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(3)春のまどろみ

久しぶりのイザベラ登場回。

 時は少し遡る。

 カインが乗った馬車が遠くへ行ってしまうのを見届けると、イザベラの体から力が抜けた。それを感じた侍女がそっと手を離す。

 行かせてもらえないなら仕方ない。イザベラは、次なる手を考えていた。

「手紙を。手紙を書かなくちゃ!」

 注意事項を書いた手紙はもちろんカインに持たせた。好感度を上げる買い物リストまで渡してしまって、攻略相手と変な感情が芽生えてしまったらどうしようとイケナイ妄想が頭をよぎったが、一族揃って処刑されるよりはマシなはずだ。

 味方は多い方がいい。学園には一つ上のエミリアお姉様がいる。彼女にも助けてもらうのだ。エミリアは手紙を書く。姉妹なので、多少文が崩れていてもいいだろう。


『エミリアお姉様。カインお兄様が大変なのです。ピンクブロンドの女がお兄様に近づいて、メロメロにしようとしています。それを阻止してください。私は王都に行っちゃいけないと言われているので、お姉様だけが頼りです。そちらの様子が分かる道具があればいいのに。とっても不安です。 イザベラ』


 この文を母親に見られたら、手紙の書き方についての講義が始まってしまいそうだ。イザベラは慌てて封をすると、侍女に頼んで領地にいる錬金術師のところに持っていってもらった。少しお金はかかるけれども、手紙を一瞬で送る道具があるのだ。


 エミリアお姉様はそんな錬金術師に憧れて、学園で錬金術を学んでいると言っていた。王都から遠い領地には、錬金術が不可欠なのだ。


「私は結婚するよりも、錬金術を極めてお金をがっぽり稼ぐわ!」


 そう言い放つエミリアを見て、両親も結婚相手を勧めることは諦めたようだった。


 次にイザベラは新しい紙を出す。とりあえずゲームの流れをおさらいしなければならない。

 入学後、本来なら元平民のヒロインは三年生の王太子と会うなんてできない。それができるのは、神聖魔法を使って病気を治して欲しいと頼まれるからである。王太子とは知らず、ヒロインは神聖魔法で彼の病を治すのだ。そのことで二人の距離が縮まり、他の攻略相手にも興味を持たれる。


「ええっと、なんていう病気だったっけ。」


 スチルには天幕のあるベッドで眠る王太子が描かれていた。

 ある日急に眠り込んでしまう病気で、なぜか王都で春になると流行るのだ。

 イザベラは思い立ってカインの部屋に行く。カインは本をたくさん持っているのだ。王都にも持って行きたかったようだが、部屋がそれほど広くないため、泣く泣く諦めていた。

 病について書かれた本を見つけ、イザベラはカインのベッドに座ると本を広げる。ほどなく、その病が書いてあるページを見つけた。


「これだ。『春のまどろみ』」


 名前は素敵だが、恐ろしい病である。ある日眠りにつくと、そのまま起きられなくなる。水も食料も受け付けないため、衰弱して死んでしまうのだ。原因は他国から持ち込まれたある植物の花粉。治すためには、神聖魔法か、解毒薬を肌から吸収させるしかない。


「あれ?解毒薬あるんだ。」


 植物や薬草なら、カインの知識が役に立つ。解毒薬を作れば、褒められこそすれ、処刑はなくなるんじゃないだろうか。イザベラはその薬草の名前を頭に叩き込むと、カインの部屋をでた。

 タイミングが悪かった。そこで母親と会ってしまった。


「あらあら。寂しいのね?でも勝手に部屋に入ってはダメよ?」


 うふふと笑う母親に、イザベラは口を尖らす。


「そんなんじゃないんですってば!」


「そう?それよりも、イザベラも学園に行きたいの?」


「え?行ってもいいんですか?」


 朝は散々止められたのに。嬉しそうに瞳を輝かせたイザベラに、母親は頷く。


「ええ。来年になったらね。そのために、イザベラ。明日から淑女教育を始めるわよ。」


「お、お母様。それはお金がもったいないから必要ないとおっしゃっていたではありませんか。」


 イザベラは少しずつ後退する。行きたいのは来年ではなくて今なのだ。さらに、淑女教育が始まったら、木登りも町に出て遊ぶこともできなくなってしまう。


「私が教えるから大丈夫よ。」


 母は平民から成り上がった父とは違って、代々貴族のお家柄である。厳しい教育になることは予想できた。イザベラの嫌そうな表情を見て、母は目を細めた。



「カインがどうなってもいいの?淑女教育が進めば、お父様も王都行きを許してくださると思うわよ。」


 イザベラはその一言で足を止めた。確かに、王都に行くためにはそれが一番近道だ。


「一ヶ月後に王都へ行けますか?」


 イザベラはぐっと拳を握りしめる。その辺までに王都に行くことができれば、カインを救えるかもしれない。


「貴方次第ね。」


「分かりました!お兄様のために頑張ります!」


 イザベラは大きく頷いた。


 それから二週間後。イザベラは母と刺繍をしていた。もちろん淑女教育の一環である。布より指に針を刺す回数がなかなか減らないのだ。礼儀作法は冷静であれば及第点をもらえるようになった。


「イザベラ様、手紙とお荷物が届いております。」


「あら、どなたから?」

 イザベラは、執事の声に顔を上げた。


「エミリア様からでございます。」

「お姉様?」

 母の顔を見ると頷いたので、荷物と手紙を受け取り、開封した。


『イザベラへ

 可愛い妹の頼みなので、お姉ちゃん頑張りました。届いたら、箱を開けてみてね。

 エミリア』


「なんでしょう?これ。」


 イザベラが箱を開けてみると、小さな赤い光がついた。すると、


『イザベラ、聞こえる?』


 と聞いたことのある声がした。


「エミリアお姉様?」


 イザベラは驚いて大きな声を出した。


『錬金術で、声を届ける道具を作ったのだけど、成功みたいね。これからこれをカインに渡しに行くから』


 その声の後、また何も聞こえなくなった。よく見れば赤い光も消えている。


「これ、使い方の説明書じゃないかしら。」


 母親が読んでいるそれをイザベラも覗き込む。


「えーと、二つの道具を両方開けている時に話ができる。使える時は、赤い光が目印みたいね。光が薄くなってきたら魔力を補充するのですって。これ、すごい道具なんじゃないかしら……?」


 母親が驚いている。

 簡易的な携帯電話と言えばいいのだろうか。これがあればカインと話ができる!イザベラは、自分の前に箱を置いて光がつくのを待った。


「お兄様、大丈夫ですの?」

 光がついた途端にイザベラが話すと、向こう側で大きな音がした。





手紙くらいなら軽いので送れますが、重いものは本人の技量が問われます。田舎にはそんな技量のある錬金術師は来ないのです。

読んでくださり、ありがとうございます。

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