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追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話  作者: 埴輪庭
第一章

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第25話 調査隊


 ◆


 ベルトランが提出した調査申請書は三日後に承認された。


 ケリガンの森における魔物の異常発生。新人冒険者からの報告が相次いでいたことを受け、ギルドは正式な調査隊の派遣を決定したのである。編成されたのは四人の調査員からなる小隊であった。いずれもかつては冒険者として名を馳せ、その実力を買われてギルドにスカウトされた者たちである。


 隊を率いるのはムーキーという名の軽装戦士であった。


 浅黒い肌に短く刈り込んだ黒髪。南方の島嶼地帯の出身で、その身のこなしは猫科の獣を思わせる。革鎧の下に引き締まった筋肉が隆起し、腰には二本の短剣を帯びている。彼の得意とするのは素早い連撃と、敵の懐に飛び込んでの近接戦闘であった。


 だがその戦闘スタイルとは裏腹に、ムーキーの性格は陽気そのものであった。


「よーし、行くか。天気もいいし、最高の調査日和だな」


 街を出る前からそんな調子である。南方特有の開放的な気質がそうさせるのか、彼の口からは絶えず軽口が飛び出していた。


「お前はいつもそうだな。緊張感というものがないのか」


 苦言を呈したのはフリードマンである。


 ひょろりと背の高い男で、眼鏡の奥の目は常に何かを警戒するように細められている。北方の厳寒地帯で生まれ育った彼は弓の名手として知られていた。百歩先の的を射抜く精度と、極限状況でも乱れぬ冷静さが彼の持ち味である。


 だがその冷静さは裏を返せば神経質さでもあった。細かいことが気になって仕方がない性分なのである。


「緊張感ねえ。緊張しすぎると身体が固くなるぜ、フリードマン」


「緊張しなさすぎると判断が鈍る。お前のその楽天主義はいつか命取りになるぞ」


「はいはい、気をつけますよっと」


 ムーキーは肩をすくめた。


 この二人の掛け合いは今に始まったことではない。正反対の気質を持つ者同士、顔を合わせれば何かしら言い合いになる。だがそれでいて息は合っている。冒険者時代から幾度となく共に依頼をこなしてきた仲であり、互いの癖も弱点も熟知していた。


 残る二人は黙々と歩を進めていた。


 一人は全身を重厚な鎧で固めた大男である。JJ・ギルモアという名だが誰もフルネームでは呼ばない。単にJJ、あるいはギルモアと呼ばれていた。


 その最大の特徴は頭部を覆うバケツ型の兜である。視界を確保するための細いスリット以外、顔の造作は一切窺えない。声を発することも稀で、何を考えているのかは本人以外には分からなかった。


 重装戦士としての腕は確かなものがある。分厚い盾と長柄の戦斧を操り、前線を支える壁役を務める。その巨体が敵の前に立ちはだかれば、大抵の魔物は怯んで足を止めた。


 そしてもう一人。


 黒髪を短く刈り揃えた東洋風の女がいた。サヨリという。


 極東の島国から渡ってきた魔術師である。だが彼女の扱う術はこの大陸で一般的な四大属性の魔術とは系統を異にしていた。


「ねえJJ、水筒ちゃんと持ってきた? 昨日確認したとき半分しか入ってなかったでしょ。補充しなさいって言ったわよね? したの? してないんじゃないの? ほら見せて」


 サヨリの声が森の入り口付近に響く。


 JJは黙って腰の水筒を差し出した。サヨリはそれを受け取り、重さを確かめ、蓋を開けて中身を覗き込む。


「よし、ちゃんと満タンね。偉い偉い」


 満足げに頷いてから水筒を返す。JJは無言でそれを受け取り、腰に戻した。


 この二人は恋仲であった。


 どのような経緯でそうなったのかは本人たち以外には謎である。寡黙な重装戦士と、口うるさい魔術師。およそ正反対の組み合わせだがしかし不思議と馬が合うらしい。サヨリが一方的に喋り、JJが黙って聞く。傍から見れば奇妙な関係だが当人たちはそれで満足しているようであった。


「さて」


 ムーキーが森の入り口で足を止めた。


「ここからが本番だ。気を引き締めていこう」


 珍しく真面目な声だった。


 ケリガンの森は街から北東に半日ほどの距離にある。新人冒険者の訓練場として知られる場所だが奥に進めば進むほど危険度は増していく。浅層、中層、深層。大まかに三つの領域に分けられ、深層には熟練の冒険者でも油断すれば命を落としかねない魔物が棲息していた。


 今回の調査の目的は魔物の分布状況を確認することである。


 浅層で小鬼が目撃されるようになったという報告。それが一時的な現象なのか、それとも何か構造的な変化の兆候なのか。それを見極めなければならなかった。


「フリードマン、先行して索敵を頼む」


「分かっている」


 フリードマンは弓を構え、音もなく木々の間に消えていった。彼の役目は先行偵察である。敵の気配を察知し、本隊に警告を送る。斥候としての技術は四人の中で群を抜いていた。


「JJは俺の後ろに。サヨリはその後方を頼む」


「了解」


 サヨリが短く答えた。


 四人は森の中へと足を踏み入れる。


 ◆


 浅層の森は静かであった。


 木漏れ日が地面に斑模様を描き、鳥の声が遠くで響いている。腐葉土の匂いが鼻を突き、下生えを踏みしめる足音だけが規則正しく続いていた。


 この辺りは何度も歩いた道である。ムーキーにとっては庭のようなものだった。どの木がどこに生えているか、どの茂みに気をつけるべきか、すべて頭に入っている。


 だが。


「妙だな」


 ムーキーが呟いた。


「何が」


 サヨリが問い返す。


「静かすぎる。普段ならこの辺りで角兎の一匹や二匹は見かけるんだがな」


 確かにそうであった。


 浅層には比較的おとなしい魔物が棲息している。角兎や木鼠といった小動物系の魔物で、冒険者を見かけても逃げていくことがほとんどだ。だが今日はその姿が見えない。


「追い立てられたのかもしれないわね」


 サヨリの声には緊張が滲んでいた。


「何かに?」


「分からないわ。でも、嫌な予感がする」


 前方から口笛の音が聞こえた。フリードマンからの合図である。敵発見の知らせだ。


 ムーキーは片手を上げて隊の停止を命じた。


 しばらくすると、フリードマンが木々の間から姿を現した。眼鏡の奥の目がいつにも増して鋭くなっている。


「小鬼だ。八体。百歩ほど先の窪地にいる」


「八体か。群れとしては小さいな」


「だが問題がある」


 フリードマンの声が低くなった。


「ここは浅層と中層の境目だ。本来なら小鬼がうろつく場所じゃない」


 ムーキーは眉をひそめた。


 報告の通りである。小鬼の出没範囲が広がっている。それも浅層にまで。


「他には?」


「灰狼の足跡を見つけた。まだ新しい。三頭から五頭といったところだろう」


「灰狼まで出てきてるのか」


 灰狼は中層に棲息する魔物である。体長は大型犬ほどで、群れで獲物を追い詰める習性を持つ。単体ではさほど脅威ではないが数が揃えば厄介な相手になる。


「岩猿の痕跡もあった。木の皮が剥がされていたから間違いない」


「岩猿だと?」


 ムーキーの声に驚きが混じった。


 岩猿は本来、深層に近い領域にしか現れない魔物である。岩のように硬い体毛を持ち、その腕力は人間の数倍に達する。知能も比較的高く、集団で連携して狩りを行うことで知られていた。


「やはり何かがおかしい」


 フリードマンが顎をしゃくった。


「まずはあの小鬼どもを片付けるか。それとも迂回するか」


「片付けよう」


 ムーキーは即断した。


「調査が目的とはいえ、放っておくわけにもいかない。それに、戦ってみれば何か分かるかもしれない」


 サヨリが口を開きかけたがムーキーが先に続けた。


「もちろん深追いはしない。さっさと始末して、先に進む」


「了解」


 サヨリは頷いた。


 ◆


 小鬼たちは窪地の中央で何かを囁き合っていた。


 醜悪な緑色の肌、尖った耳、ぼろ布を腰に巻いただけの姿。典型的な小鬼の外見である。手には粗末な棍棒や錆びた短剣を握っている。


 ムーキーは茂みの陰から様子を窺った。


 八体。フリードマンの報告通りだ。群長らしき大柄な個体が一体、残りは通常の成体。統率は取れているようだがしかし油断しているのか周囲への警戒が甘い。


 ──やりやすいな。


 ムーキーは心の中で呟いた。


 JJに目配せを送る。重装戦士は無言で頷き、盾を構えた。


 フリードマンは既に木の上に陣取っている。弓に矢を番え、いつでも射撃できる体勢だ。


 サヨリは後方で両手を組み合わせ、何やら低い声で呟いていた。それは詠唱というよりは祈りに近い響きを持っていた。この大陸の魔術師たちは四大属性、すなわち火、水、風、土のいずれかを操る。詠唱の言葉も大陸共通の古代語を用いるのが一般的であった。だがサヨリの術はそのいずれにも属さない。


「オン・バジラ・サトバ・ウン」


 空気が震えた。


 サヨリの周囲に淡い光が灯る。それは彼女の体を包み込み、やがて四人全員へと広がっていった。加護の術である。


「準備完了」


 サヨリの声に、ムーキーは頷いた。


「行くぞ」


 茂みを飛び出す。


 小鬼たちが振り返った。だがその反応は遅かった。


 ムーキーの短剣が閃く。最も近くにいた小鬼の喉を一息に切り裂き、返す刃で隣の個体の腹を抉った。鮮血が噴き出し、二体が同時に崩れ落ちる。


 悲鳴が上がった。残りの小鬼たちが武器を構え、散開しようとする。だがその動きを封じたのはJJの巨体であった。重装戦士は窪地に飛び降り、盾を振り回した。逃げようとした小鬼が盾の縁で殴り飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。骨が砕ける鈍い音が響いた。


 フリードマンの矢が空を切った。群長の目を狙った一撃。だが群長は咄嗟に身を捩り、矢は頬を掠めるに留まった。知能の高さを示す反応であった。群長は甲高い声で何かを叫んだ。命令だろう。残りの小鬼たちが一斉にムーキーに襲いかかる。数で押し潰す戦法である。


 がムーキーは低く身を沈め、突進してきた小鬼の足を払った。転倒した個体の頭を踏み潰し、背後から襲いかかってきた別の個体を肘打ちで昏倒させる。残る一体が棍棒を振り下ろしてきたがムーキーはそれを短剣で受け流し、返す動きで相手の首を刎ねた。


 群長だけが残った。


 周囲を見回し、仲間がすべて倒されたことを理解する。その目に恐怖が浮かんだ。踵を返し、逃げようとした。


「逃がすか」


 フリードマンの二射目が放たれた。今度は外さない。矢は群長の背中に深々と突き刺さり、その巨体が前のめりに倒れ込んだ。


「終わりだな」


 ムーキーは短剣の血を払いながら言った。


 戦闘開始から決着まで、ものの一分とかかっていない。


「あっさりしすぎて拍子抜けだけど──」


 サヨリが窪地に降りてきながら呟いた。


「私たちならこんなものでしょ。相手は所詮小鬼だし」


「だが油断はするな」


 フリードマンが木から降りてきた。


「さっきも言ったがこいつらがここにいること自体がおかしいんだ」


 ムーキーは小鬼の死骸を見下ろした。


 痩せている。普通の小鬼よりも明らかに栄養状態が悪い。まるで十分な餌にありつけていないかのようだった。


「飢えてるのか、こいつら」


「そのようね」


 サヨリが死骸を検分しながら言った。


「肋骨が浮き出てるわ。相当長い間、まともに食べてないみたい」


「だから浅層まで出てきた?」


「可能性はあるわね。本来の縄張りで餌が取れなくなって、仕方なく移動してきたとか」


 フリードマンが顎に手を当てた。


「だとすれば、中層以深で何かが起きているということになる」


「進むか」


 ムーキーの声に迷いはなかった。


「調査を続行する。もっと奥まで見てみないと分からない」


 異論を唱える者はいなかった。


 四人は死骸を残し、森の奥へと足を進めた。


 ◆


 中層に入ると、森の様相が変わり始めた。


 木々の密度が増し、陽光が届きにくくなる。空気も湿り気を帯び、どこか淀んだ匂いが漂っていた。


 フリードマンが再び先行し、索敵を行う。その報告は次第に不穏なものになっていった。


「灰狼の群れ。七頭。左手の斜面にいる」


「迂回できるか」


「難しいな。こちらに気づいている様子はないが進路上にいる」


 ムーキーは舌打ちした。


「仕方ない。排除する」


 灰狼との戦闘は小鬼よりも厄介であった。だが結果は同じだった。フリードマンの矢が先制で二頭を仕留め、残りはムーキーとJJが片付けた。サヨリの加護の術が効いていたのか、誰も傷一つ負わなかった。


「こいつらも痩せてるわね」


 サヨリが灰狼の死骸を調べながら言った。


「毛並みも悪いし、目の輝きもない。病気じゃないわ。やっぱり飢餓だわ」


「中層でも餌が取れなくなってるのか」


「そうとしか考えられないわ」


 ムーキーは眉をひそめた。


 森の生態系に何かが起きている。それも、かなり深刻な何かが。


 さらに奥へ進むと、岩猿の群れに遭遇した。


 五頭。いずれも成体で、その腕力は小鬼や灰狼の比ではない。だが彼らもまた、本来の棲息域から外れた場所にいた。そして例外なく痩せ衰えていた。


 戦闘は激しいものになった。岩猿の硬い体毛はフリードマンの矢を弾き、ムーキーの短剣も浅い傷しかつけられない。だがJJの戦斧が一撃を加えれば、いかに頑強な岩猿といえども無事ではいられなかった。


 重装戦士の一撃は岩猿の頭蓋を叩き割り、胸郭を押し潰した。サヨリの術が岩猿の動きを鈍らせ、その隙にムーキーが急所を狙う。連携の取れた攻撃の前に、岩猿たちは次々と倒れていった。


「ふう」


 最後の一頭を仕留めた後、ムーキーは額の汗を拭った。


「さすがに骨が折れたな」


「でも誰も怪我してないわ。上出来よ」


 サヨリが隊員たちの状態を確認しながら言った。


 JJは黙って戦斧の血を拭っている。その動作には淀みがなく、疲労の色は見えない。


「深層に入るか」


 フリードマンの問いに、ムーキーは頷いた。


「ここまで来たんだ。原因を突き止めないと報告にならない」


 ◆


 中層と深層の境界は明確には定められていない。


 だが足を踏み入れた瞬間、誰もがそこが別の領域であることを悟った。


 空気が変わったのだ。


 重く、濃密で、どこか腐臭を含んだ空気。木々の姿も一変している。


「何よ、これ」


 サヨリが足を止めた。その声には明らかな動揺が滲んでいる。


 目の前に広がる光景はおよそ自然の森とは呼べぬものであった。


 灰色がかった樹皮を持つ針葉樹が立ち並んでいる。だがそのすぐ隣には熱帯の密林でしか見られぬような幅広の葉を持つ巨木がそびえていた。地面を覆う下生えもまた奇妙の一語に尽きる。寒冷な高地に自生する苔の類が乾燥した砂漠に適応したはずの多肉植物と入り混じって繁茂しているのだ。


 本来ならば同じ場所に存在しえぬ植物たちがめちゃくちゃに混在していた。


「この植生、おかしいわ」


 サヨリの目が周囲を舐め回すように動いている。


「見て、あの木。厳しい寒さに耐えるために進化した種よ。でもその隣に生えてるのは灼熱の砂漠に適応した種じゃない。両方がこんなふうに並んで生えてるなんて、自然界ではありえないの」


 ムーキーは言われた方向を見た。


 確かに異様だった。細く硬い葉を密生させた針葉樹と、肉厚で水分を蓄えた葉を持つ奇妙な木が根を絡め合うようにして立っている。


「あそこの下生えも滅茶苦茶だわ」


 サヨリが指差す先には苔と蔓草と多肉植物が渾然一体となった異様な茂みがあった。


「湿地の苔と、乾いた岩場を好む地衣類と、熱い土地の蔓草が一緒に生えてる。こんなの見たことないわ」


「魔力の影響か?」


 フリードマンが推測を口にした。


「それしか考えられない」


 サヨリの声が低くなった。


「でも、こんな規模で植生を狂わせるには相当な魔力が必要よ。それも、継続的に放出され続けている魔力が」


 彼女は屈み込み、地面の土を指で掬い上げた。


「土壌も変質してるわ。見て、この色」


 掌の上の土は奇妙な斑模様を呈していた。黒い腐葉土と、白っぽい�ite、赤みを帯びた粘土質のものが層をなすことなく混ざり合っている。


「本来ならそれぞれ別の気候帯でしか見られない土壌がごちゃ混ぜになってるの」


「つまり」


 ムーキーが口を開いた。


「この森の奥に、そんなことを引き起こしてる何かがいるってことか」


「何か、というより」


 サヨリは立ち上がり、森の奥を睨んだ。


「何者か、だと思うわ。これだけの範囲で植生を歪めるにはただ魔力が漏れ出しているだけじゃ足りない。意思を持った存在が継続的に強大な魔力を放出し続けている。そう考えないと辻褄が合わないの」


 四人は顔を見合わせた。


「それが魔物の異常発生の原因か」


「おそらくね。何か強大な存在がこの森の奥に棲みついて、それが生態系を根こそぎ破壊してる。だから小鬼も灰狼も岩猿も、本来の縄張りを追われて浅い層まで出てきたんだわ」


 沈黙が落ちた。


 フリードマンが眼鏡を押し上げながら言った。


「引き返すか」


「駄目よ」


 サヨリが首を横に振った。


「このまま帰っても『何かおかしい』としか報告できないわ。ギルドは原因の特定を求めてる。せめて何がいるのか、目視で確認しないと」


「同感だ」


 ムーキーが頷いた。


「俺たちは調査員だ。危険だから帰りますじゃ話にならない。何がこの異変を引き起こしてるのか、それを突き止めるのが仕事だ」


 JJは黙って頷いた。その沈黙は同意を示していた。


「無理はしないが行けるところまで行く。いいな」


 異論は出なかった。


 四人は警戒を強めながら、深層の奥へと足を進めた。


 ◆


 異変は植生だけではなかった。


 進むにつれ、地面に散らばる骨の数が増えていった。小動物のものから始まり、やがて小鬼や灰狼のものと思しき残骸が目につくようになる。いずれも肉をこそげ落とされ、白く乾いた骨だけが残されていた。


「戦闘の痕跡じゃないわね」


 サヨリが骨を調べながら言った。


「何かに食われたんだわ。それも、ものすごい食欲で」


「何に?」


「分からない。でも、この歯形」


 サヨリの顔が強張った。


「小鬼や灰狼の歯形じゃないわ。もっと大きい。もっと鋭い」


 フリードマンが周囲を警戒しながら言った。


「俺たちが知らない魔物か」


「かもしれない。あるいは──王種」


 サヨリの言葉が途切れた。


 前方から音が聞こえたのである。


 足音だ。


 それも複数の。


 ムーキーは咄嗟に片手を上げ、隊の停止を命じた。全員が息を殺し、音の方向を窺う。


 足音は近づいてくる。


 速い。何かが全力で走っている。


 木々の間から姿が現れた。


 小鬼だ。


 五体。いずれも目を見開き、口を開け、恐怖に引き攣った表情を浮かべている。


 だが彼らはムーキーたちを見ていなかった。


 否、見えていないのだ。


 目の前に四人の人間が立っているというのに、小鬼たちはそれを完全に無視していた。ただひたすらに、何かから逃げようとしている。


 小鬼たちはムーキーの脇をすり抜け、森の外に向かって駆け去っていった。


 誰も追わなかった。追う気にもなれなかった。


「何だ、今の」


 ムーキーの声が掠れていた。


 小鬼が人間を無視するなど、通常はありえない。彼らにとって人間は獲物であり、敵であり、何よりも恐れるべき存在である。それが目の前にいるのに、まるで見えていないかのように走り抜けていった。


 それほどまでに、彼らは恐怖していたのだ。


 ムーキーたち以上に恐ろしい何かに追われて。


「記録しておくわ」


 サヨリが手帳を取り出した。


「小鬼が人間を無視して逃走。極度の恐慌状態。これは重要な情報よ」


 ムーキーは黙って森の奥を見つめていた。


 木々の向こう、深い闇の中に、何かがいる。


 何かが待っている。


 その気配が肌を刺すように伝わってくる。


「もう少し進もう」


 ムーキーは静かに言った。


「姿だけでも確認できれば、報告に具体性が出る」


 サヨリが頷く。


「でも、交戦は避けるわ。確認したら即座に離脱。いい?」


「分かってる」


 四人は足音を殺しながら、さらに奥へと進んでいった。



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自作の長編と短編を宣伝。長編は大体ブクマ1000~1500くらいのやつ。短編は直近二ヶ月で書いたやつをポイント降順に。

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一人でいると死亡率が跳ね上がる異常事態。
国民すべての運が急激に悪化したのだ。
かつて「他人と関わるな」が常識だった社会は一変し、人々は見知らぬ者同士で命を預け合うようになった。
「運の尽き」

あるところに女の子がいました。
女の子はもう死にます。
「光り、きらきら」

「私たち四人は対等なの」──女の提案で始まったのは、三人の男が一人の女を共有する異常な日々だった。
弁護士の真司は漁師の啓二、バーテンダーの了と共に、愛する妻・莉子と暮らしている。
かつては嫉妬に狂い、互いに殺意すら抱いた男たち。
しかし奔放な妻に振り回され、同じ苦しみを共有するうちに、敵同士だったはずの三人の間には奇妙な連帯感が芽生え始める。
「オープンマリッジ」
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