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追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話  作者: 埴輪庭
第一章

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第12話 ギルドの面々

 ◆


 夜の帳が街を包み込む頃、冒険者ギルドの裏手にある小さな酒場に灯りが点った。


「銀狐亭」と掲げられた看板の下、木造二階建ての古びた建物がそこにある。


 表通りの喧騒からは外れた場所に位置するその店はギルド職員たちが仕事終わりに集う隠れ家のような存在であった。


 店内に足を踏み入れると、すでに数人の先客が奥の席を占めている。


 受付嬢のマリアが手を振り、隣に座るのは依頼カウンター担当のベルトランだ。


「遅いわよ、カティア」


「ごめんごめん。登録希望者が立て込んじゃって」


 新規登録窓口を担当するカティアは息を切らせながら席に滑り込んだ。


 真偽の瞳の持ち主として日々新人たちの素性を見極める彼女の目元にはわずかに疲労の色が滲んでいる。


「お疲れ様。とりあえず一杯」


 ベルトランが麦酒の入ったジョッキを差し出す。


 カティアは礼も言わずにそれを受け取り、一息に半分ほど飲み干した。


「ぷはぁ……生き返る」


「そんなに忙しかったの?」


 マリアの問いに、カティアは渋い顔をする。


「今月に入ってから異常よ。毎日二十人は来るもの」


「春先だからな。田舎から出てきた連中が多いんだろう」


 ベルトランが肩をすくめた。


 四十がらみの彼は依頼の受付から報酬の支払いまでを一手に担う中堅職員である。


 無骨な外見に反して事務処理能力は極めて高く、ギルドの裏方を支える要の一人だ。


「春先だからって限度があるでしょ。しかも今年の新人、質がひどいのよ」


 カティアの声には苛立ちが滲んでいる。


「質?」


「そう、質。覚悟も準備もなく飛び込んでくる馬鹿が多すぎるの」


 彼女は二杯目の麦酒を注文しながら続けた。


「今日なんかね、『剣を持ったことはないけど冒険者になりたい』って言い出した奴がいたのよ。武器も防具も持ってない。お金もない。でも冒険者になれば一攫千金だと思ってるの」


「それで?」


「当然追い返したわ。せめて棒切れの一本くらい持ってきなさいって」


 マリアが苦笑を浮かべる。


「まあ、夢見る若者は昔からいるものよ」


「夢を見るのは勝手だけど、こっちに迷惑をかけないでほしいわ。登録審査って結構神経使うのよ。あの瞳を使うたびに頭痛がするんだから」


 カティアはこめかみを押さえながら呻いた。


「それに比べたら受付は楽でいいわよね、マリア」


「楽じゃないわよ。横柄な冒険者の相手をするのも大変なんだから」


 マリアは頬を膨らませた。


 二十代後半の彼女は穏やかな笑顔と丁寧な応対でギルドの顔役を務めている。


 だがその裏では理不尽な要求や暴言に耐える日々でもあるのだ。


「こないだなんか、報酬が安すぎるって怒鳴り込んできた男がいてね。依頼書に書いてある金額で納得して受けたくせに、終わってから文句を言うのよ」


「いるよなあ、そういうの」


 ベルトランが深いため息をついた。


「依頼内容を碌に読まずに受けて、後から騒ぐ連中。毎月必ず何人かは出てくる」


「読まないんじゃなくて読めないのかもしれないわよ」


 カティアが皮肉っぽく言った。


「字が読めない冒険者なんて珍しくもないでしょ」


「だとしても、受ける前に確認くらいしろって話だ」


 ベルトランは腕を組んで首を振る。


「俺たちは丁寧に説明してるんだぞ。それを聞いてないのは本人の責任だろう」


「まったくよ」


 三人は揃ってため息をついた。


 酒場の扉が開き、新たな客が姿を現す。


「お待たせ。遅れてごめんなさい」


 入ってきたのは長い黒髪を後ろで束ねた女だった。


 年齢は三十前後か。


 切れ長の目と通った鼻筋が印象的な美貌の持ち主である。


 だがその立ち居振る舞いにはどこか影があり、普通の事務職員とは異なる空気を纏っていた。


「アレッサンドラ。珍しいわね、あなたが飲み会に来るなんて」


 マリアが目を丸くする。


「たまにはね。情報収集も兼ねて」


 アレッサンドラと呼ばれた女は涼しい顔で席に着いた。


 彼女の肩書きは「渉外担当」となっているが実態はギルドの諜報員である。


 街に出入りする人間の素性を調べ、不穏な動きがあれば上層部に報告する。


 表向きは事務仕事をしているがその耳と目は常に街の隅々にまで張り巡らされていた。


「で、最近どうなの。何か面白い話はある?」


 アレッサンドラが麦酒を注文しながら尋ねる。


「面白いってほどじゃないけど……」


 カティアが思い出したように口を開いた。


「そうだ、例の二人組の話、聞いた?」


「例の二人組?」


「シャルとセフィって名乗ってる新人よ。先週登録したんだけど」


 その名を聞いた瞬間、アレッサンドラの目がわずかに細くなった。


 だが彼女は何食わぬ顔で麦酒を口に運ぶ。


「ああ、知ってるわ。評判になってるわよね」


 ベルトランが頷いた。


「依頼をこなす速度が尋常じゃないって話だ。水汲みだの荷運びだの、普通なら半日かかる仕事を一、二時間で片付けてくるらしい」


「しかも丁寧なのよね、仕事が」


 マリアが付け加えた。


「依頼主からの評価がすごく高いの。またあの二人に頼みたいって声がいくつも来てるわ」


「へえ」


 アレッサンドラは興味深そうに相槌を打つ。


「どんな連中なの?」


「男の方は寡黙だけど礼儀正しいわ。受付でもちゃんと挨拶するし、報酬を受け取る時も必ずお礼を言ってくれる」


「女の方は物腰が柔らかくて知性的な印象ね。話してると教養の高さが伝わってくるの」


 カティアとマリアが口々に語る。


「二人とも明らかに庶民の出じゃないわよね」


「うん。服装は質素だけど、立ち居振る舞いが違う」


「貴族崩れか何かかしら」


「さあ。でも登録審査は問題なく通ったから、少なくとも悪人ではないはずよ」


 カティアが自分の目を指差した。


「この瞳は嘘をつかないもの」


「人を殺したことがあるって答えたんでしょ?」


 アレッサンドラの問いに、カティアは頷く。


「ええ。でも金目当てでも快楽目的でもなかった。自由を守るためだって言ってたわ」


「自由を守るため、ね」


 アレッサンドラは意味深な笑みを浮かべた。


「なかなか詩的な表現じゃない」


「皮肉?」


「いいえ、素直な感想よ」


 彼女は麦酒を一口飲み、視線を宙に漂わせる。


「ただ、ちょっと気になることがあるのよね」


「気になること?」


 三人の視線がアレッサンドラに集まった。


「実はね」


 彼女は声を潜めた。


「先日、ウェザリオ王国から議会に問い合わせがあったの」


「ウェザリオ?」


 ベルトランが眉をひそめる。


「そう。内容は単純よ。直近でこの街に入ってきた者のリストを提出しろ、と」


「は? なにそれ」


 カティアが素っ頓狂な声を上げた。


「そんなもの出せるわけないじゃない。個人情報よ?」


「当然、議会は断ったわ。いつも通りにね」


 アレッサンドラは肩をすくめた。


「こういう問い合わせ自体は珍しくないの。どこかの国が逃亡者を追ってるとか、犯罪者を捜してるとか、理由は様々だけど」


「それで?」


「議会の方針は一貫してるわ。外部からの干渉は一切受け付けない。誰がこの街に来ようと、それはこの街の問題であって他国に口を挟む権利はない、ってね」


 マリアが安堵したように息を吐いた。


「よかった。せっかく来てくれた冒険者を売り渡すなんて、ギルドの信用に関わるものね」


「でも気になるわね」


 カティアが顎に手を当てる。


「わざわざウェザリオ王国が問い合わせてくるってことはよっぽど重要な人物を探してるってことでしょ?」


「そういうことになるわね」


 アレッサンドラの視線がどこか遠くを見ていた。


「まあ、誰を探してるのかは知らないけど」


 その言葉には微妙な含みがあった。


 だが他の三人はそれに気づかない。


「ウェザリオって確か、王位継承で揉めてるんじゃなかったっけ」


 ベルトランが記憶を探るように呟いた。


「ああ、聞いたことあるわ。第一王子が廃嫡されたとかなんとか」


「廃嫡? 何やらかしたの?」


「さあ。魔力がどうとかって話だった気がするけど、詳しくは知らないわ」


「ふうん」


 カティアは興味なさげに麦酒を傾けた。


「まあ、他所の国のお家騒動なんてどうでもいいわよね」


「そうそう。私たちには関係ないわ」


 マリアも同意する。


 アレッサンドラだけが無言で杯を見つめていた。


「ところで」


 彼女は話題を変えるように口を開いた。


「例の二人組、今はどんな依頼を受けてるの?」


「雑用ばかりよ。水汲み、荷運び、解体作業、薬草採取……銅級の地味な仕事を黙々とこなしてるわ」


「討伐依頼には手を出さないの?」


「まだ一度も。賢明な判断だと思うわ」


 カティアが感心したように言った。


「普通の新人は早く稼ぎたくて無理をするものだけど、あの二人は違うのよね。自分たちの実力をちゃんと把握してる感じがする」


「それか、誰かに助言されたか」


 ベルトランが付け加えた。


「タマさんあたりが絡んでるんじゃないか? あいつ、金になりそうな新人には必ず声をかけるからな」


「ああ、あの情報屋ね」


 マリアが苦笑する。


「商売上手よね、あの人」


「商売上手っていうか、がめついっていうか」


「でも情報の質は確かだから新人にとっては頼りになる存在よ」


「まあね」


 話はそこから脱線し、タマさんの過去の武勇伝や失敗談へと移っていった。


 アレッサンドラは時折相槌を打ちながらも、心ここにあらずといった様子で麦酒を啜っている。


 彼女の頭の中では様々な情報が組み立てられていた。


 ウェザリオ王国からの問い合わせ。


 時期を同じくして現れた素性の知れない二人組。


 明らかに庶民ではない立ち居振る舞い。


「自由を守るため」に人を殺したという証言。


 点と点が線で繋がりかけている。


 だがそれを口にする気はなかった。


 この街は来る者を拒まない。


 それがラスフェルの鉄則だ。


「ねえ」


 アレッサンドラは何気ない口調で尋ねた。


「その二人、今どこに泊まってるか知ってる?」


「確か朝霧の鐘亭だったと思うわ。登録の時に宿泊証明を見せてもらったから」


「そう」


 それ以上は追及しない。


 ただ頭の片隅にその情報を留めておくだけだ。


「さて、もう一杯いこうか」


 ベルトランが空になったジョッキを掲げた。


「賛成」


「私も」


「付き合うわ」


 四人は杯を重ね、夜は更けていく。

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弁護士の真司は漁師の啓二、バーテンダーの了と共に、愛する妻・莉子と暮らしている。
かつては嫉妬に狂い、互いに殺意すら抱いた男たち。
しかし奔放な妻に振り回され、同じ苦しみを共有するうちに、敵同士だったはずの三人の間には奇妙な連帯感が芽生え始める。
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