(1)フラグは回避不可能らしい
連載版開始しました。読み切り型にはできませんでした。
これなに?と思った方は、短編版をご覧下さいませ。
他の連載もありますので、週1連載でご勘弁ください。
笑っていただければ嬉しいです。
カインは王都の街を歩いていた。手にはイザベラから貰った手紙が握られている。入学する前に絶対に買うようにと、その手紙には買うもののリストが書かれていた。しかも店の名前入りだ。
(王都に来たこともないはずなのに、なぜ知っているのだろう)
カインは不思議に思ったが、考えても答えは出ない。そして目の前にその店があるのだから、間違いはないのだ。
そこは学生御用達の店のようで、文房具から運動用の靴まで幅広く取り揃えられていた。今年入学する生徒なのか、親子の姿もちらほら見られる。
カインは買い物リストに目を通した。買うものは4つ。万年筆、運動靴、自分の選択予定の楽器の形をしたピンバッジ、そして手鏡である。
カインは知らないことだが、これはゲームで一番最初に起こるイベントである。ヒロインは店でこれらを買うことで、ステータスと攻略相手の初期好感度が変化するのだ。ちなみに全部買うと王太子の好感度が上がる。
カインは最後に手鏡を探した。どちらかというと女性物を扱う場所にあったので、近寄りがたかったのだ。黒いカバーのかかった手鏡に手を伸ばすと、誰かの手が触れた。
「これは失礼。驚かせてしまいましたね。」
「ご、ごめんなさい!」
同時に謝って顔を見ると、カインは自分の迂闊さを呪った。
目の前にいるのはふわふわのピンクブロンドの少女だった。しかも万年筆と運動靴、ピンバッジまで持っている。それに気づいた彼女は、キラキラした目をカインに向けてきた。
「ひょっとして学園に今年入学される方ですか?」
「ええまあ。」
カインが逃げる方向を探しながら曖昧に答えると、彼女はパッと明るい顔になった。カインはそれに鼓動が早くなるのを覚え、内心で舌打ちしたい衝動に駆られた。
「私も入学するんです!お名前を聞いてもいいですか?」
話し方がどうにも貴族ではない気がするが、後で揉めるのも面倒だ。カインはわずかに頭を下げる。
「お尋ね恐縮ですが、私はただ、こちらで必要なものを買いに来ただけの一介の者でございます。身分や肩書など、不要にございます。では、失礼。」
カインはもう一度手鏡に手を伸ばして一つ取り上げると、彼女の目の前から立ち去った。視線がずっと背中を追っているのを感じながらも、カインは絶対に後ろを振り向かなかった。
カインが宿に戻ると、学園での手続きをしに行っていた父親が先に戻っていた。
「おかえり、カイン。必要なものは手に入ったかい?」
「はい。父上。ただ、その店でイザベラの言う『ピンクブロンドの女』に遭遇してしまいました。」
「は?」
驚く父親に、カインは店での一件を話した。
「なるほどねえ。運命の女神が君を鎖で引っ張っているような気がするよ。だからこそイザベラは注意をしたのかもしれないね。」
父親の言っていることは合っているようにカインは感じた。自分の感情の揺れがあまりにも不自然だ。今となっては、ただの忌々しい女である。
うん、と頷くと、父親は机の上に置いてあった書類に手を伸ばす。
「『ピンクブロンドの女』について、私なりに調べてみた。彼女は神聖魔法を使える『聖女』らしい。元は平民だったのだが、男爵家の養女になって、今回学園に入学するそうだ。これには国も関わっている。」
カインは眉を上げた。
「それでは彼女を学園から追い出したら大変なことになりますね。」
「カインの首だけじゃ足りないだろうね。家族全員首がとぶ。」
「それは困りますね。」
イザベラを助ける方法が今の時点で見つからない。カインの様子を見て、父親が目を細める。
「カイン。今、イザベラだけ助けられないか考えなかったか?」
「気のせいです。ところで彼女が学園に入る理由はなんですか?」
「貴族としての品格を身につけるため、だそうだ。これに文句をつけると、イザベラも入学できなくなる。」
「それも困ります。一年会えないだけでも辛いのに。」
やれやれといった顔をしながら父親は書類を机にパサッと投げ出す。
「ただ、それだけではない感じもあった。入学式で生徒会長である王太子殿下が挨拶をされるはずだったのだが、なんと所用で出られないらしい。」
「外遊にでも行かれたのですか?」
「そんな話はないな。姿は見えないが、学園にはいるらしい。聖女もその辺で呼ばれたのかもしれない。」
「つまり、王太子殿下の身に、何か起こっていると?」
「それについては迂闊なことは言えない。とりあえずカイン、入学したらエミリアに連絡を取れ。三年にいるはずだ。」
思わずカインは嫌な顔になる。エミリアはカインの3番目の姉である。妹が出来たら自分がして貰ったように、可愛く着替えさせようと思っていたのだろう。ことある事にカインに可愛い格好をさせたがった。上の姉達も便乗して遊び始めたため逃げ回るようになり、一人でいられる場所を探しているうちに植物に興味を持ったのだ。カインがイザベラを拾ってきてからは、矛先がイザベラに向いたので、カインは難を逃れることができた。色々な意味で、イザベラはカインにとってなくてはならなかった。
「エミリア姉様ですか。できれば顔も見たくないのですが。」
「そういうな。私からも連絡はしてあるし、イザベラも手紙を書いたらしい。」
可愛いイザベラのためなら、カインの家族はなんでもしてしまう。エミリアも間違いなく出てくる。カインは大きなため息をついた。
「分かりましたよ。なんとか連絡してみます。とりあえずは入学式ですね。イザベラもそこにこだわっていましたし。」
「そうだな。とりあえずは関わらないように。関わったとしても今回のようにさっさと逃げろ。」
「そうします。」
カインと父親は頷きあった。
そして、入学式の日がやってきた。馬車を降りると、保護者と生徒は別々の場所へ行くことになっている。カインは、生徒たちが向かう方向へと警戒しながら進んでいった。もちろん周囲にピンクブロンドの女がいないかどうか、警戒も怠らない。警戒しすぎて、周りの女生徒の熱い視線が自分に向いており、男子生徒からは嫌な奴がきたと言わんばかりに睨まれていることに気づかなかった。
不意にドン、と後ろからぶつかられ、カインは思わず膝をついた。周囲がざわりとする。
「おっと、これは失礼。見えなかったもので。」
後ろを見ると、大柄な男がニヤニヤしながら立っている。いでたちからして、カインより身分が上らしい。カインは黙って立ち上がり、膝の土を払った。
「私もかわせず失礼いたしました。考え事をしていたものですから。」
カインは嫌味を言ったつもりではなかった。が、相手の顔が赤くなる。
「それは侮辱されたと受け取って良いか?」
どうやら自分はトラブルに巻き込まれやすい体質らしい。さて、なんと言えば静まってくれるのか。
「やめなさいよ!」
そんな中、一人の女生徒の声が響き渡った。そちらを見ると、ピンクブロンドの彼女が立っていた。
なんとも最悪だ。
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