(5)婚約
遅くなりました。
カインとの会話から、1週間が過ぎた。今日は父親が王都から戻ってくる日だ。イザベラはソワソワしながら玄関で父の帰りを待っていた。父親の許可がもらえれば、王都に行けるのだ。反対されたとしても黙って行こうとこっそり準備をしている。
馬車から降りてきた父親に、イザベルは腰を屈めて礼をとる。
「お帰りなさいませ。お父様。」
「ただいま。うちのレディーはしばらく見ない間に貴族らしい振る舞いができるようになったのだね。」
イザベラが顔を上げると、優しい顔で父親が微笑んでいた。
「褒めていただけて嬉しいですわ。」
「ただ、首に汚れが付いているぞ。また裏山に行ったな?」
「え?ちゃんと洗った……」
思わず首を擦ったイザベラはハッとする。カマをかけられたのだ。やれやれといった顔で父親がため息をつく。
「お転婆な淑女がいたものだね。いなかった間のことを教えてもらえるかい?」
「もちろんですわ!お兄様の入学式の様子も教えてくださいませ。田舎者だからと虐められたり、金品を巻き上げられたりしておりません?」
その言葉に父親は片方の眉だけ綺麗に上げて見せた。
「なんでそんなに具体的なんだい?まさか誰かに……」
「そんな事はありませんわ。私がやられたらやり返しますもの。お兄様がやられたなら10倍返しですわ。」
父親はため息をついた。
「無理はしないでほしいね。まったく。カインもイザベラの話ばかりで、通信機は一度も貸してもらえなかった。私も使ってみたかったんだけどね。お父様は悲しいよ。」
恨めしそうな父親にイザベラはうっと詰まって項垂れる。
「……申し訳ありません。お父様。あれは短い時間しか使えないので、大事な用事の時だけ使うようにしていますの。」
お金はかかるが、手紙でも情報のやり取りはできる。ただ、うっかり見られて困ることは書けない。王太子殿下がこの後病になるなんて手紙を人に見られたらそれこそ終わりだ。
「旦那様、お帰りなさいませ。」
そこに母親が笑顔でやってきた。
「イザベラ、居間で待っていておくれ。」
「分かりましたわ。」
父親はイザベラから視線を外すと、母親のところへ行き、自然に肩を組んだ。母親はそっと父親に寄り添う。
「王都の様子はいかがでした?」
「君も連れて行けなくて残念だったよ。」
仲睦まじく話しながら寝室へと向かう二人を見送ると、イザベラは居間へと向かった。
お茶の香りが漂う居間で、両親とイザベラはくつろいでいた。話題はカインの入学式だ。
「ではやはり王太子殿下は入学式を欠席されたのですね。」
「理由は伏せられていたけどね。」
カインと母親から情報を得ていたのか、父親はイザベラが王太子の様子を知っていることにさほど驚かなかった。
「ピンクブロンドの女はどうでしたか?」
イザベラの強い口調に父親は苦笑する。
「そんなに敵意を剥き出しにしなくても。せめて名前で呼んであげたらどうだい?」
「名前を知りませんわ。」
「ああ、そうだったんだね。彼女の名前はセフィリア・マリーニ。貴重な光魔法の使える男爵令嬢だそうだよ。」
「光魔法が使えるなら、彼女が聖女ということですか?」
光魔法が使える女性は『聖女』と呼ばれ、国で保護される。聖女の浄化魔法は病気も魔物も防ぐ事ができるのだ。
「まだ決まってはいないみたいだけどね。カインは入学式が終わってからは図書館で1日過ごすと言っていた。」
「急がないと……。」
イザベラは唇を噛んだ。入学式から1週間は、ゲームのチュートリアル期間だ。入れ替わり立ち替わり攻略相手が出てくるが、王太子は壁にかかった肖像画でしかお目にかかれない。
授業を受け、光魔法のレベルがある程度上がると、王太子の病室へと招かれるイベントが始まる。それまでになんとしても解毒薬を完成させなければならない。
「ところで、イザベラ。王都へ行きたいんだって?」
父親から問われ、イザベラは真剣な顔で頷く。
「お兄様を守るには、それしかありませんもの。大事な薬草も手に入れましたわ。」
カインに頼まれて、イザベラは裏山で『月光草』という植物を探していたのだ。月夜に光るその薬草は夜にしか探せない。まさか父親にすぐバレるとは思っていなかったが。
「危ないことはして欲しくないのだけどね。」
「あら、裏山の魔物はあらかた狩り尽くしたとアランお兄様が仰っておりましたわ。」
長兄のアランは武闘派である。一緒に訓練するような仲間もいないので、山に入っては魔物や動物と格闘するのが彼の日課である。イザベラにとっても幼い頃から遊んでいた場所で怖いと思った事もない。母親が剣呑な顔て睨んでいるのは、気づかない振りをした。
「止めても無駄だろうし、イザベラ。王都にいっておいで。婚約者としてね。」
「分かりましたわ……って。え?婚約者?」
イザベラは首を傾げた。兄弟でも結婚できるのかこの国は。父親は重々しく頷いた。
「実は学園の規則でね。保護者と婚約者以外の部外者は学園内に入れないんだよ。」
規則ならば仕方がないのだが。
「その、問題はありませんの?私がお兄様の婚約者になっても。」
父親がやおら居住まいをただす。
「驚かないで欲しいのだけど。イザベラ。君は養女だ。カインとは血の繋がりはない。」
「はい?」
急にどうしたというのだろう。両親の真面目な顔を見ているうちに、イザベラは父親の意図を理解した。
「分かりましたわ!そういう設定にするのですね!確かにそれなら私が婚約者になれますわ。」
「え、ちょっと待ちなさい、イザベラ。」
慌てたような母親の言葉に、イザベラは気づいていなかった。
「お兄様にも承諾を得た方がいいですわよね?話を合わせないと!」
通信機を使ったイザベラが、
「婚約者になれば、学園に入れるのですって!今日から私、お兄様の婚約者になりますわ!よろしくって?」
通信機でそう話した途端、向こう側で何かが倒れる音がして、そのまま通信が切れてしまったのだった。
最近日間ランキングから外れるようになってきました。連載って難しい。
載り始めると欲が出てきます(笑)
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