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謎の少年



「急に引っ張るなんて危ないですよ」

「…君の方が危ないと思いますがね」


自分を引きずり込んだ相手の首筋にあてがっていた小刀をはずす。ウィーリアンは顔色を悪くしながら「すまない…」と謝りアリアの腕から手を放す。

その横ではシルヴィンが溜息をついていた。


「ですから普通に声をかけなさいと言ったでしょう。どこの不審者ですか」

「し、仕方ないだろう! 彼らに気づかれたくない」


ウィーリアンは眉をひそめた。

それから「知り合いだったのか?」とアリアに問う。


「カーネリウスのことですか? それとも、ミラー? 二人は初対面ですよ」

「……違う。あの…金髪の男だよ」

「ガリディオさんは、私に剣術を教えてくれた方です」

「あれは城の兵だろう。簡単に知り合えるものではない」


いや、意外と簡単に知り合いましたけど。

とはいっても、アリア自身が特殊な人物たちを保護者としているのでそうなっただけだ。普通ならば確かに出会えない。


「まぁ、私のような一般人が城の重役と知り合いってのは確かに出来すぎですか」

「君は…城の者なのか?」

「まさか。城になんて一度も行ったことがありません」


ウィーリアンは難しい顔のままアリアを見ている。

はあ、と息を吐いてアリアは続けた。


「ガリディオさんが城の兵だとわかるってのは、二人も十分怪しいですけどね」

「…! そ、それは…」

「前にも言いましたけど、身分を隠したいのなら徹底的に隠してください。堂々とするのは構いませんが、それで周りに迷惑をこうむることになるとは思いませんか」

「君は本当に何者ですか」


黙って二人のやりとりを見ていたシルヴィンが静かに口を開く。それに答えかけて、アリアはバッと後ろを振り向く。


「フィナンシェ…動いたか…」

「アリア?」

「急用です。後で話します……来るなら来ていいですよ」


走り出したアリアの後を、ウィーリアンとシルヴィンも一瞬遅れて追いかけた。

途中でガリディオたちもそれを見かけ、後を追う。ガリディオの視線はちらりとウィーリアンに向いたが、特に何も発言せずにアリアに続いた。

住宅街を抜けると閑散とした場所に出た。

廃屋になってる家が多く、あまりいい雰囲気ではない。


「アリア殿、動きがあったのですか?」

「精霊が呼びました。何か起きたはずですけど…」


じっと気配を探る。

背後で何かが動いたのを感じ、背の剣を抜き振り向きざまに斬りつける。キィ…ン! と矢が地面に落ちた。

剣を持っているガリディオたちも自分の剣を手にする。


「…とんだ邪魔者がきたみたいだね」


まだ声変わりしていない少年の声が不機嫌そうに響く。

矢が飛んできた方向から、その声の主だと思われる黒いフードをかぶった少年と、同じような格好をしている大人が数名出てきた。その後ろには檻に入れられた、あの混血の女性が閉じ込められている。


「あんたら、ギルドの冒険者? それにしちゃあ、鐘がありそうな服着てるやつらも混ざってるけど」

「お前がひとさらいの犯人か…?」

「人聞き悪いなぁ。商売だよ、しょーばい」

「何を開き直って」

「何が悪いの? 人間だって動物をペットとして買うじゃない。かわいいから欲しいんだよね? だったら混血をかわいがりたいやつがいたって不思議じゃないでしょ。生き物差別すんの?」


少年は無邪気そうに女性の入った檻をなでた。

子供のような振る舞いをしているが、あきらかに違和感を感じる。


「ま、どーでもいいや。ここでつかまるのも面倒だし、悪いけど死んでくれる?」


にっこり、と少年が微笑むと、後ろにいた仲間がアリアたちに向かって再び弓矢を射ってくる。それを剣ではじきながら、アリアは少年に向かって走り出す。一人が剣を向けてきたが躊躇うことなく斬りつける。とはいっても、加減はして腕に怪我を負わせただけだが。


「ぐぁっ…!」

「邪魔」


一言こぼすと、その後も襲ってくる連中を次々と倒していく。「すげ…」とカーネリウスが敵の剣を受け止めながら呟く。

アリアは少年を見据えたまま距離を縮めていく。

だがくすくすと笑っている少年の顔はまるで余裕だ。


「おねーさん、強いなぁ。それにかわいい。売ったらいい値がつきそう」

「私なんて飼ったら、飼い主に噛みついてやるけどね」

「容赦ないな~。こんな子供を斬るの?」

「きみをただの子供だとは思えないもの」


ふぅん? と少年は目を細める。

その後ろから、突然大きな影が出てきたので、アリアはすばやく後ろに下がった。

二メートルは越しているであろう巨体の男が、やはりフードをかぶって立っていた。手には、通常の倍の大きさの剣を手にして、フードの下から鋭い目をアリアに向けている。


「なんだあの大男…!」

「アリア!」


ウィーリアンが思わず呼ぶが、「そんなに慌てないで下さいよ」と振り返らずに答える。

それから剣を持ち直した。

数秒静かな時間が流れたが、次の瞬間アリアと大男が同時に動き出し、空中で激しく剣を打ちあう。

だがアリアでも力ではかなわない。ぐっとそのまま弾き飛ばされた。それでもくるくると受け身を取り、体制を整える。


「…っ、やっぱり力じゃ敵わないな」

「娘、無駄なことをするな」


大男が低い声で警告する。

ふいにフードをとり、その顔をあらわにする。

人間の顔ではなかった。牙が口元からはみ出て、額には小さな角が生えている。


(オーク)…」

「お前は俺には勝てない」

「勝手に決めつけないでほしいものだね」


それから剣を地面に刺すと「私には私の戦い方ってものがある」と鬼に不敵に笑う。


「武器を捨てるというのか」

「剣ではどうも勝てなさそうだし。手加減しなくてもよさそうだしね、あなたには」


ぴくり、と鬼が眉をひくつかせる。

少年は相変わらず楽しげだ。


「"エリスティ!"」


左手の石が光る。


「"濁流のごとく 敵を呑みこめ!"」


ズオオオ と水が沸き起こり、龍の形となって鬼を襲う。「魔術師か…」と鬼は咆哮と共に剣を振り上げ、それを一刀両断にする。にやり、と笑ったが、目の前にアリアが迫っていることに気づき再び剣を構えた。


「小娘が…調子にのるな!」


そのまま、剣がアリアの腹にずぶりと刺さる。「アリア…!」ミラーの悲痛な叫びが聞こえたが、剣が刺さったアリアの体が、ざばりと水になりはじけた。


「"拘束せよ"」


頭上で聞こえた声に反応したが、すでに鬼はアリアの魔法にかかっていた。そのまま水がまきつくように、鬼の動きを封じる。


「う、 ぐおぉぉ…!!!」

「暴れるだけ締め付けられるよ。諦めな」


アリアは冷たく言い放ち、少年に視線を向ける。

少年はやはりにこにことしていたが、それに加えて興味深そうにアリアを見ていた。


「ダリを追い詰めるなんてね。なかなかの腕前」

「次はきみが相手をするの?」

「いや、今日はなんだか疲れちゃった。元々僕はそいつらに雇われた身だし、暇つぶしに付きあっただけだからさ。さらった子たちの居場所が知りたいなら、教えてあげるよ」


ひら、と紙を投げてよこすので反射的に手にする。


「売った相手のリストだよ。必要でしょ?」

「…何者なの」

「ボクの名前はコーリン。とりあえず、今はおねーさんと戦うつもりはないよ」


瞬きをした瞬間に、コーリンはいつの間にか屋根に移動していた。

――見えなかった――

アリアはコーリンを見つめる。

フードを取ったコーリンは、灰色の髪を夕日で輝かせながら笑顔のまま見下ろす。


「かわいい魔術師のおねーさん。またね」


そういうと、屋根から降りていなくなる。

恐らく追いかけても捕まらないだろう。

ガリディオたちが他のフードの仲間たちを拘束しているのを確認し、アリアは檻の中にいる女性に歩み寄り鍵を壊した。


「怪我は?」

「 大丈夫です」


ワンピースは少し汚れていたが、特に乱暴された形跡もないのでほっとする。手を差し出すと「ありがとう」とそれに自身のを重ね立ち上がった。


「助けてくれて感謝します」

「いえ」

「アリア殿」

「ガリディオさん、このリストをたどってさらわれた人たちを当たってください」

「わかりました」


コーリンが残していった紙を渡す。ガリディオは頷き、それから声を潜めた。


「…彼と知り合いでしたか」

「おんなじ質問を向こうからもされましたよ」

「ではお気づきでしょうね」


肩をすくめると、ガリディオは苦笑する。それから「アリア、無事なのか!?」と駆け寄ってきたウィーリアンに場所を譲った。


「この通りです」

「…君が強いのはよくわかっていたけれど、無茶をしないでくれ。見ている方が心臓に悪い」

「よく言われます」

「………ガリディオ」


ウィーリアンは少しの間の後に、ガリディオに声をかける。ガリディオはその場に膝をつき「お久しぶりでございます」と頭を下げた。


「彼女は…アリアはいったい…?」


ガリディオの視線がアリアに向く。

アリアは溜息をついて、剣を鞘に戻すとガリディオ同様に片膝をついた。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません。我が師は王宮魔術師セイディア・ルーフェン。その弟子、アリアにございます」

「…! ルーフェン殿の!?」


ウィーリアンも驚いたが、カーネリウスやミラーも驚愕する。しかし、訓練所でのこともあったので納得する。


「確かに弟子がいるという噂は耳にしていたけど、まさか、君が…」

「私もまさか、あなたのような方がギルドにいるとは思いませんでしたけどね」


暗に正体を知っている、と告げればウィーリアンは「すまない」と謝る。

この話は後回しだ。とりあえずはあのフードの連中を連行した方がいいだろう。鬼の拘束魔法は続けたままにいる。暴れられてはかなわない。


「ルーフェン様の…お弟子なの?」


ふいに先ほどの女性が聞いてきた。

それから改まったようにアリアにワンピースの裾をつまみお辞儀をする。


「私の名前はエルナーデ。私の兄が、ルーフェン様と親しくさせていただいております」

「お兄さんが…?」

「混血の私とは違い、兄は純粋なエルフですが。義兄と人間は呼ぶのでしたね」


エルフの世界は厳しいと聞いたことがある。

彼らは人間界に滅多なことがない限り現れず、またある意味では潔癖だ。なので、人間との間に子供を産むことは、通常では考えられない。そういう者は仲間として扱わず、迫害されることもあるそうだ。

アリアの考えを読み取ったのか、エルナーデは静かに笑い「兄は変わり者なのです」とこぼす。


「…でしょうね。師匠と仲がいいなんて、並大抵の精神力じゃ無理ですから」

「私のことも、実の妹のようにかわいがってくれてました。アリアさん、近いうちに兄にお会いになりませんか?」


突然の申し出にきょとんとすると「お礼もしたいですし」と続ける。


「兄もきっと、ルーフェン様のお弟子さんにご挨拶したいと思います」

「…私は構いませんが」

「では、きっと」


エルナーデは「ここで働いています」と名刺をアリアに渡す。

「甘味処ロナン」という店のようだ。そういえば看板を見かけたかもしれない。これから仕事だというので、後日改めてさらわれたときの状況を聞くことにし、エルナーデとはそこで別れた。

ミラーは、ガリディオとアリアの様子から、ウィーリアンが何者か悟ったようだ。カーネリウスはあれだけ騒いでいたのに、「あれだれ?」という顔をして、ミラーに脇腹を思いっきり小突かれむせていた。

ギルドに戻り、支部長に犯人を捕まえたことを報告し、少年をひとり逃がしたとも伝える。


「そいつは怪しいな…魔術師か何かか?」

「魔術師では、ないと思います」


アリアの言葉に全員が視線を向ける。アリアは難しい顔のまま続ける。


「魔法を使った気配が、そもそもありませんでした。それにコーランとかいう少年は、子供にしては…違和感があります」

「…おまえがそれを言うか」

「いや…私の場合はしかたな… いえ、そういう性分なのでっ」


口を滑らせそうになって慌てて誤魔化す。


「とにかく、コーランは見かけこそ子供ですけど、中身はもっと成熟しているような感じを受けました」

「確かに発言は子供のようでしたが、わざとそうしている気がしましたね」


ガリディオも同意する。

しかも。

アリアはきゅっと眉根をひそめた。

あのまばたきの瞬間、コーリンは一瞬で屋根に移動していた。これでも感知能力は自負している。なのに、彼の動きをひとつも感じなかった。

――人間とは思えないほどに――

だが結論して口に出すのは軽率だ。アリアはその考えを喉の奥に押し込める。


「まあ、そのことはおいおい考える。ご苦労だったな。 鬼のことだが、アリア。あいつは城に連れていくことにする。しばらく拘束したままにできるか?」

「それはできますけど…城に、ですか?」

「人間の中に鬼がいるのがまず異常だ。あいつらは魔獣もしくは魔族よりの生き物だからな。もっともな理由がなければ人間につくはずないだろう」

「コーリンは、ダリと呼んでいました。もしかしたら、彼の方についていたのかもですね…」

「ここで調べようにしても最終的な判断を下すのは城だ。ならばさっさと引き渡してしまうに限る」


つまり面倒なのだろう。

ガリディオが城に連れていく、と提案したがアリアの魔法が途中で消えると困る。


「じゃあ、移動魔法で城に行きます?」

「そういやここには優秀な魔術師殿がいたな」

「とはいっても、拘束魔法かけながらなんで魔力が足りないです。ミラー、魔法陣の形成できますよね」

「え、ええ、できるけど…それには目的地にも同じ陣を用意してなくてはだめよ?」

「わかってます。 ちょっと失礼」


アリアは腰のポーチから紙とペンを取り出し、さらさらと何か書くと魔法をかける。その紙は消えたかと思うと、しばらくしてその場にまた違う紙が現れた。

アリアは中を確認すると、「問題ないですね」と頷く。


「向こうの陣は師匠にお願いしました」

「ルーフェン殿にそんなに簡単に了承を得られるとは、本物のようですね」


シルヴィンの感想に「嘘ついてギロチンなんていやですしね」と返しておく。


「時計の長針が5をさしたら始めます。あと十分ですね。ダリをここに連れてきてください」


いったん別室に閉じ込めていたが、支部の役員が連れてくる。

ダリはじろりとアリアを睨んだが、暴れても無駄なことはもうわかっているのか静かにしている。

その間にミラーが魔法陣を組む。


「支部長、今後ここで城との移動魔法が使えますけど、構いませんか?」

「城にわざわざ飛びたいやつなんざ、いないだろうよ。問題ない」

「  二人は、どうします?」


ウィーリアンとシルヴィンを振り返る。

ウィーリアンはしばらく悩んでいたが、「僕も一度戻ろう」と口を開いた。

その言葉で支部長は理解したらしい。カーネリウスがやっと「戻るって…えっ、まさか…!」と大きな声で言うので、思いきり背中をたたいて黙らせていた。

まもなく時計の針が時間を告げる。

魔法陣が光り始めた。


「では支部長、何日かしたら戻りますので。あ、私の滞在してる宿のおかみさんにも伝えてくれます?」

「お前は上司を伝言板に… わかった、そうさせる」


ダリと、あの場で戦った全員が陣の中に入る。

杖を買っておけばよかったなぁ、と思いながら、アリアは魔方陣の中心に手をかざした。


「"空間移行"」


カッ!とより一層強い光に包まれ、支部長が目をあけるとそこにはもう誰もいなかった。







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