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次の被害者は?



本当にめんどくさいことになった…。

アリアは背の剣を抜きながら溜息をつく。


「一対一にしてほしいのなら、今のうちだぞ」

「いえ、結構です」


カーネリウスの言葉に軽く返す。

彼も剣を抜き、アリアに向けた。彼は剣士、そしてミラーは魔術師か。先に水色の石のついた杖を手にしている。二人は普段もよく組んで依頼をこなしているのだろう。寄せ集めにしては、やけにしっくりきている。


「少し痛いかもしれないが、すぐに楽にしてやるさ」

「そりゃどーも」


たあああ! という掛け声とともに、カーネリウスが剣を振り上げアリアに向かってきた。アリアはひらりとそれを避ける。

すぐに横ふりで攻撃されたが、それも軽く避けた。


「なんだよ、大口叩いてたわりに避けるしかできないのか?」


確かに傍から見れば、アリアが追い詰められているように見えるだろう。しかし、その本人の表情は余裕だ。

次に向けられた攻撃を自身の剣で受け止める。ギィン! と重い音がしたが、アリアの体制は崩れない。逆に、カーネリウスは驚愕したように目を丸くする。まさか、こんなにもやすやすと受け止められるとは思わなかったのだろう。

アリアは、片眉を上げカーネリウスを見上げる。


「それが全力ですか?」

「っ…!」

「太刀筋はいいとは思うけど、感情的になりすぎて動きが読めますね」


そういいながら、アリアはカーネリウスに攻撃していく。今度は彼がそれを受け止めて後退する番だ。防御するのに精いっぱいで、攻撃に回れずにいる。それこそ、赤子を相手するかのように。

ふ、 とアリアは視線をミラーに向けた。ミラーの周りに魔法陣が現れる。杖を地に立てながら呪文を唱えている。


「"鋭き刃 疾風のごとく 敵を打て!"」


ビュビュ! と、氷の礫がアリアに向かって飛んでくる。アリアは剣でカーネリウスを薙ぎ払うと「レーガスト」と左手を前にかざした。ゴォッという音と共に赤い炎がアリアの周りにぐるりと浮かび、飛んでくる氷から守った。


「…あなた、魔法も使えるの?」

「私は本来魔術師ですから」

「じゃあ、これはどうかしら…っ!」


ミラーが杖で地面をつくと、魔法陣が強く光る。

体が、ぐっと重くなった。いつの間にかアリアの足元にも魔方陣が浮かんでいる。


「どう? 動けないでしょ」

「…上位相当の拘束魔法陣…ね」

「勝負あったな、おまえはもう動けない」


剣先を向けられたアリアは笑みを浮かべた。

カーネリウスは「何がおかしい」と眉をひそめる。



「誰が、動けないと言った?」



アリアを中心に風が吹き始める。


「"拒否せよ"」


ぱぁん! と音を立てて魔法陣がはじけ飛び、代わりにミラーの足元に同じものが現れる。「なっ…」と逃げようとしたが、すでに魔法は発動しており、その場で動けずに固まる。


「くそっ…!」

「もういいです? 決着つけちゃいますよ」


アリアが軽く地を蹴り、カーネリウスの間合いに入り込む。下から突き上げるように剣を出し、カーネリウスの手から剣がはじかれる。そのまま首筋に刃をぴたりと当てて動きを封じた。

訓練所は、しーんとしていたが、「そこまで!」という支部長の言葉で、わっと歓声が湧く。カーネリウスがへたりこんだのを確認して、アリアは剣を鞘に戻した。パチン、と指を鳴らしてミラーの魔法も解く。


「気は済みましたか?」

「…お前、いったい何者なんだよ…」

「ただの冒険者ですよ。あなた方と同じ」

「ミラーの魔法を解くなんて、その辺にいる魔術師ができるはずがない! あいつの師はローザ・ルルナ様だぞ!?」


ローザ・ルルナ。セイディア同様に名の知れた魔術師だ。

性格はきついが腕はそれなりにいい、と珍しくセイディアが褒めていたので覚えいてる。へえ、とミラーを見ると、まだ茫然としたままだ。


「ならば、あなた方の世界は狭すぎたのでしょう。私のような魔術師は、この世界にごまんといますよ」

「…俺だって、打ち負かされたことはなかった」

「それだって同じことです。私よりも強い剣術の使い手はたくさんいます。国内で名を上げているからといって、それに酔ってしまうのは愚か者のすることですよ。悔しいのなら自分の力に驕らず精進することですね」


おのぼりさんほど、傍から見ていて恥ずかしいものはありませんよ。

辛辣に告げると、かっと顔を赤くさせる。ようやく自覚したらしい。


「じゃ、行きますか」

「え?」

「え? って…依頼ですよ」

「アリア殿、やはりもう一度人選を行ってきます。彼らでは…」

「優秀には違いないんでしょう? 適性診断のために戦ったわけじゃないですし。まあ、いくら優秀といってもそれで事件が解決されるわけじゃないけど、本部長の推薦ならばしっかりとした意味があっての二人なのでは?」


例え本部長の王族に対する媚売りだとしてもね――

その言葉は飲み込み、ガリディオにきっぱりと断る。恐らくは彼も気づいているのだろう。二人が真意を知っていようが知らなかろうが、どこまで行動するのか見定めるため口をはさまなかったようだ。

アリアは薄く笑みを浮かべる。

――逆に利用してやろう


「きっと役に立ちますよ」

「……あなたを敵には回したくありませんね」

「そうならないことを願ってます」


それからアリアは支部長を振り返る。


「これでいいですか? メイリズ支部長」

「…城の遣いと知り合いで、なおかつ魔法も剣術もどちらも兼ね備えている…まさかとは思っていたが」


片目を細め、支部長は「おまえさんの師匠ってのは、あの生意気な小僧じゃあるまいな」という。

アリアは腕を組んで天井を見上げた。しばらくそうしていたが、支部長に顔を戻す。


「たぶん、それですかね?」

「風の噂で弟子はとったと聞いてはいたが…」

「師匠のこと、知ってるんですか? その、個人的に」

「知っているも何も、あいつは元々ここのギルドに登録していた」


俺がまだ支部長になる前だがな。

苦い顔をしていることから、だいたい予想はつくが苦労したのだろう。それはそうだ、セイディアの性格は偏屈・頑固・変わり者の三拍子で構成されている。その弟子である自分も人のことは言えないのだが。

そういえば王宮に行く前はギルドに登録していたとも言っていたな、とアリアは思い出す。


「師が師なら弟子も弟子か。二代続けて俺の胃に穴を開ける気か?」

「はぁ…なんか、すみません」


そう謝ることしかできなかった。





「さっきの魔法陣、どうやって解いたの?」


捜索方針を確認し、出入り口に向かっているとミラーが聞いてきた。


「あんなの、見たことなかったわ」

「ああ…あれは何というか特殊な魔法で。さっきみたいな拘束魔法というものは、実際体に対して直接働きかける魔法ですよね」

「ええ」

「発動したときに、自分の中の魔力で相殺しているんです」


意味がわからない、というようにミラーが首を傾げる。

すみません、説明下手で。


「えーとつまり、魔法陣自体を組み替えたんです。外部から向けられた魔力に自分の魔力を混ぜ込ませるというか…ぶっちゃけてしまうと、力技ですね」

「えええ…?」

「当初の「拘束する」から「それを拒む」という信号を随所にじわじわ広げて、効力を無視するってことなんですけど。見てる分にはあっけないでしょうけど、あれ結構魔力使うんですよ。緻密な作業を数秒でしないといけないから疲れるし」


不器用な人間がやる魔法ではない。かくいう私がそれだ。必死だ。

ミラーはしばし考えていたが、「バカにしててごめんなさい」と謝ってきた。


「あなたの言う通り、私すこし調子に乗ってたわ。カーネリウスも。モールドでは二人で組んで失敗したこともなかったし、私は師匠の名前に甘えていたのね。師にも視野を広くしろと言われていたのに」


意外と素直な人物のようだった。カーネリウスはまだ気にしているのかこっちを見ようともしないけれど、ミラーは立ち直りが早いようだ。それに、自分の気になったことをちゃんと聞いてくるということは、ちゃんと受け入れて前進しようとしていること。

アリアは「私も年下なのに生意気なことをいいました」と謝罪を制する。


「思ったことを容赦なく口にするところは、私も師匠から注意されてたことです」

「お互い、師には頭が上がらないわね」

「まったくですよ」


ふう、と溜息をついてから、同じタイミングで吹きだしてしまう。

ガリディオとカーネリウスが驚いたように振り向く。

だがアリアとミラーはくすくすと忍び笑いをすぐには止められなかった。

どうやら女同士、なかなかにうまくやっていけそうだ。



「ここが最後の被害者が攫われた場所ですね」


ガリディオが資料を片手に路地裏を指さす。

今まで人さらいが起きた場所を回っていたのだが、さしたる共通点は「人目につかない」ところという当たり前のことだけだ。


「被害者たちも全員顔見知りではなかったようです。住んでいた地区も別々ですしね」

「やっぱり無差別か?」

「…そもそも、混血種を狙うメリットって、なんですかね?」


アリアの言葉に三人が視線を向ける。


「珍しい、人外、ということは言えますけど」

「一般的に人さらいの目的といえば…奴隷として金持ちに売るってとこよね」


この世界では、奴隷制度は正式なものとして存在していた。だが一般的に考える奴隷制度とは違い、命令権はあるにしても非人道的な行いをするのは禁じられている。なので売り手側は定期的に面談や聞き取りを行い、奴隷が冷遇されていないか確認を行うとも定められているのだ。

きちんと国に認められている販売店だったら、の話だが。

トゥーラスにある奴隷の店はすべて当たったが、攫われた者たちはいなかった。


「非公式に売買されている可能性が高い、ということでしょうか」

「なら、やはり現行犯で捕らえなければなりませんね」


ガリディオが難しい顔をした。

ファンタジー世界のお決まりでいえば、おとり捜査として誰かが変身して犯人を捕まえる! ともなるのだろうが、そういう魔法は「犯罪につながる」との利用で使用できない。獣人が人間に化けたり、というようなもともと生まれ持った能力は除外される。もしも、国の重役――王にでもなり替わる者が出てきたら、それこそ大問題だ。また、種族間での争いの原因にもなりうるので、見つかり次第どんな理由があろうと厳しく罰せられる。


(変なところで制限あるなあ、この世界も)


アリアは、うーん と腕を組む。

他に出来そうなことといえば、不審者がいないか見回るくらいだ。

相手がどういう人物なのかも、まったく掴めていないのだから手の施しようがない。

この広い町で毎日目を光らせておくというのも難しい話である。


「ターゲットを絞るしかないか…」

「次に狙われそうな者に目星をつけるということですか?」

「確かに犯人探すより確率は高いかもしれないが、トゥーラスにも混血は多いんだろ?」


カーネリウスの言う通り、この辺に差別はないので普通に暮らしている者たちがたくさんいる。


「…金持ちに売るのであれば、恐らく普通の混血には興味をしめさないはず。あいつらは自分の欲を満たすためだけに金を出すからね。見栄をはるだけの"商品"を手に入れたいと思うでしょう」

「アリア、笑顔が怖いわよ」


ミラーに注意される。

おっと、心の奥底の憎しみがだだ漏れてしまった。

引け腰になったカーネリウスを尻目に、周りに目を走らせる。通行人にもちらほらと猫耳のある人や、背がおそろしく高い人もまぎれている。その中で、アリアは一際目立つ者を見つけた。腰まである銀色の髪の毛に、整った顔立ち。薄いピンクのワンピースがとても似合っている。


「…あの人、エルフの血が入ってますね」

「え? 確かに、すげぇ美人だけど……わかるのか?」

「耳が少しとがっているし、人間が持つ魔力にしては混ざり気がなさそうですから」


人間と違い、元々自然界に身を置くエルフの魔力は人間に比べると純度が高い。混血となればその違いを見極めるのは難しいが、焦点をちゃんと合わせればすぐにわかる。


「私が言うまで、あの人に気づきました? あれだけの存在感を放っているのに、誰一人として彼女を振り返らない」

「たしかに…私も気づかなかったわ。なのに、もう目が離せないくらい目立ってるわね」

「そういう身を守る魔法を使ってるんでしょう――"フィナンシェ"」


アリアは風の精霊を呼ぶ。フィナンシェはにこりと笑って、そのまま空気に消えた。


「あの人の近くにいてもらいます。下手に追跡魔法をかけてもすぐに気づきますからね」

「警告しなくていいのか?」

「必ずさらわれるという確証はありません。危険がある、というだけです。けど…」


四十八区、あの人で間違いない。

虫の知らせ、という感覚に似ている。自分の中で、それが決定しているかのように感じているのだ。

とりあえず、フィナンシェから知らせがあるまで、他に狙われそうな人はいないか見回ることにした。

商店街を通り抜け、住宅が集まっている方向に向かう。


「…!」


ぐいっと腕をつかまれる。

最後尾を歩いていたアリアは、角を曲がった瞬間に建物と建物の間に引きずり込まれた。




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