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第五話『封印された魔法と、代弁士の後悔』

 二日目の朝。

 翔一とリンネアは、再び地下禁書庫へと向かった。

 ポポロは生体保存局での検査が続いている。あと二日で終わる予定だ。

 地下への階段を降りると、エドガーが待っていた。


「今日も調査ですか」

 エドガーの声は、相変わらず事務的だった。

「ああ。まだ調べ足りない」

 翔一は頷いた。

 リンネアが、エドガーに尋ねる。

「エドガーさん、『旧制度アンシャン・レジーム』の書架はどこですか?」

「……こちらです。千年前に竜人が築き、三百年前に崩壊した『法の時代』の遺物……」

 エドガーは、インデックスを確認し、奥の書架へと案内した。


 埃まみれの棚。

 古びた本が、ぎっしりと詰まっている。

 リンネアが、一冊の本を取り出した。

「これは……『初級魔法入門』」

「魔法の教科書?」

 翔一がのぞき込む。

 リンネアは、ページをめくった。

「ええ。『子供のための魔素コントロール』『魔法陣の描き方』『呪文の構造と理論』……まるで、学校の教科書のように丁寧に説明されています」

「この世界じゃ、魔法は廃れたんじゃなかったのか?」

「だから、ここに隠されているのです。でも、かつては誰でも学べたようです」

 リンネアの声に、寂しさがにじんだ。

 エドガーが、暗い表情でつぶやく。

「千年前、世界を滅ぼしかけた魔導大戦。それを鎮めるために竜人は魔法を封じ、言葉と法による統治『旧制度アンシャン・レジーム』を敷きました。これらの本は、そのときに『二度と使わせない』ために回収されたものです」


 リンネアは、別の本を手に取った。

「『生活魔法大全』……日常で使える魔法の本ですね」

 ページをめくる。

「『清浄水アクア・プーラ』……汚れた水を飲料水に変える魔法。『火種イグニス』……指先から火を起こす魔法。『浮遊レヴィタス』……重い荷物を浮かせて運ぶ魔法……」

 翔一は、本をのぞき込んだ。

「便利じゃねえか。それが封印されてるのか。もったいねえな」

「ええ。これがあれば、生活はもっと豊かになったでしょうに」

 リンネアは、本を閉じた。


 そのとき、リンネアが別の本を手に取った。

 表紙には、血のような赤い文字。

「これは……」

 リンネアの顔色が、変わった。

「どうした?」

「『戦闘魔法大全』……魔導大戦で使われた、破壊魔法の書です」

 リンネアは、震える手でページをめくった。

「『広域殲滅魔法』『苦痛増幅の呪い』『精神破壊の呪文』……」

 リンネアの声が、途切れた。

「『拷問魔法集成』……」

「……拷問魔法だと?」

 翔一は、顔をしかめた。

「ええ。痛みを与え続ける魔法、記憶を奪う魔法、意志を破壊する魔法……」

 リンネアは、本を閉じた。

「これが、魔導大戦で使われたものです」

「……そりゃ、封印されるわけだ」

 エドガーが、静かに言った。

「竜人が介入したのも、無理はありません。この知識があれば、また同じことが起きる」


 リンネアが、ある本を手に取った。

 表紙には、エルフ語の文字。

「これは……エルフの高等魔法書」

 リンネアは、息を呑んだ。

「お前の種族の本か?」

「ええ。私たちエルフの、失われた魔法の書です」

 リンネアは、ページをめくる。

 その目が、輝いている。

「千年前、エルフは強大な魔法を使えました。でも、魔導大戦で封印され、今では誰も使えません」

 リンネアは、本を抱きしめた。

「これがあれば……エルフの魔法を取り戻せるかもしれない」

「持ち出すのか?」

 翔一が尋ねた。

 リンネアは、しばらく本を見つめていた。

 だが、やがて本を棚に戻した。

「……いえ。これは封印されるべきものです。竜人が旧制度を作ったのには、理由がある」

「お前、偉いな」

 翔一は、リンネアを見た。

 リンネアは、少し寂しそうに笑った。

「当然です。私は法を守る者ですから」

 エドガーは、リンネアを見つめていた。

 何かを考えているようだった。


 翔一は、棚の奥を探っていた。

 そのとき、小さな革装の本が目に留まった。

 手のひらに収まるほどの、薄い本。

 表紙にも、背表紙にも、何も書かれていない。

「リンネア、これ……」

「何ですか?」

 リンネアが近づく。

 翔一は、本を取り出した。

「文字が何も書いてない。何の本だ?」

 リンネアは、翔一から本を受け取り、慎重に表紙を開いた。

 最初のページに、古い文字で書かれている。

「これは……日記?」

 リンネアは、目を細めて読み上げた。

「『大陸暦千五百二十三年。私の名はユスティニアン・アッシュフォード。人間の代弁士だ。そして恐らく……私が最後の代弁士となるだろう』」

「最後の代弁士? 千五百二十三年って……」

 翔一は、身を乗り出した。

 今から、およそ三百年前だ。

 リンネアは、さらに読み進める。

「『もう三十年近く、新たな代弁士は生まれていない。かつては竜人の代行者として大陸の秩序を担った我々も、今では私一人だ』」

「……三十年も?」

「ええ。そして……」

 リンネアの声が、震えた。

「『我々は正しいことをした。腐敗を断ち、不正を正した。奴隷制度を廃止し、搾取を止めさせた。だが、誰も笑わなくなった。完璧な世界は、息苦しい。人々は我々を恐れ、憎んだ』」

「……正義を貫いたってことか」

「ええ。でも……」

 リンネアの声が、さらに暗くなった。

「『やがて、我々は疎まれる存在となった。恐れられ、忌避され……そして、濡れ衣を着せられた』」

「濡れ衣?」

「『大陸中の代弁士が、暴走したとして次々と粛清された。人々はそれを喝采して迎えた。……だが、本当に我々は暴走したのか? 誰かに、嵌められたのではないか?』」

 リンネアは、息を呑んだ。

「『私は……生き延びてしまった。隠れて、逃げて、こうして日記を書いている。法の番人であった我々が、なぜ罪人として追われねばならない』」


 翔一は、黙って聞いていた。

 リンネアは、さらに読み進める。

「『竜人との審問について』……翔一、これです!」

「審問の方法が書いてあるのか?」

「ええ。『聖地エルディアの審問場へ赴き、竜人の残留思念と対話する。そこで、代弁士としての資質を問われる』……」

「場所は?」

「『大陸の北東、エルディア山脈の麓。古代竜人の神殿跡』……地図も描かれています!」

 翔一の目が、輝いた。

「これだ……これがあれば、俺も代弁士になれる」

 エドガーは、複雑な表情で見ていた。


 リンネアは、震える声で言った。

「最後のページです……」

「『次の代弁士へ。我々のように、完璧を求めすぎるな。竜人の言葉は絶対ではない。それは、指針であり、参考だ。お前自身で考え、お前自身の正義を貫け。そして……人々を、笑顔にしてほしい』」


第五章 第五話 完


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