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追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話  作者: 埴輪庭
第一章

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37/48

第37話 その後(第一章完)

 ◆


 セフィラは粘液にまみれたまま動かぬ女の傍らに膝をついた。


「息はありますわ。でも衰弱していますわね」


 セフィラの声にシャールが歩み寄る。女は東洋風の顔立ちをしており、黒髪を短く刈り揃えていた。冒険者らしき装備の名残が身体のそこかしこに残っているが、その多くは溶けかかったり焦げたりしている。小鬼に取り込まれていた間に損傷したものだろう。


「調査隊の生き残りか」


「おそらく」


 シャールが見る限り、女は意識は失っているものの命に別状はなさそうだった。


「街まで運ばなければなりませんわね」


「ああ」


 答えてからシャールは己の状態を顧みた。左腕には裂傷があり、全身の筋肉は悲鳴を上げている。何より精神の消耗が深刻だった。力を使い過ぎたのだ。今の彼にこの女を背負って森を抜ける体力は残っていない。


「わたくしがやりますわ」


 シャールの答えを待たずセフィラは立ち上がり、右手を女の方へ向けた。すると、倒れていた身体がふわりと浮き上がる。


「これなら問題ありませんわ。シャールは歩くことだけに集中なさって。街が近づいてきたら念のために──」


「ああ、その時は私が背負う」


 そうして二人は森を後にする。


 来た道を辿り、深層から中層へ、中層から浅層へと歩を進めていく。行きには感じた異様な気配はもうなかった。森の奥に潜んでいた悪意が消滅したことで、この土地を覆っていた呪縛のようなものが解けたのだろう。木々は相変わらず異常な植生を示していたが、空気そのものから腐臭が消え、鳥の声が遠くで聞こえ始めていた。


 やがて森を抜け、街道に出る。東の空がわずかに白み始めていた。夜通し戦い、歩き続けたのだ。身体が軋むように重い。


 街の東門が見えてきた頃には、既に朝の気配が色濃くなっていた。門番の兵士がこちらを見咎め、何事かと問いかけてくる。シャールは簡潔に事情を説明した。ケリガンの森で調査隊の生き残りを保護した、至急ギルドへ連絡を取りたい、と。


 門番は驚いた顔をしたが、すぐに別の兵士を呼んでギルドへの伝令を出させた。シャールとセフィラはそのまま街中へと入り、ギルドの建物を目指して歩を進める。朝の光が石畳を照らし、商人たちがちらほらと店を開け始めていた。

 ギルドに着いた時、既にベルトランが待ち構えていた。


「おい、お前ら」


 無骨な顔に驚愕と安堵が入り混じった表情を浮かべ、彼は二人の前に歩み寄ってきた。その視線がシャールの背負う女へと向けられる。


「サヨリか! 生きているのか?」


「ああ、息はある。森の奥で倒れていたんだ」


 シャールの言葉に、ベルトランの目が鋭くなった。


「森の奥だと? お前らそこまで入ったのか」


「詳しいことは後で説明する。今は彼女を」


「ああ、分かった。こっちだ」


 ベルトランは二人を救護室へと案内した。すぐにギルドの医療班が駆けつけ、手際よくサヨリの状態を確認し始める。


「生命に別状はなさそうだな。だが相当消耗してる。当分は安静にさせておいた方がいい」


 医療班の責任者がそう告げると、ベルトランは頷いてシャールの方を向いた。


「事情を聞かせてもらおうか。別室で」


「ああ」


 シャールはセフィラと共にベルトランの後に続いた。


 ◆


 通されたのはギルドの奥にある小部屋であった。


 壁には何枚かの地図や掲示物が貼られ、中央には古びた木製の机が置かれている。ベルトランは机の向こうに座り、二人に椅子を勧めた。


「さて、色々と聞きたい事があるが──まあ、順を追って聞いてみるか」


 シャールは街で流行っている病のこと。その原因が森の奥にあると推測したこと。薬草を求めて森に入ったこと。そこで異形の怪物と遭遇し、戦闘になったこと。最終的にその怪物を倒し、取り込まれていた女を救出したこと。


 セフィラが時折補足を加えながら、二人は事の次第を説明していく。ただし、詳細な戦闘の様子については曖昧にした。自分たちの力の詳細を明かすのは賢明ではないと判断したからである。


「……なるほど」


 話を聞き終えたベルトランは、しばらく黙り込んでいた。


「つまり、森の異変の原因はその怪物だったってことか」


「おそらくは。あれが死んでから、森の空気が変わった。戻る途中、深層の異様な植生はまだ残っていたが、瘴気のようなものは消えていた」


「薬草は見つかったのか」


「いや。時間がなかった」


 シャールは首を横に振った。怪物との戦闘で手一杯だったのだ。薬草を探す余裕などどこにもなかった。


「そうか。まあお前たちが言っている事が真実ならば、薬草の件はどうにでもなるだろう」


「ところで、ひとつ確認したい。この件、私たちの名前は出さないで欲しいのだ。もちろん私たちがギルドにたどり着いた時、先ほどの光景を目にした者たちもいるだろうから完全に秘匿はできない事は理解している。だが、冒険者ギルドとして公に私たちが森の異変を解決したという様な事は言わないでほしい」


「理由を聞いてもいいか」


「目立ちたくない。それだけだ」


 シャールの答えは簡潔だった。だがベルトランはそれ以上追及しなかった。この街には訳ありの者が多い。過去を詮索しないのはある種の不文律である。


「分かった。だがそうなると、この件でお前らに功績はつかないぞ」


「構わない」

「本当にいいのか。森の異変を解決したってのは相当な手柄だ。ギルド内での評価も上がるし、報酬だって」


「いい」


 シャールは遮るように言った。


「私たちは何もしていない。彼女が自力で怪物を倒し、たまたまそこに居合わせた私たちが保護しただけだ。もし誰かに何かを聞かれたらそういう事にしておいてほしい」


 ベルトランの目が細くなった。探るような視線である。だがやがて彼は小さく息を吐き、肩をすくめた。


「まあ、お前らがそう言うなら俺から何か言うことはねえな。ただ、事実確認には数日かかる。サヨリが目を覚まして、何があったのか証言してもらう必要がある」


「分かった」


「それと」


 ベルトランは立ち上がり、扉の方へ顎をしゃくった。


「その腕は治療しておいた方がいいな。来い」


 ◆


「しばらくは無理するなよ」


 ギルド所属の治療師の男がそう言って、シャールを解放した。


 廊下に出ると、セフィラが待っていた。彼女は心配そうな顔をしていたが、シャールの姿を見ると少しだけ表情を和らげた。


「終わりましたか」


「ああ。心配かけた」


 二人は並んでギルドを後にした。外に出ると、朝の光が眩しかった。街は既に活気を帯び始めており、商人たちの声や荷車の音が聞こえてくる。だがシャールの目には何も映っていなかった。全身の疲労が今更のように押し寄せてきて、足取りが重い。


「宿に戻りましょう」


 セフィラの声がどこか遠くに聞こえる。


「ああ……」


 頷こうとした瞬間、視界がぐらりと傾いた。


 次に気づいた時、シャールはセフィラに支えられていた。彼女の腕が肩に回され、小柄な身体が彼の体重を受け止めている。


「シャール」


「すまない……少し、眩暈が」


「無理はなさらないで。わたくしが支えますから」


 宿に辿り着いた時には、既に意識が朦朧としていた。階段を上る記憶はあるが、部屋に入ってからのことは曖昧である。気づけば寝台の上に横たわっており、セフィラが傍らに座っていた。


「今はゆっくり眠ってください」


 その声を最後に、シャールの意識は闇の底へと沈んでいった。


 ◆


 目が覚めた時、窓の外は暗かった。


 丸一日眠っていたのだろうか。それとも二日か。時間の感覚が曖昧だった。身体を起こそうとすると、全身の筋肉が悲鳴を上げた。だが意識ははっきりしている。あの底なしの疲労感は幾分か和らいでいた。


「お目覚めですか」


 声がして振り向くと、セフィラが椅子に座っていた。膝の上には開いた本があるが、彼女の視線はシャールに向けられている。ランプの明かりが彼女の横顔を照らし、翠色の瞳が柔らかく輝いていた。


「どれくらい眠っていた」


「丸一日と少しですわ。今は翌日の夜です」


「そうか」


 シャールは寝台の上で身を起こした。左腕に巻かれた包帯が目に入る。傷口は痛むがそれほどひどくはない。


「セフィラ」


「はい」


「すまなかった」


 謝罪が自然と口をついて出ていた。


 あの森での出来事。彼女を置いて一人で向かったこと。心配をかけたこと。危険に巻き込んだこと。謝るべきことは山ほどある。だが今のシャールにできるのは、この簡素な言葉を繰り返すことだけだった。まあ男というものはいつの時代、どの世界であってもそういうものなのかもしれない。


 セフィラは本を閉じ、椅子から立ち上がった。そして寝台の縁に腰を下ろし、シャールの顔を覗き込む。


「謝罪はもう十分に頂きましたわ。森の中で」


 その声には含み笑いのような響きがあった。


「それよりも、わたくしの方こそ言いたいことがございます」


「何だ」


「あなたは本当に予想通りの方ですわね」


 セフィラは小さく笑った。


「わたくし、あなたが一人で森へ向かうと確信しておりました。だから宿を出るのを見計らって後を追いましたの」


「……気づいていたのか」


「ええ。あなたは何も言わずに出て行きましたけれど、わたくしにはあなたが何を考えているか分かりますもの」


 シャールは言葉に詰まった。


「ただ」


 セフィラの声がわずかに曇る。


「追いつけなかったのは誤算でしたわ。シャールが思いのほか足が速くて。森に入った頃にはもう深層に向かってしまっていて、わたくしは道に迷いそうになりながら後を追いました」


 セフィラの()の出力はシャールなど比較にもならないが、単純な身体能力で言うならば、別の意味で比較にもならない。蟻と象とまではいかないが、大人と子供のレベルだ。


「危険な事を……」


 シャールは自分の行為を棚に上げてやや呆れた様にいう。


「それはお互い様ですわ」


 セフィラはシャールの目をまっすぐに見つめた。


「わたくしを置いていくのは、もうやめてくださいませ。わたくしはあなたの荷物ではありません。守られるだけの存在でもありません。共に歩むと決めたのですから」


 反論の余地はない。


「分かった」


 シャールは頷いた。


「もう一人で行ったりしない」


「約束ですわよ」


「ああ、約束だ」

 セフィラはようやく笑みを見せた。それは花が綻ぶような、柔らかな笑顔だった。


 ◆

 それから三日ほど、二人は依頼を受けることなく過ごした。


 シャールの精神的な疲労が抜けきっていなかったのである。力の酷使による反動は肉体よりも精神に深く刻まれていた。集中力が続かず、些細な物音に過敏に反応し、夜は浅い眠りしかとれない。そんな状態で依頼をこなすのは危険だと二人とも判断した。


 セフィラは甲斐甲斐しくシャールの世話を焼いた。


 食事を用意し、傷の包帯を取り替え、気分転換にと街を散策に誘う。シャールが本を読みたいと言えば貸し本屋に走り、シャールが眠れないと言えば傍らに座って手を握っていた。まるで子供の世話の様でもある。


「シャールはもう少しわたくしを頼ってくださっても良いと思いますわ」


 ある晩、彼女はそう文句を言った。


「私は十分頼っているつもりだが」


「そうは見えませんわ。何でも一人で抱え込もうとなさる癖がおありですもの」


 シャールは苦笑した。否定はできなかった。


 二人の距離はこの三日で幾分か近づいたように思える。いや、物理的な距離は以前と変わらないのだが、心理的な壁のようなものがさらに薄くなっていた。


 互いの歪な部分を開示したが要因だろう。


 夜になると、二人は同じ寝台で眠った。()()()()はしなかった。ただ互いの温もりを確かめ合い、静かに眠りについただけだ。


 三日目の夜、セフィラは例によってシャールの隣に潜り込んできた。


「ねえ、シャール」


「何だ」


「明日からまた依頼を受けましょう。そろそろ体も休まったのではなくて」


「ああ、そうだな」


 シャールは頷いた。確かに、精神の疲労は大分回復していた。目を瞑り、自身の感覚を宿中に広げてみると、その人数も大まかな体格も理解(わか)った。


「それと」


 セフィラの声が少し改まった。


「ギルドマスターとの面談がありますわ。ある程度何を話すかを決めておく必要があるかもしれませんわね」


「ああ、ベルトランが言っていたな。後日改めて話を聞きたいと」


「ええ。おそらく明日か明後日には連絡が来るはずですわ」


 シャールは天井を見つめながら考え込んだ。


 ギルドマスターとの面談。何を聞かれるのだろうか。森での出来事の詳細か。それとも、自分たちの素性についてか。いずれにせよ、下手な対応はできない。この街での立場を危うくするような事態は避けたかった。


「考えすぎても仕方ありませんわ」


 セフィラがシャールの胸に頭を預けながら言った。


「なるようになりますわ。わたくしたちは何も悪いことはしていないのですから」


「そうだな」


 シャールはセフィラの髪を撫でた。


 ◆

 四日目の午前、ギルドからの使者が宿を訪れた。


 宿の主人に呼ばれて階下へ降りると、見知らぬ若者が待っていた。ギルドの紋章が刺繍された外套を羽織り、腰には短剣を帯びている。伝令役の職員だろう。

「シャル殿とセフィ殿でいらっしゃいますか」


「ああ」


「ギルドマスターのグレンがお呼びです。ギルドへお越しいただきたいとのことです」


 シャールはセフィラと目を見合わせ、頷いた。


「分かった。すぐに向かう」


 若者は一礼して去っていった。二人は身支度を整え、宿を出る。


 ギルドまでの道すがら、シャールは隣を歩くセフィラに小声で話しかけた。


「ギルドマスターのグレンという人物について、何か知っているか」


「いいえ。わたくしも噂程度にしか。ただ、長年この街の冒険者ギルドを取り仕切っている人物だとは聞いておりますわ」


「どんな人物だろうな」


 クセ者である事は間違いないだろうとシャールは内心で思う。


「さあ。直接会う機会がありませんでしたもの」


 シャールは黙って頷いた。


 ギルドの建物に着くと、受付で名を告げた。すぐに奥へ通される。案内されたのは以前ベルトランと話した小部屋ではなく、さらに奥にある別の部屋であった。


 扉を開けると、そこには一人の男が座っていた。


 壮年。白髪交じりの短髪。顔には深い皺が刻まれているがその瞳には年齢を感じさせぬ鋭い光が宿っている。年は五十そこらといった所であろうか。椅子に腰掛けた姿勢からでも分かる、がっしりとした体躯。どこぞの将軍のような存在感があった。


「来たか。座れ」


 低い声だった。威圧的ではないが、有無を言わせぬ重みがある。シャールとセフィラは勧められた椅子に腰を下ろした。


「まずは礼を言う。森の件、助かった」


 グレンの言葉は簡潔だった。


「調査隊の生き残りを保護してくれたこと、異変の原因を排除してくれたこと。お前らの名前を出すなとのことだから公式には何も言えんが、俺からは感謝を伝えておきたい」


「いえ」


 シャールは首を横に振った。


「私たちは大したことはしていません。たまたまその場に居合わせただけです」


「謙遜か。まあいい」


 グレンは机の上で手を組んだ。その動作には老練な交渉人特有の落ち着きがあった。


「本題に入ろう。お前らが名前を出してほしくないと言った理由についてだ」


 シャールの背筋がわずかに緊張した。


「単刀直入に聞く」


 グレンの瞳がシャールを射抜くように見据えた。


「お前らがウェザリオ王国からの逃亡者だからか」


 沈黙が落ちた。


 セフィラが息を呑む気配がした。だがシャールは表情を変えなかった。変えるわけにはいかなかった。ここで動揺を見せれば、相手の思う壺である。


「何故そう思われるのですか」


 シャールは涼しい顔で問い返した。


「お前らの立ち居振る舞いを見れば分かる。庶民の出じゃないことは明白だ。それも、ただの貴族じゃない。もっと上の身分の者特有の雰囲気がある」


 グレンは淡々と続けた。


「それに、街の議会にも要請があってな」


「要請」


「ああ。ウェザリオ王国から、ある人物についての問い合わせが来ている。容姿の特徴、推定される行動範囲。どう考えてもお前らのことだ」


 シャールは黙っていた。


 否定するべきか。それとも認めるべきか。どちらの選択肢にもリスクがある。だがこの男は既に確信を持っているようだった。下手な嘘は通用しないだろう。


「仮にそうだとして」


 シャールは慎重に言葉を選んだ。


「ギルドはどうするのですか」


 グレンはにやりと笑った。


 それは老獪な狩人が獲物を追い詰めた時に浮かべるような笑みに見える。


「しらばっくれることにした」


 意外な答えだった。


 シャールは表情を変えなかったがその胸中には安堵が広がっていた。だがそれも束の間のことだった。グレンが続けて言葉を発したからである。


「だがそれはお前らの事を街をあげて保護することを意味しない」


 グレンの声から笑みが消えた。


「ラスフェルは自由の街だ。いかなる公権力からの干渉も受け入れない。そう謳ってはいる。だがな、揉め事はない方が良いのも事実だ。時と場合によっては、逃亡者を引き渡すこともないわけじゃない」


 シャールは黙って聞いていた。


「ただ」


 グレンが言葉を継いだ。


「お前たちはこの街に来てから何か揉め事を起こしたわけじゃない。冒険者としての振舞いも良好だ。依頼主からの評判も悪くない。森の件では街に貢献すらしている」


 グレンは机の上で指を組み直した。


「ゆえに議会としては、ウェザリオ王国と真剣に事を構えることなく、かつお前たちを排除することもない、もっとも穏当な方針をとることにしたのだ」


 シャールは少し考えてから口を開いた。


「もしウェザリオ王国がラスフェルに兵を送り込んできたらどうする」


「ありえないが」


 グレンは肩をすくめた。


「もしそんなことがあれば戦争だな」


「真剣に事を構えたりはしないのではないのか」


「そうだ」


 グレンの目が細くなった。


「だから少数の暗殺者、それもラスフェルの警備を潜り抜けて街中で凶行に及べるような連中を送り込んできたなら、それを以て戦争とはしない。ラスフェルは、少なくとも冒険者ギルドはお前たちとその暗殺者との個人的な揉め事として処理するだろう。しかし軍を差し向けてくるなら話は別だ」


「面子の問題か」


「それだけではないが、それも含まれる」


 グレンは椅子の背に身を預けた。


「自治都市の独立というのは微妙な均衡の上に成り立っている。周辺国家との関係、商業的な利害、そして何より住民の意識。ラスフェルがラスフェルであり続けられるのは、誰もこの街を攻めても得にならないと思っているからだ。だが、もし大国がこの街に軍を送り込んできたら、その均衡は崩れる」


「他の国家も黙っていないということですか」


「ああ。ラスフェルは確かに小さな街だが、交易の要衝でもある。ここが特定の国家の支配下に入れば、周辺の力関係は大きく変わる。それを望む者は少ない。だからウェザリオ王国も軍を送るようなことはしないはずだ。しかしそれでも万一そういう手に出てきたら戦争だ。お前らを引き渡したりもしない。大陸中の冒険者がウェザリオ王国と敵対するだろう」


 シャールは頷いた。


 なるほど、とシャールは内心で呟いた。グレンの説明は理に適っている。ラスフェルという街の立ち位置、ウェザリオ王国との力関係、そして自分たちに対する処遇の論理。すべてが一本の線で繋がっていた。


 この男は自分たちを守ろうとしているわけではない。街の利益を守ろうとしているのだ。そしてその結果として、現時点では自分たちを排除しない方が得策だと判断している。だが状況が変われば、その判断も変わりうる。


 ──これ以上に誠実な態度もないだろう。少なくとも嘘はついていない。


「分かりました」


 シャールは静かに言った。


「ギルドの、そして議会の方針は理解しました。私たちとしては、この街で問題を起こすつもりはありません。ただ静かに暮らしたいだけです」


「そうか。なら話は早い」


 グレンは立ち上がった。


「今日のところはこれで終わりだ。何かあれば連絡する。お前らも、何か困ったことがあれば言ってこい。力になれるとは限らんが、話くらいは聞いてやる」


 それは意外な言葉だった。シャールは少し驚いて、グレンの顔を見上げた。


「……ありがとうございます」


「礼を言われるようなことじゃない。行け」


 グレンは手を振って二人を促した。


 シャールとセフィラは一礼して部屋を出た。廊下を歩きながら、シャールは隣のセフィラに目を向けた。彼女もまた、何かを考え込んでいる様子だった。


「どう思う」


 小声で問いかけると、セフィラは首を傾げた。


「複雑な立場ですわね。わたくしたちも、この街も」


「ああ」


「でも、悪い話ではなかったと思いますわ。少なくとも、すぐに追い出されることはない。それだけでも十分です」


 シャールは頷いた。


 ラスフェルという街は、自分たちを無条件に守ってくれるわけではない。だが、無条件に排除するわけでもない。その中間の、曖昧でありながらも実利的な立場を取っている。


 それでいい、とシャールは思った。


 この世に無条件の善意など存在しない。あるのは利害の計算と、その結果としての行動だけだ。グレンは正直にそれを示してくれた。その正直さに、シャールはある種の敬意すら覚えていた。


 ギルドの建物を出ると、昼の光が眩しかった。


「さて」


 シャールは空を見上げた。


「明日からまた依頼を受けよう。私たちにできることは、この街で地道に信頼を積み上げていくことだけだ」


「ええ」


 セフィラが頷いた。


「わたくしもそう思いますわ」


 二人は並んで宿へと歩き始めた。



第一章はこれで終了です。

キリが良いのでくれくれします。クレクレクレクレ



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地球が三日後に滅びるそうだから、怖くない。
「メテオリック・エクソシズム」

妻を癌で亡くして以来、男は自分が生きているのか死んでいるのかすら判然としないような日々を送っていた。
だが故人をAIで再現するサービスを知り、膨大な写真やメール、声の記録を入力して亡き妻を蘇らせる。
画面越しに再開した会話は空虚だった日常を少しずつ温かく満たしていく、が。
「電影」

ある日を境に、日本中で不可解な事故死が激増した。
一人でいると死亡率が跳ね上がる異常事態。
国民すべての運が急激に悪化したのだ。
かつて「他人と関わるな」が常識だった社会は一変し、人々は見知らぬ者同士で命を預け合うようになった。
「運の尽き」

あるところに女の子がいました。
女の子はもう死にます。
「光り、きらきら」

「私たち四人は対等なの」──女の提案で始まったのは、三人の男が一人の女を共有する異常な日々だった。
弁護士の真司は漁師の啓二、バーテンダーの了と共に、愛する妻・莉子と暮らしている。
かつては嫉妬に狂い、互いに殺意すら抱いた男たち。
しかし奔放な妻に振り回され、同じ苦しみを共有するうちに、敵同士だったはずの三人の間には奇妙な連帯感が芽生え始める。
「オープンマリッジ」
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