(7)愛のチカラ
イザベラは父親が買ったタウンハウスにしばらく滞在することになった。解毒薬を作るのに三日かかると言われたので、その間は学園に行くことはできない。婚約者といえども、学業の邪魔をするようでは面会も叶わなくなる。イザベラとしては、むしろ足繁く通ってセフィリアと出会ってしまうのはごめん被りたかった。
(せっかくだから、街歩きをしなくちゃね!)
ゲームの中の世界をリアルで歩き回れるのだ。ウキウキしながらイザベラは街へと飛び出した。後ろには護衛がしっかりとついている。お転婆でも貴族の娘なのだ。何かあっては大変なことになる。
聖女と攻略相手は、仲が良くなると、休日に街へと二人で出かけるイベントが起こる。本屋へ行ってみたり、カフェで一緒にお茶を飲んだりと、攻略相手によって行く場所は変わるのだが、その中でもイザベラがどうしても行ってみたい場所があった。
魔法に関する道具が置かれている魔法店である。
聖女セフィリアは物語の後半、攻略相手の一人、魔術師候補の男と一緒にこの店を訪れる。男には魔物の呪いがかけられており、その呪いを聖女が解くために、この店の道具が必要になるのだ。冬前の話だから今なら会うことはない。それに。
(私にも魔法が使えるようになるアイテムが欲しいのよ!)
イザベラは魔力はあるものの、魔法が使えなかった。前世で使えなかった魔法が手に届くところにあれば、使いたくなるというものだ。
ドアを開けると黒を基調としたインテリアの店の中が目に入った。護衛にここで待つよう伝えると、イザベラはワクワクしながら店の中に足を踏み入れる。
(スチルと一緒……素敵!)
突き当たりは壁になっており、魔法陣が飾られている。その下にはビロードの布が敷かれ、その上に巻物のようなものがいくつも積んである。あれを開いて唱えれば、魔力があれば魔法が発動するのだ。
「いらっしゃい。何かお探しですか?」
「私にも使える魔法のスクロールが欲しくて……」
話しかけられ、答えながらそっちを向くと、イザベラは固まった。長く伸ばした紺の髪、整った顔立ちの中、呪いのせいで片目だけが赤く輝く目。
そこにいたのは攻略相手の一人、ルークスだった。
(なんで?学生だから今日はいないと思ったのに!)
男はイザベラが固まったのは自分の赤い目のせいだと思ったようだった。目を咄嗟に隠す。
「失礼。驚かせてしまいましたね。」
「あ、いえ。授業はないのかな、と思っただけなので」
イザベラはうっかり思ったことをそのまま話してしまった。
「私のことを知っているのですか?」
隠していない緑の目が大きく見開かれる。
「いやあの。用を思い出したので帰りますね……
」
(ああああ、私のバカ!)
魔法は諦めて店から出ようと思った時だった。
「お客を困らせてどうすんだい。このスットコドッコイ!」
店の奥から老婆が出てきた。腰が曲がり、杖をついているが、それでも歩みはしっかりしている。どうやらこっちが店主のようだ。
怒られたルークスは、怒ったように口を尖らす。それでもイケメンなのはさすが攻略対象だ。
「ですが。」
口答えをするなと言わんばかりに、老婆は杖でルークスをツンツンとつつく。
「学生服着てここにいりゃ、サボってると思うヤツは多いだろうよ。」
よく見れば彼は学生服を着ていた。バツの悪そうな顔で黙る男を無視したまま、老婆はイザベルの前まで杖を鳴らしながらやってきた。
「悪かったね、お嬢さん。コイツは実習中でね。迷惑かけるようなら奥の掃除をさせるから、ゆっくり見ていっておくれ。」
「魔法店で実習があるんですね。」
素直に驚いたイザベラに、ルークスは口を歪める。
「実習という名のタダ働きだよ。」
「金もないのにそこら中の魔法陣道具を使いまくったくせに、文句言うんじゃないよ!客の相手もできないなら裏の整理でもしておいで。まったく使えないったらありゃしない。」
叱られた子犬のようにトボトボ出ていくルークスを見送ると、イザベラは老婆の方を向いた。
「ありがとうございます。」
ほっとしたイザベルの顔を見て、老婆は微かに笑う。
「魔法に興味があるのかい?」
「魔力はあるんですけど、うまく魔法にならないんです。」
母の水魔法も兄の身体強化もイザベルには使えなかった。
「ふうん。ちょっとこっちにおいで。」
誘われるままに店の右奥に行くと、そこには水晶玉が置いてあった。
「これは、属性を見る水晶玉さ。迷惑をかけたお詫びに、ちょっと見てあげよう。そこに手をかざしな。」
イザベラが恐る恐る手をかざすと、水晶玉の中が何やら変化する。老婆は長いこと水晶を見ていた。やがて掠れた声で呟いた。
「お前さん。名前は。」
「イザベラです。」
「イザベラ。お前さんは普通の魔法は使えない。」
「やっぱり使えないんですか。」
半分くらい諦めていたが、はっきり言われると落ち込むものだ。
「魔法が使えない、とは言ってない。お前さんは時魔法の属性さ。私も初めて見たよ……」
「時魔法?まさか!」
後ろでがたりと音がした。ルークスだ。スクロールの整理をしていたのか、両手いっぱいに持っていた巻物を落としてしまっている。
そんなに驚くことなのだろうか。イザベラが男を訝しげにみると、そんなことも知らないのかと言いたげな顔で睨まれた。
「時魔法の使い手は、歴史をも変えられる、偉大な魔術師だ。二百年前にいただけと聞いている。」
「ま、まさかあ。」
イザベラの顔が引き攣った。ただ、イザベラがしようとしていることは、これから先の未来を変えることだ。その能力がある、と言われても否定できない。
「お前、俺の運命も変えられるのか?」
ルークスは持っていた巻物を全て投げ捨てると、突然イザベラの手を握った。助けを求めるような真剣なその瞳に、イザベラの顔が赤くなる。男の人にこんな顔をされたことはないのだ。思わずまた言ってはいけないことを口走った。
「わ、私が変えなくても、そこのスクロール使って呪いを解けばいいんじゃ……」
「スクロール?どれだ!」
イザベラの手を離し、次々に巻物を拾っては放り投げる男の頭を老婆は杖でぽこんと殴った。
「店の品物を粗末に扱うんじゃないよ!大体、今のお前じゃその魔法は使えない。」
「どうしてですか!」
ちょっぴり涙目になりながら、ルークスは食い下がった。
「その魔法には条件があるのさ。『愛のチカラ』が必要だ。」
「あ、愛のチカラ……」
呆然としてルークスが呟いた。
さすが恋愛ゲームの世界である。そういえば親密度が最大にならないと魔法店に行くイベントは起こらないのだった。聖女と愛を育まないとルークスの呪いは解けない仕様なのだな、とイザベラが感心していると、ルークスがゆらりと立ち上がった。
「……分かった。お前、イザベラとか言ったか。」
「は、はい。」
イザベラが返事をすると、ルークスはイザベラの前に膝をつき、真剣な顔でイザベラを見上げた。
「結婚しよう。そして『愛のチカラ』で俺を助けて欲しい。」
「……はい?」
何を言っているのだこの男は。
「このスットコドッコイ!」
老婆の杖から稲妻が放たれると、それはルークスに直撃した。
「な、なぜ……」
倒れたルークスに老婆はさらに怒号を飛ばした。
「まずは愛が何なのか考えな!お嬢さん、悪かったね。コレはしつけておくから、またおいで」
「し、失礼します……」
イザベラは苦笑いで店を後にした。
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