第七話『生体保存局の秘密と、種族浄化の証拠』
四日目の朝。
正典管理局、地下禁書庫。
翔一とリンネアは、エドガーから渡された紙片の番号を頼りに、書架の奥深くへと進んでいた。
「『第九列・四十四番』……」
リンネアがつぶやく。
そこは、埃まみれの古文書が積み上げられた、忘れ去られたような一角だった。
インデックスには『欠番』と記されている場所だ。
「ここか……」
翔一は、薄暗い棚の奥に手を伸ばした。
指先が、何かに触れる。
引き出したのは、黒い革表紙のファイルだった。
表紙には、飾り気のない文字で『特別管理対象者経過記録』と記されている。
「当たりだ」
翔一は、リンネアにファイルを手渡した。
「読んでくれ」
「はい」
リンネアは慎重に表紙を開いた。
***
「『本記録は、正典管理局および生体保存局による共同研究プロジェクトの経過報告である』」
リンネアの声が、静かな地下室に響く。
「『目的:特異体質者(巫女)の発生メカニズムの解明、およびその抑制』……」
「抑制だと?」
翔一が眉をひそめる。
「ええ。『種族浄化』……つまり、巫女を産ませないための血統操作の研究です」
リンネアの声が、怒りで震えた。
「獣人族の血統に干渉し、魔素親和性の高い個体が生まれないようにする。そのメカニズムを解明するために……」
「そのために?」
「母親たちを、実験台にしていたようです」
翔一は、拳を握りしめた。
「……ふざけんな」
エドガーは、少し離れた場所で背中を向けていた。
だが、その背中が小さく震えているのが見えた。
***
「ポポロの母親……『ルナリア』の記録はあるか?」
翔一が尋ねる。
数日前に見つけた名簿には、母親の名前がそう記されていた。
リンネアはページをめくった。
「探しています……年代順の索引から……ありました。名前、ルナリア」
「ルナリア……」
「『検体番号百八。獣人族(狐)、女性。捕獲日:大陸暦千五百十六年。状態:生存』……」
「生きてるんだな」
翔一の声に、安堵の色が混じる。
だが、リンネアは言葉を詰まらせた。
「……続きがあります」
「なんだ?」
「『精神崩壊の兆候あり。継続的な魔素抽出実験により、意志の疎通は困難。現在は生命維持装置により管理中』」
翔一は絶句した。
生きてはいる。
だが、それは「生かされている」だけだ。
実験材料として。
「場所は?」
翔一が低い声で尋ねる。
「『生体保存局・地下第三区画・特別隔離室』」
「生体保存局の地下だと?」
翔一は、エドガーを振り返った。
「エドガーさん、知ってたのか?」
エドガーは、ゆっくりと振り返った。
「……いえ。あそこには、一般職員は立ち入れないエリアがあります。『旧施設』と呼ばれる場所です。まさか、そこに……」
「キース先生は?」
「上級保存官でも、一部しか知らないはずです。これは、局長クラスの機密……」
エドガーは、苦しげに顔をゆがめた。
「私たちは……何を守っていたんでしょうか。知識を守るはずが、こんな非道を隠すために……」
***
リンネアが、ファイルの中から一枚の紙を取り出した。
「翔一、これ……」
それは、スケッチだった。
やつれた女性の顔が描かれている。
頬はこけ、目は虚ろだ。
だが、その面影は――
「……ポポロに、似てるな」
翔一は、スケッチを見つめた。
間違いなく、ポポロの母親だ。
翔一は、スケッチをファイルに戻した。
「……助け出すぞ」
翔一の言葉に、リンネアが顔を上げた。
「え?」
「ポポロの母親だ。このまま実験台になんかさせねえ」
「でも、どうやって? 場所はわかりましたが、警備は厳重でしょうし……」
「策はある。それに、俺たちには強力な助っ人もいるはずだ」
「助っ人?」
翔一は、ニヤリと笑った。
「そろそろ、あいつが戻ってくるころだろ」
リンネアは一瞬きょとんとしたが、すぐに微笑んだ。
「……そうですね。あの人がいれば、百人力です」
***
翔一たちは、記録を書き写し、証拠を確保した。
地下禁書庫を出るとき、エドガーが翔一に声をかけた。
「翔一さん」
「ん?」
「……私は、何も見ていません」
エドガーは、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、わざとらしく床に落とした。
「あっ、いけない。当直の警備員のシフト表を落としてしまいました」
翔一は、落ちた羊皮紙を拾い上げた。
そこには、生体保存局の警備体制が詳細に記されていた。
「……拾っておくよ。大事なもんだろ」
「ええ。ゴミ箱に捨てておいてください」
エドガーは、かすかに笑った。
「……無茶はしないでくださいね」
「ああ。でも、やる価値はある」
翔一は、シフト表を懐に入れた。
「ありがとう、エドガーさん」
「……ご武運を」
エドガーは、深く頭を下げた。
***
地上に出ると、昼の日差しがまぶしかった。
大図書館都市の空は、どこまでも青い。
だが、その地下には、どす黒い闇が広がっている。
「リンネア」
「はい」
「宿に戻るぞ。あいつが戻ってきてるかもしれない」
「ええ」
二人は、足早に宿へと向かった。
ポポロの検査が終わるのは、今日の夕方。
それまでに、準備を整えなければならない。
母親を救い出し、ポポロと再会させる。
それが、今の俺たちの使命だ。
(待ってろよ、ポポロ。お母さんは、必ず助ける)
翔一は、心の中で誓った。
そして、宿の扉を開けた瞬間――
「よお、遅かったな」
聞き覚えのある、野太い声が響いた。
そこには、俺たちの護衛隊長――ガルムが、相変わらず不愛想表情で立っていた。
(第五章 七話 完)




