表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/73

第四話『検査室の少女と、芽生える力』

 同じころ――。

 大図書館都市の東区、生体保存局。

 翔一たちが地下禁書庫でポポロの名前を発見していたそのとき、ポポロは精密検査の準備をしていた。


          ***


「ポポロちゃん、こちらへどうぞ。まず、検査服に着替えてもらいますね」

 メリルが、優しく声をかけた。

 若い女性の記録官兼助手だ。人間族で、柔らかい笑顔が印象的だった。

「うん……」

 ポポロは、メリルから渡された白い検査服を受け取った。

 簡素な作りだが、清潔で柔らかい布地だ。

「更衣室はあちらです。終わったら、こちらの椅子に座ってくださいね」


          ***


 着替えを終えたポポロは、検査室に戻った。

 白い検査服は、ちょうどいいサイズだった。

「ぴったりね。それじゃあ、始めましょう」

 メリルが、笑顔で言った。

 ポポロは、部屋の中央に置かれた椅子に座った。

 壁に固定された測定器が、静かに佇んでいる。

 細長いガラス管。

 複雑な配管。

 銀色の感応パッド。


 (これで、ボクの体を調べるんだ)


「座ってくれ。少し冷たいが、痛くはない」

 キースが、ぶっきらぼうに言った。

 生体保存局、上級保存官兼主任医師、ドクター・キース。

 いつもどおりの無愛想な態度だが、ポポロはもう慣れていた。

「うん」

 ポポロは、椅子に座った。


          ***


「ポポロ、髪をかき上げて、うなじを出してくれ。少し冷たいぞ」

 キースが、感応パッドを手に取った。

「うん」

 ポポロは、長い髪をかき上げた。

 白いうなじが、あらわになる。

 キースが、銀色の感応パッドを、ポポロのうなじに押し当てた。

「ひゃっ……冷たい」

 ポポロの体が、ビクッと跳ねる。

 金属の冷たさが、肌に伝わってくる。

「じっとしてろ。魔素活性化、開始」

 キースが、バルブを開いた。

 壁に固定された測定器が、低い唸りを上げ始めた。

 ギチチ……。


 装置の内部にある『感応重液』が、ポポロの体内魔素を活性化させていく。

 細長いガラス管の中を、赤いオイルが勢いよく駆け上がった。

「人間族の正常値を超えました」

 メリルが、記録用の羊皮紙に書き込みながら報告する。

 さらに上がる。

「ドワーフの正常値も……獣人の正常値も超えています!」

 メリルの声が、少し上ずった。

「……まだ上がるのか?」

 キースが、目を見開いた。

 赤いラインは、エルフの正常値ラインすら突破し、ガラス管の頂点にある『測定限界域』まで達して、ようやく止まった。

「ドクター! 測定器の最大値付近です!」

「……信じられん。しかも、完全に安定している」

 キースは、測定器を見つめた。


          ***


 ポポロは、体の中が熱くなっていくのを感じた。


 (あつい……でも、痛くない)


 まるで、何かが目覚めていくような感覚。

 体が軽くなる。

 力が、あふれてくる。

 そして、どこかから、「声」が聞こえる。


 (……大丈夫だよ……怖がらないで……)


 優しい声。

 誰の声だろう。

 知らない。

 でも、懐かしい。


 (この声……)


 ポポロは、目を閉じたまま、その声に耳を傾けた。


 (……お前は、一人じゃない……)

 (……お前を守る者がいる……)


 温かい。

 安心する。

 まるで、誰かに抱きしめられているような感覚。


          ***


「ポポロ、何か感じたか?」

 キースの声で、ポポロは目を開けた。

「うん……体が、温かくなった」

「他には?」

「あと……声が聞こえた」

「声?」

 キースが、眉をひそめた。

「うん。誰かわかんないけど……優しい声」

 ポポロは、うなじから感応パッドを外されながら言った。

「記録。『検査対象は音声幻聴を報告。内容は安心感を与える肯定的なもの』」

 キースが、メリルに口述する。

「はい、ドクター」

 メリルが、羊皮紙に書き込んだ。

「なるほど……」

 キースは、ポポロを見た。

「ポポロ、君の体は……特別だ。魔素を感じ取り、変換し、コントロールできる」

「それって……」

 ポポロは、不安そうに聞いた。

「ああ」

 キースは、静かに頷いた。

「君は……おそらく、エリアスが言っていた『巫女』なんだろう」

「巫女……」

 ポポロは、その言葉を繰り返した。

 裁判で、エリアスが言っていた。

 でも、それが何なのか、ポポロには分からない。

「詳しいことは、俺にも分からない。だが……」

 キースは、測定器を見た。

「君の体は、間違いなく特別だ」


          ***


 検査が終わり、ポポロは椅子から立ち上がった。

 そのとき、違和感を覚えた。


 (なんか……体が、変な感じ)


 検査服の袖が短い。

 胸のあたりがきつい。

 腰回りも窮屈だ。


 (さっきまで、ちょうどよかったのに……)


「あら、ポポロちゃん。検査服、小さかったのね。ごめんなさい、ちょうどいいサイズだと思ったんだけど」

 メリルが、気づいて謝った。

「ううん、小さくなかったよ。さっきまで、ちょうどよかったの」

 ポポロは、首を横に振った。

「服が小さくなったんじゃなくて……ボクが、大きくなったの」

「え?」

 メリルは、一瞬戸惑った表情を見せた。


 (さっき着替えたばかりなのに……?)


 だが、すぐに笑顔になった。

「あら、そうなの? 成長期なのね。子供はすぐ大きくなるわ。じゃあ、もう少し大きいサイズを用意しましょうか」

 だが、キースは違和感を覚えていた。


 (いや……これは、普通の成長ではない)

 (魔素を活性化させすぎたのか?)

 (巫女の覚醒を……俺が促進してしまったのかもしれない)


 キースは、測定器を見つめた。


 (だが、検査しなければ、この子が巫女だと確定できなかった)

 (ジレンマだ……)


          ***


 夕暮れ。

 ポポロは、個室のベッドに座り、窓の外を見ていた。

 オレンジ色の空。

 沈みゆく太陽。


 (翔一、無事でいてね)


 体の中に、温かいものが流れている。

 不思議だけど、怖くない。


 (あの人……エリアスって人が、ボクのこと『巫女』って言ってた)

 (巫女って、何だろう?)

 (でも……前と違う。体が、温かい)


 ポポロは、自分の手を見た。


 (ボク、これからどうなるんだろう)


          ***


 同じころ。

 キースは、一人、測定器の記録を見つめていた。


 (測定器の最大値付近……エルフの正常値すら遥かに超えている)

 (しかも、完全に安定している。こんな数値、見たことがない)


 キースは、測定器の記録を見つめた。


 (そして、あの身体変化……)

 (魔素の活性化が、この子の成長を促進させてしまったのか?)


 キースは、エリアスの裁判を思い出した。


 (エリアスが言っていた……『この子は巫女の可能性がある』と)

 (この異常な魔素値……もしかして、これが『巫女』なのか?)

 (だが、巫女とは何なのか。どんな存在なのか。俺には分からない)


 キースは、半年前の記録を思い出した。

 正典管理局から送られてきた「要監視対象者リスト」。

 詳細な説明はなく、ただ名前と所在地が記されているだけだった。

 その中に、「ポポロ」という名前があった。


 (あのリストと、この異常値……)

 (正典管理局が、何かを隠している)

 (そして、俺は……魔素を活性化させて、この子の何かを早めてしまったのかもしれない)


 キースは、唇を噛んだ。


 (翔一君が、地下で『巫女』の真実を見つけてくれることを願うしかない)

 (それまでは……この子を守らなければ)


 キースは、記録用の羊皮紙を手に取った。


 (もう一度、詳しい検査が必要だ)

 (そして……翔一君に、全てを話さなければならない)


 夕暮れの光が、生体保存局の窓を染めている。

 ポポロの検査は、まだ始まったばかりだ。


(第五章 四話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ