(6)イザベラ来訪
カインとエミリアは、学園外の人と会うためのゲストルームで、イザベラが到着するのを待っていた。硬質な木製の調度品が並ぶ、静まり返った部屋の中、
「どうしよう。イザベラが婚約者……。」
落ち着きなくうろうろとしているのはカインだ。
「イザベラが婚約者じゃ嫌なの?」
エミリアが呆れて尋ねると、カインは音がしそうなほど首を横に振る。
「嫌な訳ないじゃないか!ただ、婚約者を受け入れたってことは、自分が血の繋がりがないってことが、分かったって事だろう?今まで家族が嘘をついてたってショックを受けていたらと思うと……」
それは、エミリアも考えなくもなかったが、血の繋がりがなかろうが、エミリアはイザベラが大好きである。
「その時はあんたは血が繋がってなくても私の大事な妹よって言って私が抱きしめて慰めてあげるから大丈夫よ。」
「その役目は僕がむしろやりたい。」
ジト目で睨んでくるカインにエミリアは、はっきり言ってやることにした。
「じゃあ、妹のままでいいのね?」
「……婚約者がいいです。」
カインの負けである。
そこに学園の職員が入ってきた。
「イザベラさんがお見えになりました。」
続けて入ってきたイザベラは、大きな帽子を被り、荷物を持ったままだった。馬車でそのまま学園に来たらしい。
「お兄様、エミリアお姉様、やっと王都へ来られましたわ!」
「よく来たね、イザベラ。」
無邪気に笑うイザベラは、やはり可愛い。その顔に影がないことに、エミリアはホッとした。
「お兄様?婚約者ではないのですか?」
職員が首をかしげる。学園には兄弟という理由では入れないのだ。イザベラが申し訳なさそうに俯く。
「今までずっと『お兄様』と呼んでいたので、つい。名前で呼ぶのに慣れないといけませんわね。気をつけますわ。」
「ああ、そういうことだったのですね。わかりました。では、ごゆっくりお過ごしください。」
幼馴染が婚約者になったのだろうと、職員は納得したようだった。男女二人であれば、扉を閉めなかっただろうが、エミリアがいるから安心だと思ったのだろう。職員は扉を閉めて出て行った。
職員の足音が聞こえなくなると、イザベラはポスンとソファへと座り込む。
「危なかったですわ……。せっかくの設定を自分で壊してしまうところでしたわ。」
「設定?設定ってなんだい?」
カインが尋ねると、イザベラは首を傾げた。
「私が養女だからお兄様と婚約できるという設定ですわ?血のつながった兄妹で結婚は問題がありますわよね。それを聞いて、さすが元軍師のお父様だと感心いたしましたわ。てっきりお兄様もそれで納得したのだとばかり思っていましたけれど。」
カインの顔から、一瞬にして血の気が引いた。このままにするのは後で問題が起こりそうだ。
「あのね、イザベラ。お父様は……むぐ。」
エミリアが溜まりかねて口を開こうとしたが、カインが口を塞ぎ、ずるずるとイザベラから離れた所に連れて行かれる。
「今ここで言わなくてもいいでしょう?イザベラがショックのあまり王都で行方不明になったら探せませんよ。」
エミリアは口を塞いでいたカインの手をむしり取ると、カインを睨んで小声で返す。
「じゃあ、いつ話すのよ。」
「……お、落ち着いたら?」
そこで目をさまよわせてしまうところがヘタレなのだ。中身は幼い頃とあまり変わっていないと、エミリアは大きくため息をついた。
「王都はどう?」
お茶を飲みながら、カインとイザベラは久しぶりの会話に花を咲かせた。
「立体的だとまた感じが変わりますよね。でも、店の場所なんかもそのままだから助かります。」
イザベラの言っている意味がよくわからない。領地の田舎と違う大きな街を見て、混乱しているのかもしれない、とエミリアは密かに同情した。
「それはそうと、大事な薬草を持ってきました。」
イザベラはそういうと、鞄から薬草の入った袋を取り出した。
「『月光草』です。これがないと解毒薬は作れませんから。」
「ああ、うん。ありがとう。作ってみるよ。」
カインがそう言って薬草を受け取りながら複雑な顔をした。
解毒薬の作り方は、カインと本を見て確認した。おそらくエミリアが手伝えば、薬はできる。問題は、それをどうやって飲ませるのか?ということだ。
「王太子殿下は病気ですよね?これ、解毒薬です。」
なんて持って行ったら、間違いなく疑われて取り調べを受けることになる。王太子は『多忙で不在』なのだから。
「多目に作ってください。おそらく『春のまどろみ』で倒れる人が少しずつ増えていくはずです。」
イザベラは事も無げにいうが、そんなことになったら大問題だ。
「どうして分かるんだい?」
カインが静かに尋ねる。
「それは、ひ・み・つですわ!」
そう言ってイザベラは胸を張る。
「へえ。僕にも教えてくれないの?」
カインはソファに座るイザベラに近づくと、その頭上に手を置いた。イザベラは腕の間に閉じ込められてしまった形だ。
「こ、これは壁ドンならぬソファドン……」
意味不明の言葉をつぶやくイザベラを意に介さず、カインはイザベラの耳元にグッと顔を寄せる。カインの吐息がイザベラの耳をくすぐった。
「僕にはなんでも教えてほしいのに。」
どうしよう。姉としてカインを殴りに行くべきか。エミリアが拳を握りしめたその時だった。
「だ、ダメったらダメですわ!」
真っ赤な顔で耳を押さえ、混乱したイザベラは立ちあがろうとした。その先にはカインの顎があった。渾身の頭突きが決まり、痛そうな音に、エミリアは思わず顔を背ける。
「痛ったあ……。」
頭を押さえ、涙目になっているイザベラと、よろよろしながら顎を押さえているカインを見て、エミリアは大きくため息をついた。
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