第十二話『自由の獣王と、軍師の契約』
俺がつぶやいた、そのときだった。
表の広場が、急に騒がしくなった。
「おい、ロックス様のお出ましだぞ!」
客たちが一斉に表へ飛び出していく。俺たちもつられるようにして外へ出た。
広場の中央にある木箱の上に、一人の男が立っていた。
太陽のような金髪。首周りには、獅子のタテガミを思わせる立派な剛毛。鍛え上げられた肉体を、ラフな革鎧で包んでいる。
精悍な人間の青年の顔立ちだが、その溢れ出る野性味は『群れのボス』そのものだ。
「同胞たちよ! 聞け!」
ロックスが太い腕を振り上げる。その声はよく通り、聴衆を一瞬で惹きつけた。
「西の連中はまた、橋の検問を強化した! どうして同じ市内を行き来するのに検問を受けなきゃならないんだ! 役所の公録を司り、街の石組みや水源を守り、建築現場を支えているのは誰だと思ってやがる! 西の奴らの『秩序ある生活』の土台を回してやってるのは、この東区の同胞たちなんだぞ!」
「許せねぇ!」
「そうだそうだ!」
歓声が上がる。ロックスは満足げに頷き、さらに声を張り上げた。
「親父(先代)は言った! 『自由こそが繁栄の礎だ』と! 我々に必要なのは、窮屈な首輪ではない! 風のような自由だ! 商売の自由、往来の自由……それこそが、このディルマを繁栄させてきた魂ではないか!」
熱狂する群衆。
だが、俺はその熱気の裏にある『危うさ』を感じ取っていた。
自由、結構なことだ。だが、今の彼の言葉には『責任』が抜け落ちている。ただ西への敵対心を煽り、自分たちの正当性を主張しているだけに聞こえた。
「……勢いはあるが、中身がないな」
俺は小さく息を吐いた。
そのときだ。
「おい、そこの銀髪! 誰の許可でここを歩いてやがる!」
広場の隅で、怒号が響いた。
見れば、数人の若いベルク族が、一人の行商人を囲んでいる。行商人は銀髪に飾り耳――ミューラ族だ。西区から来たのだろう。
「と、通してください……私はただ、薬草の仕入れに……」
「へっ! 西の連中が俺たちの市場を使うなら、『通行税』を払ってもらわねぇとなぁ!」
若者の一人が、行商人の荷車を蹴り上げる。
いかに仲が悪いとはいえ、一線を越えた行為だ。
周囲のベルク族も、見て見ぬふりをしている。「西の奴なら仕方ない」という空気が、場を支配していた。
「……やれやれ」
俺はフードを深く被り直した。
関わりたくはない。だが――この状況、少し『使える』かもしれない。
俺は口元だけでニヤリと笑うと、わざと大きなため息をついて見せた。
「リンネア、ガルム。少し出るぞ」
「はいはい。……また何か良からぬことを考えている顔ですね」
リンネアがあきれたように肩をすくめるが、その瞳は油断なく周囲を警戒している。
俺は群衆をかき分け、若者たちの前に躍り出た。
「――そこまでだ、野蛮人ども」
俺の声に、若者たちがぎょっとして振り返る。
「あぁ!? なんだテメェは!」
「通りすがりの法律家さ。……君たちのボスは高らかに『自由』を謳っているが、まさかそれが『略奪の自由』のことだったとはな」
俺はわざとらしくため息をつき、壇上のロックスに聞こえるように声を張り上げた。
「契約なき徴収は、ただの強盗罪だ。……それとも、この東区じゃあ、強盗が『自由』の象徴なのか?」
ざわめきが広がる。
若者たちの顔が赤く染まった。
「う、うるせぇ! 西の連中が悪いんだよ! あいつらが俺たちを締め出すから……!」
「だからお前たちも同じことをするのか? レベルの低い復讐だな。そんなことをすれば、ロックス氏の顔に泥を塗るだけだと分からないのか?」
俺は冷ややかに言い放つ。
若者が逆上し、拳を振り上げた――そのとき。
「――やめろ!!」
雷のような一喝が轟いた。
壇上にいたロックスが、驚くべき跳躍力で飛び降り、俺たちの間に割って入ったのだ。
ドンッ、と着地の衝撃で土煙が舞う。
「ロ、ロックス様……!」
「馬鹿野郎が!」
ロックスの拳骨が、若者の頭に落ちた。
「俺は『自由』を説いたが、『無法』を許した覚えはねぇ! 弱い者いじめをして、俺たちの誇りを汚す気か! 親父の教えを忘れたのか!」
「す、すみません……!」
若者たちは縮み上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
ロックスはフンと鼻を鳴らし、怯えるミューラ族の行商人に視線を向けた。
「……悪かったな。怪我はねぇか。さっさと帰んな。西のゲートは閉まるのが早いぞ」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
行商人は何度も頭を下げ、逃げるように去っていく。
それを見届けたロックスは、ゆっくりと俺のほうへ向き直った。
近くで見ると、その迫力は凄まじい。首周りの剛毛が、彼の体躯をさらに一回り大きく見せている。
だが、その瞳には理知的な光が宿っていた。
「……面白い男だ。人間か?」
「ああ。ただの通りすがりだがな」
「弁が立つな。それに、俺の演説の矛盾を突きやがった」
ロックスはニヤリと笑い、俺の肩をバシッと叩いた。痛ぇよ。
「気に入った! お前、俺の『軍師』になれ!」
「……は?」
「見てのとおり、俺には頭の回る奴がいねぇんだ。腕っぷしの強い馬鹿ばっかりでな。……西のセシリアは理屈攻撃がうるせぇ。『条文』だの『規則』だので責めてきやがる。あいつを論破して、俺をこの街の町長にしてくれりゃ、報酬は弾むぞ?」
俺は目を丸くし、それから――ゆっくりと口元を歪めた。
軍師か。悪くない響きだ。
それに、この街の分断。先代町長の残した『双子の実験場』。
どちらも極端すぎて歪んでいるが、その歪みこそが、俺のような悪徳弁護士が入り込む隙間になる。
「……話くらいは聞いてやるよ。だが、俺は高いぞ?」
「ガハハ! 金ならある! 仕事に見合った金額なら、きっちり払ってやるぜ!」
ロックスが豪快に笑う。
その背後、川の向こうに見える西区の塔。
ふと、その方角から、突き刺さるような冷たい視線を感じた気がした。
(第三章 第十二話 完)




