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(2)救世主あらわる

 ピンクブロンドの女はつかつかと寄ってきて、大柄な男の前に立ち、その手をぎゅっと両手で握りしめた。その行為に男の方がたじろいだ。


「な、なんだよ。」


「どうして同じ学園に通う仲間なのに、仲良くしようとしないの?私はみんなと仲良くしたいと思っているのに。」


 そもそも喧嘩をふっかけられたのは自分なのだから、その言葉はおかしいだろうと思いながらもカインは黙っていた。今は逃げる方法を考えるのが先決だ。


 男は怒るどころか、なんと恥ずかしげに顔を赤らめた。


「そうだな。同じ学園の仲間になるんだものな。仲良くしないのはおかしいよな。」


 大柄な男は彼女の手を離すと、カインの前に立ち、手を差し伸べた。


「悪かったな。ちょっとお前が羨ましかっただけなんだ。許してくれるだろうか。」


 ここで拒否をすれば、カインが悪者だ。仕方なくカインは男の手を握る。


「いや、そもそも私が周りを見ていなかったんだ。」


「良かった!これでみんな友達ね!」


 目をうるうるさせながら、その上からピンクブロンドの彼女が手を被せてきた。その途端、彼女を泣かせてはいけないと、心の奥から不自然なまでの衝動が湧き上がってくる。今までそんな対象はイザベラしかいなかったはずなのに。そう思う冷静な自分すら、得体の知れない衝動に飲み込まれそうになった時だった。


「こんの、浮気者!」


 横からの衝撃に、カインは吹き飛ばされた。二人から手が離れ、転びそうになったがなんとか踏みとどまる。


「な、なんだ?」


 男の戸惑った声の方を向くと、そこには制服を着たイザベラが仁王立ちになって立っていた。いや、よく見れば髪型は似ているけれどもイザベラではない。


「エミリア姉上か。」


 忌々しいが、初めて姉に感謝した。あのままではカインの心は得体の知らない何かに取り込まれていただろう。


「そうよ。女に手を握られて、なににやけてんのよ。しかも男も。どっちでもいいわけ?」


「誤解だよ。」


 エミリアは目を細める。


「イザベラに報告するわよ。」


「それはやめてください。お願いします。」


 深々と頭を下げたカインに満足したらしいエミリアは、カインの胸に校章らしきものを取り付ける。


「これでよし。」


「な、なんなんですかあ?」


 ピンクブロンドの女は、まだ大柄な男と手を繋いだままだった。


「あ、気にしないで。親愛なる兄弟への挨拶だから。」


 親愛ってどんな意味だったろう。カインが思わず遠い目になっているうちに、彼女は気を取り直したらしい。


「じゃ、じゃあ、私とも仲良くしてください。」


 そう言って手を差し出すピンクブロンドの女から、エミリアは一歩離れる。


「私はこの学園の上級生よ。下級生のマナー違反には注意をしなくてはならないの。」


「マナー違反?」


「そう。その一。男女は理由もなく触れ合ってはいけない。」


 大柄な男はギョッとして一歩下がる。


「その二。挨拶をする時は女性の場合、握手ではなく礼をする。」


 そういうと、エミリアは片手でスカートをつまみ、片手を胸に当ててお辞儀をする。


「これがこの学園での挨拶よ。覚えてから出直していらっしゃい。」


 そういうと、エミリアはカインの襟を掴むと、その場からさっさと立ち去り始めた。


「……姉上。これは触れ合いではないの?」


「兄弟だからいいのよ。」


 無茶苦茶である。


「え、ちょっと待って、ねえ!」


 ピンクブロンドの女の慌てた声が聞こえる。


「もう一度捕まりたい?」


「全力で逃げたい。」


 二人は彼女から少しでも遠ざかろうと早足で歩き去った。


「どうやら彼女は、周りの人を魅了するような何かを持っているわね。しかも触れると起動する。」


 もう追いかけてこないだろうという場所に来て、初めてエミリアはカインの襟から手を離した。カインは制服の乱れを直す。これから入学式なのだ。


「防ぐ術は?」


「あるわよ。ほら。」


 エミリアが指さしたのは、カインの胸元にある校章だ。


「イザベラから手紙をもらったのよ。兄様が危険なの。変な女に誑かされちゃうかもしれないからなんとかして〜ってね。よっ愛されてるねえ。」


 冷やかしまで入れられ、カインは思わず赤くなる。


「カインが他の女に目移りするとは思えないからねえ。でも魔法的なものを使われたら、それもありえるかなって思ったから。それは魅了防止がついてる。」


 そう言われてみれば、頭の中がすっきりとした気がする。


「ありがとう。」


 カインが素直に礼を言うと、エミリアは笑った。


「いい男になったじゃない。イザベラのおかげ?」


「まあな。」


「それで、これからどうするの?」


「決まっているじゃないか。来年までに害虫は片付けておかないとね。」


 聖女に手を出せば、イザベラも危険だが、このままでは来年からの楽しい学園生活は送れない。彼女がこの学園から出て行きたくなるようにすればいいのだ。自発的に。


 背後に黒い炎が見えるようなカインの顔と言葉に、エミリアは苦笑する。


「まあ、そのくらいでないとね。じゃあ、頑張る弟に、もう一つ、優しいお姉さまからのプレゼント。」


 渡されたのは、小さな箱だった。視線で開けるように促され、カインは箱を開ける。


「お兄様?大丈夫ですの?」


 途端にイザベラの声が聞こえてきた。思わずカインは箱を床に落としてしまった。





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