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第八話『裁きの槌と、明かされる深淵』

「……あいつは……あの娘は『生きていてはならない』のだ!」

 エリアスの絶叫が、静まり返った法廷に響き渡った。

 それは理性をかなぐり捨てた、恐怖と狂信の叫びだった。

「あれはただの獣人ではない! あのような『旧時代の遺物(巫女)』が目覚めれば、この都市の……いや、我々が築き上げてきた『秩序』そのものが崩壊する!」


 会場がざわめく。

 巫女。秩序の崩壊。

 穏やかではない言葉の羅列に、傍聴人たちが不安げに顔を見合わせる。

 ヴァルター市長は、静かに、しかし鋭く問いかけた。

「静粛に。……エリアス局長、貴官の言う『秩序の崩壊』とは何か? 具体的に説明したまえ」

「歴史を見れば明らかでしょう!」

 エリアスは両手を広げた。

「かつて『代弁士』と、その契約者たる『巫女』は、王都の秩序を根底から破壊した! 貴族を次々と断罪し、商人を処刑し、ついには民衆すら恐怖で暴徒と化した。……彼らの独善的な正義が、どれだけの血を流したか……『正典』にも記されているとおりです!」


 ――代弁士が?

 俺は思わず立ち上がりそうになった。

 代弁士が、世界を破壊した?

 違う。リンネアが教えてくれた「竜人の審問を受けた正しき者」の話と、まるで違う。

 あの真剣な表情で語られた「かつての法の守り手」が、そんな恐怖の存在だったのか?

 いや、待て。落ち着け。

 エリアスの言葉を鵜呑みにするな。あいつは今まで何度も嘘をついてきた。

 だが――俺の胸の奥で、小さな疑念が芽生える。

 もし、エリアスの言葉が本当だったら?

 もし、俺が目指そうとしていた「代弁士」が、本当に世界を破壊する存在だったら?

 そして、ポポロが、その「鍵」だとしたら――


「異議あり!」

 リンネアの鋭い声が響いた。

「今の答弁は、本件の争点とは無関係です! 本件はあくまで『ポポロちゃんが現在、危険な存在であるか否か』です。数百年前の代弁士たちの行為は、何の関係もありません!」

「関係ある!」

 エリアスが食って掛かる。

「巫女が目覚めれば、かつての悲劇が繰り返される! それが証明だ!」

「……それは詭弁きべんです」

 リンネアは冷ややかに言い放った。

「数百年前の出来事を根拠に、今生きている子供を裁くなど、法の精神に反します。それに――」

 凛とした声で、しかし毅然とエリアスを見据えながら、リンネアは続けた。

「それは勝者の歴史です! 私たちエルフ族の古い伝承では、代弁士たちは無実でした。彼らは濡れ衣を着せられ、一方的に粛清されたのです。……エリアス局長、あなたも長命種なら知っているはずです!」


 ――無実?

 俺は息を呑んだ。

 リンネアが知っていた。代弁士の本当の姿を。

 彼女は最初から、エリアスの語る「恐怖の代弁士」が嘘だと知っていたのか。

 いや、それならなぜ、もっと早く教えてくれなかった?

 ……いや、違う。

 リンネアは俺を試していたんじゃない。守ろうとしていたんだ。

 「代弁士を目指す」と言った俺に、余計な重荷を背負わせないために。


 俺は拳を握りしめた。

 エリアスの言葉も、リンネアの言葉も、どちらも真実の一面なのかもしれない。

 だが、今は関係ない。

 今、俺がやるべきことは、ポポロを守ることだ。

 代弁士が何だろうと、巫女が何だろうと――この子は俺の家族だ。


 会場がどよめく。

 正典(公式歴史)への異議申し立て。それはこの都市ではタブーに近い。

 だが、エリアスは冷笑した。

「……ああ、知っているとも。だが、それがどうした?」

「なっ……」

「彼らは無実だったかもしれない。だが、彼らの『正しさ』が世界を救ったか? 否だ!」

 エリアスは吐き捨てるように言った。

「かつての代弁士たちは、あまりにも潔癖すぎた。少しの不正も許さず、法という刃で切り捨てた。……貴族の相続争いがあっただけで、両家ともお家断絶。村長がわずかな賄賂を受け取っただけで死刑。……その結果、何が起きた? 社会は萎縮し、誰もが疑心暗鬼になり、国そのものが窒息しかけたのだ!」


 エリアスの言葉には、奇妙な説得力があった。

 正しすぎる正義の弊害。それは確かに存在する。

「だからこそ、彼らは排除された。人々が『清濁入り混じる曖昧あいまいさ』と『安息』を求めたからだ! 潔癖な真実など、この世界には毒なだけだ。今の平和は『代弁士=悪』という前提の上に成り立っている」

 エリアスは会場を見渡した。

「私は『正義』を守っているのではない。『秩序』を守っているのだ。最大多数の幸福のために、過去の真実などいくらでもねじ曲げてやる。……そして、その火種となる巫女も消さねばならんのだ!」


 会場は沈黙した。

 彼の言う「必要悪」の論理に、誰もが反論できずにいた。

 今の平和が嘘の上に成り立っているとしても、それを壊してまで真実を知りたいと願う者は少ない。

 そのとき、市長が静かに木槌を鳴らした。

「エリアス局長。貴官の歴史観は興味深いが、本件の争点から外れている」

 市長の冷徹な声が響く。

「本件は『ポポロという少女が、現時点で危険な存在か否か』だ。数百年前の代弁士たちの行為は、彼女個人の危険性を証明する根拠にはならん」

「し、しかし……!」

「法廷を政治演説の場と勘違いするな。争点に戻りたまえ」

 市長の一喝に、エリアスは歯噛みして黙り込んだ。


 だが。

「……くだらねえ」

 俺はポポロの肩を抱き、法廷の中央へ進み出た。

「秩序? 平和? ……笑わせるな」

 俺はエリアスを睨みつけた。

「お前の言う平和ってのは、何も知らない子供を犠牲にして成り立つ薄っぺらいもんか? 過去の連中が潔癖すぎて失敗したからって、今の子供にツケを払わせるのかよ」

「貴様ごときに何が分かる!」

「分かるさ」

 俺は言い切った。

「こいつは今、ここで生きている。飯を食って、笑って、勉強して、俺の下で働いてるんだ。それを『未来の危険』だの『過去の因縁』だの、勝手な理屈で奪ってたまるか」


 俺はポポロの手を握りしめた。

 小さな手は震えていたが、俺が握り返すと、ギュッと力を込めてきた。

「代弁士が何だ? 巫女が何だ? そんなもん、俺には関係ない。こいつは俺の従業員かぞくだ。それ以外の何物でもない」

 俺はエリアスを指さした。

「もしこいつが世界を壊すっていうなら、そのときは俺が止める。雇用主ボスとして、責任を持って指導してやるよ。……だがな、勝手にこいつの未来を決めつけるな。俺の従業員に指一本触れさせねえぞ」


 その言葉に、会場の空気が変わった。

 高尚な政治論よりも、目の前の命を守ろうとする男の覚悟。

 製紙工場の親父が、力強く頷いているのが見えた。

 ヴァルター市長は、ゆっくりと頷いた。

「……弁護人の主張はもっともだ。可能性や政治的判断だけで、現在の命を裁くことは法の精神に反する」

 市長は木槌を構えた。

「よって、本廷は以下のとおり判決を下す」


 カァン! と乾いた音が響く。

「一、ポポロの『異端』認定を却下する。管理局による身柄拘束および所有権の主張を退ける」

「二、ただし、ポポロが特異な能力を持つことは事実であるため、当面の間、大図書館都市からの出国を禁ずる」


 市長は一呼吸置き、エリアスを鋭く見据えた。

「三、本法廷において偽証教唆が行われた事実が認められた。これは盟約法第二百十三条『法廷秩序保持義務違反』に該当する重罪である」

「なっ……!」

「よって、正典管理局長エリアス・シルヴァネス、および証人として偽証を行った生体保存局員を、盟約法違反の容疑により即時拘束する。衛兵、両名を拘置所へ護送せよ」


 会場がどよめく。

 衛兵たちが壇上へ駆け上がる。

 市長は木槌を再び打ち鳴らした。

「四、また、本職は大図書館都市市長としての行政権限により、エリアス・シルヴァネスの正典管理局長としての職務を即時停止する。後任人事および懲戒処分については、追って審議する」

「ば、馬鹿な……そんな……!」

 エリアスの顔から血の気が引いた。

 衛兵たちが彼の両腕をつかむ。


 完璧な勝利ではない。出国禁止という足枷はついた。

 だが、ポポロの命と自由は守られたのだ。

 エリアスは衛兵に連行されながら、虚ろな目で俺を見た。

「……後悔するぞ。あの『鍵』は、いずれ必ず扉を開く……。そのとき、貴様に世界が背負えるのか……」

「背負ってやるよ。俺は欲張りなんでな」

 俺は不敵に笑って見送った。


          ***


 閉廷後。

 公会堂の外には、夕焼けが広がっていた。

「約束どおり、あの娘のデータは取らせてもらうぞ」

 キースが待ち構えていた。

 俺は苦笑して、ポポロの背中を押した。

「ああ、好きにしてくれ。ただし痛いのは無しだ」

「当然だ。貴重なサンプルを傷つけるわけがない」

 キースは鼻を鳴らし、去っていく。


 ポポロは俺とリンネアの手を握り、見上げてきた。

「……ありがとう、ショーイチ。リンネアお姉ちゃん」

「無事でよかった……本当によかったです、ポポロちゃん」

 リンネアが涙ぐみながらポポロを抱きしめる。

 俺は二人の頭をなでた。

「まだ帰れないけどな。ま、しばらくはこの街で商売でもしながら、のんびりしようぜ」

 そう言って歩き出そうとしたとき、背後から声がかかった。

「――盟約弁護士殿」

 振り返ると、そこには市長の姿があった。

 白髪の小柄な老人。法廷での威圧感はなく、ただの好々爺のような柔和な笑みを浮かべている。

「市長……!」

 リンネアが慌てて一礼する。

 市長は軽く手を振り、彼女を制した。

「大仰な挨拶はいらない。少しだけ、礼を言いたくてね」

「礼……ですか?」

「ああ。君の『臨時公判権』の行使、見事だった」

 市長はリンネアの目を真っすぐ見た。

「おかげで、長年の懸案を表に出すことができた。……正典管理局の『密室裁判』を、この都市は必要としていない。だが、私一人では彼らの聖域に踏み込むことはできなかった」

「それは……」

「君たちが風穴を開けてくれた。感謝している」

 市長は背を向けると、小さく、しかしはっきりとした声でつぶやいた。

「君たちには、まだ期待している。この都市の『闇』を暴いてくれることを。……私には時間がない。だが、君たちなら」

 そのまま、市長は夕暮れの中へと消えていった。


 俺はリンネアと顔を見合わせた。

「……やっぱりな。あの爺さん、相当な策士だぜ」

「ええ。でも……悪い人ではなさそうです」

 リンネアは複雑な表情で、市長の背中を見送った。

 俺たちは黒い塔を見上げた。

 あの地下には、まだ何かが眠っている。

 かつての代弁士たちが残した真実と、ポポロを呼ぶ声。

 だが今は、この勝利を噛み締めよう。


「……なあ、リンネア」

 ふと、気になったことを口にする。

「そういえばさ、お前、あの生体保存局でポポロのことを『巫女』って言ってたよな」

 リンネアがピタリと足を止めた。

 ポポロも、俺の服をつかむ手に力を込める。

「あのとき、俺は『ポポロは男だぞ』って言ったはずなんだが……」

 俺はポポロの顔をのぞき込む。

「それで今日の法廷で、エリアスが何度も『巫女』だの『あの娘』だの言ってたよな。ミコって……確か、女、だよな?」

 俺は二人を交互に見る。

「……お前ら、もしかして俺に何か隠してないか?」


 シーンと静まり返る。

 夕焼けの中、リンネアとポポロが顔を見合わせた。

「……翔一」

 リンネアがあきれたような、でもどこか優しい声で言った。

「今まで、本当に気づいていなかったんですか?」

「え? 何を?」

 ポポロがじっと俺を見つめから、小さくつぶやいた。

「……ショーイチ、本当に鈍感だね」

「おい、さっきから鈍感鈍感って……」

 リンネアはクスリと笑い、ポポロの頭を優しくなでた。

「ふふ、いいんです。それも翔一らしいですから」

 リンネアはポポロの手を取り、ニッコリ笑った。

「ね、ポポロちゃん。後で宿に戻ったら、ゆっくりお話ししましょう?」

「うん。ボク……ちゃんと話したい」

 二人は何か通じ合うものがあるように微笑み合い、手をつないで歩き出す。

 何か、俺には入り込めない空気。


「おい、待てって。お前ら、俺を置いてけぼりにするなよ」

「ふふふ、後でちゃんと教えてあげますから」

「そうだよ、ショーイチ。焦らないで」

 二人がクスクスと笑い声を上げる。

 ……全然わからん。

 だが、まあ、いいか。

 俺はポポロの頭をポンと叩いた。

「まあ、何だっていい。お前が元気なら、それで十分だ」

「うん!」

 ポポロが満面の笑みで答える。

 リンネアも嬉しそうに微笑んでいる。


 俺たちは夕焼けの街を歩いた。

 まだ謎は残っている。ポポロの秘密も、代弁士の真実も、地下に眠る何かも。

 だが、今は――

 この小さな勝利と、仲間たちの笑顔を、しっかりと胸に刻もう。

 明日からまた、新たな一歩を踏み出すために。


(第四章 完)

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