第三話『「仲介者」の名簿と、消された命』
「仲介者候補者名簿」の発見から、数時間――。
地下禁書庫の空気は、相変わらず重かった。
夜光石の淡い光が、古文書の山を照らしている。
リンネアは、黙々と「仲介者候補者名簿」を調べ続けていた。
ページをめくる音だけが、静寂を破る。
俺は、その隣で腕を組んで待っていた。
エドガーは少し離れた場所で、記録用の羊皮紙に何かを書き込んでいる。
カリカリという羽ペンの音が、時折聞こえた。
「翔一、このインデックスを見てください」
リンネアが、台帳の最初のページを指差した。
「『仲介者候補者名簿』『調停者資格審査記録』『特異個体観察日誌』……」
「仲介者、調停者……」
俺は顔をしかめた。
「『仲介者』は『巫女』、『調停者』は『代弁士』のことだと思います」
リンネアは暗い表情で続けた。
「わざと別の言葉に置き換えて、記録を隠蔽しているんです」
「特異個体……ってのは?」
「……おそらく、巫女候補として監視していた子供たちのことです」
リンネアの声が、少し震えていた。
俺は舌打ちした。
「ふざけてやがる」
エドガーは、何も言わずに記録を続けている。
だが、羊皮紙を握る手が、少し震えていた。
***
「『仲介者候補者名簿』……過去三百年分の記録です」
リンネアが台帳のページをめくる。
古い羊皮紙が、パラパラと音を立てた。
「最初の百年は詳細な記録があります。名前、生年月日、種族、出身地、魔素測定値、観察日誌……」
「それが?」
「二百年前から、急に簡素になります。『名前』『種族』『発見日』、そして『備考』……それだけです」
「備考?」
リンネアは、ページをめくりながら続けた。
「ええ。そして、全員の備考欄に『病死』『事故死』『行方不明』と記載されています」
俺は眉をひそめた。
「……つまり、発見したけど、勝手に死んだり消えたりしたって記録か」
「ええ」
リンネアは暗い表情で頷いた。
「『我々は何もしていない』という体裁です」
クソが。
俺は拳を握りしめた。
***
リンネアは、黙々とページをめくり続けた。
その指が、時折震えている。
どれだけの名前が、そこに記されているのか。
どれだけの子供が、「病死」「事故死」として処理されたのか。
「過去三百年間で……」
リンネアの声が、震えた。
「少なくとも五十八名の『仲介者候補』が記録されています」
「……五十八人」
俺は静かに繰り返した。
「ええ。そして、全員が『病死』『事故死』『行方不明』……」
リンネアは、台帳を見つめたまま言った。
「……『勝手に死んだ』ことになってるのか」
俺は、低い声でつぶやいた。
「五十八人もの子供を殺しておいて」
エドガーが、記録用の羊皮紙を握りしめる音が聞こえた。
だが、何も言わない。
俺も、何も言わなかった。
ただ、怒りを噛み殺した。
***
「……翔一」
リンネアの声が、さらに震えた。
「どうした?」
「ポポロの……名前が」
俺の心臓が、跳ねた。
「……何?」
リンネアの指が、一行を指していた。
俺は、台帳をのぞき込んだ。
文字は読めない。
だが、リンネアの表情で、十分だった。
「『ポポロ。獣人族(狐)。半年前、流浪の民の集落にて魔素異常値を検知。両親(父ソラン、母ルナリア)を拘束。本人は逃走。追跡継続中』……」
リンネアが、震える声で読み上げる。
俺は、息を止めた。
「『両親について:父ソランは尋問中に留置場で自死。母ルナリアは……』」
リンネアの声が、途切れた。
「『保管』……?」
俺は、台帳を睨みつけた。
「……ふざけんな」
低い声。
だが、怒りがにじんでいた。
「ポポロは……あいつは、生まれてすぐに追われてたのか。こいつらから」
「翔一……」
リンネアが、俺の腕に手を置いた。
だが、俺は止まらなかった。
「エドガーさん、あんた、これ知ってたのか?」
俺は、エドガーに向き直った。
エドガーは、目をそらした。
「……私は、記録官です」
「知ってたんだな」
「……」
エドガーは、何も言わなかった。
俺は、一歩近づいた。
「何十人もの子供が殺された。ポポロもその一人だったかもしれない。それを、あんたたちは知ってて、黙ってたのか?」
「翔一、落ち着いてください」
リンネアが、俺の腕をつかんだ。
俺は、深呼吸した。
「……悪い」
俺は、拳を下ろした。
「エドガーさんだけを責めても仕方ない。上からの命令で……あんたも、立場があるんだろう」
エドガーは、黙って羊皮紙を見つめていた。
***
「翔一、この『保管』という言葉……」
リンネアが、台帳を見ながら言った。
「『保管』……」
俺は、古文書を睨みつけた。
「父親は『自死』で、母親は『保管』だと?」
「ええ。『処分』ではなく『保管』……つまり、生きている可能性があります」
リンネアは、俺を見た。
「……本当か? ポポロの母親が、まだ生きてるかもしれないのか?」
俺の声が、少し上ずった。
「確証はありませんが……もし、巫女を産んだ母親を研究対象にしているなら」
「生かしておく理由がある、ってことか」
そのとき、エドガーが顔を上げた。
「……正典管理局が、生体保存局から医薬品や医療器具を持ち出していました」
「え?」
俺は、エドガーを見た。
「記録にあります。定期的に、大量の医薬品と医療器具を……権限を使って持ち出していたと」
エドガーは、ためらいながら言った。
「それって……」
「おそらく、どこかに秘密施設があるはずです」
エドガーは、暗い表情で続けた。
「『保管』された対象を……生かしておくための」
「エドガーさん、その施設の場所は?」
リンネアが、身を乗り出した。
「私には、わかりません。それは、局長級の機密です」
エドガーは、首を横に振った。
「ただ……」
エドガーは、記録用の羊皮紙を見た。
「生体保存局の医師たちも、薄々気づいていたはずです。何か、良くないことに使われていると」
***
俺は、台帳を閉じた。
「リンネア、この記録、全部コピーできるか?」
「時間はかかりますが、可能です」
「頼む。市長に渡す」
俺は、リンネアに頷いた。
「そして……」
俺は、エドガーを見た。
「エドガーさん、あんたが書いてる報告書、どこまで詳しく書くんだ?」
エドガーは、視線をそらした。
「……必要な範囲です」
「そうか」
俺は、それ以上何も言わなかった。
エドガーが、何を書いて、何を書かないか。
それは、エドガー自身の選択だ。
俺には、強制できない。
(ポポロ……お前、ずっと一人で戦ってたんだな)
俺は、心の中でつぶやいた。
(両親は、お前を守るために犠牲になった)
(そして、母親は……もしかしたら、生きてるかもしれない)
(待ってろ。必ず、真実を全部暴いてやる)
翔一は、再び名簿のページをめくった。
夜光石の光が、古文書を照らしている。
地下の調査は、まだ始まったばかりだ。
(第五章 第三話 完)




