窮屈だ。


屋敷にいた時もドレスなんて着せられたことはなかった。

せいぜいワンピース。

そっと息を吐いて、みんなが待つ部屋へと向かうのだった。





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