第四話『検査室の少女と、芽生える力』
同じころ――。
大図書館都市の東区、生体保存局。
翔一たちが地下禁書庫でポポロの名前を発見していたそのとき、ポポロは精密検査の準備をしていた。
***
「ポポロちゃん、こちらへどうぞ。まず、検査服に着替えてもらいますね」
メリルが、優しく声をかけた。
若い女性の記録官兼助手だ。人間族で、柔らかい笑顔が印象的だった。
「うん……」
ポポロは、メリルから渡された白い検査服を受け取った。
簡素な作りだが、清潔で柔らかい布地だ。
「更衣室はあちらです。終わったら、こちらの椅子に座ってくださいね」
***
着替えを終えたポポロは、検査室に戻った。
白い検査服は、ちょうどいいサイズだった。
「ぴったりね。それじゃあ、始めましょう」
メリルが、笑顔で言った。
ポポロは、部屋の中央に置かれた椅子に座った。
壁に固定された測定器が、静かに佇んでいる。
細長いガラス管。
複雑な配管。
銀色の感応パッド。
(これで、ボクの体を調べるんだ)
「座ってくれ。少し冷たいが、痛くはない」
キースが、ぶっきらぼうに言った。
生体保存局、上級保存官兼主任医師、ドクター・キース。
いつもどおりの無愛想な態度だが、ポポロはもう慣れていた。
「うん」
ポポロは、椅子に座った。
***
「ポポロ、髪をかき上げて、うなじを出してくれ。少し冷たいぞ」
キースが、感応パッドを手に取った。
「うん」
ポポロは、長い髪をかき上げた。
白いうなじが、あらわになる。
キースが、銀色の感応パッドを、ポポロのうなじに押し当てた。
「ひゃっ……冷たい」
ポポロの体が、ビクッと跳ねる。
金属の冷たさが、肌に伝わってくる。
「じっとしてろ。魔素活性化、開始」
キースが、バルブを開いた。
壁に固定された測定器が、低い唸りを上げ始めた。
ギチチ……。
装置の内部にある『感応重液』が、ポポロの体内魔素を活性化させていく。
細長いガラス管の中を、赤いオイルが勢いよく駆け上がった。
「人間族の正常値を超えました」
メリルが、記録用の羊皮紙に書き込みながら報告する。
さらに上がる。
「ドワーフの正常値も……獣人の正常値も超えています!」
メリルの声が、少し上ずった。
「……まだ上がるのか?」
キースが、目を見開いた。
赤いラインは、エルフの正常値ラインすら突破し、ガラス管の頂点にある『測定限界域』まで達して、ようやく止まった。
「ドクター! 測定器の最大値付近です!」
「……信じられん。しかも、完全に安定している」
キースは、測定器を見つめた。
***
ポポロは、体の中が熱くなっていくのを感じた。
(あつい……でも、痛くない)
まるで、何かが目覚めていくような感覚。
体が軽くなる。
力が、あふれてくる。
そして、どこかから、「声」が聞こえる。
(……大丈夫だよ……怖がらないで……)
優しい声。
誰の声だろう。
知らない。
でも、懐かしい。
(この声……)
ポポロは、目を閉じたまま、その声に耳を傾けた。
(……お前は、一人じゃない……)
(……お前を守る者がいる……)
温かい。
安心する。
まるで、誰かに抱きしめられているような感覚。
***
「ポポロ、何か感じたか?」
キースの声で、ポポロは目を開けた。
「うん……体が、温かくなった」
「他には?」
「あと……声が聞こえた」
「声?」
キースが、眉をひそめた。
「うん。誰かわかんないけど……優しい声」
ポポロは、うなじから感応パッドを外されながら言った。
「記録。『検査対象は音声幻聴を報告。内容は安心感を与える肯定的なもの』」
キースが、メリルに口述する。
「はい、ドクター」
メリルが、羊皮紙に書き込んだ。
「なるほど……」
キースは、ポポロを見た。
「ポポロ、君の体は……特別だ。魔素を感じ取り、変換し、コントロールできる」
「それって……」
ポポロは、不安そうに聞いた。
「ああ」
キースは、静かに頷いた。
「君は……おそらく、エリアスが言っていた『巫女』なんだろう」
「巫女……」
ポポロは、その言葉を繰り返した。
裁判で、エリアスが言っていた。
でも、それが何なのか、ポポロには分からない。
「詳しいことは、俺にも分からない。だが……」
キースは、測定器を見た。
「君の体は、間違いなく特別だ」
***
検査が終わり、ポポロは椅子から立ち上がった。
そのとき、違和感を覚えた。
(なんか……体が、変な感じ)
検査服の袖が短い。
胸のあたりがきつい。
腰回りも窮屈だ。
(さっきまで、ちょうどよかったのに……)
「あら、ポポロちゃん。検査服、小さかったのね。ごめんなさい、ちょうどいいサイズだと思ったんだけど」
メリルが、気づいて謝った。
「ううん、小さくなかったよ。さっきまで、ちょうどよかったの」
ポポロは、首を横に振った。
「服が小さくなったんじゃなくて……ボクが、大きくなったの」
「え?」
メリルは、一瞬戸惑った表情を見せた。
(さっき着替えたばかりなのに……?)
だが、すぐに笑顔になった。
「あら、そうなの? 成長期なのね。子供はすぐ大きくなるわ。じゃあ、もう少し大きいサイズを用意しましょうか」
だが、キースは違和感を覚えていた。
(いや……これは、普通の成長ではない)
(魔素を活性化させすぎたのか?)
(巫女の覚醒を……俺が促進してしまったのかもしれない)
キースは、測定器を見つめた。
(だが、検査しなければ、この子が巫女だと確定できなかった)
(ジレンマだ……)
***
夕暮れ。
ポポロは、個室のベッドに座り、窓の外を見ていた。
オレンジ色の空。
沈みゆく太陽。
(翔一、無事でいてね)
体の中に、温かいものが流れている。
不思議だけど、怖くない。
(あの人……エリアスって人が、ボクのこと『巫女』って言ってた)
(巫女って、何だろう?)
(でも……前と違う。体が、温かい)
ポポロは、自分の手を見た。
(ボク、これからどうなるんだろう)
***
同じころ。
キースは、一人、測定器の記録を見つめていた。
(測定器の最大値付近……エルフの正常値すら遥かに超えている)
(しかも、完全に安定している。こんな数値、見たことがない)
キースは、測定器の記録を見つめた。
(そして、あの身体変化……)
(魔素の活性化が、この子の成長を促進させてしまったのか?)
キースは、エリアスの裁判を思い出した。
(エリアスが言っていた……『この子は巫女の可能性がある』と)
(この異常な魔素値……もしかして、これが『巫女』なのか?)
(だが、巫女とは何なのか。どんな存在なのか。俺には分からない)
キースは、半年前の記録を思い出した。
正典管理局から送られてきた「要監視対象者リスト」。
詳細な説明はなく、ただ名前と所在地が記されているだけだった。
その中に、「ポポロ」という名前があった。
(あのリストと、この異常値……)
(正典管理局が、何かを隠している)
(そして、俺は……魔素を活性化させて、この子の何かを早めてしまったのかもしれない)
キースは、唇を噛んだ。
(翔一君が、地下で『巫女』の真実を見つけてくれることを願うしかない)
(それまでは……この子を守らなければ)
キースは、記録用の羊皮紙を手に取った。
(もう一度、詳しい検査が必要だ)
(そして……翔一君に、全てを話さなければならない)
夕暮れの光が、生体保存局の窓を染めている。
ポポロの検査は、まだ始まったばかりだ。
(第五章 四話 完)




