第十二話『キースの告白と、命の天秤』
月光紙の成功による喧騒が、少し落ち着きを見せ始めたころ。
深夜、俺とリンネアは生体保存局の局長室に呼び出された。
かつての局長は更迭され、現在はキースがその椅子に座っている。
だが、彼の顔色はすぐれなかった。目の下には隈があり、白衣はしわだらけだ。ルナリアの治療と、そしてもう一つの「調査」に没頭していたことは明らかだった。
「……悪いな、こんな時間に」
キースはデスクの上の羊皮紙の束を、疲れた手つきで広げた。
「ルナリアさんの容態は安定した。意識が戻る時間も少しずつ増えている。……だが、今日呼んだのは彼女のことではない」
キースの視線が、鋭く俺を射抜く。
「ポポロのことだ」
俺とリンネアは息を呑んだ。
「……結論から言おう。ポポロの寿命についてだ」
キースは一枚の図面を指差した。人体のシルエットに、複雑な魔素の流れが描かれている。
「一般的に、先祖返りの獣人は短命だと言われている。原種に近いからだと信じられてきたが……それは違う」
「違うのですか?」
リンネアが身を乗り出す。
「ああ。死因の多くは、魔素過剰摂取による多臓器不全だ」
キースは重い口調で続けた。
「彼女たちは呼吸するだけで大気中の魔素を取り込み、それを体内でエネルギーに変換し続けている。いわば『常時フル稼働の炉』だ。その莫大な熱量が、内臓や細胞を焼き尽くしてしまうのだ」
俺は背筋が寒くなるのを感じた。
「つまり、巫女としての能力そのものが、寿命を縮める原因だってことか?」
「そのとおりだ。ただ生きているだけでも、二十年ほどで燃え尽きる。……だが」
キースは拳を握り締めた。
「代弁士の『巫女』として、竜人の強大な魔素を中和し続ければ、その消耗は数倍、いや数十倍に跳ね上がる。今のままでは、数年……いや、一年もたないかもしれない」
俺は言葉を失った。
「そんな……それでは、まるで『使い捨ての道具』ではありませんか」
リンネアが震える声で言う。
「ああ。過去の代弁士たちは、巫女を消耗品として使い潰してきた。……それが、この輝かしい英雄伝説の裏側だ」
***
そのとき、ドアが静かにノックされた。
「……失礼します」
入ってきたのは、エドガーだった。
彼の手には、二冊の古びた書物が握られている。
「宿を訪ねたら、こちらだと聞きまして」
エドガーは悲しげに目を伏せ、書物をデスクに置いた。
「……禁書庫から持ち出した『手記』の解読が終わりました。そこには、我々が知る由もなかった『代弁士と巫女の真実』が記されていました」
「これは?」
「地下禁書庫の最深部で見つけた、『代弁士の手記』です。一つは初代のもの。もう一つは、それから数百年後の、中期代弁士のものです」
俺はまず、初代の手記をリンネアに読み上げさせた。そこには、震えるような文字で懺悔が綴られていた。
リンネアの声が、静かにその内容をなぞる。
『――我が愛する巫女、シルヴィアは死んだ。私の言葉を竜に伝えるたびに、彼女の髪は白くなり、その命は削られていった。私は世界を救ったが、彼女を救えなかった』
「……そして、こちらが中期――約三百年ほど前の代弁士の記録です」
エドガーがもう一冊の書物を開き、あるページを示してリンネアに手渡した。
彼女は一読すると、小さく息を呑んだ。先ほどまでの懺悔とは打って変わって事務的な筆致で、恐ろしい記述があったのだ。
『――能力を失った巫女は、エルディアの麓にある“風の鳴く洞窟”へ、十日分の食料と共に置いてくる。どうせ長くは生きられない。それが巫女との契約ルールだ』
「ふざけんな……!」
俺は思わずデスクを叩いた。
「用済みになったらポイ捨てか。英雄気取りで世界を救っておいて、足元では恩人をゴミのように捨てていたのか」
「こんなことをしていたのなら……代弁士たちが粛清されたのも、当然の報いかもしれませんね」
リンネアもまた、怒りに唇を噛んでいる。
「だが、気になる記述があります」
エドガーが、リンネアが持つ手記にそっと手を伸ばし、ページを一枚めくった。
『――しかし奇妙だ。洞窟に捨て置いたはずの巫女の亡骸や遺骨が、後日確認に行くと一切残っていない。魔獣か、肉食の獣が持ち去っているのだろうか』
「……おかしいな」
そこで口を挟んだのは、キースだった。
「エルディア周辺は聖地だ。魔獣が生息するような環境じゃないし、肉食獣といっても小動物しかいないはずだ。人間サイズの遺体を、骨一つ残さず持ち去るなんてあり得ない」
「なら、どういうことだ?」
「分からん。だが、何かが『そこ』にあるのは間違いない」
キースは言葉を濁したが、俺の直感も同じことを告げていた。
ただの廃棄場ではない。そこには、記録に残っていない何かが潜んでいる。
それが希望なのか、それともさらなる絶望なのかは分からないが。
「……行く価値はあるな」
俺は決断した。
「エルディアへ向かう途中、その『風の鳴く洞窟』とやらを探してみよう。そこに、ポポロを救うヒントがあるかもしれない」
***
翌朝。
宿屋のロビーに、俺はポポロを呼んだ。
彼女は新しい旅装束に身を包み、少し緊張した面持ちで立っている。
「ポポロ。……話がある」
俺は膝をつき、彼女と視線を合わせた。
真実を隠すべきか迷った。だが、俺はすべてを話すことを決めた。
「お前が俺についてくれば、お前の命は縮むかもしれない。……いや、間違いなく縮む」
俺はキースから聞いた話を、包み隠さず伝えた。
ポポロは静かに聞いていた。取り乱すことも、泣くこともなかった。
そして、ふわりと微笑んだ。
「知ってるよ。なんとなく、わかるんだ。体が熱くなって、何かが抜けていく感じ」
「……そうか」
俺は頷き、そして告げた。
「だから、お前はここに残れ」
「え……?」
ポポロの笑顔が凍りつく。
「俺一人で行く。お前の役目は母親の看病だ。それと……」
俺は懐から、月光紙の権利書を取り出した。
「月光紙の製造管理と、卸販売の責任者を命ずる。しっかりと商売の勉強をしておけ。俺が戻るまでに、この街の経済を牛耳れるくらいにな」
「い、嫌だ! ボクも行く! ショーイチの役に立ちたいの!」
ポポロが俺の袖をつかむ。
だが、俺は心を鬼にして、その手を振りほどいた。
「勘違いするな。俺の役に立つ方法は、命を削ることだけじゃない」
俺はポポロの肩をつかみ、真っすぐに見据えた。
「金だ。俺たちが動くには、莫大な金がかかる。それを稼ぎ、守り、増やす。……それができるのは、俺が一番信頼しているお前だけだ」
それは半分嘘で、半分は本心だった。
彼女に「生きる理由」と「役割」を与えなければ、この心優しい少女は俺のために命を燃やしてしまう。
「……待ってろ。お前がいなくても必ず代弁士になって戻ってくる。そのときまで、商売敵を蹴散らして生き残るのが、お前の仕事だ」
「ショーイチ……」
ポポロの目から大粒の涙があふれる。
俺は背を向けた。
これが、今の俺にできる精一杯の優しさだ。
背後で、リンネアがポポロを抱きしめる気配がした。
「……行きましょう、翔一さん」
リンネアの声も震えていた。彼女もまた、この決断の重さを理解しているのだ。
「ああ。……行くぞ」
***
大図書館都市の正門。
俺たちの馬車「ザガン・カスタム」が、出発の時を待っていた。
見送りには、キースとエドガー、そしてグーテンベルク工場長の姿もあった。
ポポロは来ていない。俺が見送りに来ないよう、仕事を言いつけたからだ。
今ごろ、羊皮紙ギルドの長との打ち合わせに向かっているはずだ。
ポポロに渡したギルド長への親書には、こう書いておいた。
『こいつが月光紙の全権責任者だ。しっかりと商売のイロハを仕込んでやってくれ。……授業料は月光紙の卸値から引いておく』
「これを持っていけ」
キースが手渡してくれたのは、何本かの小瓶が入ったケースだった。
「試作段階だが、魔素の吸収を抑える薬だ。気休め程度かもしれないが……無いよりはマシだ。何かの役に立つかもしれん」
「恩に着るぜ、ドクター。……ポポロとルナリアを頼む」
「任せろ。必ず、戻ってこいよ」
キースの目は、二人の患者を預かる主治医としての責任感に満ちていた。
「ああ。土産話と、新しい法を持ってな」
俺は御者台に座るガルムに合図を送った。
「出すぞ、ガルム!」
ガルムが無言で鞭を振るう。
馬車が動き出す。
俺たちは、大図書館都市を後にした。
目指すは大陸中央部、聖地エルディア。および、その手前にある「風の鳴く洞窟」。
そこには、俺たちの運命を左右する何かが待っているはずだ。
俺たちの戦いは、ここからが本番だ。
第五章 第十二話 完
第5章、完結です。お付き合いいただき感謝します!
・ポポロの正体(巫女)の発覚
・歴史を改竄していた管理局の失脚
・月光紙による経済革命
多くの謎が解けましたが、同時に「代弁士の闇」という新たな謎が浮上しました。
「使い捨てにされた巫女たち」と「消えた遺体」。
歴史の裏側に隠された真実を暴くため、翔一は再び荒野へ旅立ちます。
次章からは、いよいよ伝説の地「聖地エルディア」を目指す過酷な旅が始まります。
翔一は代弁士の資格を掴み取れるのか? そしてポポロの運命は?
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